ある冒険者たちの一日②
間が空いてしまい申し訳ありません。
もしよければ、前回と合わせてお読みください。
「ピギィー!!」
「オオオッッ!!」
豚のような顔にたくわえた脂肪を揺らして、豚食人が叫ぶ。
太い木の枝を加工して作られた粗末な槍が、標的を射ぬかんと突き出されるが、ファングはそれを難なくいなした。
ファングの両手剣によってそらされて豚食人がわずかによろめく。
「シッ!」
いつの間にか横に迫っていたミゼルが隙を見せた豚食人の腕を片手剣で斬りつける。
ピギィと顔を歪めて反撃に出る豚食人だが、繰り出した槍は、ファングのタックルによって阻害された。
「ピギィィイー!!」
「ミズ!!」
「分かってる!!」
愛称で幼馴染を呼べば、すぐさま返事が返ってくる。
二人の視界には突進してくる他の豚食人たち。先ほどの豚食人Aが呼び寄せたのだ。
「オオオッッ!!」
両手剣の重量を生かして、ファングは豚食人Aの顎を叩いた。
剣ではなく鈍器として扱われたせいで、本来のキレ味はないが、代わりに豚食人Aの脳は揺れに揺れた。
ふらふらと頭を押さえる豚食人A。しかしそれは致命的な隙を生んでしまった。
「「≪斬撃≫」」
ファングは大上段から叩き潰すように、ミゼルは下方から切り払うように、それぞれスキルを乗せた斬撃を放った。
淡く光を纏った両手剣は豚食人Aの肩口から腰までを深く切り裂き、片手剣は腹から腕までを斬りつけて、片腕を跳ね飛ばした。
厚い脂肪すら切り裂くスキルの力に、豚食人Aの生命力は耐えきれず絶命した。
「ピギィーー!!」
小さな勝利を得た二人に、仲間を殺されて激高する豚食人Aの群れが迫ってくる。
数にして四匹。一匹一匹が粗末な槍を持ち、厚い脂肪を揺らしている。
「二人ともどいてください!!」
後方からの声に、すぐさま二人は左右にとんだ。
ばらけた標的のどちらを狙おうかと豚食人たちがわずかに悩む。そしてそれが彼らの命運を分けた。
「カイ ヲキト クゥー ケイク ファイコ デモ―リッシュ―――≪火球!!≫」
後方で魔力を練っていた魔導師リビィから早口で呪文が唱えられる。
言葉を紡ぐたび、差し出されたリビィの杖先から炎が顕現し、徐々にその大きさを増していく。
やがて元世界でいうところのバスケットボール大まで膨れ上がった炎の球が、リビィの意思に従って放たれた。
真っ直ぐにファングとミゼルが開けた射線を通って火球は進み――――
「ピギィ!?」
――――豚食人にぶつかって激しく燃え上がった!
「ピギャヤヤアアアアア!!」
「・・すごいなコレは」
「ほんと、いつ見てもな」
肉の焼ける痛みに耐えかねて絶叫する豚食人たちを、苦笑いを浮かべて二人は見る。
まさしく地獄絵図。しかしながら油の多い魔獣である豚食人が焼ける臭いは・・・なんというか、食欲がそそられる。
「でも・・気持ち悪くて無理だな」
ぼそりとファングはつぶやいた。
喰うこと自体はいいのだが、それは店で出てきた場合のみだ。自分で狩ってそれを食うというのは、どうにも受け入れがたい。
さっきまで生きていた者を、しかも自分が殺めたものを食うというのは、村人だった頃ですら、ファングは経験していなかった。
「ピギャアッッッ!!」
「ぐっ!」
「ミズ!!」
思考を巡らせていたファングの横、突如として炎の壁の向こう側から突き出された突きがミゼルに命中した。
――油断した!まだ生き残りが!!
≪火球≫で全滅させたと思っていた豚食人。しかしまだ闘いは終わっていなかった。
「かすり傷だ!くそったれが!!」
「ピギィ!!」
炎の壁を通り抜けて、ミゼルに突きを放った豚食人が現れる。
ミゼルの言は真実のようで、わき腹からわずかに出血していた。安物の防具が一応は仕事をしたみたいであった。
「おらぁ!!」
体をひねって遠心力を加えたミゼルの回転斬りを豚食人は身体をそらしてかわす。
しかし避けた先にはすでにファングの両手剣が迫っていた。
「ピギャアア!」
「なっ!!」
豚食人は、ソレを受けた。そして、そのままファングに向かって前進した。
肉を切らせて骨を断つ。それを実行した豚食人に驚愕からファングは目を開く。
ゴッ
「うぐっ!」
くぐもった声を上げて、ファングは突き飛ばされた。
獣の重量をもろに食らったのだ。来ている革鎧は打撃までも吸収してくれない。
「ピギャアァ!!」
「っと・・!!」
背後から黙って斬りかかろうとしていたミゼル。
しかしそれが読まれていたのか、豚食人は振り返りざまに槍を振り回した。それをギリギリ首を引いて躱すと、追撃を嫌ってミゼルは跳び引いた。
立ち上がって両手剣を構えるファングと肩を合わせてミゼルも立つ。
若干乱れた息を整えながら、二人は豚食人を睨む。
「ふーっ、あいつなかなかやるな」
「あぁ、他のやつとは一味違う」
短く切りそろえられた赤い髪を、ガシガシと掻きながらファングが言えば、青い髪をかき上げながらミゼルが応えた。
「ピギィィイィアアアアアア!!!」
絶叫。
背後には仲間の死体。正面には敵二人、その奥にさらに二人。
手には焦げた木の槍。肩口には両手剣によってできた傷があり、だらだらと生命力を垂れ流している。
敵は強く、自身は傷持ち。体力は万全とはいい難く、逃げれば瞬く間に殺される。
ゆえに豚食人は叫んだ。持ちうる生命力を乗せて闘争心をひねり出す。
勝てば生き残り、負ければ死。自然に生きる獣として、そんなことはすでに知っている。
強い奴が生き残る。死にたくないなら敵を超えるしかないのだ。
死が目前に迫っていながらも、なおも生きようと、文字通り決死の覚悟を決めて叫ぶ豚食人。
それを見て、ファングは笑った。見てはいないが、隣でミゼルも笑っていることだろう。
冒険者とは闘いに身を置く職業。命のやり取りなど日常茶飯事である。
闘いでは何が起こるかわからない。自分の方が強かろうと、油断すれば格下相手に負けることもあるのだ。
そうならないためには油断しないこと、そして、敵の覚悟に負けない程に腹を決めることだ。
ぶれてはいけない。相手はもちろん生き残るために必死になる。それを押しつぶすほどに、こちらもそれ相応の覚悟がいる。
「行けるか?ミズ」
「ああ、お前がびびってなけりゃあな」
ミゼルの軽口に、二人は軽く笑い、そして頷き合った。
「オオオオォォオォオ!!」
「ピギィィィアアィィアアアア!!」
生存をかけた争いが再び始まった。
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「≪治癒≫」
「ありがと、ローリ」
まるで子供のような体躯の神官ローリ。
彼女の手から発する白い光が自身の傷をいやしていくのを見ながら、ファングは礼を言った。
「耳集め終わったぞー」
「うわっ!見せないでよ馬鹿ミゼル」
豚食人の耳を集めた袋を、わざとリビィに見せるミゼル。
焼け死体、それと最後まで抗った豚食人の耳を見て、うぇーっとリビィはうめいた。
「あ?お前がやったんだろ、ちゃんと見ろよくそリビィ」
「切ったのあんたじゃない!私はこういう生々しいの無理だって言ってんでしょうが!」
「これが俺らの稼ぎになるんだぜ?冒険者なら慣れろっての・・・ほらっ!!」
「ギャーッ!やめてよほんとに!!焼くわよ!?ミゼル・ズナッシュ!!」
闘いのあとの高揚感からか、普段よりテンションの高いミゼル。
仲が悪いと互いに言うミゼルとリビィだが、傍から見ると、どうにもそうとは思えなかった。
「はいっ、終わりました!他に痛いところはありませんか?ファングさん」
「いや、ないよローリ。ありがとな」
ミゼルとリビィのやり取りを見ているうちに、いつの間にか治療が終わっていた。
治療をしてくれたローリに笑顔で礼を言うファング。思わず頭を撫でようと手を伸ばしそうになるが、意思の力でそれをねじ伏せる。
以前思わず撫でてしまった時に、「子ども扱いしないでください!」と怒られた経験があるからだ。
「ほんとにないですか?我慢してませんか??」
「ないない。大丈夫だよローリ」
普段はもじもじと自分の意見をはっきりと言えない彼女だが、こと治療となると、前面に自分の意見を押し出す。
神官としての自負があるのか、それほどまでに心配してくれているのかわからないが、ファングからすれば心配し過ぎに思えた。
「うぅ・・そうですか。私は戦闘じゃ役に立てませんから・・ここだけは役に立ちたくて、つい・・」
「なんだそんなこと・・。いいんだよローリはこのままで、神官のローリが傷を治してくれるから、前衛の俺たちが思い切り戦えるんだから」
「・・そうですか?」
「ああ、そうだ。ローリのおかげだよ、今回の勝利もな」
実際、神官は非常に重要な役割を担っている。
そもそも神官というのは―魔導師もそうだが―才能がなければなることのできない職業である。
両方とも魔力を使うがゆえに、先天的に魔力の少ないもの、もしくは魔力があってもそのコントロールが上手くいかないものは成ることは出来ず、コントロールができたとしても、それはようやくスタートラインに立てたという意味でしかない。本物になるには、そこからさらに厳しい鍛錬が必要になってくる。
それに神官にはそういった才能の他に、もうひとつ必要なものがある。信仰である。
魔導師が使う魔法というのは、体内の魔力をつかって大気の魔素に干渉して発現されるものとされているが、神官の使う技は同じく魔力を使うとしても、そのプロセスは魔法のそれとは全く違う。
神官曰く、『魔力を神に捧げることで、それに見合った奇跡を起こしてくださる』という事らしい。そしてそのためには神を信じる心が必要不可欠なのだとか。
それゆえに、魔力を操る才能のある者の大半が魔導師という、何の縛りもない道を選ぶ。元々信仰していたならともかく、『奇跡』を使うためにわざわざ入信する人は少ないのだ。
以上の理由から、神官の数は少なく、その中でも冒険者をやっている者の数はさらに少ない。大抵のものは教会や神殿に勤めるからだ。
言ってしまえば、ファングのパーティーにおいてローリが一番貴重な存在であった。
ファングが言った通り、後方に神官が控えていて、いざとなったら傷を治してもらえるという保険があるからこそ、前衛の戦士たちは勇気をもって切り込めるのだ。
そういった思いを込めて、ファングはニカッと笑うと、ローリもまた笑みを浮かべた。
自分の言いたい事が伝わったのだと確認して、ファングは立ち上がった。
「おーい!ミズ、リビィ!」
いつまでもギャーギャーと騒いでいる二人に声をかけると、同時に二人が振り返る。
こういうところが仲のいい証明なんだが、これを言うと文句を言われるので、笑ってファングはその思いを飲み込んだ。
「帰るぞ!エリート・レントに!」
帰って冒険者組合に出向き、依頼達成の報告をしなければならない。
そこまでして、ようやく冒険者たちの長い一日が終わるのだ。
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ガタッガタッ
車体を揺らしながら一台の馬車が人気のない街道を通る。
周りには、上質な革の鎧で身を固めた男たち。腰には片手短剣を引っ提げていて、その馬車を守るように馬を駆っている。
舗装されていないでこぼこのあぜ道をその馬車は進む。揺れるたびに尻が痛むが、御者席に座る男はいつもの事だと気に留めなかった。
「ふんっ!まったく、金なし貴族が・・」
吐き捨てるように御者席に座る男―――奴隷商人のマル・ドイドが苛立ちを隠さずにつぶやいた。
馬車の中身は売れ残った奴隷である。「見た目が悪い」、「細すぎる」と貴族に文句を言われて売れなかった者達。
しかしそれらは建前に過ぎないということドイドは知っていた。買おうとしなかった貴族の本音が「金がない」ということも。
貴族というのは何よりも見栄を大事にする。無駄に高い美術品を買ったり、たくさん奴隷を買ってこき使うなど、自らの財力を示すのに一番力を注ぐ生き物である。
だからこそ困るのだ。奴隷すら買えないほど金がないと思われるのは。だが、「奴隷の品質が悪かったからあえて買わなかった」という言い訳があれば、『目利きのある貴族』として面目が立つというわけだ。
浅はかである。自分の売っている奴隷に品質の悪い者などいないということは、ドイドが一番よく知っていた。
客の前では笑顔で通した彼だったが、内心そういう貴族たちに辟易していた。
というのも最近そういった事が増えたからだ。今まで全くなかったと言えば嘘になるが、ここ最近の奴隷の売れようと言ったらそれはもう・・ひどかった。
収入は月を追うごとに減っているし、高値で売れる亜人はなかなか見かけない。しかもそれに追いうつように――――
ちらっとドイドは視線をある男に向ける。
視線を向けられた男は一瞬目を合わせると、すぐに視線を逸らした。
そらした男の名はライゾール・テラファイン。今現在ドイドの護衛を務めている傭兵団『風来の剣』の団長である。
彼とはかれこれ三年以上の付き合いになるが、それも今向かっているエリート・レントにつくまでとなっている。
契約の解消である。
最近の売り上げを見て見切りをつけられたのか、先日ライゾールから契約の更新をなしにしてくれと申し出があったのだ。
当然、ドイドは引き留めた。『風来の剣』は優秀で、契約金以上の働きをしてくれるし、三年以上も共に仕事をしている関係から、奴隷商の勝手がわかっていてやりやすいのだ。
契約金の引き上げを提案したが、ライゾールの意思は固く、答えを変えさせることはついぞできなかった。
「ふぅーやれやれ。エリート・レントについたら奴隷を売って、新しい傭兵団を捜して、・・・何人かを闘技場に出すか」
闘技場。そう聞いてドイドの頭に去来するのはある男であった。
数か月前、ドイドを騙し、ゴブリンを奪っていった男。
「・・ショウッッ!今どこにいる・・必ず見つけてやるぞ・・見つけて、報いをッ・・!」
手綱を握りしめ、歯を食いしばる。
ショウの顔を浮かべるだけでふつふつと怒りがこみあげてきて抑えられないのだ。
数か月たった今でも、怒りは薄れることはなく、むしろ増大していた。
ここ最近の不景気も、思えばショウにゴブリンを奪われたあの日から始まった気さえしていた。
「ボス、見てくださいよあれ」
「ああ、またやってるな・・」
ボス、と呼びかけられて、ライゾールは返答する。
視線の先には怒りの形相を浮かべるドイド。数か月まえから時折ああいった表情をしている。
どうやらショウという若僧に騙されたことが悔しいようで、最近の景気の悪さもそいつのせいにしているようである。
しかし、真実は違う、とライゾールは思っていた。奴隷が売れないのはドイド自身のせいであると。
昔の彼であったなら、もう少しうまく立ち回り利益を上げることができたはずだった。
そうできないのは、ショウの一件から商売に集中しきれていないからだ。そしてそれがライゾールが契約の更新を辞めた理由であった。
実力を出し切って売れないのなら先はある。が、今の状況をなにもかもショウのせいにしていては、この先改善されることはないということをライゾールは悟っていたのだ。
長い付き合いが故に、少しばかり心配の気持ちはあるが―――
(まぁ・・仕事だしな)
先のない商人と仕事するメリットはない。
傭兵団の団長として、ライゾールには部下を食わしていく責任があるのだ。情だけで雇い主を決めることは出来ないのだ。
さりとて、これもエリート・レントにつくまで。
ドイドをきっちり送り届ければ、仕事は終わりである。
そうなんとか自分を励ますと、ライゾールはただ黙って、傭兵としての務めを果たすのであった。
次回、新章に入ります




