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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
幕間
57/110

ある冒険者たちの一日

想像以上に長くなっちゃいました。

気軽にお読みください



 太陽が中天で輝き、昼を告げる鐘の音が鳴る。

石畳で整備された道を、幾多の人々が雑談を交わしながら、もしくは独りでゆっくりと、あるいは足早に歩いている。

勿論、道を通るのは歩行者だけではない。車輪を回してガラガラと、馬車だって通る。

ここは『エリート・レント』。ティステル大陸は大国、『マッシャルディーナ王国』の一都市である。


 時刻は昼時というのもあって、建ち並ぶ店々からは、鼻腔をくすぐるいい匂いが漂ってくる。

道行く人はその香りに誘われて、吸い込まれるように店に入り、入らない者でも手には肉串があり、食べながら歩く者もいた。

都市の中でも一際目立って栄えるエリート・レントの、もっとも騒がしい時間帯がまさに今であった。


 そんな喧騒の中で、誰と話すでもなく一人で歩く男がいる。

上背は高く、炎のように赤い髪を短く切りそろえ、服の上からでも鍛えているのが分かる肉体。

背中に背負った両手剣グレードソードは否が応でも目を引き、着ている皮鎧や、腰に下げた短剣から闘いに身を置く職業だという事が推測できた。

となると職業は冒険者か傭兵か。はたまた盗賊や強盗という線も否めない。着ている鎧が国支給のモノではないということから兵士である可能性は低い。


 そんな彼は迷いなく堂々と歩き続け、やがて一つの店へと入った。

そこでようやく人々は彼の職業を断定できることだろう。その店の名は『金の雄鳥おすどり亭』。

冒険者御用達の居酒屋である。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ギィ


 木でできた戸が開き、1人の男が入店する。

昼だというのに店内にはそこそこの客がおり、すでに酒盛りを始めている輩さえいた。

男は自分の赤髪を掻きながら、ざっと店内を見渡して――――


「おーい、ファング!こっちだ」


 ――――手を振って居場所をアピールする友人を見つけて近くに駆け寄った。


「おっちゃん、ラムリひとつ!」

「・・あいよ」


 赤髪の男、ファング・バーバリンは店主に飲み物を注文すると、背負っていた両手剣をテーブルにかけて、席に座った。

髭にスキンヘッドといういかつい見た目の店主の短い返事を聞きながら、ファングは、対面に腰かける友人に声をかける。


「悪い、遅刻か?」

「いーや、ギリギリセーフだな。他の奴らは・・相変わらずだがな」


 ファングの対面に座る男、ミゼル・ズナッシュは「あいつらはどうしてこう・・」と深くため息をついた。

ファングの燃え盛る炎のような髪色に対し、ミぜルの髪は深海を思わせる深い青色。

きりっとした目つきと、ファングとは対照的な細く引き締まった肉体と相まって、ファングと同い年とは思えない色気を漂わせている。


 ドンッ


「・・銅貨三枚」


 カウンターにいた店主が、木でできたグラスを勢いよくファングたちのテーブルに叩きつける。

幸いにしてこぼれることはなく、ファングはすぐさま店主が要求した額を支払った。

店主は確かに受け取ると、ソレを薄汚れたエプロンのポケットにねじ込み、無言のうちにカウンターへと戻って行った。

店主の無愛想と接客態度に慣れている二人は、別段それに関して言うことはなく、何もなかったように話を続ける。


「まあそんな怒るなって。準備に時間かかってるんだろ」


「貴族主催の舞踏会に行くわけでもないのになぁ、準備にそんなに時間かかってたまるかよ。どうせ寝坊だ、どうせな」


 青い髪をゆらして抗議するようにミぜルは言う。

見た目はイケているのに女が寄ってこないのはその態度が原因だぞ、と心中で思いながら、しかし言っても直らないだろうという確信に近いものがあるので、ファングは黙ってうなずいた。


「舞踏会なんていったことないだろ、ミズ。あんなとこ行く人たちはもっと準備に時間かかるだろ、化粧とかさ」


「あぁ、たしかに行ったことねぇけど、行きたくもないね。ずっと笑顔でいるなんて地獄じゃねぇか」


 ハッと馬鹿にするように鼻で笑うミゼル・ズナッシュことミズ。

二人は同郷の田舎出であり、幼少のころからの付き合いである。当然、貴族の舞踏会などに行ったことがないというのは知っていた。


∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥


 ファングとミゼル。二人はマッシャルディーナ王国領内の、小さな村でその子供時代を過ごした。

ティステル大陸の人々の大半が、その一生を自身の生まれた場所で終える。これは奴隷や雇い主によって各地を転々とする傭兵などを除けば、身分を問わずそうである。

ではなぜ、小さな村で生まれたこの二人が、エリート・レントという名の都市にいるのだろうか。答えは簡単かつ、悲劇的なもの。・・・故郷を失ったからであった。


 悲しいことに、自分が生まれ育った村を失って、都会に仕事を求めてやってくるというのはよくある話である。

それは一種の天災のようで、防ぐことは出来ず、なるようにしかならない。「それはかわいそうに」と同情はされるが、その言葉には仕方がないね、というニュアンスが多分に含まれる事であった。

その天災は大まかに分けて二つ。

ひとつは、かつて傭兵団『風来の剣』団長のライゾール・テラファインが、過去遭遇した事態―――魔獣の襲来である。

彼は幸運なことに、灰色狼グレーウルフの群れの襲撃に遭った際、当時近くを通りかかった傭兵団『鋼の風』に助けられて、村は無事であった。

普通はこうはいかず、自衛の術を持たない村人たちは、あっさりと蹂躙されてしまう事だろう。魔獣とはそれほどまでに強大である。


 しかしながら、彼ら二人が体験したのは、もうひとつの天災。魔物ではなく人間による破壊―――盗賊による略奪だった。

魔獣というのはその特性に特化しており、灰色狼であるなら、群れで動くその高度な連携、そして速い脚と鋭い牙と爪である。

そう考えると人間の方がいくらか危険度は低いのでは?と思う人もいるが、必ずしもそうとは限らない。

当然のことながら、人には爪も牙も、獣並に速く走れる脚もないが、彼らには道具を扱うに足りる器用な手と、それを操る賢い頭・・・・そして感情がある。

「獣にだって感情はある」そう主張する者もいるだろう。しかしこの場合の感情があるというのは、盗賊が抱く思いが襲われる村人たちに伝わるということだ。

同じ人であるがゆえに、その行動から、表情から、ひしひしとその感情が伝わってきてしまうのだ。盗賊たちから発せられるその明確な意思、理性を取り払った欲望がそのままダイレクトにぶつけられる。

そしてそれらは大抵が殺意や、肉欲を満たすことで占められており、それを受け取ってしまったら、同じ人として理解でき、理解できるがゆえに恐怖してしまう。ともすれば魔獣以上に・・・。


 そしてその暴威がファングたちの村を襲ったのだ。

盗賊とはいわば荒くれ者。中には訓練を受けた者もいるかもしれないが、大抵の者は腕力を振りかざす知識も技術もない輩である。それゆえに訓練された兵士には到底敵うはずもない。

しかし、相手は村人。武器などロクに握った事がない彼らが、経験だけはある盗賊たちに、まともに抵抗できるわけもなかった。

またたくまにファングたちの村は壊滅に追い込まれ、森に出ていたファングとミゼルが帰って来たときはまさしく地獄絵図であった。

当時成人したばかりの二人、魔獣を殺したことがあっても、人間と殺し合いをしたことがなかった二人は、そのあまりに残酷な景色に絶句して立ち尽くす事しかできなかった。

盗賊の一人が呆然とするその二人を見つけ、醜悪な笑みを浮かべた。二人の様子をジロジロと見ながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。手にある剣を見せびらかし、「これで殺す」と無言のうちに示していた。

やがて間合いへと入った二人に、盗賊は、大上段に剣を構えて―――――


 ――――ファングから放たれた拳によって後ろに大きくのけぞった。


 あまりの急であったために踏ん張りがきかず、その盗賊はたたらを踏んでしりもちをついた。

『何をする!!』――怒りあらわに叫ぶ盗賊の目の前には、同じく怒りの形相で斧を振り下ろすファングの姿があった。


 ガシュッ


 薪割りとも、伐採とも違う感覚を腕に残して、ファングは初めて人の命を奪った。

念入りにもう一度斧を振り下ろすファングを、驚きの表情で見ていたミゼル。そんな彼に、返り血で顔が濡れたファングは、友人に見せるようになるべく柔らかくした、しかしそれでも隠せぬほど怒りをあらわにして、ゆっくりと言葉を発した。


『許せるか?』


 泣くのを我慢したとも、荒らげないように努力したともとれる声量で問いかけられ―――『許せない』ミゼルは自然とそう答えていた。

言葉にした途端、ミゼルにもふつふつと怒りがわき上がる。冷静な性格ゆえに、ファング程表情にも言葉にも表れなかったが、確かに彼は怒っていた。

ミゼルはつかつかと死体となった盗賊に近づくと、彼が握っていた剣を拾い、それをそのまま彼の動かなくなった心臓へと突き立てた。


『許せない』


 もう一度同じ言葉を吐いて、ファングとうなずき合う。二人の意志は固まった。


 そこからの彼らの動きは素早く、総勢九人の少数盗賊ではあるが、瞬く間に二人によって全滅させられることとなった。

自分の村の情報をフルに生かし、時に罠にはめ、時に片方が囮になり、各個撃破していく様は、二人がこれ以上ないほどに怒りながらも、冷静に思考していた証明であった。


『これからどうする?』


 村の仲間を皆土に埋め、盗賊たちの死体を焼き払ってからミゼルはファングに問うた。


『王都に行って兵士になる。俺たちみたいなやつをこれ以上つくらないために』


『・・じゃあ俺もそうしますか』


 次の日、二人はマッシャルディーナ王国の王都へと旅立ち、到着後すぐさま兵士へと志願した。

しかし念願の兵士になったものの、それは思い描いていた弱者を守るものではなく、二人は訓練期間を入れて四年後、兵士を辞職する。


『これからどうする?』


 兵士を辞めたその晩、食事の席でミゼルは四年前と同じようにファングに問う。


『冒険者になろうと思う。兵士と違って自由に動けるからな・・・それにせっかく訓練したんだしもったいないだろ?』


『ああ、悪くないな・・冒険者』


 その後、彼らはもっとも村に被害が多いとされる、ガヴァの大森林近くのエリート・レントにて冒険者となった。

紆余曲折ありながらも、確かにこれが自分たちの目指すものだと確認した二人は、危険な依頼に取り組むために、順調により高位の冒険者を目指して、現在邁進中であった。


∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥


 そして今日、仕事の日だというのに、彼らのパーティーメンバー―――いわゆる仕事仲間が未だ来ていなかった。

時計など高価なものなど買えない彼らは、昼の鐘が鳴るころに集合としていたはずなのに、来たのはファングとミゼルだけ。いつものことながら毎回腹が立つ。


「・・おせぇ」


「まぁまぁ。もう来るだろ」


 苛立ちをそのままに、指で木の実を握りつぶすミゼル。(食べ物を粗末にしない精神はあるようで、形の崩れたそれをしっかりと食べる)

そんな彼をなだめながら、酒に近い味、しかし酒ではない『ラムリ』という飲み物をファングは煽る。


 ギィ


「・・やっと来たかくそ女」


「相変わらず顔だけの男ね、ミゼル」


「あのぅ・・喧嘩は・・」


 ファング同様に木の戸を押して入ってきた人物に、暴言を吐くミゼル。

それに言い返したのは片手に木で出来た杖を持つ、豊満な胸を持つ女性。そしてその二人の様子を見てオロオロする小柄な――まるで少女のような女性である。

前者の女性が黒で統一された服を着ているのに対し、後者の彼女はその身を純白の服で覆っていて、二人同時に見るとまるで善と悪のような印象を受ける。

彼女たちこそファングとミゼルのパーティーメンバー。悪が魔導師のリビィ。善が神官のローリである。


「リビィ!ローリ!こっちだ」


 ミゼルとリビィの言葉による応酬など気にせず、彼女たちにファングは声をかけた。

それを合図にミゼルたちは、彼女たちが店に入ってきたときから続いていた悪口の言い合いをやめ、リビィとローリはそれぞれ店主に飲み物を注文しファングたちのテーブルの席へと着いた。

しばし沈黙が続き、店主が二人の飲み物を持ってきた後、ふたたび会話は始まった。


「・・で?今日はなんで遅れたんだ、リビィ」

「しつこいわね!というかなんで私だけなの?ローリも遅れたじゃない」

「私は・・あのぅ・・」

「どうせここに来る途中にリビィに捕まったんだろ?・・で、買い物にでも付き合わされた」

「・・うぅ」

「ほら見ろ!お前の都合にローリを巻き込むなくそ女」

「なによ!ローリはなにも言ってないじゃない!!・・楽しかったわよねーローリ?」

「・・うぅぅ」

「楽しいわけがねぇだろうが、明らかにおまえと趣味あわねぇだろ」

「そんなことないわよ!・・まぁ男のあんたにわからないわよね」

「あのうぅ・・喧嘩は・・」

「まあ、二人ともその辺にして、今日やる依頼の話でもしようぜ。ローリが一番かわいそうだしさ」


 ファングの言葉に白熱していた二人がローリに視線を向ける。

見れば泣きそうな顔をしながらオロオロしていた。どこからどうみても成人前の少女である。本人曰く、これで自分たちとそう歳が離れていないというのだから驚きである。


 そんなローリの様子を見て、さすがに頭が冷えたのか、ミゼルとリビィは互いに口を結んでそっぽ向いた。

わずかに瞳を潤ませながら感謝の視線をローリはファングに送る。―――ここまでが大体普段通りである。

ファングは軽く咳払いをすると、仕事の話をしようと口を開く。一応リーダーらしいので、その役割を果たそうということだ。


「さて、依頼だけど・・」


「それならいいものがあるわ、ねー?ローリ?」

「ぇっと・・はい、私とリビィさんでちょっと組合によってきました・・」


 ローリの言葉を受けて、勝ち誇った表情をしてリビィはミゼルを睨む。

しかしミゼルはそんなの何でもないようにハッと鼻で笑い飛ばした。


「お、そいつは助かるな・・で、どんなのだ?」

「ゴブリンの討伐ね・・目安は二十匹くらいだって。証として耳をはぎ取ってくればよし」

「ゴブリンか・・うーん」

「やっぱり・・まだ駄目・・ですか?」

「うーん・・ちょっとなぁー」


 あやふやな態度をとりながら、ファングは視線を自分の武器である両手剣に向ける。

この両手剣は冒険者になってからずっと使っている物ではない。二代目である。初代は――――


「またあの決闘したゴブリンのせいか?両手剣まであげちまって・・あいつが言った『人間は襲わん』ってのまだ信じてるのか?」

「うーん、どうもあのゴブリンは嘘をついてなかった気がするんだよなぁー・・名前はたしか・・」

「『リード』ですね」


 そう、リードだ。そう名乗ったゴブリンにファングは決闘に負けて、両手剣を譲ってしまった。

ゴブリンにしては長身で、やけに理知的だったのを覚えている。そして何より強かった。


「そういやそんな名前だったな・・ったく二人でやれば勝てたのに、お前が決闘とか言い出すから」

「いや、あのゴブリン相当強かったじゃない。あのままいけば危なかったわよ」

「あ?俺の実力を疑ってんのか?」

「今は圧勝でしょうけど、あの頃は危なかったって言ってんの!魔導師はねぇ、後方にいる分状況が見えやすいんだから」

「け、喧嘩はぁ・・」

「ん?というかなんでゴブリン討伐なんて出てんだ?村が襲われたか?」

「逆よ。ここ最近めっきりゴブリンが人を襲ってないの。あのゴブリンがよ?町長が不気味がって念の為って出した依頼なの。

 ゴブリン討伐の割には報酬がいいから、早くしないとゾルとかにとられちゃう」


 ゾルと言えば思い浮かぶのは同業者の男である。

パイン、ボルボとパーティーを組んでいて、実力はそこそこ高く、緊急性の高い依頼ばかりこなすことで有名である。(緊急性が高い分報酬が高額となるため)


「そういや最近見ないなあいつら・・何してんだ?」

「さぁね。・・そういえばけっこー前に私を生意気にも口説いてきたから腹パン喰らわせてやったの・・そこから見てないわね」

「その上から目線には腹立つが・・まあ俺もあいつ嫌いだし、別にいいわ・・そんなことより――――」

「依頼をどうするか!・・ですよね・・?」

「どうするんだ、リーダー」

「「リーダー」」


「うーん・・・すまん!みんな、これはなしってことで!」


 リードのようなゴブリンがいる。

そう知ってからゴブリン討伐に乗り気でないファングは、今回も討伐は見送ることにした。


「ふぅー・・ま!そういうと思って、第二候補をすでに用意してきたんだけどね」

「お!なんか今日のリビィは頼れるなぁ!」

「すごいです!」

「たまにはやるな」

「『たまに』は余計よ。えーっと、この依頼は豚食人ピグルスの討伐ね。最低七体。証は耳っ・・と」


 豚食人ピグルスとは、豚がそのまま二足歩行したような魔獣である。

人間ほど賢くなく、言語を話すことは出来ないが、木を削ってつくった槍を操るという、ゴブリンよりは確実に上のランクの魔獣であった。


「豚食人か・・でもまあ」

「ああ、俺たちなら・・」

「勝てるわよ、余裕でね」

「・・頑張ります!」


 皆の表情は自信に満ち溢れていた。

先にリビィが言った通り、リードと闘った時の彼らならば達成困難であっただろう。

しかしながら時がたつにつれて、彼らは成長していた。今ならばいけるという自負がある。


 ファングは残りわずかとなったラムリを一息で飲み干すと、勢いよくテーブルに空になったコップを叩きつけた。


「よし、決定だ!行くぞ!豚食人狩り!!」

「ああ」

「ええ」

「了解です」


 頼もしい仲間の返事を聞いて、一行はその店を後にした。


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