第62話 開戦
マッシャルディーナ王国の都市『エリート・レント』。
都市の中でも一際賑わうその街を出て徒歩で数分。建物どころか木すらない平原に今は多くの人間が集っていた。
大多数が男ではあるが女の数もそこそこ多く、性別を問わず皆何かしらの作業を行っている。
ある者は剣を研ぎ、ある者は弓の弦を確かめる。
抜刀して素振りをする者もいれば、仲間内で集まって動きを確認する者もいた。
そんな彼らを見れば誰であろうと彼らが堅気ではないと判断する。そしてそれは正解であった。
彼らは傭兵。既に二百を超えていながらなおも増加し続ける『盗賊殲滅隊』である。
「うわぁーすげぇ・・・傭兵がこんなに集まってるの初めて見た」
「はしゃぐな、恥ずかしいだろうが」
そんな傭兵の群れの中に、今再び別の傭兵が合流する。
上質な革の鎧を身に着け、腰には使いやすい片手短剣を佩く。
ライゾール・テラファイン率いる傭兵団『風来の剣』である。
総勢三十の団員を引き連れてやってきた彼であったが、視界に入る傭兵の大きさに内心驚いていた。
しかもそのほとんどがあの『獅子の爪』の団員だという。規模の違いに若干の羞恥もある。
それがあってか素直に驚く部下への叱咤の声も強くなった。
「よう、風来!早かったな」
「あ、『緑葉の雫』の……えーっと―――」
集合場所に到着するなり、小柄な男が話しかけてきた。
昨日顔を合わせた傭兵である。しかし、団名は思い出せたが名前が出てこない。
「リスランだ。ライゾールさんよ」
「ああ、そうだ!・・・すまんな人の名前を覚えるのは苦手でな」
そう、リスラン。リスラン・ホームだ。
ライゾールの脳内に、彼のフルネームと『田舎者だけどなめたら痛い目みるぜ』という強気な発言が思い起こされた。
「まぁ団名を覚えてたからいいさ・・後ろのはあんたんとこの団員かい?いい装備してるな」
「ああ、装備に金をかけるのは何より大事だ。それが自分の命を救う」
各々適当な場所に座り、武器をいじる彼らを振り返りながらライゾールは答えた。
リスランの言うとおり、自分たちの装備は他の傭兵から見ても良いものだ。それも自分たちの力量に合わない程。
団の力量と上げられる利益を鑑みれば、目を覆いたくなるほどの赤字ではあるが、それを無視してでも装備には投資する。
ライゾールがリスランに告げたように、装備が自分の命を救うからであり、それが――――――
「それは『鋼の風』で教わったのかい?」
―――――――前いた傭兵団の団長の教えだからである。
「……知ってたのか?」
「いんや、調べたのさ。あんただけじゃなくて他の奴らもな。おいらたちはそういうのが得意でね」
警戒をあらわにしたライゾールの言葉に、魔獣のような笑みでリスランは答える。
「おいらたち」というからには団員を使って情報収集したという事だろう。よくよく見てみればリスランの装備は隠密系であるようだ。
「おっと!誤解しないでくれよ?別においらは敵対したいってわけじゃないんだ、一緒に仕事する奴の素性を調べるのは普通だろ?・・・まぁここまで調べられたのはおいらたちだけだろうけどな」
「ふん・・本当に、なめると痛い目を見そうだな・・・それは一応秘密なんだ、黙っててくれるか?」
「もちろん、おいらたちが得た情報はおいらたちだけのものだ。でも、なんでだ?なんで隠す?『鋼の風』っていやあ大層なところじゃねぇか。言えばそれなりの箔がつくだろうに」
「だから隠してるんだ。頼りきりはよくないだろ?」
口角をわずかにあげてライゾールは笑う。
彼の表情を見て、リスランは感嘆したように「ほぉ」と息を吐いた。
「気に入ったぜライゾール。友好の印として傭兵団の情報をやるよ」
「ん・・?そいつは助かるが…何で急に…」
「細けぇことはいいんだよ!…ほら見ろ!あそこだ!今やってきたやつら」
やけに親しげに近寄ってくると、リスランはライゾールと肩を組む。
彼の突拍子の無い行動に怪訝な顔をしながらも、ライゾールは彼の指さす方向へと視線を送る。
「…あれは確か『蟻土竜』の――――」
「ロージェスだ。覚えがあるだろ?あの禿げ頭。団員数は約四十、やつも含めて全員がゴリゴリの前衛だ。・・昔従軍してたとかで結構な腕前らしい、‘豪撃’っていう通り名まである。」
ロージェスは昨日の会議で一番初めに自己紹介した男だ。
禿げ頭に髭といういかつい見た目をしているが、ライゾールは自分を除く他の四人の団長の中で一番好印象を抱いていた。
「なるほど・・それは心強い」
「次だ、あそこを見てみな」
リスランの言うがままにライゾールは視線を動かす。
視界に移るのはローブを着た男女。杖やら水晶やらをもって静かに座っている。
「『火の金槌』の連中だ。中心にいるロン毛の色男がマフュ―……覚えてるよな?」
「あ、ああ。顔は・・な」
マフュ―という男の印象は薄い。
覚えていることと言えば男にしては長いその髪と、細い体だけだ。
「はぁーお前んとこの団員は大変だな」
「どういう意味だ?」
「……『火の金槌』はほとんどが魔導師だな。中には剣や弓を使えるやつもいるみたいだが、そこまで実力は高くない。ただマフュ―のやつはなかなかの剣の使い手らしいぜ」
ライゾールの質問に答えず、すらすらとリスランは特徴を述べる。
団員のほとんどが魔導師というのは珍しく、ライゾールの興味は自分の質問の答えからそっちへと移った。
「そいつはすごいな・・どうやってそんなに魔導師を集めたんだ?」
「さぁな・・・でも代わりに面白い噂なら知ってるぜ」
「何だよ」
「…実はマフュ―がエルフもしくはハーフエルフだって話だ。あの長い髪は長耳を隠すためらしい」
エルフと言えば容姿端麗というイメージが浮かびがちだ。
しかしそれは一般人のイメージであって、傭兵的観点からは彼らの弓術と高度な魔法技術を思い浮かべる。
ドールデン山脈より南側のこの地では、彼らは人間に迫害され追いやられてはいるが決して侮っていい存在ではない。
「…差別を避けるために耳を隠してるってことか?」
「噂が事実なら・・そういう事だろうな。ていうかそうじゃなければ髪を伸ばす意味がわからんぜ、邪魔でしょうがないだろうに」
ペッとつばを吐きながらリスランは言う。
彼の言葉にライゾールは同意だった。長髪など戦闘の邪魔にしかならない。こんなことは闘いに身を置く職業ならば知っている基本中の基本である。
事実、それを証明するようにこの場にいるほとんどの傭兵たちが―たとえ女性でも―短髪だし、ロージェスに至っては一本すら生えていない。
「次は――へっへっへ大物だな。さすがにあいつの事は覚えてるよな?」
「ああ、もちろんだ」
鍛え抜かれた太い腕を組み、どっしりと岩の上に座っている。
短く切られた髪は、彼の性格を表すかのように逆立っていて、深く顔に刻まれた皺が彼の歴戦ぶりを示していた。
「ガンドン。『獅子の爪』のガンドンだ」
「ああ、そうだ。ここにいる半分以上が奴の団の人間なんだぜ。どれだけでけぇんだよって話だよな?」
「…さすがは『黄金の獅子王』だな。あいつに関する情報はないのか?」
「あーまぁ誰もが知ってるようなものばかりだ、目新しいものはなんも……ただ一つを除いてだがな」
意味深に笑うリスランに、顎でしゃくって先を促す。
「これは噂なんだが・・」
「お前噂ばっかだな」
「うるせぇ黙って聞け!・・・これは噂なんだが、オイラたちが交わした契約とは別の契約を奴は結んでいるらしい。しかもその相手が三大国の内のどれかって話だ」
「三大国のどれか?・・マッシャルディーナじゃないのか?」
今から向かう村はマッシャルディーナ王国の領土。
であれば、オードン伯爵以外の王国の人間と契約を結んでいるというのが通常の思考である。
「そうと言いきれねぇからやばいんだ。もしかしたらこの仕事には盗賊退治以上の『なにか』があるかもしれないぜ?・・・・おっと長話し過ぎたな、出発の時間みたいだ」
いつの間にか時間が来ていたようで、周りの傭兵たちはぞろぞろと隊列を組んで移動し始めていた。
リスランは駆け足で自分の団へと戻っていき、その場にはライゾールとその団員だけが残った。
「ボス、俺らも」
「…ああ、準備はいいな?行こう」
部下の言葉を受けてライゾールたちも移動を始める。
ここからニンデ村までは一日かかる。途中で野営する手はずとなっていた。
(国が関わっている、か・・・)
リスランの言葉がライゾールの胸中に不穏な風を吹かせていた。
彼の言うとおり、金目的で受けたこの仕事には、何か別の思惑が絡んでいるのかもしれない。
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ピューイ
「お?来た来た」
鳥特有の鳴き声を上げて、黒い鳥が一羽、ニンデ村にいるショウの元へと降り立つ。
止まり木のように差し出されたショウの腕に止まり、首をきょろきょろと動かす。
ショウは止まり木になっている右腕を動かさないように努力しながら、残る左手を黒鳥の足へと伸ばす。
鳥の足にはショウの思惑通り、白い紙が折り結ばれていた。
その紙を、鳥を刺激しないように丁寧に外すと、鳥はバサバサと飛びだっていた。
「・・・よしっ」
折りたたまれていた紙を開き、中を確認する。
そしてそこに書かれていた字を見て、ショウは小さくガッツポーズをした。
「ショウ様・・それは」
「ああ、リード。いい返事をもらえたぞ」
喜ぶショウを見て、リードも微笑を浮かべる。
「では、もう我々にできることは休憩ぐらいですか」
「そうだな。やれることは全部やったはずだ」
傭兵襲撃を明日に控えた今日。
襲撃予定地であるニンデ村は、その風貌を四日前とは格段に変えていた。
砦のように頑強な正門は依然外敵を阻む壁となり、裏門もまたそれに準ずるレベルの硬さを身に着けた。
村を囲む壁は厚く、森からの迂回で侵入するのは困難となった。大工のノイド、そして作業に全力に取り組んだゴブリンたちの成果である。
無論、準備が万端なのは村の防御だけではない。
ガンが指導し、村の女性、女ゴブリンたちが夜なべをして作り上げた革製の防具も人数分完成している。
レイクビュ―が狩り続けた魔獣の皮をふんだんに使い、ニンデ村に来た後でも狩りに出て材料を補充し続けたおかげで、素人のモノとは思えない品質の者が出来上がった。
さすがに鉄や鋼鉄の防具に防御力では敵わないだろうが、その分革製は軽く動きやすい。低身長で機敏に動くゴブリンたちにとってはむしろうってつけと言えるだろう。
防具の次は武器であるが、この点において、ショウたちに心配はなかった。
格式高いオークの業。それに加えて人間の業にも精通している鍛冶師のガードが昼夜問わず炉に火をともし続けていたからである。
出来上がったのは、大量生産したとは思えない程の鉄製の剣の数々。
元々リードの群れだった一番隊の戦士ゴブリンたちが使っていたのはショウが買い与えた片手短剣。
比較的刀身が短めで使いやすいその剣であるが、ゴブリンの身長を鑑みると少し大きいと言わざるを得なかった。
そんな小さな問題も考慮してガードによって鋳造された剣は、まさにゴブリン専用といえる大きさのもので、受け取った戦士ゴブリンたちは大いに喜んだ。
ガードの見立て以上に生産が早く終わったようで、ゴブリンの中には特別に皆とは違う武器を受け取ったものもいるらしい。
闘いの準備は終わった。
先のショウの言葉通り、やれることはすべて終わっていて、明日に備え休むことだけが残る戦士たちの仕事であった。
しかし彼らを指揮する立場である幹部たちにはまだ仕事が残っている。ショウは息を吸い込むとリードに視線を合わせ口を開いた。
「リード。ガード、リーシャ、インエ、それとノイドさんを呼んできてくれ。俺が考えた作戦を説明する」
獣同士の縄張り争いではない、本物の戦争であるなら作戦は必要不可欠。
そしてそれは最も教養のあるショウにしか発案できないものであった。
ショウは三日間頭の中で練り続けた作戦を、今一度確認しながら作戦会議を行うノイドの家へと歩き出す。
ショウは長としての役目を果たそうとしていた。
―――――――――――傭兵団襲撃まで・・・あと一日。
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ザッザッザッザ
土の上を大量の足がリズムよく踏みつける。
本当はてんでバラバラに歩いている筈なのに、大きな一つの音に聞こえるのはそれは足の数があまりに多いからだろう。
それもそのはず舗装されてない道を歩くのは三百を超える人間だ。皆腰に各々の武器を佩いて、身体を防具で守っている―――いわゆる傭兵である。
屈強な肉体を持つ彼らが歩むその光景は、さながら一つの大きな魔獣のような印象を受ける。
「・・こいつは一雨きそうだな」
「…そうか?晴れてるぞ?」
そんな魔獣と化した傭兵の群れの中で、目をぎらつかせた小柄の男が口を開き、近くにいた別の男がそれに応えた。
前者がリスラン・ホームであり、後者がライゾール・テラファインである。
「おいらにはわかんのよ野生の勘でな。雨降る前に終わらせたいもんだね」
「……そうか」
「ふぅーやれやれわかってないな」と言いたげな態度でのたまうリスランに、ライゾールは短く了解する。
なぜだかわからないがリスランは自分に懐いたようである。そう考え始めた時、直前にあったやり取りを思い出した。
「おい、リスラン」
「ん?なんだい?」
「さっきはありがとな」
「…ああ!あれか。いいって事よ、それにおいらはお前さんが正しいと思ったからああしたまでだ。だから気にすんなよ」
リスランの言葉に「ああ」と微笑を浮かべるライゾール。
さっきとは、野営地から出発した今朝の出来事である。端的に言えばライゾールとガンドンがもめたのだ。
『正面を攻めるのに他の団は必要ない』と豪語するガンドンに対し、『正面にこそ敵が集中するはず。前に戦力を固めないでどうする』とライゾールが反論した。
ライゾールが傭兵団『鋼の風』で十年働いていたという事実を知らないガンドンは、彼を新人だと内心決めつけ、頭ごなしに意見を却下しようとする。
あわや闘いの前に崩壊する危機となったが、リスランが間に入り、『獅子の爪』『風来の剣』『緑葉の雫』の三団で協力することとなった。
最後まで意見を認める気にはなれなそうにしていたガンドンであったが、仮にも二人の団長に抗議され、また、周りの団長たちの視線もあったので、彼はしぶしぶ了承した。
そんな出来事もあって、どうにも上手くいかないなと思うライゾールであったが、これは仕事だ、と気を強く持つ。
あと少しで目的地へと着く。気を引き締めなければならない。
しかしながら、『獅子の爪』という傭兵界でもトップクラスの団の団長のあまりの態度に、内心がっかりするのをライゾールはやめられずにいた。
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「報告します!!大長!」
「来たか」
勢いよく家に入ってきたゴブリン。
全身から汗が拭きだし、呼吸は荒い。
対照的に、ショウは冷静であった。いや冷静であるように努めていた。
とっくの前に覚悟は決めていたが、いざその時がやってくると、やはり緊張はしてしまうものだ。
しかし動揺はない。やると決めたのだ。
「人間たちが来ます!!」
「わかった、報告ありがとう」
全力疾走後の疲れから、床に座り込むゴブリン。
仕事を終えた彼女をねぎらって、ショウは家のドアを開けた。
眼前には鎧を身につけたり、自分の武器を確かめたりする戦士ゴブリンたち。それにまじって幾人かの村の男たちも武装を整えている。
「さぁ!装備を整えろ!闘いだ!!」
「「「「「オオッッッ!!」」」」
ショウの言葉に咆哮で皆が返した。
気迫は十分。闘志も内で燃え盛っているようだ。
「ショウ様」
「おうリード。準備はいいか?」
現れたのは人子鬼のリード・ホブソード。
女ゴブリンお手製の革鎧を服の上から身に着け、その上に毛皮のコートのような防具を羽織っている。背中には愛用の両手剣を背負い、何度も握りを確かめていた。
黒く、所々金属のような硬質な輝きを放つそのコートは、散々オークたちを苦しめ、リードが討ち取った『洞窟の主』、もとい甲冑熊の毛皮だった。
見た目以上に軽く、それでいて鉄製の防具にも劣らない硬さを誇る、現在のレイクビュ―における最上級の一品であった。
洞窟の主を討ち取った際に剥ぎ取っておいた素材で作られたソレを、当然リードは主であるショウに譲ろうとしたが、ショウの『最終的にあれを倒したのはリードだから』という言葉によって彼に授けられることとなった。
「もちろんです。必ずお守りします」
「おう。俺だけじゃなくて皆守ってくれな」
「はっ」
軽く礼をするリードにショウは口角を上げる。
かつて闘った彼が、すっかり自分の右腕となったとなぜかこのタイミングで感じて、ショウは誇らしい気持ちになった。
「頭領」
リードと話しているうちに、背後から声がかかる。
声で誰か分かるショウは、振り返って返事をしようとして―――
「ガード!調子は―――――」
―――――ブオォン。瞳の数センチ先で止まった戦鎚を見て、言葉を止めた。
「――――いいみたいだな」
「はい。絶好調です」
にやりとオーク・ガンドのラ・ガード・オーテクは笑う。
すっかりと鍛冶師から戦士へと切り替えたみたいで、他のオーク同様に闘いへの高揚が抑えきれないように見受けられる。
ガードの装備は他の皆とは違い、非常に簡素である。
魔獣の革製という点は一緒だが、彼の身体は大きく、また『防具はあまり必要ない』という彼自身の言葉によってそうなった。
左肩を肩パットのようなものを当てて、ソレを紐で腹に巻く防具とつなげて固定する。下は履いているが、上は裸であり、進化したことによって浮かび上がっている薄い紋様がよく望めた。
さながら蛮族のような恰好であるが、ガード曰くこれで充分らしいのでショウは了承したのだった。
「ガード、ショウ様に失礼なことするな」
「すいませんリードさん。興奮が収まんなくって・・・僕もう持ち場につきますね」
「ああ、頼むよガード。お前は防御の要だ」
突き出したショウの拳に、ガードは笑顔で拳を合わせると、のしのしと自らの持ち場へと歩く。
「まったく。興奮を抑えられないとは・・もう少ししっかりしてほしいものだ」
「お前が言うなよ・・・さぁ!俺らも持ち場につくぞ!」
肩を叩いて歩き出す主に、「は、はぁ」と煮え切らない返事をしてリードも続いた。
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「おいおい・・なんだよこれは・・・」
目の前の光景が信じられず、ライゾールは瞠目した。
時刻は昼。太陽が最も世界を照らす時間に、盗賊たちが占拠しているニンデ村に到着した傭兵たち。
敵はゴブリンを使役しているという信じがたい話を聞かされていた彼らだが、それを踏まえたうえでも、驚きを隠すことは出来なかった。
武装したゴブリンが隊列を組んでいる。
一匹一匹が革製の鎧を身に着け、腰には自分たちと何ら変わらない剣を佩いている。
背後には堅牢な門があり、辺りには収穫前の背の高い稲が風でそよがれている。
三百以上の傭兵たちを前にして物怖じせずに、背筋を伸ばし、きりっとした目つきでこちらを睨む彼らは、どこからどう見ても魔獣とは思えない。というよりむしろ―――――。
「ボス。これは・・・」
部下の言葉に、ライゾールは我を取り戻す。
驚きのあまり思考に没頭していたようであった。振り返れば不安そうな顔の仲間。
声をかけた者だけではない。他の部下たちも、いや、自分の団以外の傭兵たちも皆一様に驚き、不安をあらわにしていた。
「大丈夫だ。あんなの見かけだけだ、ゴブリンが武器なんかまともに使えるかよ。思い出せ、俺らは散々狩ってきただろあいつらを。今回もいつもと同じだ心配するな」
声を大きめに、わざと笑ってライゾールは話す。
大きくしたのは多くの人に聞かせるために。笑ったのは安心させるために。
どうやら効果はあったようで、声をかけてきた部下も、その周りの傭兵たちも困惑が収まったようで、表情に余裕が帰ってきた。
その様子を見て満足気にうなずくと、ライゾールは視線を正面へと戻す。
見れば、ゴブリンの列が中央で割れ、中から一人の青年と、二本の角を生やした大きなゴブリンが前へと歩いてきた。
「貴様ッ何者だ!!」
傭兵群の後方から怒声が飛ぶ。馬上からガンドンが発したものだ。
「俺の名はショウ!!ここにいるゴブリンたちの長だ!!」
(ショウ・・・あいつが)
ガンドンに負けじと大声を発する青年を見て、納得したように独りライゾールはうなずく。
彼こそがライゾールの今回のもう一つの目的。マル・ドイドから獲ってこいと言われた首である。
「ショウッッ!!お前たちはマッシャルディーナ王国の領土を侵し、ニンデ村を不当に占拠している!!このまま居座るならば武力行使も厭わない!!」
「待ってくれ!!話を聞いてくれ!!俺たちは『レイクビュ―』!ニンデ村とは交流があるだけで占拠なんてしていない!何かの間違いだ!!」
「黙れ盗賊め!お前らに残されている選択肢は、『黙って投降する』か、『死ぬ』かだ!!貴様らの戯言を聞く時間などない!!」
ガンドンの怒声が辺りに響く。
彼の言葉が言い終わった後、その場には奇妙な静寂が生まれた。
大半の傭兵たちはショウがガンドンに恐れを抱いたのだと思い、幾人かはショウの雰囲気がわずかに変わったのを感じた。
「俺は・・誰も殺したくはない」
「なに?」
ショウの声は小さく、ガンドンとは比べるほどでもなかった。が、いやに響く。
「でもどうやったって闘わなくちゃいけない時はあると思う。仲間を守るために相手の命を奪う必要があるってことを俺は知ってる」
「何を言ってる?」
苛立ちと不快感を前面に出しながらガンドンはショウを睨む。
そんな彼の態度など意に介さず、ショウはゆっくりと大きく息を吸って、吐いた。
「俺はレイクビュ―の長、ショウ。長として仲間を見捨てることは出来ない。そっちが攻撃してくるなら、俺たちも仲間を守るために全力で抵抗する。・・その覚悟はいいな?」
ゆっくりと冷静にショウは話す。
そのせいか彼の言葉は冷たく、その冷たさに宿るほのかな怒りがつららのように突き刺さった。言葉を聞いた傭兵たちの背筋がゾクリと震える。
「・・くだらん。俺たちに勝てると思ってるのか・・・・おまえらっ!!あのショウとゴブリン共を一掃し―――――――――」
「リーシャッッ!!インエッッ!!」
ビリリッと痺れるようなショウの大声がガンドンの叫びをかき消す――と同時に、辺りに実る稲がざわざわと揺れた。
「弓隊!」
「構えっ!!」
「戦争開始だ」
ショウがつぶやくと同時、稲から現れたリーシャ、インエ率いるゴブリンたちの矢が一斉に傭兵たちを襲った。




