第63話 村戦争Ⅰ
「ぐああぁっ!!」
「くそっ!当たった!」
「矢だ!やつら隠れてやがった!!」
小柄な体躯を活かし、稲の陰に潜伏していたゴブリンたち―それとリーシャ―による一斉射撃。
リーシャが鍛えた弓隊―主に四番隊の面々―が降らせた矢の雨は、一切の迷いなく傭兵の群れへと降り注ぐ。
ゴブリンたちを圧倒するため、三百という大群でやってきた傭兵たちであったが、それが仇となった。人が多すぎるため上手くよけれないのだ。
それに加え、てっきり目の前に並ぶゴブリンたちが総数であると勘違いしていたところでの奇襲とくれば、普段闘いに明け暮れる彼らであっても即座には反応できないでいた。
「第二射、構え!!」
「いっくよー!!皆!!」
混乱する傭兵たちを視界に収めながら、ゴブリン弓隊を率いるリーシャとインエは冷静に次の矢を準備する。
「撃てー!!」
「≪ゴブリンの一撃≫」
再び雨が降る。
しかも今回はリーシャを除くゴブリン全員の放った矢がほのかに赤い光を纏っていた。
リーシャの放った矢は正確に一人の傭兵の喉に刺さり、ゴブリンたちの放った矢は避けようのない雨粒のように傭兵たちの身体へと飛来する。
「ぐあっ!!」
「なんだこれはぁ!さっきのより強いぞ!」
「まさか・・スキルか!?この光は!」
「くそっ・・・ゴブリンじゃねぇのか・・!!」
混乱は収まらない。
ゴブリンは格下。しかし今、そのゴブリンによって自分は苦しめられている。
自身が持つ固定観念と、現実とのギャップが傭兵たちに恐れを生む。
兵士でも、冒険者でも、傭兵でも、戦場に命をさらすものならば誰もが知っていることがある。
『闘いは冷静なものが勝つ』ということだ。そして今、傭兵たちは冷静さを失っていて、落ち着いているのはゴブリンであった。
このままいけば、大半の予想を裏切ってゴブリンたちが勝つだろう。
しかし、そううまくいかないのも戦場なのである。
「オオッ!≪旋風斬≫!!」
緑の光を纏った剣が風を巻き起こす。
風はまるで刃の延長のように鋭く、周囲に迫っていた矢を切り裂いた。
「あわてるな!!落ち着けば見切れる!!」
スキルで矢を切り払ったライゾールが叫ぶ。奇襲で驚きはしたが、いつまでもそのままではいれない。
「シィッッ!!」
ヒュンッ
傭兵群の中から放たれた矢が弓ゴブリンの頭を貫く。
鮮血が稲を汚し、その光景が傭兵たちの瞳に映る。
「しゃんとしろ!弓ならおいらたちの専売特許だろう!!」
今しがたゴブリンを討ち取ったリスランが、その体躯に見合わない程の大声で叫ぶ。
そこまで言われてようやく傭兵たちは我に返る。ゴブリンに襲われて熱くなっていた頭が冷え始める。
「ここまでだね・・・皆こっち!走って!!」
「撃ちながら走れ!冷静にな!!」
矢を防いだライゾール。ゴブリンに反撃したリスラン。
この二人の団長によって傭兵たちは立ち直り始めた。
それを認めたリーシャとインエは、すぐさま撤退を開始。森へと逃げ始める。
「ラール!タナシ!お前ら団員二つに分けて奴らを追え!!ここはおいら一人でいい」
「「了解!!」」
逃げるゴブリンたちを見て、リスランはすぐさま部下に指示を飛ばす。
目には目を、歯には歯を、弓には弓を。今回集まった傭兵団の中で最も射手が多く、またその腕が高い『緑葉の雫』が追うべきだと即座に判断したからだ。
命令を受けて、名前を呼ばれた二人はすぐざま実行に移す。ラールはリーシャを追って左へ、タナシはインエを追って右へと走っていった。
「リスラン!俺の団からも何人か――――」
「そいつは余計だ!!んなことより前に集中しろ、敵はあいつらだけじゃねぇぞ!!」
『緑葉の雫』を支援しようとライゾールが提案するもリスランは即座に却下。
怒鳴るリスランの言うままに視線を前に戻せばそこには――――――
「「「「オオオッォオオオッッッオオオ!!!」」」」
――――――――気炎を吐いて迫るゴブリンたちと、その先頭で走るショウの姿があった。
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先頭を走るショウの視界に傭兵たちが映る。
吸血鬼の脚力によって、独り突出して走るショウ。迎え撃とうと傭兵たちは次々に抜刀する。
「オラァア!!」
「ふっ!!」
気合いの一声と共に繰り出された大上段からの一撃を、短く息を吐いて片手剣で払う。
吸血鬼の膂力によって弾かれ、ぐらついたその傭兵の体をショウは思いっきり蹴飛ばした。
傭兵は踏ん張りがきかず吹き飛ばされ、ドミノ倒しのように後続の傭兵たちにあたっていく。
そんなショウにすでに三人による剣撃が迫る。1人は左、1人は前(蹴られた傭兵を避けた)、そして右からだ。
逃げ場の無いように見えるその攻撃、しかしショウにとって、それは危機ですらなかった。
「遅い」
水平に迫る左の剣を思いっ切り踏みつけ無力化し、同時に前の傭兵目がけて刺突。喉を貫いて絶命させ、右の剣は体を傾けて回避する。
「ぐっ・・うごかねぇ」
「がっがっああ」
「んなっ・・!!」
懸命に剣を動かそうとする傭兵。喉を貫かれ呼吸ができず苦しむ傭兵。剣を避けられて驚く傭兵。
三者三様の反応を一瞬だけ視界に収め、すぐさまショウは残る左右の傭兵たちを掴んだ。
「≪吸収≫」
「んがっっあああ」
「なっな!!んだよ!こ・・れ・・」
ショウが言葉を発すると同時、彼の手から赤い光が発せられ二人の傭兵の生命力を吸収した。
数秒苦しんだ末、ガクリと糸が切れた人形のように両者とも地面の上に沈んだ。
「魔法だ!こいつ、魔法を使うぞ!!!」
「手に気をつけろ!!掴まれるな!!」
「「「オオオッオオオオ!!」」」
ショウの脅威を傭兵たちは叫んだ。
それと同時、別の傭兵たちが叫び声をあげながらショウ目がけて突っ込む。
再び迫る白刃。いつの間にか囲まれており逃げ場はない。
「≪蝙蝠移動≫」
全方位から迫る刃。しかしそれらが捕えたのは蝙蝠の形をした影だった。
蝙蝠の群れはまさしく影で、剣は実体のないそれを斬りつけることは出来ず通過するだけであった。
「なんだこればぁっっ!!」
剣を振るった傭兵の一人が文句を言おうとして――――――言葉途中で吐血する。
「おい!どうしばっあはぁ!!」
「なにがおこっぐっはぁばあ!!」
先の傭兵同様、続いて二人の男が言葉半ばに吐血し倒れていく。
あまりに不可解な光景。しかし物事には必ず原因があり、そしてこの場においてそれは当然――――――
「お、おい!この黒いのに近づくな!!ここから――――」
――――――――ショウの仕業であった。
「―――――剣が出てきてこいつらを斬ったんだ!!」
スキル≪蝙蝠移動≫。吸血鬼になったその日からすでに持っていたスキル。
今までショウはこのスキルを目くらましようであったり、単なる移動用として使っていたが、ここにきて別の使用法を思いつく。
というよりは、編み出したのだ。≪蝙蝠移動≫の新しい使用方法を。
そもそも、スキルというのは『技』であり、『魔法』ではない。
人が長い間追求し続けて、神に認められて初めてスキルとなるのだ。
≪斬撃≫というスキルがある。世界的に知名度が高く、剣士ならば誰もが習得しているもので、国によってはこれを得て初めて一人前の兵士と認めるところもある。
このスキルは剣撃の効果を高めるスキルであり、これを発動したからと言って体が自動的に動いて剣を振るってくれるわけではない。
言ってしまえば、スキルとは補助なのだ。技そのものではなく、技の効果を高める力なのである。
それを聞くとなんだか大したことが無いように聞こえてしまうが、スキルがあるのとないのとでは結果が全く違う。
簡単に言うと、鎧に弾かれるのがスキルなし、鎧ごと両断できるのがスキルあり。もちろん、剣士としての技量やスキル熟練度にもよるがそれほどまでにスキルとは強力である。
が、当然弱点はある。連発がしにくいということと気力を消耗するという点である。
技を放つとき、人は多大な集中力を要する。そんな代物を連発するというのが不可能で、技の難度にもよるが、日に何度もうてるほど簡単なものではない。
スキルを使うたびにその威力は衰え、精彩を欠く。ゆえにここぞというタイミングまでとっておくのが重要なのである。
しかし、スキルは技。決まった型はなく、所有者の工夫次第で―大きく外れることは出来ないが―使用方法はいくらでも増える。
ある日、リードとの訓練の最中にショウは気づいた。≪蝙蝠移動≫を使っている最中は物理攻撃をうけないということを。
しかしながら、それの代わりとでもいうように、ショウ自身も攻撃することは叶わなかった。攻撃するには一旦人に戻らなくてはならない。
そこまで考えた時、ショウの中に閃くものがあった。
もし、人から蝙蝠へ、蝙蝠から人へと変化する時間を一瞬にすることが出来たら?
意味するところは物理無効の一方的な攻撃。
これを防ぐには、ショウが人に戻ったその瞬間を狙うか、魔法を叩き込むしかない。
そして今現在、それをできるものが傭兵たちの中にはいなかった。
「うわあぁあえああぎゃふっ!!」
「くっくそっ!こんなのどうやっばっふふ!!」
それはさながら黒い疾風。
蝙蝠の群れがかたまってできる一筋の風が、傭兵たちの間を通り抜けていく。
その風に撫でられたものは、知らぬ間に人型に戻ったショウによって斬りつけられその命を落としていく。
正体のわからぬ風に怯え、傭兵たちは戸惑う。そこにつけこみ死の影が彼らを襲い続けた。
「っはぁ!」
数にして十二。十二人もの精強な傭兵たちを倒し、ショウは人型へと戻った。
口からは息が漏れ、表情にはわずかに疲労がうかがえる。
この技はなかなかに負担が大きいのだ。連発はおろか、日に何度も使えるものではない。
見るからに疲れているショウを見て、傭兵たちがじりじりと詰め寄る。「黒い疾風」を警戒しての事だが、詰められている本人であるショウは意に介さず疲れっぱなしである。
「どりゃああぁぁああ!!」
意を決した傭兵の一人がショウへと斬りかかり――――――
「ふんっ!!」
―――――――リードの両手剣を受けて後方へと吹き飛んだ。
「遅かったな、リード」
「お待たせいたしました」
「お、おい・・吹き飛ばされたぞ・・」
「こいつも・・ゴブリンなのか・・・?」
突如現れた長身の鬼に、傭兵たちは目に見えて動揺する。
口は堅く引き結ばれており、目には冷酷な光が宿っている。
まるで地獄の処刑人のような、間違っても魔獣のゴブリンとは言えないような威風が辺りに叩きつけられていた。
「おい!来るぞ!!ゴブリンだっ!!」
誰かの声の元、傭兵たちは一斉にその鬼の後方へと視線を送る。
映るのは装備を整えたゴブリンたち。突進してきたショウ、それに続いたリードにようやく追いついて、今、自分たちを殺しに来たのだ。
「我が名はリード・ホブソード!!この名は偉大なる我が主によって授けられたもの!!そして―――」
両手剣を勢いよく地面に突き刺して、リードは声高々に話す。
やけに理知的な、それでいて熱のこもった言葉が、戦場に響く。
誇らしげにリードは名乗ると、にやりと笑った。
「―――我に続くのは主が誇るレイクビュ―の戦士たちだ!!」
リードが叫ぶと同時、ゴブリンたちと傭兵たちは激突する。
奇襲によって開幕したニンデ村をめぐる戦争。その本番が今ようやく始まった。




