第61話 傭兵会議
「俺たちも闘う」
「本気ですか?」
レイクビュ―で幹部会を終え、ショウは結果をニンデ村へと伝えに来ていた。
迎えたのはうっすらと血に汚れている木製の門と、村代表のノイド・イーエルだった。
今朝の動揺はさすがに治まったようで冷静な、というよりも何か決意めいた顔をしている。
そしてその表情の意味を、ショウは先の彼の発言で理解していた。
「人がたくさん死にますよ?」
「・・覚悟の上だ。それに、ショウ君たちに任せて、住人である俺らが逃げ出すなんて恥さらしもいいとこだぜ。村人の底力、傭兵どもに見せてやるよ」
そういって笑いながら力こぶを作るノイド。
彼を視界に収めながら、ショウは後方の他の村人にも目をやった。
怯えや恐怖がないわけでもない。が、皆覚悟を決めたようにショウに熱い視線をおくっていた。
「・・・わかりました。皆でこの村を守りましょう!!」
「よしきたっ!!」
「「おおーっっ!!」」
ショウが声を上げれば、皆が追従する。
それに満足気に笑うとショウは続いて言葉を発した。
「では、みんな集まってから作戦会議をしましょう。少々お待ちを」
「?みんなって誰だ?村人なら全員――――」
ノイドの言葉はそれ以上続かなかった。
なぜなら彼の眼には、ショウの後方より歩いてくるゴブリンの大群が映っていたからだ。
「すいません、ちょっとスペース空けといてもらっていいですか?仲間がたくさんやってきますから」
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人口約五十人の小規模農村であるニンデ村。
目下絶滅の危機にあるこの村は、今、かつてないほどにぎわっていた。
それもそのはず、現在村には約150以上のゴブリンたちがやってきているのだ。
村内は活気にあふれ、飛び交うのは怒声にも似た大声。
皆手を動かしたり、走り回ったりしていて、座って休憩している者など誰一人としていなかった。
「おぉーいい!!ここに木片持ってきてくれー!!」
「まかせろぉ!!」
村の門で声を張り上げるのは大工のノイド。そしてそれにハイゴブリンのダイが応える。
『まず、この村の防備を強化したい』
高くそびえる正門。
巨躯を誇るオークですら突破するのは容易ではなく、弓矢も通さない。
閉じてさえいれば何人の侵入も許さない、まさしく鉄壁の防護壁。
しかし、それだけでは足りない。
正面だけでなく裏も、前後だけでなく左右も。
そこまでして初めて防御が十分であると言える。というショウの力説に笑顔でうなずいたノイドはすぐさま作業に取り掛かった。
村の防御を固める作業である。
ショウたちの目的は村の防衛であり、敵の殲滅ではない。もちろん『殲滅』するに越したことはないが、とるべき選択は敵の『撃退』であった。
要は村人たちが生き残り、敵が諦めて去ればニンデ村、そしてレイクビュ―の勝ちなのだ。
その目的を達成するため、最悪籠城まで視野に入れて村の防備を強化する。これが最初に立てられた作戦だった。
この案には老ゴブリンのガン、人子鬼のリードも賛成し、体の大きなダイをはじめとしてほとんどのゴブリンたちが作業へと導入された。
小さいながらも力があり、そしてなによりよく働くゴブリンたちのおかげで作業は順調に進んでいる。
無論、闘いの前の準備はこれだけではない。
村の防備を整えたならば、次は闘う者達、戦士ゴブリンたちの防備を整えなければならない。
これに志願したのはガン、そして女ゴブリンと村の女性たちであった。
鋼鉄や鉄を使って作られた鎧がベストではあるが、材料もなく技能もない彼女たちにはそれは不可能である。
しかし代わりに革であるならばやってやれないこともないとガンは主張した。
曰く、普段作っている服の要領で何とかなる。そこまで高い防御力は発揮しないだろがないよりはましだ、と。
ガンのその言葉と、「何か役に立ちたい」という女たちの表情をみて、ショウは快諾した。
幸い、日ごろ狩りをしているおかげでレイクビュ―には魔獣の皮が大量にあり、材料に困らずにスムーズに防具製作に取り掛かることができた。
こうして防御面はクリア。となると必然的に皆の関心は攻撃面へと移るが、その件は話し合う前に解決していた。
なぜならレイクビュ―には優秀な鍛冶師であるラ・ガード・オーテクがいたからである。
ショウ、その他から期待の視線を受けてガードは微笑して頷く。
『わかりました、何とかしましょう・・・でも、急ぐ代わりに品質は落ちますよ』
そういうとガードは手拭いを額に巻き、弟子の女ゴブリン数名を引き連れて村の鍛冶場へと向かった。
しばらく使っておらずポツンと忘れられたかのようにたたずむニンデ村の鍛冶場だったが、もしかしたら使う時が来るかもと時々火を入れていたおかげで何とか動くようであった。
男たちは防護壁の建設。女たちは防具の製作。
おおまかに分かれて、皆各々の仕事を全うしながら来たるべき決戦に備える。
決戦開始まであと三日。時間は、いくらあっても足りなかった。
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「ここだよな・・・」
両手に持つ地図を今一度見直して、男は顔を上げた。
目の前にはボロボロな一軒家。辺りには人影はなく、エリート・レントに何度も来ていた彼でさえ知らない場所であった。
が、間違いなく手に持っている地図はこの場所を示している、と男――――ライゾール・テラファインは何度も確認した。
今朝、泊まっている宿屋の主人に渡されたこの地図。彼が言うには貴族の使いだという男が自分に渡すように頼んだということらしい。
その地図はライゾールが現在いるエリート・レントのモノで、図の上に印があり『昼に集合』とだけ記されていた。
一瞬妙だと思った彼だったが、すぐに昨日オードンという貴族と仕事の約束をしたことを思い出し、これがオードンの言っていた『詳細は後で部下を送る』という事なのだろうと納得した。
この印の場所で契約の話をするのだと解釈したライゾールは宿を後にして・・・今に至っていた。
何度確認しても、目の前には到底貴族がいるとは思えないボロ屋があり、地図はこの場所を示していた。
「よし」
軽く息を吐いてライゾールは扉のドアノブへと手をかけた。
間違いなら謝って出てくればいい、と覚悟を決めて。
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「お待ちしておりました。『風来の剣』のライゾール・テラファインさんですね?」
「ああ、そうだ」
見かけのわりにすんなりと開いた扉をしめながら、ライゾールは答えた。
中は薄暗く、外見通りボロボロ。あるのは円形のやや大きめのテーブル一つ。その周りにこれまた木製の椅子が五つあり、そのうち四つの席には見知らぬ人たちが座っていた。
彼が入るなり声をかけたのは、独り席に座らず嘘くさい笑みを浮かべる男だった。その後ろにはローブをかぶった正体がわからない人物が、静かに立っている。
「これはこれは、わざわざお越しいただきましてありがとうございます。オードン伯より話は聞いております、空いている席にお座りください」
男に言われるがまま、ライゾールは空いている席へと腰を下ろした。
「では、そろったようなので始めさせていただきます。申し遅れました、私はレールイといいます。オードン伯より今回の仕事の案内を仰せつかっております」
「オードン伯はどこに?」
優雅にお辞儀をするレールイ。そんな彼にライゾールから質問が飛ぶ。
「伯は多忙ゆえこの場に出席することは叶いません。どうかご容赦を」
「ああ、そうか・・依頼主が契約の場にいないというのは初めてだったもので、気になって質問しただけだ・・続けてくれ」
「……素人が」
ピクリとかすかに聞こえた罵倒にライゾールは眉を動かす。
が、ここでつっかかってもしょうがないと、聞こえないふりをして彼は口を閉ざした。
「ありがとうございます。では話を続けたいと思いますが・・・失礼、その前に自己紹介をしていただいてもよろしいですか?皆さんは仕事をご一緒する仲間ですし、私が紹介するよりも自分で紹介した方がよいでしょう」
「あ、ああ俺からか。んんっ」
レールイに視線を向けられて、彼の隣にいた男がのどを整える。
「あーっ俺の名前はロージェス。『蟻土竜』の団長をやってる・・・よろしく」
髭の巨漢。それがライゾールのロージェスの第一印象であった。
その腕は太く、胸まで届く程の髭と相まって、まるでどこかの蛮族のようである。
髭とは対照的に頭は禿げていて、「こういうのは慣れんな・・」と照れながら後頭部を掻くその姿は、見た目とは違っていい奴なのかもしれないと彼に思わせた。
「おいらはリスラン、リスラン・ホーム。『緑葉の雫』っていう団を率いてる。田舎者だけどなめたら痛い目みるぜ」
リスランはロージェスとは対照的な外見だった。
身体は小さく、その線も細かった。さながら小動物の様ではあるが、瞳はぎらついていて、獲物を狩る魔獣のような印象も受ける。
「ライゾール・テラファインだ。『風来の剣』っていう団の長をしている」
ライゾールの話す間、他の者達の行動は二極化する。
一方はライゾール同様、話者を観察し、どの程度の実力者なのか量ろうとするもの。もう一方は何の興味もないと言うように視線を一ミリも動かそうとしない者だ。
ロージェス、リスラン、そしてまだ名乗っていないライゾールの隣にいる人物は前者。先ほど小声で文句をいった残る1人が後者であった。
「『火の金槌』のマフューだ。今回はよろしく頼む」
男にしては長いその髪を揺らしながらマフュ―は言った。
すらりとしたその体型からは、とても闘いに身を置く傭兵とは思えないが、よくよく見ればその体が細いのではなく引き締まっているということが分かる。
「ガンドン。『獅子の爪』」
「獅子の爪!?」
「なんと・・」
「ふむ」
「こいつが・・」
誰よりも数が少ないガンドンの言葉。
しかし彼の言葉は、他の誰のものよりも皆に衝撃を与えた。勿論ライゾールも含んでいる。
『獅子の爪』といえば傭兵業界で知らない者はいないほどの傭兵団である。
正確に言えば『獅子の爪』を含む、ある巨大な傭兵団を知らない傭兵はいないのだ。
その名を『黄金の獅子王』。傭兵業に携わっていない一般の人たちでさえも知っている確率の高い大傭兵団である。
この傭兵団の特徴は、その大きさから団をさらに三つの傭兵団に分けているということである。
『獅子の牙』、『獅子の鬣』、そして『獅子の爪』である。
上に『黄金の獅子王』が団長率いる隊は存在するものの、この団の本隊は実質この三つ。
長らく続く傭兵団の名声を表すこの三団は豊富な人材と、その質の高さで知られている。
そんな傭兵団の中でもトップクラスの団の団長が今目の前にいるのだ。傭兵をやっていて驚かない者はいないだろう。
ガンドンの正体を知って、その実力を見定めようと彼に視線が集中する。
短く切りそろえられた髪をガシガシと乱暴に掻いて、ガンドンは煩わしげに「ふんっ」と息を吐いた。
「終わったぞ、レールイとやら。早く話を進めろ」
自分が注目されている状況に耐えかねたのか、苛立ち交じりにガンドンはレールイに声をかける。
それを受けて各団長たちは視線をレールイに戻し、レールイは嘘くさい笑みを浮かべた。
「では、契約の内容を確かめたいと思います。こちらを――――――」
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ギィ・・バタン
今にも壊れそうな音を鳴らしながら扉が閉まる。
そしてその数分後、周りに誰もいないということを確認した後、部屋にいる男―――レールイ、本名、ルイーレ・ラインはふっと息を吐いた。
その顔には先程まで傭兵たちを相手にしていた嘘くさい笑みはなく、代わりに普通の青年が浮かべるような疲れがにじみ出ていた。
ルイーレは近くにあった椅子を引っ張ると、ドサッと勢いよく座った。
「だらしない・・」
「うるせー」
会議中、一切喋らなかったローブの人物が口を開く。
第三者がいれば驚いたであろうが、ルイーレが『彼女』の声を聞くのは初めてではないので、何の驚きもなく言い返す。
「あんた・・ほんとにいいの?勝手にあんな大金を使って」
「俺のせいじゃねぇー、オードンの野郎が『風来の剣』に金貨一枚も払うって約束したからだ。同じ仕事内容で報酬の額がばらついたら士気に関わるだろうが」
「金額を下げればよかったじゃない、当初の計画の三倍は払うことになるわよ?」
力なくテーブルに突っ伏すルイーレに、ローブの女性が詰める。
「分かってねぇなメリッサ。俺はあくまでトーニ・モス・オードンの部下で、主人であるヤツを立てなきゃいけねぇんだよ!貴族が一度言った言葉を撤回して契約金を値切ったなんて知られたら面子に関わるだろ!・・あいつにはまだ使い道があるかもしれねぇからな」
「ふーん・・でも、その金はどうする気?誰が用意するの?」
ルイーレの後ろから彼の対面に移動して、椅子に腰かけながらローブの女性―――メリッサはなおも問い詰める。
「・・おっさんがなんとかするだろ」
「先生をおっさんって言わないの」
「知るかっ!オークの仕事を終えた俺に、『お前にも手伝ってもらう』とかいって手伝いどころか丸々俺に投げるようなやつをおっさんって言って何が悪い!予算ぐらいどうにかするべきだろ」
「それだけあんたを信頼してるんでしょ」
「ふんっ!どうだか・・」
メリッサの言葉に、ルイーレは不満げに鼻を鳴らして天井を見上げる。
ぶらぶらとやる気なさげに手を振るルイーレの姿を見て、メリッサはローブの奥でため息をついた。
「・・で、どうなの?」
「・・なにが?」
「作戦の成功確率よ、これでだめだったら先生が皇帝陛下に叱られるわ」
「知るか」
「ルイーレ!!」
ルイーレの態度にメリッサはテーブルを叩いて抗議する。
ローブで隠れていて望めないが、おそらく彼女の表情には苛立ちが浮かんでいるに違いない。
「やれることはすべてやった。これでだめなら帝国の軍でも動かさなきゃ無理だろうな」
「傭兵三百人以上つぎ込んでも無理なんてことがあるの?そんなに敵は強大?」
「だから知るかっての!あとは傭兵どもの頑張りに期待するしかない」
「そんな無責任な・・・失敗したらどうする気?」
「その時はお前の出番だろ?『幻想の魔導師』さんよ」
にやりと笑うルイーレを見て、ため息をつきながらメリッサは座った。
「はぁー・・なんで先生はルイーレにこの仕事を任せたんだろ」
メリッサのつぶやきは中空に吸い込まれて消える。
ルイーレの不気味な笑いが、彼女の不安をより大きくしていた。
―――――――――――傭兵団襲撃まで・・・あとニ日。




