第67話 村戦争Ⅴ
ガヴァの大森林。それは大陸に住む人ならば誰もが知る魔獣の巣窟。
人の手が全くと言っていいほど入っていないこの森は、木々が自由にのびのびと枝に葉を実らせている。
そのせいか昼でさえその森の中は暗く、また魔獣の多さも相まってか不気味な雰囲気が漂っている。
熟練の木こりでさえ油断すれば迷う。古参の冒険者でさえ気を抜けば魔獣にやられる。
そんな魔の森のなかで今、闘いが始まろうとしていた。
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(2…4…6…けっこーいるなー・・全部で二十っと)
森の中の日がほとんど差さない場所。
見つからないように茂みに身を伏せつつ、ダークエルフのリーシャは心中でカウントする。
視界に移るのは隊列を組んで歩く傭兵たち。視界を互いにカバーして360度見渡している。
弓を構え矢をつがえている様を見る限り、油断しているわけではないようだ。
「…どうしますか?先生」
「うーん・・そうだなー」
リーシャの傍らからゴブリンが小声で話しかける。
普段彼らに弓術等教えている影響で「先生」と呼ばれる彼女は茂みの中で小さく唸り思考する。
作戦は順調である。それはもう怖いくらいに。
ショウが語った作戦の目的である、『奇襲による混乱と、引き付けによる敵数の減少』。それはもう見事達成したと言えるだろう。
射撃は二回しか行うことは出来なかったが、傭兵たちは突然の出来事に困惑していたし、目の前には計画通りに敵の引き付けに成功している。
ニンデ村より西側の森にやってきたが、反対側に逃げたインエの方にも同じくらいの数の傭兵たちが追って行ったように見えた。
つまり、合計して約四十人ほど敵数を減らすことに成功したのだ。ショウ、リードの担当する正門前の戦況は少なからず好転したはずだろう。
ショウが言うにはそこで作戦完了。むりして相手を全滅させる必要はないという話だった。が―――――――――
「皆、私が相手の気を引くから、その隙に村まで戻って」
―――――――――だからと言って可能であるなら倒しておいた方がいいはずだ。
「!!そっ!・・んな…独りでやる気ですか?我々も加勢しますよ!」
リーシャの言葉に思わず声を上げそうになるが、何とか抑えこみ小声で続けるゴブリン。
彼に同調するように、他のゴブリンたちも静かにうなずく。
「それはダメ。皆の命を危険にさらすことになる」
「それは先生も同じことでしょう!独りでやるより皆でやった方が確実です」
「それはそうかもしれない。でも相手は素人じゃない、『確実』にこっちも何人かやられちゃうよ」
「覚悟の上です・・我々は弓の四番隊ですよ?」
インエが隊長を務める四番隊。
丁寧な口調の彼の影響か、そのゴブリンの口調もまた丁寧なものであった。
しかしその丁寧な言葉の中には戦士としての覚悟と、弓使いとしての自信があった。
「うん・・それは分かってる。でもダメ。許可できない」
「なぜですか!先生!」
そんな彼の言葉をリーシャは苦笑いと共に否定する。
「皆の覚悟は分かってる。でも思い出して、皆の・・私たちの長の望みを」
「長の望み・・・」
『俺は何よりも皆の命が大事だ。自分の命を第一に考えてくれ、決して無理はしないでくれ!』
「『命』を大事に・・でしょ?賭ける必要の無いとこで、無闇に賭けさせられないよ。だって今、皆の命は私が預かってるんだもん」
にっこりと笑顔を作るリーシャ。
いつも見せる快活なものではなく、例えるなら子供を見守る母のような暖かなものである。
「大長の望みは知っています。でもそれはリーシャ先生、あなたも含まれている筈だ!」
「うん、ありがとう。・・でもね私だって自分の命を無駄にしちゃおうなんて思ってないよ」
言葉に嘘はない。事実勝算はあった。
森の中まで追ってきた傭兵たちは間違いなく弓使い達だろう。そしてその腕は追いながら射ってきた様を見れば、なかなかに高いことが分かる。
もしこの場から即座に飛び出し、この場にいる約十名のゴブリン隊で一斉に射撃すれば勝てるかもしれない。
しかしそれはゴブリンに言った通り、確実に誰かが死ぬ作戦だ。そんな事をショウは望んでいないし、リーシャだって望んじゃいない。
だからこそ独りで行動するのだ。危険性を多分に含んだ作戦ではあるが、その分最小限の犠牲で終わらせる可能性がある。
隠密、そして各個撃破。それがリーシャの考え得る最善手。
暗い森の中とはいえ相手は素人ではない。かすかな物音でさえ拾う彼らに対して、十人で動けばそれはもう居場所を教えているようなものだ。
しかし一人なら、その可能性をぐっと減らすことができる。それに成功すれば敵の戦力は減り、仲間は無事で終わることができる。
リーシャは敵の力量をなめてはいない。自分の実力と比べたうえでの考えである。
弓にはそれこそゴブリン以上に慣れ親しんできたし、年数で言っても傭兵たちより上だろう。種族の特徴である長耳は視界の悪い森でも十分に効力を発揮する。
むしろリーシャにとっていい条件であると言える。闘いは単純な計算ではないので確かなことは言えないが、いや、だからこそ数で劣っていても勝算を見出すことができるのだ。
「…本当ですか?本当に・・死ぬ気は――――」
「ないない!君たちの先生を信じなさい!」
リーシャの笑顔を見て、不安顔だったそのゴブリンの顔が若干緩む。
しかしすぐに引き締めると小さく頷き、仲間たちの方へと向いてもう一度うなずいた。
「さぁ・・皆準備して!私が飛び出して注意を引く、距離が充分離れたら走って!・・・村の方を頼んだよ?」
「はい!」
意思を固めすっかりリーシャの作戦を受け入れたゴブリンたち。
彼らの表情を見て、彼女もまた今一度自分の意思を固める。
「行くよ?・・3・・2・・!!」
1というカウントはなく、代わりにそのタイミングでリーシャは茂みから飛び出した。
普段からそういう仕事をしているのか、耳が鋭いその傭兵たちは、まずそちらの方向を見ていた者達が気づき、次に音に反応して彼らの前方にいた者達が振り向く。
「シュッ」
「いたぞッッ!みつけ・・」
飛び出しざまに放った矢が、傭兵の喉を貫き声を奪う。
「くそっ!ジェイ!お前ら!敵はあそこだ!」
「もう一人は無理だ・・!」
番えようとしていた矢を背中の矢筒にしまうと、リーシャは即座に駆ける。
木や茂みを壁にして、射られないように変則的に、それも素早く動いていく。
「くそっ!逃すか!!追うぞお前ら!」
「ラール!ゴブリン共はどうする!?ここらへんに逃げ込んだはずだろ?」
狙いが定まらず構えていた弓を下ろすラール。
現在指揮を執る彼に、同じように弓を構えていた団員から質問が飛ぶ。
「無視だ!ゴブリン共はいつでも始末できる、今はあのエルフが最重要だ!」
ラールの指示に傭兵たちはうなずき、弓をしまってリーシャを追う。
そしてその数分後、彼女の計画通り四番隊のゴブリンたちはニンデ村へと走り出したのであった。
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「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ・・!!」
「まてごらぁ!クソゴブリン!!」
森の中を二つの人影が走る。
一方は小さい体躯に赤い肌のゴブリン。口を開け、ぜぇぜぇと息を漏らしながら走る姿は苦しそうであり、表情には悲壮感が漂っていてより辛そうである。
そしてもう一方は人間、もっと言えば傭兵であった。背中に木製の矢筒と弓を背負っていて、手足を動かし懸命に走っている。
森の中の逃走劇。メイン二人で行われるそれだが、その傭兵の背後には脇役というべきか、十人以上の他の傭兵たちも彼らを追うように走っていた。
ここはニンデ村より東側のガヴァの大森林。逃げるのはハイゴブリンのインエ、追いかけるのはタナシ率いる傭兵団『緑葉の雫』の団員達である。
「逃がすかよぉ!ちくしょー!」
団長のリスランに命令され、インエ達を追ってきたタナシ。
簡単だと思われたその命令だったが、ゴブリンたちの足は速く、森は複雑で、森に到着して早々ゴブリンたちの影を見失う。
「このままではまずい」と口に出しながらも、迷い歩くことしかできないタナシは、森を彷徨って数十分、ようやくインエを見つけたのだった。
『次は逃がさない』と走りにも気合いが入るってものだろう。事実先頭を走るタナシはいつも以上に速かった。
「はぁはぁ・・!!うぐっ!」
タナシから逃げ続けるインエ。
しかし彼はあろうことか、つまづき転んだ。
「へっへっへ・・追い詰めたぜゴブリン・・」
インエが転び起き上がるその間で、タナシは距離を詰め両者はぐっと近づいた。
インエの背には大きな木がそびえたち、彼の逃走を妨げる。逃げ場はないと確信しタナシは笑った。
「わぁあ・・ああぁああ・・く、くるなぁ!」
「な!?ゴブリンが喋っただと・・・弓を使うからただのゴブリンじゃねぇとは思ってたが・・・まさかハイゴブリンか?」
小鬼は喋らない。しかし上小鬼は喋る。これは戦闘家業の間では常識である。
ハイゴブリンはゴブリンの進化形であるが、その数は少ない。ゴブリンは人間並みの繁殖能力を持ち、何でも食べる雑食性があるので数はなかなかの速さで増える。
それを鑑みればハイゴブリンの数も増えて然るべきではあるが、その数が少ないのは理由があった。
ゴブリンが進化する前に死んでしまうからである。生物が進化する『種族進化』についてはまだよくわかっていないことが多いが、判明している事実の一つとして『経験』が必要であるということが分かっている。
それは偏食であったり、ある一定の事―体に負荷をかける行為など―を続けるという経験だが、中でも「他の生物を殺す」という経験が一番の早道である。
進化とはそもそも環境に適応しようとなされる現象なので、強敵に打ち勝ち生き残り続けることで細胞が進化を促すのだという説が有効なのだ。
しかしながら、ゴブリンにはそのチャンスがなかなかない。理由は単純、弱いからだ。
弱いゆえに他生物に勝てない。進化の機会に恵まれないどころか、命を落とすのだ。そのためハイゴブリンは比較的珍しい。タナシが驚くのも無理はないだろう。
「っはぁ・・っはぁ・・相変わらず早いなタナシ!」
「おう!遅かったな・・見ろよこいつハイゴブリンだ。もしかしたら他のゴブリンの場所も知ってるかもしれねぇぞ」
「ほんとか?どうりで弓なんか使えるわけだ・・おい、皆で囲もうぜ。逃がさないようによぉ!」
インエの恐怖する姿を楽しんでいるその内に、タナシの仲間が合流する。
総勢二十人はいるだろうか。ぞろぞろとインエの目の前に壁のように並んでいく。
「さぁあて・・お仲間がどこにいるか教えてもらうとするかなぁ・・」
そう言って笑みを強めると、タナシはじりじりとインエに近づく。
「待ってくれ・・!殺さないでくれ・・!!」
近づく程にインエの顔の悲壮感が増す。
「殺さねぇよ!お前が仲間の居場所を吐きさえすればなぁ・・」
ポキポキと指を鳴らしタナシは近づく。
得意の弓は背中に担いでおり、隙だらけである。
だが、どう警戒すればいいのだろう。目の前にいるのは自分にビビる下等種族のゴブリンで周りには自分の仲間たち。いくらインエがハイゴブリンだとしても、人間とそれには確かな差があるのだ。
「わ、わかりました・・わかりました言います」
「おぉ?なにをだぁ?」
ズシッ。
言葉と共にタナシは一歩踏み出す。
「仲間の場所を言いますから・・」
「ほぅ・で・・どこなんだぁ?」
ズシッ。
歩を進めるとインエの表情はより恐怖に染まる。
「それは――――」
「それはぁ・・?」
ミシッ
「ミシッ?」
「今ですッッ!」
タナシが踏み出すと同時、インエが声を張り上げる。そしてその瞬間、彼らの頭上から突如大きな岩が飛来した。
突如発せられたその大声に驚く傭兵たちだが、その余韻に浸る暇はなく、彼らは降ってくる岩の対処に走らなくてはいけなくなった。
「避けろ!あぶねぇ!」
「おおっと!あぶねぇ!!」
「何だってんだ!」
踏んだ感触の違いに呆けてたタナシであったが、さすがはこの隊を任されたというべきか、即座に岩に反応し注意を呼びかける。
その甲斐あってか団員たちは全員岩を回避。潰されたものは誰一人としていなかった・・・が――――――――
「あ?なんだっておおおおおぁぁあああああああ!!」
喜びもつかの間、タナシ含む傭兵たちは、皆一斉に謎の浮遊感に襲われた。
岩で地面が割れたのだ。信じられないが事実現実で今起こっている。
瞬間、先程の足の感触をタナシは思い出す。土を踏む感触ではなく、まるで痛んでいる床でも踏んだような――――――
「まさかっ!!落とし穴だとぉぉ――!!」
「正解です」
深く狭い落とし穴にはめられたタナシ達に、遥か頭上からインエが笑う。
先程までの恐怖など微塵もそこになく、あるのは自分の策が成功したことへの喜悦である。
「いやー大長に作戦を聞かされてから急いで準備したものの・・うまくいきましたね。皆さん、作戦成功です!」
優雅に、さながら貴族のような口調で、インエは話す。
目印にしていた大木から降りてきた彼の部下たちは、皆拍手をし作戦の成功を祝っている。
「作戦・・だと?・・・まさかゴブリン如きが俺をはめたっていうのか?」
「はっはっは!そうですよ人間様!どうです?そのゴブリン如きにはめられた気分は?私の演技・・ちょっとやり過ぎでしたかね?」
タナシの言葉にインエは笑う。
その笑みは上品で、下民を見下す貴族そのもの。普通ゴブリンがやったら滑稽なものだが、インエに関してはソレが堂に入っている。
「ふざけるなっっ!ゴブリン如きが何様だ!!ここから早く出せッッ!でないと後悔することになるぞ!!」
「・・はぁ?なにを言ってるんだこの人は・・・やれやれまだ自分の立場をわかってらっしゃらないようですね・・・あなたは負けたんですよ、ゴブリンの私に、知恵でね。お分かりですか?」
「み、認めん!認めんぞ!そうだ!なあ、おい、弓で勝負しよう!オマエも弓を使うんだろう?どうだ!?ここはお互い弓使いとして正々堂々、こんな卑怯な決着じゃなく―――――」
「卑怯?あなた卑怯とおっしゃいましたか?なんとまぁ・・ここまで来ると哀れですね・・人間ってここまで馬鹿でしたっけ?
あなたさっきまで多勢に無勢で私をなぶり殺そうとしてましたよね?弓なんて手にしてすらいなかった。そんな人が『正々堂々』って・・ギャグのセンスは認めますけど今そんな事言ってる場合ですか・・やるべきことは他にあるでしょう」
「やるべきこと・・だと・・?」
タナシの言葉にインエは額に手をやりふーっといきを吐く。
「こんなこともわからないのか」と言いたげなその態度は、とても知恵無きゴブリンとは思えないモノであった。
「『命乞い』ですよ!ちょうどさっき私がやってたみたいにねぇ!ほらっ!言ってみてくださいよ!さぁ!!」
「できるかそんなこと!!」
「あ、そうですか・・じゃあもういいです。では皆さん、上から土をかぶせましょうか」
「まっまっ!待ってくれ!!わかった!わかった!!」
「何をです?」
「・・助けてくれ」
「はい?」
「助けてくれ!頼む!」
「嫌です」
ビュンッッ
高速で射られた矢が、タナシの目を貫く。
ぴくぴくとわずかに痙攣した後、先程までの元気が嘘のように、彼は息を引き取った。
「タナシーッッッッ!!」
「お前よくもタナシをッッッ!!」
「この醜悪で下劣な魔物がぁ!!呪われるがいい!!」
「はいはい。わかりましたから。急に騒ぎ始めるなんて品性の無い人たちだな・・じゃあみなさんお願いします」
深い穴の底より湧き起こる罵詈雑言を聞き流し、インエは構えていた弓を背負う。
彼の部下のゴブリンたちは、命令通りにせっせと土をかぶせ続ける。
「さぁーて私の任務は完了ですね。リーシャ先生は私の手助けなどいらないでしょうから・・大長たちの手助けに参りましょうか」
いくら中傷されようと、いくら憎しみをぶつけられようとインエは動じない。
彼にとって敵とはそのまま敵。たとえどんな背景や事情があろうと、滅するのに抵抗はなく、命を奪ったとて何の痛痒もない。さながら害虫を駆除するように。
この時この場所で、約二十人の傭兵たちはその姿を完全に消した。
そして二度と現れることはないだろう。土の中より這い上がるにはガヴァの大森林は大きすぎる。




