第60話 決定を下すのは長の役目
「断固闘うべきだ!!このまま引き下がれるかっ!!」
テーブルを勢いよく叩き怒声を発するのはコーガ。レイクビューゴブリン戦士隊の三番隊隊長である。
「落ち着けコーガ、どうするかを今話し合っているのだ」
そんなコーガをなだめるのは人子鬼のリード・ホブソード。
レイクビュ―にいる戦士ゴブリンの頂点に立つ彼の声は、コーガとは対照的に落ち着いたもの。しかしコーガの声以上によく響いた。
「えー、皆わかっていると思うけど、今朝ニンデ村にこれが届いた。
・・・見て分かるとおり明らかにニンデ村に対する宣戦布告だ。敵の正体はわからないけど、あのランとかいうやつの話が本当なら、三百人の傭兵が今から約三日後に村に攻め入る事になる」
リードの言葉を受けて、不満そうな顔を残しながらもコーガは拳を引く。
それを見計らってショウは口を開き、テーブルの中央に紙を開いて投げる。今朝ノイドが必死の形相で届けに来た『戦争』とだけ書かれた文書である。
現在、ショウたちがいるのはレイクビュ―のショウの屋敷だ。
ゴブリンたちの家よりも数倍大きく建てられたその屋敷には、大きな長方形のテーブルがあり、今そこで重大な会議が行われていた。
席に着くのはいわゆる幹部。能力が高い、もしくは責任ある立場にいる者達である。
上座に座るのは、もちろんレイクビュ―内で一番重要な『大長』の地位につく吸血鬼のショウ。その横の席には彼の右腕にして、戦士隊総隊長のリードが侍る。
そこから順に、レイクビュ―唯一の鍛冶師にして、魔名をもつオーク・ガンドのラ・ガード・オーテク。弓の名手のダークエルフ、リーシャ。知識が豊富な老ゴブリンのガンと続き、後に残るは戦士隊の各隊長たちの、ダイ、コーガ、インエ、ザラの合計八人である。
彼らこそがいわゆるレイクビュ―の頭脳であり、彼らの決定がレイクビュ―の決定であった。
そんな初めて開かれた幹部会議の議題は、先述のニンデ村に対する宣戦布告の件である。
いや、もっと言うならば、その宣戦布告に対してレイクビュ―はどう動くかという話し合いである。要はニンデ村を助けるか、見捨てるか。
ちなみにこの場にノイドはいない。『仲間内で話し合いたい』と村に帰ってもらっていた。
「三百か・・・それは大きいのだろう?」
「おうとも。お前さんじゃ数えきれないほどじゃ」
腕を組んで眉を顰めながらダイが尋ねた質問に、髭をなぞりながらガンが答える。
ゴブリンたちは基本的に数を数えられない。算術など彼らの生き方に必要ないからである。
それを変えようと、ショウの指示の元教育に励むガンの教師としての顔が、ひょっこりと顔を出したのであった。
「数など関係ない!ここで闘わなければわいの部下が報われんだろうッッ!」
先程と同様に徹底抗戦をコーガは訴える。
先のニンデ村襲撃において、村人を守るために犠牲になったのは彼の部下であった。
普段はガンと一緒に酒を飲んで笑う陽気な彼であっても、今回ばかりは口角を上げようとはしなかった。
「・・・もし闘ってあなたの部下があの世で満足したとしても、おかげで別のゴブリンが死ぬんですよ。それは私の部下かもしれないし、あなたの部下かもしれないんです。隊長ならもっと周りの事を考えてください」
立ち上がって叫ぶコーガを冷やかな声でインエがたしなめる。
視線を合わさず、冷静に言う彼をコーガは強く睨みつけた。
「何だとインエ?わいに文句があるならそう言え」
「・・はぁ、今私たちが喧嘩をするべきではないでしょう?私はただ状況を見ろと言ったまでです」
相も変わらず視線を合わせようとしないインエに、コーガはその赤肌を怒りでさらに赤くする。
「貴様ッ―――」
「コーガッ!!」
コーガの怒声をねじ伏せるほどの声が室内に響く。
空気をピりつかせたその声の主をコーガが見れば、太い腕を固く組んで、彼を睨むリードの姿。
「二度目だ・・次はないぞ。それとインエ、あまりコーガを責めるな。部下を失った気持ちを汲んでやれ」
「・・すいません、総隊長」
「はっ・・これは失礼を」
リードの叱咤を受けて、コーガは静かに席に座り直し、インエは軽く頭を下げた。
「……えーっとー・・・敵の正体はーわかってないんだっけ?目星もついてないの?」
「ああ、そうだな。傭兵団ってことしかわからない、強さ的には・・どう思うガード?」
空気に耐えかねてリーシャが質問を飛ばせば、ショウが即座に反応する。
「僕はあまり強く感じませんでした・・装備も見てみたんですがそこまで良いものというわけではなさそうです」
話を振られたガードが、戦士としての考えと、鍛冶師的観点からその見解を述べた。
その意見に納得の様子でショウもうなずく。
「俺も強くは感じなかった・・・、でも俺たちとゴブリンとでは差が大きい。敵が弱いからと言って無闇に闘いをするのは危険だ。数の差も大きいしな」
「しかしだからと言って、ノイドさんたちを見捨てられない・・・と?」
心中読み取ったり、と言いたげな顔で笑うガンに、ショウも頷きながら微笑を浮かべる。
「でもだからと言って――――」
「『皆を危険にさらせない』ってことかー」
ガンの真似でリーシャがショウの心中を当てる。
満足気に笑う彼女に、ショウもまたため息交じりに笑う。
ショウの中では二つの考えが争っていた。
一つはレイクビュ―の長としての責任に基づく考えである。
長として彼が目標にしたのは何を隠そう、自身の右腕であるリードであった。
ゴブリンにしては理知的で、仲間思いの彼は、何よりも仲間の命を優先し、常に体を張っていたという。
バルからガンから、その他リードの群れ出身のゴブリンたちからそれにまつわる逸話を聞いて、また、自身の配下となった後のリード本人の行動を見て、考えを聞いて、密かにショウの理想のリーダー像は彼であった。
リードならば仲間の命が最優先事項であるはずだ。そしてそれに対しショウに異議はなかった。
今回の場合、滅亡の危機にさらされているのは、言ってしまえばレイクビュ―ではなくニンデ村である。
場所が割れているニンデ村とは違い、レイクビュ―は未だばれてはいない。このままやり過ごせばニンデ村は滅ぶだろうが、レイクビュ―の損害はゼロである。
すなわち、もっとも大切な仲間の命を守ることにつながるわけだ。その流れでニンデ村の人々をレイクビュ―にかくまうという案も思いついたが、ソレは出来なかった。もしそんなことをすれば、敵は怪しんでガヴァの大森林を捜索するかもしれない。レイクビュ―がそのせいで見つかってしまったら本末転倒である。
ニンデ村を切り捨ててレイクビュ―を守る。ノイドたちを見捨てて、仲間を救う。
特段責められる考えではない。道徳的には言いたい事はたくさんあるだろうが、一勢力の長としては英断と言えるであろう。
ショウがそういえば、リードは従うだろうし、コーガも逆らえるはずがない。ゴブリンの長として何も間違ってはいない。
――――が、それをもう一つの考えが否定する。
死してなおショウに影響を与えるゴブジイの考えである。
『困っている人を見つけたら助けるのはあたりまえだ』。いつかの夜会で、ゴブジイが話した自分を助けた冒険者が言った言葉。
その言葉に感銘を受けた彼は、言葉通りにショウを助け、そして敵であるゾルたちとも分かり合おうと対話を試みた。彼はそれによって死んだが、逆を言えば死ぬまでその言葉を実行したのだ。
目に焼き付いて離れないゴブジイの姿が、ショウの長としての判断を認めようとしない。
仲間の命を守る最善の案を、皆の命を救おうとしたゴブジイが否定する。
誰であろうと救おうとしたゴブジイが掲げた夢である『ゴブリンを亜人と認めさせ、亜人と人間の共存』。同じ夢を掲げながら、どうしてショウだけが助けられるかもしれない人々を見捨てることが出来ようか。
しかしそれをすれば、間違いなくゴブリンたちは死ぬだろう。自分の夢に、信条につき合わせてその命を散らすだろう。
そんな酷な命令をしていいのか?自分の考えにそれほどの価値があるのか?疑問が脳内で渦を巻いてぐるぐるとまわっている。
誰も傷つかない方法などない。傭兵団と会話して矛を収めてもらえると考えるほど、ショウは子どもではなかった。
闘ってノイドたちを救うか、見捨てて仲間だけを守るか。
決定権はショウただ一人に握られていて、その双肩にはゴブリンと村人の命が乗っている。
「三百ってのはどのくらいだ?」
「わしらが丸々もうひとつあるくらいの量じゃな」
「数じゃないだろう闘いは。わいなら何人だろうと斬れる!」
「またそうやって・・気概は認めますがもう少しとった行動によって生じる影響を考えて欲しいですね」
「ぐぅ・・ザラ!オマエも何か言え!」
「・・・俺は大長に従うだけだ」
「まぁまぁ皆!喧嘩はやめようよー、ガードも止めてよほらっ!」
「ええっ!僕に振らないでくださいよ、リーシャさん。僕は頭領の決定に全力を尽くすだけですから」
「わしらもそれには同意じゃよ、なぁダイ?」
「あぁガン爺の言うとおりだ。俺たちがもう一つあるなら二回同じように倒す」
「ガンさんの言った事本当に分かってますか、ダイ?」
「はっはっは!よく言ったダイ!これで弱気なのはインエだけだなぁ?」
「失礼なッ!私はただ闘った場合の被害を案じただけで、大長がやると言えばやりますとも」
「お前ら・・少しうるさいぞ。ショウ様がお考えに集中できないだろう」
「俺は――」
無意識に出たショウの言葉に、騒ぎ放題だった一同が口を閉じる。
穏健派、過激派あれど彼らに共通するのは長であるショウに従うという意志。視線を彼に向けて、決定を聞き漏らすまいと耳を立てる。
そんな場の雰囲気を感じて、半ばぼーっとしていたショウはハッとする。
心中考え事をしていたあまり気が付かなかったが、いつの間にか声が出ていたようだった。
皆が自分の答えを待っている。
ショウの中で答えは出ていた。
発表すれば皆が従うだろう。心中でどう思おうと長の決定には従う連中であるゆえに。
だからこそショウは怖かった。他にもっといい考えがあるかもしれない。自分以上に優秀なものが決定を下すべきなのではないか。
不安がショウを襲う。しかし逃げることは出来ない。それが長というものだ。
「俺は―――」
皆の視線がいやに突き刺さる。
自分の考えが間違っていると指摘されているようで、気が小さくなる。自信を無くす。
発した言葉の続きが綴れず、場を間が支配する。
続きを言わなければ。そんな思いとは裏腹に口は音を発さず、ただ開くだけだ。
カ―マード砦のオーク、ラ・ゴールに張り合ったショウの姿はそこになかった。あの時かかっていたのは自分の命と全幅の信頼を寄せるリードの命のみ。しかし今はショウにとって膨大な量の命がかかっている。あの時と同じように決断できるほどショウはリーダーとして成熟していなかった。
ショウの肩には今、自分以外の命がのしかかっているのだ。
「ショウ様」
やはり間違っていた。もう一度考え直そう。
そう思い始めたショウに、横の席から声がかかる。
呼ばれるままに視線を向ければ、リードがいる。自分の理想のリーダー像であり、右腕。彼は笑っていた。
嘲笑の類ではなく、優しいもの。数瞬視線を交錯させて、リードは軽くうなずいた。
瞬間、ショウの奥底から自信が沸き上がる。
それは部下に無様な態度を見せられないという上司としての矜持からか、もしくは理想のリーダーに認めてもらった気がしたからか。
二つとも正解で、不正解。一番の理由は安心したからだ。リードの顔を見て心の底から。
(俺は何を迷ってたんだ?・・・俺は独りじゃない。近くにこんな頼もしい仲間がいるじゃないか)
ふっ、と数瞬前の自分を恥じて笑うと、ショウは場を見渡す。
ガードがリーシャがガンがダイがコーガがインエがザラが自分を見ている。先程まで重圧でしかなかった彼らの視線が、今では違って見えた。
「俺は、ノイドさんたちを助けたい。ゴブリンたちを守るためには見捨てるべきだっていうことは分かってる。
でも!それでも助けたいんだ!闘えばきっと俺たちの仲間は死ぬだろう、一回目の時よりもたくさん。
たとえそうでも、それを承知の上でも俺は助けたい!助けを求められて助けないなんて、そんなの間違ってる!」
勢いよく立ち上がり、大声でショウは話す。
その声に迷いはなく、まがりなりにも彼は長であった。
「俺一人じゃ助けることは出来ない・・・だから・・皆・・・俺に力を貸してくれ!!」
言い終わった後、ショウは頭を下げる。
長ならば願わずとも命令すればいいのだが、ショウはお願いという方法をとる。
そしてその願いは――――――
「それでこそ・・我が主だ」
――――――しっかりと皆の心へと届いた。
「聞いたな?我らが長の願いを!臣下として我らはそれに応えなければならない!異論は?」
「ないですよリードさん。頭領、顔を上げてください。僕の業はあなたのためにあります」
「まっかせてーっ!ショウ君!私、頑張っちゃうから!!」
「カッカッカ!この老いぼれでよいならいくらでも力を貸しましょうぞ」
「おう!任せろ、大長!二回倒せばいいんだろう?」
「はっはっは!わいのためにすいませんな!頼まれずとも全力をつくしますよ!」
「決して、あなたの為ではないですよ、コーガ・・・。大長、僭越ながら私もお力添えをいたします」
「・・了解です」
リードを皮切りに、次々と賛同の声が上がる。
それらを聞くたびにショウの胸には熱いものがこみ上げるが、意思の力で胸の内にとどめておく。
「ありがとう、皆・・・ニンデ村を必ず助けよう!!」
「「「「「「オオオォォォォオォオオオォォオオオオ!!!」」」」」」
決意は叫びを促し、その強い意志は屋敷中に響いた。
迷うものは誰一人としておらず、彼らの心は文字通り一つとなった。
不安などない。ゴブリンたちには強き長が、長には頼れる仲間たちがいるのだから。
その日、レイクビュ―は傭兵団と闘うことを決定。ショウたちは即座に行動を開始した。
―――――――――――傭兵団襲撃まで・・・あと三日。




