第66話 村戦争Ⅳ
ニンデ村をめぐる村戦争。
昼に始まった傭兵とレイクビュ―の戦いは今なお白熱している。
開口一番、弓隊による奇襲で有利に立っていたレイクビュ―側だが、傭兵側も―おもに団長たちのおかげ―で持ち直し、今では拮抗するまでとなっていた。
飛び交う怒号、悲鳴。仲間を殺されて嘆く人間。怒るゴブリン。
まるで人間と小鬼、二つの種族の決戦のように見えるこの戦いは、眠ることを知らない獣のように猛り狂っている。
しかしこの戦争に参加するのはゴブリンだけではなく、そして戦場も一つではない。
レイクビュ―の大長であるショウ。名実ともに№2であるリード・ホブソード率いる正門前が一番激しいのは間違いないが、その場所以外でも闘いは繰り広げられている。
例えば正門の真反対。砦のような堅牢さの正門に比べて、やや防御面に不安が残る裏門で、ショウが最も信頼する仲間のうちの一人が懸命に門を守護していた。
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「どけぇ!!」
見るからに重そうな一撃が、怒号と共に繰り出される。
片手剣よりも重い片手長剣。それよりも重い両手剣の袈裟切りである。軽いはずがない。
「どかないって―――」
そんな一撃を前にして、男は手元の戦鎚をくるりと回す。
その男の身長は高く、人間の平均を軽く超えている。その男の身体は厚く、堅い筋肉に覆われている。
肌の色は緑。全身にうっすらと謎の紋様が浮かんでいて、後ろに下ろされた赤みがかった銀髪は、激しく動くとも襟足がわずかに揺れるのみ。
「――言ってるでしょうがッッ!!」
「がふっ!」
両手剣の一撃よりも早く、男の戦鎚が相手の胴体を捕える。
腹を思い切り殴打されたまらず血反吐を吐く相手に、男は見事な手さばきで再び戦鎚を、今度は首へと見舞う。
続けて受けた衝撃に、思わず倒れ込んだ相手をちらりと見て、男はまだまだ数いる敵勢を睨む。
重量が強みならば、戦鎚の方が上。両手剣よりもさらに重いその武器を、軽々扱うその男こそ裏門の守護者、ラ・ガード・オーテク。リード以外で唯一、魔名を持つオークの鍛冶師兼戦士である。
「さぁ!次は誰だ!このガードに挑戦する者は!?」
たった今傭兵を打ちのめしたガードは、自分を囲む傭兵たちに向かって吠える。
後方には、ショウに守れと言われた裏門。左右にはハイゴブリン率いるゴブリン戦士隊が傭兵たちと激闘を繰り広げている。
(はぁ・・結構きついな・・これでいつまで持つか・・)
さも余裕があるように、威勢よく叫びつつ、ガードは心中で考え事をする。
内容はもちろん今現在の戦況。そして事前に聞かされていた作戦についてである。
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「作戦を説明する」
戦争が始まる一日前、ニンデ村にあるノイドの家でショウがそう口火を切った。
集められたのはリード、リーシャ、ガード、インエ、そしてノイド。ショウが集めた作戦において重要な役割を担う人たちである。
「初めに言っておくけど、俺は策士じゃない。不備とか質問とかあったらどんどん言ってくれ・・じゃあ説明していくな」
前置きもそこそこに、皆の前にあるテーブルにショウは紙を広げる。ニンデ村の地図だ。
「こっちが正門でこっちが裏門だ。これは作物で森まではだいたいこれだけ離れてる」
炭で描かれた絵を、作者であるショウ自ら説明する。
座っていた椅子から立ち上がり、リード達はじっと地図を見つめる。
「敵の数は約三百。うちの倍だ。普通なら正門から来るだろうが、裏をかいて裏門からも攻められる可能性がある。そこで、勢力を二つに分ける。
俺、リード、そしてリードの隊とコーガの隊は正門側、ガードとダイ、ザラの隊、あとノイドさんたち村人の皆さんは裏門側だ」
「ちょっと待ってください。それでは敵数に対してこちらの人数が少ない。まともにぶつかれば押されてしまいます」
「ああ、その通りだ。だから俺らは敵の数を減らすようにする・・そこでリーシャとインエの出番だ」
「私!?」
「どういうことでしょう大長?」
リードの言葉ににやりと笑うと、ショウは視線を二人に向ける。
レイクビュ―きっての射手であるリーシャと、その弟子のインエである。
「ここに稲があるだろう?十分に実っているけど収穫はまだだ・・ですよねノイドさん?」
「ああ。傭兵どものせいで邪魔されたからなぁ」
「それがどうかしたの?」
「稲は背が高くてな、ゴブリンの大きさなら・・まあリーシャはきついと思うけど、簡単に隠れられる。二人だけじゃなく、隊ごとな」
「なるほど・・そういうことですか・・」
「え?どういうこと、インエ?」
納得したようにうなずくインエに、未だ意味不明と言った様子で問いかけるリーシャ。
「奇襲ですよ。身構える前の傭兵たちに、稲から矢を放つんです。私と、リーシャ先生でね」
「・・・あぁ!なるほど!!了解了解!!」
遅ればせながら納得したリーシャに笑うと、ショウは続けて口を開く。
「この奇襲で数を減らせればいいんだけど・・よくて二回、最高で三回しか矢は撃てないと思う。傭兵たちのなかにも弓を使えるやつがいると思うし、距離を詰めて接近戦を挑んでくるやつもいるはずだからな。
だから二人には見極めをしてほしい。もしこれ以上撃てないと判断したら、その場から離脱してほしいんだ」
「逃げろ、ということですか?」
「いや、正確には敵を引き付けて欲しいんだ。それで森まで連れ込んで――――」
「各個撃破、というわけですか・・。なるほど、森ならば我等の住処。たとえこちらが少数でも地の利を生かして戦えますね」
「そういうこと。インエは理解が早くて助かるな」
作戦を理解して頷くインエ。
少し間を開けてリーシャも理解したのかうなずいた。
「・・それで、我々は?」
「俺とリードの仕事は・・より多くの敵を倒すことだ。いわば攻撃の要だな。それで、最終的には敵のリーダーを討つ!」
「なるほど・・それは楽しみですね」
作戦とも呼べない指示に、リードは笑う。
闘いを想像しているのか、戦を好む鬼の片鱗がすでに顔をのぞかせていた。
「いいか、俺たちの目標は相手の殲滅じゃなくて撤退させることだ。真っ向からやるには相手の数が多すぎるからな。
そのためには力の差を知らしめなくちゃならない。敵のリーダーを倒すことが一番の近道だと俺は思う。そしてそれは俺の役割だ」
決意めいた表情でショウは言う。
その顔は覚悟を決めている者にふさわしく、長として、やるべきことを理解しているものの顔であった。
「それを俺がサポートすればいい、ということですね?」
「ああ、時間との勝負だ。最悪籠城も覚悟してるけど、なるべく犠牲が出ないうちに終わらせたい」
「ご安心をショウ様。このリード、主のために尽力いたします」
「ああ、期待してる」
右腕たる有能さを示しながら、リードはかすかに笑う。
その笑みを受けて、ショウもまた笑う。敵を斬ると決めたレイクビュ―最強の二人の笑みである。もしこの場に敵がいたならば恐怖していたことだろう。
「あのぅ・・僕たちは何をすれば?」
笑いあう二人を止める一言がガードから飛び、同意見だと言わんばかりにノイドが頷く。
それもそのはず二人の仕事がまだ発表されていないのだ。
「ああ、ガードとノイドさんの仕事は防御だ。俺とリードが攻撃の要なら、ガードたちは守備の要だな」
「つまり、攻勢に出る必要はないと?」
「その通りだ。最悪籠城も覚悟してるって言ったろ?そのためには食料がある村内は無事じゃなきゃいけないし、挟み撃ちでもされたら俺ら正門側は全滅する可能性がある」
「…そんな大役、僕に務まりますかね・・」
「できる。防御の面で言えばお前がレイクビュ―一だぞガード。お前の中のトラウマはとっくに消えた、そうだろ?」
ショウの言葉によってガードの脳内に過去の記憶が去来する。
自身の力を制御できず兄を傷つけてしまった事。それ以来武器を持てなくなっていたこと。周りにバカにされ自信を失っていたこと。
ショウと出会い自分を認めることができるようになったこと。兄と闘い自信を取り戻したこと。
古い記憶から新しいものまで。一気に思い出したガードは笑った。
どれもこれも簡単なものではなかった。それに比べたら大したことはないはずだ。そう思いガードは笑ったのだ。
「そのとおりです頭領。僕ならできます」
「よしっ!皆作戦は分かったな!?各自それぞれの隊に今の作戦を伝えて、そして明日のためによく休んでくれ。
俺は何よりも皆の命が大事だ。自分の命を第一に考えてくれ、決して無理はしないでくれ!いいな!?」
「はい」
「おっけー!」
「わかりました」
「了解です」
「まかせろぃ」
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こうして作戦会議は終了した。
そして今、ガードはショウの指示通り裏門を守ることに注視している。
が、戦場は予想外なことがあった。
「≪風鞭≫」
無色透明の風が鞭のようにしなる。
フードをかぶった傭兵たちが手をかざせば、その風の鞭がゴブリンたちを襲った。
「ぐっぅう!!」
「がぁあ!!」
痛みに悶えるゴブリンたちの身体には、鞭で叩かれたような打撃痕、そして風に切り裂かれたような切り傷が共存している。
予想外な事、ソレがコレ。後衛で隙あらば放たれる風の魔法である。
「くそっ!」
自身を囲む傭兵たちを蹴散らし、ガードは魔導師に向かって走る。
先程からこれの繰り返しである。最も厄介なガードを多人数で抑え、魔法でゴブリンたちを一気に攻撃する。
傭兵たちを蹴散らして魔導師の元へと向かえば――――――
「守護頼む!!」
「応!!」
―――――前衛の傭兵たちが道を塞ぐのだ。
「くそ、また・・!!」
「ここは通さん!!」
ガッキィイン
ガードが振るった戦鎚と、鋼鉄の盾が激突する。
響く金属音は戦場の雑音に溶け、傭兵とガードの手元には衝撃が残る。
「邪魔を・・!!」
「んぐぅ!・・重い・・!!」
「一人じゃ無理だ!囲め!囲め!」
オークの一撃を受けてよろける盾持ちの傭兵。
すかさず追撃を放とうとするガードに、別の傭兵たちが襲い掛かる。
後ろからの斬撃を避けて、長柄の先で思い切り突き、続けて振るわれる別の攻撃は柄を回転させ受け流す。
勢いそのままに、遠心力を伴った鎚の強打をその傭兵の顔面に見舞い、立ち直った盾持ちには上から頭突きをプレゼント。
その隙を狙って、柄で突いた傭兵が再度攻撃を仕掛けてくるので、それを――――――
「≪オークフレッシュ≫」
「もらっ・・!!なんだこのかたっげふ・・!!」
自身の防御力を底上げする種族固有スキルで受け、すぐさま戦鎚でとどめ。
あっという間に三人の歴戦の猛者をのすと、ガードはコキリと首を鳴らした。
「スキルの力が上がってる・・進化の影響かな?」
オーク族の固有スキル≪オークフレッシュ≫。オークならば誰でも使えるこのスキルだが、相手の斬撃を全く通さない程に強力ではなかったはずだ。
スキルは使い続ければより洗練され能力が高まるものだが、この急激な変化はやはり進化のせいだろうと結論付ける。
今やガードはオークではなく、オーク・ガンド。肉体能力も高まったが、スキルの能力も同様に高まっていた。これが進化の凄まじさである。
「うん・・まだまだ使える。これならもっと相手を―――――」
「ぬぅううん!!」
言葉を途中で切り、ガードは上方からの攻撃をすぐさま柄で防ぐ。
ギリギリと歯を食いしばりながら、襲撃者とつばぜり合いへと持ち込む。いや、つばぜり合いになってしまうほどの重い一撃だ。容易に跳ね返せなかった。
「む?俺の一撃を防ぐとは・・一応‘豪撃’っていう通り名になるほどのモノなんだが・・」
「ぐっ・・不意打ちなんて戦士の風上にも置けない人ですね・・ガージ兄さんだったら今ごろ怒髪天ですよっ!!」
言い終わると同時、ガードは襲撃者を押し返す。
それを察してか、外見からは想像できない軽やかさでその男は後方へと跳躍。両者の間には間合いが生まれた。
「ガージ兄さん?誰だそいつは?それにここは戦場だぞ、何を甘い事を――と言いたいところだが、ふむ、そこまで言うなら名乗っておこう。傭兵団『蟻土竜』団長、ロージェスだ」
襲撃者―――ロージェスが微笑を浮かべて言う。
全身を革鎧で覆い、その上に鋼鉄でできた胸当てを装備。肘当て、すね当ても鋼鉄のモノを着けており、左手には片手で持てる円盾、右手には従来のモノよりも少し大きめの手斧を持っている。
「・・いい武器ですね」
「?分かるのか・・軍にいた時から世話になってる代物でな、当時の俺にはもったいないほどのもんさ」
「そうでしょうね。細かな傷やへこみはあるけど大事にされているのが伝わってくる。鍛冶師も満足でしょう・・あなたはいい人みたいですね」
「はっはっは!敵に向かって『いい人』とは!戦場に出向くようになって長いが、そんなことは初めて言われたよ!・・で?どうするんだ?いい人だから闘うの辞めるのか?降参か?」
「いいえ、僕は頭領の盾。頭領に迫る刃をへし折るのが僕の役目だ・・・ところでロージェスさん。あなた、わかってますか?」
「・・なにをだ?」
先程までの笑みを消してロージェスは目を細める。
巨大にして強大。戦鎚を軽々と振り回す目の前の巨人の雰囲気が、いつの間にか変わったような気がしたからだ。
「オークに対して名を名乗ることの意味ですよ。オークは自分の名に誇りを持ってる。宣名はすなわち誇りを賭けることと同義だ」
「・・つまり?」
「つまり僕に負けたらあなたは誇りを失うんですよ、ロージェスさん」
「誇り?・・そんなこと考えたこともないな」
「‘豪撃’は誇りじゃないんですか?」
「そんなもの誰かが勝手につけただけだが・・とはいえ、そうだな・・・俺にとって誇りと言えばそれしかないか・・」
「誇りを軽んじるなんて・・この場にガージ兄さんがいなくてほんとによかった・・・兄さんは絶対理解できないだろうなぁ」
「だから誰なんだその『ガージ兄さん』とやらは・・・まぁいい、それがオークのやり方ならばそれもありだろう。で、俺は名乗ったがそちらは?」
「ラ・ゴールが息子、ラ・ガード・オーテク」
戦鎚をぐるりと一回転。ガードは体勢を低くする。
「ふっそうか…こい、ラ・ガード・・」
「はっ!」
(速い・・!!)
ロージェスが言うや否やガードは彼目がけて飛び出す。
それはその巨躯からは考えられないほど速く、彼我の距離はあっという間に縮まった。
ガードは駆ける途中、わずかに跳躍。愛用の戦鎚を振りかぶり、そのまま―――――――
「≪粉砕≫!!」
「む!≪盾殴打≫!!」
ドゴオォォオォオオン
先程とは比べ物にならない轟音が辺りに響く。
上から叩き潰すように放たれたガードのスキルと、それをはじき返すように放たれたロージェスのスキル。
攻撃と防御のスキルが激突し、軽い風圧が武器と盾から発せられる。
「そうそう、僕にも理解できないことがありました・・」
戦鎚を振り下ろした状態から、ゆっくりと体勢を戻すガード。
辺りには衝撃によって土ぼこりが立ち込め、ガードの視界にはロージェスのうずくまる姿が影として映る。
やがて土ぼこりが晴れ、現れたのは鼻から血を垂らすロージェスの姿。ガードの一撃を殺しきれず、自分の盾がそのまま当たったようだ。
「これが、ほんとの‘豪撃’じゃないですか?ロージェスさん」
「野郎ぉガード・・!!はっ!誇りがないとか言ったが、どうにも負けられなくなってきたな・・・!!」
鼻をつまんで思い切りすすり、血を無理やり止める。
荒々しい処置を終え、ロージェスは立ち上がった。二人の重戦士の戦いは今始まったばかりである。




