第55話 発展と陰
新章スタート!よろしくどうぞ
広大な自然を誇るティステル大陸。
魔獣や魔物が跋扈し、日夜争いの絶えないその大陸で、しかし勝者は数で勝る人間である。
二王一帝が平原を制し、その他の小国はあれど覇権を握るはやはり三国。
マッシャルディーナ王国、ダンデンド王国、ガルディアス帝国である。
遥か昔から大陸に君臨するマッシャルディーナ。それに対をなすほどの力を持つガルディアス、そしてほんの数十年で先の二国に名を連ねるほどとなったダンデンド。
各々統治法や特色は違えど、魔獣を寄せ付けず、魔物を狩るのに見合うほどの実力国家である・・・が、さりとてそれは大陸を支配するには足りはしない。
北には大陸を二分するほどの大きなドールデン山脈が連なり、その近くには『霧の大地』と呼ばれる常に霧がかかっている人類未踏の土地がある。さらに、西には上は北から、下は南まで、人間はとても生存できず人外のみが暮らせるガヴァの大森林が人の繁栄を押しとどめていた。
森を開拓すれば更なる領土が見込めるだろう。しかしそれを誰も、三大国ですら手を出さない。
彼らは知っているのだ。森の怖さを。いくら繁栄しようとも、それでもまだ足りないとでも言うように、人は悔しさで唇をかみしめ、大森林は今日も平原を見つめる。
「おーっす!やってる?」
「あ、頭領!何か御用ですか?」
「ガード・・その『頭領』っていうのやっぱりやめないか?けっこー恥ずかしいんだけどな」
「いいえ、やめません。オークの長は『頭領』ですから。ショウさんは僕の頭領です」
「あっそ・・まぁいいか」
にっこりと笑う巨漢のガードに、ショウは苦笑いをして説得を諦めた。
誓約の儀を終えてから『頭領』と呼ばれるようになったのだが、未だに慣れない。カ―マード砦の頭領みたいに尊大な態度でもとるべきかとふとショウは考えた。
マッシャルディーナ王国が都市、『エリート・レント』。
大陸中、最もガヴァの大森林に近いこの街から森に入り、迷わず正しく正確に、真っ直ぐ道を歩くこと最長数時間。
高く生い茂った木の葉が日光さえぎるこの森で、木がなく昼があるこの場所の名は『レイクビュ―』――――の中の最近できた工房である。
鍛冶場とも呼ばれ、高い鍛冶能力を持つオークであるラ・ガード・オーテク(今は進化してオーク・ガンド)たっての願いにより建てられた場所である。
設計はガード、建築はゴブリンたちも手伝って瞬く間に建てられたそれは今現在フル稼働中であった。
カンカンとリズムよく鎚を振るうのは、ガードに弟子入りした女ゴブリン数名。親方であるガードの指示の元日々奮闘している。
ちなみにこれを建てるのにショウは貯金のほぼ全額を使った。
そんな炉の熱と、鎚が鉄を叩く音が支配する場に、今現在長であるショウが訪ねてきていた。
作業を止めて挨拶をするゴブリンたちに、手を振ることで応えると、ショウはガードに向き直って話を続けた。
「ところでガード、今ちょっといいか?会わせたい人がいるんだけど・・」
「ええ、いいですよ。ちょうど作業がひと段落したところです」
「よかった。こっちだ」
ガードの返事に満足したショウは踵を返すと鍛冶場を後にする。
ガードは頭に巻いていた布を外して髪をかきあげながらそれに続いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うひゃぁーこりゃまた随分とでかいな・・・」
「えーっと、ガード、こちらがノイドさん。近くの村で木こりをやってる方で、俺たちに建築のノウハウを教えてれた方でもある。
で、ノイドさん。こっちがオークのガードです。最近仲間になりました」
「どうも初めまして、ラ・ガード・オーテクといいます」
「お・・おぅ。木こりのノイド・イーエルだ、よろしく」
ガードの体格にビビりながらも、ノイドはガードと握手を交わした。
ノイドは別段背が低いわけではないのだが、何分ガードが高い。二人の身長差は大きく、また、ノイドが髭をたくわえていることからまるで、話に聞くドワーフのようだとショウは思った。
「いやー、久々に来てみたらまるっきり様子が変わってるし、こんな・・巨人みたいなやつが増えてるし・・相変わらず規格外だなショウ君」
「ええ、ガードのおかげで大分便利になりました。・・あの井戸もガードがつくってくれたんですよ」
ショウが指差す方向に、三者とも目を向ける。
そこには最近できたばかりの井戸。前はレイクビュ―より少し離れた場所に水汲みに行っていたが、今では村内で水が手に入るようになったのだ。
「いやぁ、たまたま水脈があっただけですから。ラッキーでした」
ガードのおかげと言われて、緑の巨人は照れた。
「いやほんと、すごいな・・俺たちの村の方がここより貧相な気がするよ・・」
ノイドがこういうのも無理はないだろう。それほどまでにレイクビュ―は当初に比べ発展していた。
木の家が建ち並び、奥にはショウの住む邸宅が。訓練場には藁でできた人形ができて、弓の的にも、剣戟の餌食にもなる。
強くなったゴブリンたちを恐れて魔獣は近寄らず、狩りは効率化され、また畑は実りを与えてくれる。おかげで食料は人数分たりてもまだあまり、備蓄は増える一方である。
食料となる魔獣はいくら狩っても広大なガヴァの大森林にはそれ以上に魔獣を抱えていて枯渇することはない。そしてその余った食料はカ―マード砦のオークたち、そしてノイドたちとの取引に使うことができた。
順調。その一言がこれ以上似合う場所が無いほどに、レイクビュ―は繁栄の限りを尽くしていた。
「はっはっは、ありがとうございます。
でもノイドさんの所も順調でしょう?あれの建設はどんな感じですか?」
井戸どころか家すらなかった頃を知っているショウは、ノイドの言葉に思わず笑う。
ゴブリンの労働力に言わせて怒涛の発展を遂げたレイクビュー。それが認められたということはゴブリンが認められてのと同義であるとショウは感じていた。
「お?じゃあ今から来るかい?きっと驚くぜぃ」
ショウの質問に、態度を急変しノイドは笑った。
自信たっぷりのその表情に、ショウもガードも興味をそそられる。
「いいですね!行きましょう・・ガードも一緒にどうだ?村の皆さんに紹介しておきたいし」
ガードがレイクビュ―の一員になってから一か月が経とうとしていたが、ガードがノイドの村に行ったことはなかった。
鍛冶場の建設やその他いろいろと工作関係で忙しかったためである。落ち着いてきた今なら時間はあるかと思いショウは提案した。
「行きたいです!連れてってください!!」
「よし!決まりだな。じゃあ行くか・・ニンデ村に」
ノイドの言葉にショウとガードはうなずき、三人はそのままノイドが住む村―――ニンデ村へと出発した。
道中、ノイドが冗談交じりにつぶやいた「ナダが驚かなきゃいいんだが・・」という言葉が現実になることをこの三人が知る由もなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁー」
街が最も活気づく昼ごろ、多くの人々が行き交うその道の上で、人知れずその男はため息をつく。
きらびやかな服を幾重にも纏い、その指には磨き抜かれた宝石のつく指輪をはめている。
一目で一般人ではないと分かるその風貌。明らかに貴族である。
しかし彼の表情はその荘厳華麗な地位に見合わないほど暗く、陰湿なものであった。
男の名はトーニ・モス・オードン。マッシャルディーナ王国の貴族の一人。オードン伯爵である。
「はぁー・・なぜなのかなぁ」
先のため息よりもさらに深く息を吐いて、オードンはぼてぼてと歩く。
オードン家といえば、古くからマッシャルディーナ王国をささえる貴族家である。
マッシャルディーナ同様に歴史は深く、何代にもわたり王国に尽くしてきた良家である。いや、のはずだった。
かつてあった広大な領地は剥奪され、爵位は変わらずとも、伯爵を名乗るには少々心もとない広さとなった。
原因は、国への貢献度。
貴族の仕事は、大きく分けて二つ。有事の際の兵の提供、領地から徴収した税の納税である。
これら二つの仕事をうまくこなしく国へと貢献することで王から、領地を賜り私腹を肥やすことができるのだ。
しかしながら、オードンはそれをうまくできなかった。それゆえに領地を没収されたのだ。
オードンなりに頑張ってはいたのだが、与えられた領地は作物を育てるのに適さず、特産品もないゆえに観光も成り立たない。
辺境の土地なので商人は頻繁に訪れず、経済はうまく回らない。
最悪である。いや、真に最悪なのは今代オードンが先代オードンから領地経営の術を学んでいないことだった。
歴史あるゆえに簡単に爵位は剥奪されないとたかをくくったのか、それとも単なるバカだったのか。先代は、貴族社会で生き抜く術―挨拶や舞踏会での踊り方―ばかり今代に教えていたのだ。
不幸中の幸いだろうか。それともなるべくしてなったのか。今のところオードンはその教えのおかげでできた人脈を使い、なんとか助けてもらえている。
しかし、同時に、それがいつまで続くわけがないということを知っている彼は今後どうすべきなのか、壮絶に悩んでいた。
「父上はなぜ私に・・はぁー」
先代オードンはすでに他界している。文句の言いようもなかった。
せめて有能な人材でも残してくれればよかったのに、類は友を呼ぶのか、オードンの周りにいるのは無能な家臣ばかりであった。
おかげで誰にも相談できず、1人悩むしかない彼は、ときおりこうして街に出る。
貴族としての矜持から、部下の前で弱った姿は見せないように、供回りはこの時ばかりは連れていなかった。
「おや?オードン伯ではないですか・・・おひとりですか?」
「やあドイド君」
三回目のため息をついたオードンに前方から声がかかった。
かけたのは奴隷商人のマル・ドイド。オードンに負けず劣らずの肥満体形を揺らして笑顔で近づいてくる。
「前回の闘技大会以来だね・・また選手提供でもするのかい?」
「え、ええまぁ。オードン伯はここで何を?誰も連れていないようですが・・」
『闘技大会』という言葉に一瞬表情を曇らせるドイドだったが、持ち前の笑顔スキルですぐに立て直し、その話題は続けたくないと、即座に質問を切り返した。
「・・・さ、散歩だよ、散歩。時々街を見て回るのさ」
「そうですか・・なにやら陰鬱な表情をなさっていたので、なにかあったのかと思っていました・・」
「そ!、んな・・そんなことはないよ。経営もうまくいっているし何の問題はないさ」
嘘である。
例年国が行う『霧の大地』から定期的に現れる魔物の討伐。最近それを国に力を示すために領地から男衆を集めてやって見せたが、結局費用がかさんだだけで国からは特に何の恩賞もなかった。
うまくいっているどころか悪化の一途をたどっている。しかしそれを告げるのは貴族としての矜持が許さなかった。
「ほぉ、それはよろしいですな。では新しい奴隷などいかがですか?オードン伯のためにご用意しました特別なものが―――」
「い、いや結構だ。結構だよドイド君。奴隷は足りているとも」
「そうですか、それは残念です・・おっと、ついうっかり長話をしてしまいましたな。私はこれで失礼いたします」
「お、そうかね・・ではなドイド君」
「ええ、では」
客になりえないと判断したドイドは、ちゃっちゃと会話を切りあげると、すぐにどこかへと歩いて行ってしまった。
少しの間その後ろ姿を眺めていたオードンだったが、ふぅっと息を吐くと、散歩を再開した。
「気楽でいいなぁ商人は・・貴族の苦労など知らないのだろう。
はぁーあどこかにうまい話でもないのだろうか・・・・」
「トーニ・モス・オードン伯爵」
「ううぇえ!?誰だ!」
不意にかけられた声に驚くオードン。
周りを見渡せば、暗みがかった路地裏に一人、こちらを見ている人物がいる。
「失礼・・怪しいものではありません」
そういうと、その人物はゆっくりとオードンの前に姿を現した。男である。
「私の名前はレールイと言います。実は伯に良いお話を持ってまいりました」
そういって彼は嘘くさい笑みを浮かべた。




