第64話 村戦争Ⅱ
小鬼の群れが傭兵たちを襲う。
まるで崖に打ち付ける波のような勢いで、小さな体で当たっていく。
本物の波ならば寄せて返すものだが、この波は返らない。自分たちの倍はあるその土地を、身命を賭して削りにいくのだ。
そんな戦況を視界にいれつつ、しかしガンドンは動かない。後方で独り馬に乗って前線を睨むだけである。
傭兵界でトップクラスの傭兵団『黄金の獅子王』。
その勢力の三分の一を率いる『獅子の爪』団長のガンドンだが、今の彼にその肩書きに見合うほどの心持はなかった。
端的に言えばやる気がないのである。仕事を請けたプロの傭兵とは思えないが、事実彼には無いのだ。
ガンドンはその見た目とは裏腹に真面目な性格で、昔から引き受けたことには全力を尽くすタイプである。
元々はある町に生まれただけの平凡な男で、特徴など無く、強いて言えば皆と比べて少しだけ力が強かった程度。無論、剣術に精通しているわけでもなく、父の鍛冶師の仕事を手伝うだけのただの次男坊であった。
そんな彼がなぜ傭兵という道を選んだのか―――たまたまである。たまたま、街で募集の要項を見つけ、応募したのだ。
正直、彼にとって仕事など何でもよかった。父の家業を継ぐのは長男である兄だと決まっていたので、何か探さなくてはいけないと思って適当に探した結果であった。
もしその時、傭兵団が新団員を募集していなければ別の仕事についていたことだろう。それほどまでに彼に仕事に対するこだわりはなかった。彼にとって仕事とは与えられるもので、見つけるものではなかったからだ。
その代り、与えられた仕事は何でもやった。先輩たちの鎧を洗い、剣を研ぎ、客を獲得するために営業もした。
ガンドンはただ与えられた仕事を真面目にこなしていただけであったが、言われたことを文句を言わずやる姿を、先輩たちは非常に気に入り、彼に様々な事を教える。
果ては女の口説き方から、戦闘で役立つ技まで。無愛想なガンドンに臆さずに、先輩たちは彼を可愛がり、また彼らの教えをガンドンは一種の仕事だと思い、学んだ。
そうこうしているうちに、ガンドンが入団した傭兵団は大きくなり、いつの間にか業界のトップと言われるほどになった。気が付くと、自分は巨大になったその傭兵団を率いる重役のうちの一人となり、手元には伝授された様々な知識と技。そして自らを尊敬する部下たちがいた。
そこまで来てようやく、ガンドンは感謝した。自分をここまで育て上げてくれた先輩たちに。そして、そんな彼らに出会わせてくれた「傭兵」という仕事に。
『ガンドン、お前になら任せられる。頼んだぞ』
そう言ってくれたのは『黄金の獅子王』の団長。ガンドンを最も可愛がった先輩である。
彼が与える仕事なら、どんなことでもやり遂げるという意志がガンドンにはあった。そんな彼が今仕事のやる気がない理由、それはその先輩が引退したからである。それもガンドンが納得できない理由で。
新しく団長に就任したのは若い男で、話によれば、初代団長と一騎打ちをして勝ったという。そしてその実力が認められ二代目の座を得たらしい。
その一騎打ちを見ていた同胞は二代目の実力を認めているようだが、ガンドンからしてみれば疑問は残る。素直に信じられないのだ。
ガンドンはその肩書きに恥じない程の実力を有しているが、それを言うならば、初代こそ、その肩書きに恥じない強さを持っていた。そんな彼が若僧ごときに負けるというのが信じられないのだ。
話を聞こうにも初代に会うことはなぜかできず、初代同様に引退しようとしても止められて、二代目にやれと言われたのがこの仕事だ。
『黄金の獅子王』の実力に見合わない低レベルな仕事に、ガンドンは抗議したが、二代目は冷静に、『国が関わっている大事な仕事です』と彼の意見を跳ね返した。
渋々納得するも、ガンドンの胸中は穏やかではなかった。初代と共に作り上げた『黄金の獅子王』が壊されていくような気がしたのだ。
かつていた、与えられた仕事をただこなす機械のような男はもうおらず、ガンドンは傭兵団『獅子の爪』の団長となっていたのだった。
「ラン」
「はい、団長」
ゴブリンの群れを睨みながら、近くにいた部下に声をかける。
返事をしたのはラン。四日前、ニンデ村を襲撃し、ショウに返り討ちにされた男である。
「汚名をそそぐ機会をやる。行ってこい」
「え!もうですか?もう少し待っても・・・」
「行ってこい」
「あ、はい」
しぶるランに、表情も声音も変えず、ただ視線だけを合わせてガンドンは言う。
その様子を見るや否や、ランは即座に前線へと走って行った。苛立ちをその表情から読み取ったからである。
駆ける部下の背中を見ながら、ガンドンは唸る。相変わらずこの仕事に対するやる気はでない。でもやらねばならぬのだ。
仕事を与える立場となったガンドンの視界には、今なお続くゴブリンたちの猛撃が映っていた。
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「「「オオオオオォォォォォァアァァアオアオオアアア!!!!」」」
「くそっ!!ゴブリン風情が!!」
猛るゴブリン勢に苦悶を込めた怒声が傭兵から飛ぶ。
士気は圧倒的にゴブリンの方が高く、傭兵側は押され気味である。
理由として、開口一番の弓隊による奇襲があるが、それはライゾールとリスランの活躍によって乗り越えたと言っていいだろう。
それ以上に、今傭兵側が押されている理由としては、前線で圧倒的な強さを誇る、レイクビュ―二人の猛者のせいであった。
片手剣を逆袈裟に振るい、相手の剣を払う。
その衝撃によって出来た一瞬の隙をついて、空いてる左手で喉を裂く。
あふれ出る血の噴水を体に浴びながら、吸血鬼のショウはすぐさま次の相手へと向かっていく。
「くそっがぁ・・あぁあ」
「うおおおりゃぁ!!・・ぐっふっ」
「ごはっ!!・・なんで・・くそっ・・」
(二十人目!まだまだいるな)
心中で数を数えながら、ショウは闘うことを辞めない。
なにせ相手の数は三百越え。いくら倒してもまだまだ他にもたくさんいる。
「≪斬撃≫」
「っと!!あぶねぇ!!」
眼前スレスレを通る、淡い光を纏った剣。
スキルの加護によって威力の増したソレを、身体をひねって何とか躱すと、苦し紛れに蹴りを放つ。
ぐらりとわずかに揺れたものの、その傭兵は足を踏ん張って耐える。
が、後方からやってきたリードの突進によって地面へと突き飛ばされた。
「ありがとうリード!助かった!」
「いえ、このくらい。あまり突出し過ぎないようにお願いします」
窮地を救ってくれた忠臣の言葉に、微笑を浮かべてショウはうなずく。
主の微笑に頷くとリードは駆け出す。目的は目の前の傭兵である。
「うおおッッ!≪斬撃≫!!」
「≪ゴブリンの一撃≫」
光と光が衝突する。
上方から叩き潰すように振られた片手剣と、下方から掬い上げるように振りあげられた両手剣。
スキルの加護はどちらにもあり、その証明である淡い光がバチバチとはじけた。
ゴブリンと人間のスキルの衝突。
そして軍配はゴブリンへと上がる。
「あれっ・・なんで俺の剣・・折れ・っ・・て」
ドチャ
片手剣ごと両断された傭兵の首が、短い放物線を描いて地面へとぶつかる。
傭兵たちは一斉にその潰れたトマトを見て、そしてすぐにソレが飛んできた方向を見る。
二本角の鬼が笑っていた。
纏う服は肌色に反して黒く、所々から金属のような輝きを放つ。
剣を握る腕は太く、たくましく、刃には首を刎ねた証明のように血が滴っている。
身体からは熱気のあまり湯気のような煙が立ち込め、身体そのものが燃えているようだ。
そしてその長身の鬼が、再び疾走を開始した。
「くっ!来るぞッッ!!準備しろ!」
「あ、ああ!!」
「わかってる!!」
「いいか!あわせろ!!一緒に攻撃するんだ!!」
向かってくる鬼を視認して、傭兵たちは一斉に迎撃準備を始める。
呼吸を整えるのは集中するため。迎え撃とうと心に決めたら、自然と体はいつもの構えをとった。
そう、いつも通りなのだ。ゴブリンなど今まで何体葬ったか。当然数えていない。いや数えられない程に殺してきたのだ。今回もそれらと何ら変わりはない。自身すら知らぬ討伐数に、新しく数が一つ追加されるだけだ。
鬼が走りながら両手剣を構える。
ビクンと心臓が跳ねた。
視線が両手剣にくぎ付けとなる。
戦場の熱気に反して、傭兵たちは背中に氷が入っているのかと錯覚するほどに冷めていた。
熱さによるものではない、何か恐ろしいものでも見た時のような冷や汗が額から流れる。
なぜなのだろうか。相手はたかがゴブリン。ちょっとばっかし背が高いだけのゴブリンのはずである。
対して自分たちは歴戦の傭兵。ゴブリンどころか、それ以上に凶悪な魔獣たちを日夜相手にしているのだ。今さらゴブリン程度に後れを取るはずがない。
筈がないんだ。ゴブリンなんて簡単に殺せるはずなのに、なのに―――――
――――――――勝てるイメージがどうしても浮かばない。
「今だッッ!!」
「うおおぉ!」
「はぁああぁあぁあああッッ!!」
「う、うおおおりゃぁああ!!」
1人の声を合図にして、傭兵たちが一斉にリードめがけて剣を振るう。
左右、そして前方。直線だけでなく、変則的な方向から、同時に振るわれる斬撃。
雄々しい叫びに見せかけた、恐怖の悲鳴と共に剣はリードを襲う。
「オオッッ!!」
傭兵たちに比べあまりに短い、しかし誰よりも強い声を上げて、リードは両手剣を半円を描くように振るった。
弾かれた剣が方向を変えて、そのまま持ち主の喉に。それによって威力の落ちたリードの斬撃だが、続いて当たった剣の持ち主をひるませるほどの威力は残っていた。
残る二つの剣はリードの身体に命中。
しかしダメージはない。甲冑熊の毛皮は斬撃を通さない。
「がふっ・・」
「うっぐっっ・・」
「な!なんで・・!?」
「刃がとおらねぇ!!」
苦しむもの、驚く者。
何にせよ、それらは闘いにおいて等しく隙である。
「オオオッッ!!」
半円を描き、中空で止まっていた両手剣が、そのまま振り下ろされた。
残る三人の内の一人が鎧ごと切り裂かれる。
頭上から思いっ切り振り下ろされ、ちょうど体を分断したような傷口から、血が噴き出した。
リードの顔が角ごと血で濡れる。他人の血をだらだらと流しながら、リードは次の標的を睨んだ。
「ひいっっ!!」
「あ、おい!ちょっ・・ぐっ・・はぁ」
残る二人のうち1人が、あろうことか走って逃げた。
それを見て驚く一人を、素早く斬って殺すと、リードはすぐさま逃げる傭兵の後を追った。
「やっ・・やめっ!!・・がっはぁ・・お、おに・・・・」
すさまじい勢いと共に、リードは突進。
逃げる傭兵の背中を両手剣で貫き、絶命させ、二人は―というより死体となった傭兵は―地面に倒れ込み摩擦で数メートル滑った。
「鬼か・・」
ぽつりとつぶやきながら、リードはゆっくりと立ち上がる。
周りにはまだまだ数多い傭兵たち。その瞳には―先ほどの傭兵たち程ではないが―恐怖が映っている。
「主の為なら、鬼にもなろう。俺はショウ様の剣!さぁ!次に鬼に斬られたいやつは誰だ!!」
返り血で赤肌をさらに赤くしてリードは吠えた。
それはまさしく地獄の門番。王の尖兵。握る両手剣が、ではない。彼自身が一本の剣なのだ。
熱狂うずまく戦場、恐怖で冷える唯一のこの場で、‘赫鬼’リード・ホブソードが誕生した瞬間だった。




