第59話 風、集まる
「ふっふっふ・・・」
街が最も活気づく昼ごろ、多くの人々が行き交うその道の上で、人目もはばからず男は笑う。
きらびやかな服を幾重にも纏い、その指には磨き抜かれた宝石のつく指輪をはめている。
一目で一般人ではないと分かるその風貌。明らかに貴族である。
しかし彼の表情はその荘厳華麗な地位には不似合いなほど怪しく、不気味なものであった。
男の名はトーニ・モス・オードン。マッシャルディーナ王国の貴族の一人。オードン伯爵である。
行き交う人々が怪訝な顔を彼に向けるが、彼は全く気にしない。
気にならないほど今の彼は絶好調であった。
ほんの数日前まで彼の状況は最悪だった。
代々受け継がれてきた土地は無能が故に取り上げられ、起死回生を狙うも成果は芳しくない。
マッシャルディーナ王国の歴史あるオードン家は終わった・・・かに見えた。
まさに奇跡としか言い表せない完ぺきなタイミングで当代オードンに救世主が現れたのだ。そして彼は、その敵国から来た救世主にすべてを売ることにした。
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「オードン拍」
「むぐっ!・・なんだ君かね・・不意に声をかけるのはやめてくれないか、しかもそんな暗がりから・・」
「オードン様?こちらは・・」
いつもの通り町を歩いていると、帝国のレールイが路地裏から声をかける。
前回は連れていなかった護衛が謎の人物に反応するが、オードンは「知り合いだ」と警戒を解かせる。
「私は少しこの者と話がある・・君たちは適当に休んでいたまえ」
「行きましょう、拍」
「オードン様!?」
護衛を外してレールイの先導のもと二人は路地裏を歩いていく。
なんてことないように歩んでいく雇い主を見て思わず護衛が声を上げるが、オードンは無視してどんどんと歩いて行った。
「・・あんなことをする人だったか?」
ぽつりとつぶやかれた護衛の言葉は、もちろんオードンの耳には届きはしなかった。
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「ちょっと問題が発生しました・・」
「どういうことだ?」
前回来た時と何も変わらないすたれた一軒家で、数少ない椅子に座ったレールイが口を開いた。
今回はオードンとレールイの二人だけで、ローブを被った謎の人物は欠席であった。
「前回お話しました傭兵団が村の制圧に失敗し、五人のうち三人やられました」
「ごっ!・・ゴブリンにか?」
あまりに突拍子もないレールイの言葉に驚きでむせながらオードンは質問を重ねる。
日々戦闘に身を置く傭兵五人が、新米冒険者でも勝てるといわれているゴブリンに負けたというのが、彼には信じることができなかった。
しかもそのうち三人もゴブリンにやられたとあっては、ますます信じがたい。
「いえ・・正確にはゴブリンではないようなんですが・・・まぁ失敗は失敗です。なので予備の作戦を実行します」
「予備?そんなものが?」
「作戦を複数用意するのは基本ですから。・・といってもこちらの手札もこれまでです、次は傭兵三百で攻めます」
「さん・・びゃく!!??そんなにか!!」
前回の六十倍もの規模にオードンは瞠目する。
「それだけ我々が力を入れている証拠です・・それに敵は存外力があるようですから。そこで拍には申し訳ありませんが、前回同様に契約書にサインをお願いします。金はすでに我々が支払っておりますので」
「うーむ、そのくらいなんてことないが・・」
差し出されたペンを受け取り契約書にサインしていくオードン。
流し目で確認した程度だが、中には名高い傭兵団の名前もある。
「ありがとうございます、次こそは成功するでしょう」
契約書を受け取り嘘くさい笑みを浮かべるレールイ。
その様子を見てオードンは若干の不安を感じる。
「・・ほんとに大丈夫かね、レールイ君。今度こそは・・本当に・・」
不安でか細くなるオードンの言葉を聞いて、レールイはその笑みを強くする。
「もちろん大丈夫ですよ、どれだけ強いゴブリンだろうと三百の傭兵に敵うわけがありません。
・・・あーそういえば一応拍にも敵の情報を伝えておきます、名前が―――――」
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二回目の会合があったのが昨日。
その時は不安いっぱいだったオードンだったが、一人で考えていくうちに回復し、むしろ勢い余ってハイテンションになっていた。
貴族としての矜持から、こんなはしゃいでいる姿は護衛に見せまいと今回は連れてきていない。
一応は自分の今の姿は貴族らしくないと心得てはいるのだ。
「おや、これはこれはオードン拍!奇遇ですね」
「おお、ドイド君!!君がまだこの町にいたとはな」
数日前にあった時とはうってかわったようなオードンの様子に、内心首をかしげながら―しかしそれをおくびにださず―奴隷商人のドイドは笑みを浮かべる。
「いや、私としてもなるべく早く出ていきたかったのですが、どうにも護衛の傭兵が捕まらなくてですね・・ようやく見つけたので明日出ようかと思っています」
「傭兵が・・?あぁなるほど、そういうことかね。君ほどの商人ならば懇意にしている傭兵団がいると思っていたが、その都度雇っているのかね?」
傭兵が捕まらないのは間違いなくレールイのせいである。
今エリート・レントに集まっている傭兵のほとんどはレールイが村の制圧のために雇っているだろうし、この街に向かっているものも彼がすでに雇っているものたちだろう。
「いえ、今までは『風来の剣』という傭兵団を雇っていたのですが・・・最近契約を解消しまして」
「ほぉなるほど、まぁ色々あるだろうな・・・。ところで、その傭兵団は腕はたつのかね?まだこの街にいたりは?」
「伯は彼らとの契約をお望みで?彼らならそこの酒場にいますから必要ならば呼んできますが・・・」
大方自分の領地に戻るための護衛だろうとドイドは推測する。
オードンの領地群はエリート・レントより離れた辺境にある。
ドイドが知る限り、オードンはそこそこ長いことこの街に滞在しているのでそろそろ帰るのかと思ったためだ。
「ああお願いするよ 。近頃ショウとかいう・・あー、と、盗賊が我が領地のニンデ村を荒らしているようでね、退治をその傭兵団に頼みたい」
ショウのことをゴブリンの長などと言うことは出来ず、盗賊にしたてあげたオードン。
村が盗賊に襲われるのはそう珍しいことではないし、それを退治するために領主が傭兵団を雇うのも――まあない話ではない。(大抵の領主は自身が保有する兵士をつかう)
我ながら良い機転だったと内心鼻高々になっていると、ふと異変に気がつく。
ドイドから返事がない。
嘘をついたゆえに逸らしていた視線をドイドに向けると―――彼は今まで見たことがないような表情を浮かべていた。
そこには怒り、憎しみ、驚き、喜び等々強い感情がぐちゃぐちゃに混ざっていて、結果、彼は笑っていた。
いつもオードンが見る親しみのわく笑顔ではなく、彼が浮かべていたのは例えるなら、復讐を遂げた時に浮かべるような不気味な笑みであった。
「そうか、そうか。ショウ・・お前こんな近くにいたのか、はっはっは!そうか!見つけたぞ、ついに!!ようやくだ、ようやくあのときの屈辱を―――」
「・・ドイド君?」
ぶつぶつと滝のように言葉を紡ぐドイドに、驚きながらもオードンは声をかける。
幸い、ドイドはドイドのままであったようで、オードンが声をかけるなり弾かれたように顔を上げて「こ、これは失礼を」といつもの完璧な笑みを浮かべた。
「・・ではオードン伯、そういうことでしたらかの者たちが役に立つでしょう。ここで少々お待ちを、すぐに呼んでまいります」
そういうなり駆け足でドイドは近くの酒場へと入っていく。
ほんの少ししたのち、ドイドは店の中から一人の男を引っ張ってオードンの前に返ってきた。
「なんですか旦那!俺たちの契約はもう・・」
「ええいうるさい!お前に仕事を紹介してやるんだ、黙って来い!」
「あードイド君。彼が・・?」
ドイドが怒鳴りながら連れてきた男に、オードンは視線をむける。
「ええ、そうです。お待たせいたしました。ライゾール、こちらはトーニ・モス・オードン伯爵だ、お前たちに仕事を頼みたいと仰っている」
「それはそれは・・伯爵さま直々に依頼とは光栄でございます」
ドイドが連れてきた男―――傭兵団『風来の剣』団長のライゾール・テラファインは頭を下げて礼をする。
正直貴族的観点から見れば、合格とは言い難い礼儀作法ではあるが、相手は平民だし今は仕事の話がしたいという理由からオードンは手を上げてその礼を受け取る。
「ではさっそくだが仕事の話がしたいので……我々少し席を外させてもらうよ。すまんねドイド君」
「いえ、構いませんとも。ごゆっくりどうぞ」
ドイドの笑みを背中に受けつつ、オードンとライゾールは少し歩いてドイドから遠ざかる。
十分離れたと感じた所で、オードンは今回の仕事についての話を切り出した。
「さて、仕事の件なんだが・・頼みたいのは盗賊の退治なんだ」
「なるほど、相手はどのくらいの規模ですか?」
「それはわかっていない・・」
「ふーむ」
オードンの言葉にライゾールは唸る。
彼が率いる『風来の剣』は他の傭兵団に比べて人数が多いとは言えない。
その代り、1人1人の実力は平均より高いという自負はあるし、装備にも金をかけている。
でもだからと言って敵の人数がわからないまま無闇に仕事を引き受けるのは危険だった。
が、同時に今のライゾールたちには出来るだけ金を稼いでおきたいという思いもあった。
ドイドとの契約を破棄したのがその理由である。
契約を破棄したことに後悔はない。が、次の契約者を得るまでライゾールたちは腕の立つ無職である。
そこらの盗賊や魔獣の被害に遭っている村に雇われるのも手ではあるが、そこで得られる金は大したものではない。
出来るならドイドのような護衛に金をかけたがる商人や、貴族に長期契約を結んでもらえたら最高だった。
そんな思いから、今のオードンの提案は、敵の不明度を無視して受けてもいいと思えるほど魅力的でもあった。
「それは分かっていないが、敵の首領の名と勢力の名前ならば知っている」
考えるライゾールにオードンが話す。
彼の言葉にライゾールは一旦考えるのを辞めた。
「首領の名はショウ。勢力の名はレイクビュ―というらしい。・・・・あと、その盗賊たちはゴブリンを従えている」
「ショウ、レイクビュ―・・え?それはどういう意味ですか?」
オードンの言葉を脳内で再生しながら記憶に検索をかける。
ライゾールの記憶検索にはショウもレイクビュ―も該当はなく、遅れてやってきた『ゴブリンを従えている』という言葉に困惑した。
(何かの隠語か?人間がゴブリンを従えるなんて聞いたことないしな・・・)
「ん?ゴブリンを知らんのかね?ほら、赤く小さな人型の―――」
「そのゴブリンなら知っています。・・え、まさか本当に?」
「うむ、まさしく今君が思い描いているゴブリンだよ。人間に従って我が領地を荒らしているのだ」
「はぁ・・そんなことが・・」
ゴブリンは知能が低いからもしかしたら強い人間にこき使われているのかもしれないと、どうにも無理やりな感じはあるが一応それでライゾールは自分を納得させた。
「あーあと、この仕事は他の団と合同だ。君たちだけでやるわけではないので安心してほしい」
後出しも後出し。
初めに言ってほしい詳細を思い出したかのように―事実そうなのかもしれない―言ってくるオードンに、内心うんざりしながらライゾールはうなずいた。
「・・わかりました。その仕事受けましょう、日時を教えてくださいますか?」
「おお、そうか。日は今から三日後。時刻は昼ごろを予定している・・・まぁ詳細は後で部下を送るので待っていてくれたまえ」
「かしこまりました・・・では報酬なんですが・・」
ここが勝負どころと心の帯をライゾールは締める。
「はっはっは、君の言い値で構わんよ、いくら欲しい?」
「では、前金で銀貨五十枚。依頼達成でもう五十枚でいかがでしょう?」
にこやかに笑いながらライゾールは仕掛けた。
合計金貨一枚もの金を要求。傭兵を雇うにしては破格中の破格。『風来の剣』クラスならばその半分でも高いくらいである。
当然、ライゾールもこの要求が通るとは思っていない。ここから値段交渉が始まるのだ。
「よかろう。後で部下を送るとしよう・・交渉成立だな」
始まらなかった。値段交渉という舌戦はライゾールの一言でその幕を閉じた。
「お、そうですか・・ええ、よろしくお願いします」
笑顔で手を差し出してくるオードンと、ライゾールは戸惑いながらも握手を交わす。
あまりにすんなりと行き過ぎて嘘くさいが、相手は王国に名がある貴族であるからその可能性も低い。
つまるところ契約完了である。その事を段々と理解したライゾールは、その笑みを強くせざるをえなかった。
(やけに笑っているがこれでよかったんだよな?傭兵が提示した額なのだから定価のはずだ、それにレールイも『もし良かったら伯の方でも傭兵団を探してみてください、金は我々が払いますので』って言ってたし・・うむ!問題ない!)
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「どうだ?仕事は引き受けたのか?」
「・・ええ、受けました。紹介どうも旦那」
オードンと別れ帰ってきたライゾールにドイドは声をかける。
心なしか興奮していて、あからさまに彼の言葉にドイドは安堵する。
「そうか・・では俺からも依頼がある」
「旦那・・おれはもう・・」
「ええい!違う!護衛契約はもういい、オードン伯の仕事に追加依頼だ」
「・・なんです?」
てっきりまだあきらめてないと思っていたライゾールは恐る恐る先を尋ねる。
「敵の名は聞いたか?」
「ショウという男だと」
「そうだ・・・そいつだ・・俺の依頼は簡単だ、その『ショウ』の首をとってこい!生け捕りがベストなんだがそううまくはいかんだろうからな!」
怒りをあらわにドイドは叫んだ。
「どうしてそんなに怒っているのか」と聞きそうになって、ライゾールの頭に過去の記憶がフラッシュバックされる。
それは馬車の上で親の仇のように手綱を握るドイドの顔。今と全く同じ怒りの顔である。
(そうか、そういえば旦那が恨んでいる男と同じ名前だ・・・なるほど、だからこんなに怒っているのか)
ドイドの激情を理解したライゾールは、ふっと息を吐いた。
「わかりました、引き受けますよソレ。で・・・報酬は――――」
「金貨一枚」
「・・・へ?」
「奴の首に金貨一枚出すと言ってるんだ!代わりに確実に仕留めてこい!!いいな?」
「わ、わかりました」
普段の要素がかけらもないドイドの様子に、若干気圧されながらライゾールはうなずいた。
そしてこれ以上関わりたくないとそそくさとその場を後にする。
「ふっふっふ・・ついにだ、ついに貴様にあの時の恨みを晴らせるぞ・・・待っているがいい、ショウ」
午後を伝える鐘の音が響く街で、ドイドは不気味に笑った。
その鐘の音が彼にとっては幸福を告げるベルのように聞こえたに違いない。




