第5話 ゴブジイの願い
今回会話が多めです
「それは・・わしの夢だからじゃ」
重々しくゴブジイは言った。
表情は普段からは考えられないほど真剣であり、そのギラギラと輝く瞳にはどこか叡智が宿っているように思える。
その瞳でゴブジイは一心にショウをみつめる。
ゴブジイの真剣なまなざしを受けてショウはうなずいた。
ショウのその態度に満足したのか、ゴブジイはゆっくりと語りだした。
「わしの夢・・・。そうじゃなぁ、ちょっとした昔話から始めようか」
ゴブジイは自分の髭をいじりながら夜空を見上げる。まるで昔を思い出しているかのようだ。
やがて、視線をショウに戻すと話を再開する。
「わしも昔は、そうちょうど今のガキ小鬼と同じような生活をしておった。
仲間と共に道を歩く旅人や商人を襲い、殺し、身ぐるみを剥いでおった。わしはその頃から・・今ほどではないが賢かったし力も強かった。
わしがいればほとんど失敗することはなかった。だから何度も繰り返した。当然間違っているとも思っていなかったわ。」
ショウは静かに話を聞く。
ゴブジイが昔の話をするなんて初めてだったからだ。いや、実際は聞き入っているだけかもしれない。
理解したつもりでいたゴブジイという小鬼の新しい側面を見て興味がわいたのだ。
「あれはいつじゃったか・・詳しい時は忘れたが、わしがある小鬼部族の長になりたての頃じゃな。
わしは長になりたてで調子に乗っていた、舞い上がっておったのじゃ。わしは長として功を急ぐあまり普段はいかない森の奥に仲間を連れ、狩りに出かけた。
当時は食糧難での近場での狩りや採取では賄えないと判断しての事じゃ」
だがそれが失敗じゃったと言うとゴブジイは話を続ける。
「しくじった。見たことがない魔獣に襲われ仲間は全滅。わしは瀕死の傷を負いながらもなんとか逃げ出した。」
ゴブジイの声が少し震えた。
昔を思い出し若干恐怖しているようだ。
「なんとか魔獣の縄張りから逃れたのはいいモノの、わしは傷が深くもう歩くことすらままならず木を背に座り込んでしまった。
再び立ち上がる気力も体力もなくただただ死を待つだけになってしまったのじゃ」
ゴブジイの語りに熱が入る。
ショウは黙ってうなずきながら話を聞く。ゴブジイの語りの虜になってしまっていた。
「そこにじゃ!わしの方に向かって歩いてくる人間がいたのじゃ。冒険者のような身なりをしておった。
わしは思っておった。こいつに殺されて死ぬのじゃと。恨みはなかった、人間は敵じゃったし逆の立場ならわしもそうするからな」
「しかしその男はわしに近づくとポーションを置いて、わしに何もせずにそのまま立ち去ろうとしたのじゃ。
ポーションとは薬草よりも回復の効果があり、その分高い価値がある。わしは何度か人間から奪って見たことがあったから、それが本物だとすぐに分かった」
「だからこそ謎じゃった。なぜ敵である小鬼であるわしにこんなことをするのかがな。
わしは叫んだ『なんのつもりだ!ニンゲン!なぜこんなことをする!?』とな」
ゴブジイは少し笑った。
話は笑えるような内容ではないはずだが、まるでいい思い出かのようにどこか嬉しそうに話す。
いや、実際にいい思い出なのかもしれない。少なくともゴブジイの笑顔に嘘はなかった。
「するとそいつは足を止め、振り返って言うのよ、『困っている人を見つけたら助けるのはあたりまえだ』とな!
そいつはそれだけ言うとどこかへいってしまったわ。わしか?わしは呆けておったよ。そいつの言葉の意味が分からずな」
ショウははっとした。
ゴブジイがその時その冒険者にいわれた言葉に聞き覚えがあったからだ。
そう、ショウが目覚めた日、なぜ助けたと問うたショウに対してゴブジイが言った言葉そのままだったからだ。
「つ、つまりその冒険者のおかげで、人間を敵と思わなくなったってことか?」
「いいや違う。」
ゴブジイはきっぱりと否定する。
ショウは予想外の答えに頭に疑問符を浮かべた。
「たしかにそやつの行動はわしの価値観に多大な影響を与えた。じゃが、決定打には至っていおらん。
わしが今の考えに至るまでもう一つ!もう一つの事柄があるのじゃ」
ゴブジイは指を一本あげて一を強調させた。
ショウはうなずき話を続けるように促す。
「ポーションのおかげでなんとか住処に戻れたわしは冒険者の行動に疑問を持ちながらもいつもの生活に戻っていったのじゃ。
獣を狩り、果実を採り、人間を・・襲ったのじゃ」
ゴブジイの声は重く沈んだ。
ニガ虫を潰したかのように顔をゆがめ眉をひそめる。
「・・・冒険者の一件以来初の標的は旅人じゃった。家族で旅をしているようで母、父、子の三人。わしの復帰戦にはちょうど良かったのじゃ。
いつも通り道沿いの木の陰に隠れておったわしらは、突如飛び出しその家族に襲いかかった。
その家族の父はなかなかの手練れで、少々苦戦した。が、わしの相手ではなく仲間が手こずったそいつをわしは難なく始末した。
そして次なる標的を定め、残っている母とその子を睨んだ。そして、そこでわしは見たのじゃ」
何を?とショウが聞く前にゴブジイは続ける。
「母は子をわしらからかばうように抱きしめ、わしを睨んだのじゃ。その瞳には恐れ、絶望、怒り、悲しみなど様々な感情が詰まっておった。
そしてそれらの感情がわしの中に怒涛のように押し寄せ、わしの中をかき廻り、そしてわしの中の何かを壊したのじゃ。
同じような目なぞ何度も見て来たはずじゃのに、その人間の母の目だけから無数の感情を読み取ったのじゃ。」
「わしはそうしてようやく悟った。人間も小鬼も同じなのだと。
わしらが仲間を思いやるように、人間もまた家族を思いやる。わしらが仲間を殺されれば怒るように、人間もまた家族を殺されれば怒るのじゃとな。
人間も小鬼も人なのだと!魔獣やモンスターのような意思がない魔物ではなく、小鬼は『亜人』なのだと!人の気持ちを読み取ることのできる存在なのじゃ!
だから、あの冒険者は同じ‘人’として助けるためにわしにポーションを渡し、おかげでわしは人間の感情に気づくことができた!」
ゴブジイは興奮してまくしたてた。
自分の熱い意志を、考えを伝えようと必死になっている。
「・・・気づくのが遅すぎたがな。わしが止めるよりも早く、その人間の親子は仲間の小鬼によってころされてしまった。」
ゴブジイは先ほどと同じように顔をゆがめ眉を細めた。
きっと後悔しているのだ。その親子を救えなかったことを。もっと早くその考えに至らなかったことを。
「でも!それに気づけたなら小鬼の考えを変えることはできたんじゃ・・」
ショウは途中で言葉をきった。
聞かなくてもわかっているからだ。小鬼の考えが変わっていないことに。
その証拠にショウは転移初日に小鬼に殺されそうになっている。
「そうともショウ。お前の思っている通りだ。わしは住処に戻って部族の皆に話したさ。
『人間は敵じゃない』、『人間と協力することができるはずだ』とな。が、返ってきた言葉はわしを真っ向から否定する言葉じゃった。
わしは部族を追い出され、これまでずっとひとりで生きて来たのじゃ」
ゴブジイは目をつむり過去の記憶を掘り起こす。自分の考えに対して放たれた数々の罵倒を。
『なにを血迷ったことを!我々を裏切るのか!』
『小鬼としての誇りを失ったか!ゴブジイ!』
『前回の狩りの失敗の次はそれか。お前が長ではこの部族は滅びるわ!!』
思い返すだけで心が痛む。
ゴブジイの瞳から一筋の涙がこぼれる。それをあわてて手で拭うとゴブジイは瞼を開け、ショウに向き直った。
「質問に答えてなかったのぅ。『なぜ人間を助けるのか』じゃったな。
わしはいまだに夢見ておるのじゃよショウ。かつての部族の仲間に否定されたこの考えじゃがいつかみな理解してくれると。
人間と小鬼、いや、人間と亜人全体が大昔の大戦の遺恨を乗り越えて協力する日が来ることをな。
わしらは手を取り合って生きていけるはずなのじゃ。それが証拠に、わしとお前はこうして一緒に酒が飲めているのだから」
そういうとゴブジイは笑いながら髭をいじった。
そのいつものゴブジイの癖を見てショウは安心したようにうなずいた。