第52話 才能
お久しぶりです。
長く開きすぎたので前回までのあらすじをどうぞ。
急激な人口増加による武器の不足を感じたショウは、新しく仲間になったハイゴブリンのインエの情報をもとに、鍛冶師を求めてオークが住むカ―マード砦へと旅立つ。
オークの自分勝手な考えにイライラしながらも、目的を果たすため、オークの頭領に頼まれた魔獣退治へと出かけるショウとリード。
案内役であるオークのガードのトラウマや、冷静さを保てなかった自身の長としての未熟さを、何とか乗り越えて、ショウたちは無事砦へと帰還を果たした。
そんななか、ガードはショウの仲間になるために、兄であるガージに試合を申し込むのだが・・・
不思議と心は静かだった。
あれほど怖かったはずなのに、冷静に思い出せるほど落ち着いている。
闘技場へと続くこの道を歩く感触も、不思議と嫌ではない。
足取りもしっかりしている。震えもない。
あぁ僕は本当に乗り越えたんだ
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円形の闘技場。
石でできており、長年使い古したかのように、所々汚れている。
周りには観覧席だろう、これもまた石でできた長椅子がちらほらと置いてあった。
観覧席はほぼ埋まっている。座っているのは緑の肌のオークたち――とそれに混ざって吸血鬼のショウと、その臣下の人子鬼、リード・ホブソードだった。
頭領のラ・ゴールの依頼である『洞窟の主』を倒し、砦に帰還してすぐラ・ガードが申し込んだ試合は、その数日後さっそく開催されることとなった。
相手はゴールの息子にして戦士長のラ・ガージ、火のように赤い髪を後ろに流し、腕を組んで入場口を睨んでいる。
ガードとガージは兄弟であり、昔は毎日ここで決闘―子供の遊びのレベルだが―やるほど仲が良かったらしい。しかしそれはガードが発現した『元祖の怒り』によって今日に至るまでそれ以降は行われることはなかった。
その話を聞いているショウは、他のオークたち同様、変な緊張感があり、リードはというといつも通りの仏頂面を決め込んでいるため心のうちまでは望めない。
とはいえ、全体的に会場に緊張感が漂っているのは間違いないだろう。本来なら興奮していて然るべきであるこの場において、誰も声を発していなかった。
聞こえる音と言えば、オークたちのわずかな呼吸音だけである。まるで話すことが禁忌でもあるかのように異常なほど静まり返っていた。
そんな会場の雰囲気のせいか、もしくは本人もまた緊張しているのか、観覧席の中央にある見事な装飾が施された椅子に座るゴールも、普段以上にその顔を険しくして、睨むように闘技場に視線を送っていた。
「もし、あんた」
突如として発せられた声。
しかしそれは小さく、隣にいなければ聞こえないだろう程の音量だった。
「おれ・・ですか?」
ゆえにその声の主の隣にいたショウは、自分が呼ばれたのだと思って、同じく小さな声で返事をした。
「そう、あんたがショウだろう?俺の事覚えてないか?」
「・・・・・あぁ!ガードの師匠の!あの時はどうもありがとうございました」
数拍おいて相手が誰なのか分かったショウは、ぺこりと頭を下げた。
「あの時」とはショウたちが『洞窟の主』を倒して帰ってきたときのことだ。傷だらけのリードのために治療の道具を持ってきてくれたことを忘れてはいなかった。
「覚えてくれていて何より。・・しかし礼を言うのは俺の方なんだ」
「どういうことですか?」
「ガードの事だよ。あいつは戦士としての才能がある・・いやありすぎる。
才能っていうのはよ、それはそれは素晴らしいもんだが、神様ってのは才能と一緒にそれを上手に扱う力までは授けてくれねぇんだ。
だから自分の力におぼれるやつもいるし、それをうまく役立ててるやつもいる・・。でもガードは・・あいつは、力が大きすぎて潰れちまった。」
『自分の力が怖い』。ガードは確かにそういっていた。
「俺は正直駄目だと思った。あの事故があって以来、ガードははっきりとわかるくらい元気がなくなってな。
どうにも見てらんなくて、どうしても助けてやりたくて、おれはあいつを鍛冶の道に誘ったんだ。なんていうか昔の俺を見てるみたいで放っておけなかったんだ
俺は戦士としての才能がなくて、親方に鍛冶を教えてもらえて立ち直ることができた。だからガードにも教えてやりたかったんだ。その道が、戦士としての道が全てじゃねぇぞってな」
ガードが自身のトラウマについて話したあの日の夜、彼はトラウマと同時に自分を助けてくれたこの親方についても話していた。
想像通りの人だ、とショウは思った。ガードから話を聞いて想像した通りの人だと。
「幸いあいつには鍛冶としての才能もあってな、みるみるうちに業を覚えてくあいつを見て・・俺は、そう、安心した。
『もう大丈夫だ』ってな。あいつはしっかり鍛冶師としてやっていけるってな。
でも・・見ちまったんだ。夜中あいつが必死に武器を持とうとしてるところを。武器を振るイメージトレーニングをしてるところをな。」
森で魔獣と闘った時、ガードは震えていた。
あの様子を見れば、どれほど苦労したか容易に想像ができた。
「俺は悔しかった。自分の力の無さにな。親方みてぇにガードを救ってやりたかったのに、俺は鍛冶師としての道をあいつに押し付けただけなんじゃないかって。
でも!でもな!あいつがあんたたちと帰って来たとき、あいつの顔をみて、俺は・・俺は嬉しかった。
つきものがとれたみてぇなスッキリとした顔でよぉ、あいつが過去を乗り越えたんだって事はすぐに分かった。そしてそれがあんたのおかげだってこともな。
だからよぉ・・ありがとう!ガードを助けてくれてありがとな!!俺にできなかったことをあんたはしてくれた。あいつの親方として礼を言うよ。本当にありがとう!!」
うっすらと涙を浮かべ、勢いよく親方は頭を下げた。
「・・それは違いますよ」
ショウから放たれたその言葉に、親方は勢いよく顔を上げる。
「ガードが過去を乗り越えられたのは俺のおかげじゃありません。あいつが乗り越えようと努力をしたことと・・あなたのおかげです」
ショウの言葉に、意外そうな表情を浮かべながら、親方は言葉の続きを待った。
「ガードが言っていました。『皆が自分に落胆する中で、親方だけはいつも通り笑いかけてくれた。親方が鍛冶を教えてくれたから今の僕があるんです』って」
「あいつ・・そんなことを・・」
「俺は・・あなたみたいな人を知っています。
俺も前にある人に助けられた・・。見た目とか考え方に関わらず、たとえ敵だろうと助けようとする人でした。
俺にとってのその人が、ガードにとってのあなたなんだと思います。ガードはあなたに助けられたんです、だから俺に礼を言うのは間違ってますよ。俺はまだ、あの人のようになれていない」
目指すのは少し曲がったあの背中。
髭をなぞりながら笑うあの人に、自分はまだ追いついていない。
「そうか・・。教えてくれてありがとう。
でも俺から見ればあんたは十分立派だけど・・・あぁいや、俺が口出すことじゃないな。こういうのは本人が納得しなきゃ意味がないしな」
「ええ、そうですね・・・お、ガードがでてきましたよ」
話がちょうど終わったタイミングで、ガージとは反対側の方向から、ガードが姿を現した。
白に近い銀色の髪を後ろに流し、オークの中でも一際大きい体を揺らし真っ直ぐにガージの元へと歩く。
「来たな、ガード」
腕を組んだままガージは睨む。
「うん、来たよガージ兄さん」
ガージに睨まれながら、しかしガードはわずかに笑った。
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『戦士長、ラ・ガージよ!オークの伝統に則り、そなたに決闘を申し込む!!』
帰ってきて早々、頭領に侍っていたガージにガードは言った。
ガージにとってガードは弟であり、同時に超えるべき壁でもあった。
偉大なラの一族の頭領の血を分けた肉親でありながら、両者の間には生まれた時から才能の差があった。
数年早く生まれたことから、ガージはガードよりも背は高く、体は大きく、訓練もその分長く積むことができた。
しかしそれだけ。ほんのそれだけがガージがガードに勝る点。そしてそれは、時がたてばすぐに超えられるであろうことは自他ともに認めていた。
だが、そんなことは関係なかった。
ガージが幼き頃より見て来たのは、一族で最も偉大な父、ラ・ゴール。ゴールの強さに彼は強い憧れを抱いていた。
そしてその強さに憧れているからこそ、それがたとえ弟だろうと、強ければ認めるのに何ら問題はなかった。
自分が兄だろうと弟が強ければ弟が上に立つべきだ。周りがいくら自分ではなく弟のガードをもてはやそうと、彼は怒るどころか、むしろ誇らしく感じていた。
このままいけば弟は次代の頭領になるだろう。当然だ、あれほどの強さがあるのだから。自分はナンバーツーの戦士長でいい。戦士長となって弟を・・頭領を支えるのだと。
が、しかし物事はそううまくいかなかった。
ガードは暴走し、そして自信を無くし、自らの才能にふたをしてしまった。
そこで初めて、ガージは怒った。いや、初めて弟を見損なった。
あれだけの力がありながら、ガードは戦鎚を手放した。
父が、兄が、戦士たちが何と言おうと、ガードは二度と戦士になろうとはしなかった。しまいには人間の業にまで頼ろうとする始末。
そんな彼が―何が起こったのかわからないが―なにやら決意めいた顔をして、兄であり、いまや一族最強の戦士である自分に決闘を申し込んだのだ。
ガードに失望して以来、自分はさらに激しく訓練に励んだ。弟が鍛冶を覚えてる間に、戦鎚を振るった。
かつて感じていた才能の差はどこかへと消え、幼き日に認めていた弟の姿はおぼろげとなった。
「今さらなんだ」と怒鳴りたい気持ちでいっぱいだった。しかしそんな中でわずかに期待があった。
幼き日に見た才能が――戦士である弟が帰って来たのかもしれない、と。
『受けよう』
迷いは数瞬。自然と言葉は出ていた。
そうして現在、眼前には弟が立っている。
鍛冶師ではない、本物の戦士である弟が。
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「久しぶりだね、ガージ兄さん」
闘う前とは思えない朗らかな笑顔でガードは言った。
「久しぶり・・・?最後にあってから一週間ぐらいだろう?」
ガードが洞窟に行く前に会っていたことを思い浮かべながらガージは言う。
「そっか、そういえばそうだ・・。でも、なんていうか・・うん久しぶりだ」
「・・随分と余裕そうだな。闘いに対する気迫はないのか?」
やけにすがすがしい様子で深呼吸をするガードに、若干顔を険しくさせてガージは問うた。
傍から見れば、ガードがガージをなめているように思えるのだ。
「もちろんあるさ。ガージ兄さんは強いから、僕に余裕なんてないよ。
でも・・ここってこんなに広かったかなってさ」
闘技場を見渡すガード。
「狭くなったの間違いだろ。俺らはもうガキじゃねぇんだ」
「ああ、そうだね。すごく懐かしいよ」
(なんなんだこいつの態度は・・でもなんていうか、ガードってこんなにデカかったか?)
「皆の者!!!」
会場中に響く太い声。
誰もがその発生源である頭領のゴールに視線を向けた。
皆の視線が集まったのを確認して、ゴールは続けて言葉を発する。
「これより、ラ・ガードの申し出による御前試合を開始する!!
オークの伝統に則り、相手をするのは一族一の戦士、ラ・ガージである!!」
「「「「オオオオオオオオオオォォオォォォォオオ!!!」」」」」
先程までの神妙な空気はもうすでにそこには無く、雰囲気は一変、会場は熱気に包まれた。
御前試合。
オークに伝わる伝統の試合である。
起源は次期頭領を決める闘いであったというのが通説だが、今では、自分の願いを通すために、オークにとっての正義である力を、一族一強い戦士を倒すことで証明するというものに変わっている。
ちなみに、もし御前試合を申し込んだのが一番の戦士だった場合、相手は十人の精鋭戦士であると決まっている。
「両者とも全力をもって己が蛮勇を我に見せよ!!試合開始!!!」
バッ
頭領が試合開始を告げると同時、闘技場から一本の太い腕が上がる。
「我が名は―――」
戦鎚を持つ腕を天に突きだしながら、ガードは言葉を紡ぐ。
冷や水でも浴びせられたかのように会場は再び静まり帰り、皆一様にガードの言葉を待った。
「我が名はラ・ガード!!ラ・ゴールの息子にして、鍛冶師ラ・ダンジが弟子!己が業と、戦士としての誇りを取り戻させてくれた御仁に報いるため、戦鎚を振るわん!!!」
それは宣名だった。
誇りを重んじるオークの戦士としての、闘う前の儀式。
「やろう・・」
不意を突かれた表情を、やがて笑みへと変えたガージは、真っ直ぐにガードを見つめる。
いつの間にか闘いに臨む戦士の顔となっているガードを見て、ガージはさらにその笑みを強くする。
「我が名はラ・ガージ!!誇り高きラ・ゴールの息子にして、一族の戦士の長!!我が戦鎚と名にかけてこの身に一片の傷もつけん!!!」
やり返しとばかりにガージも戦鎚を高々と掲げ宣名をする。
遅れて湧き起こる歓声。試合が始まる前からすでに、会場中の誰もが二人に夢中だった。
「あいつら・・」
「どうしたんですか?」
手で目を覆いだした、隣の鍛冶師に、ショウは疑問を投げかける。
「いや・・なんでもないよ。ただ少し、昔を思い出しただけさ」
鍛冶師ダンジの目に浮かぶのは、一筋の涙と、遠い昔の記憶。
『わが名はラ・ガージ!ゴールのむすこ!この名にかけてしょうりをつかむ!』
『わが名はラ・ガード!ちちは誇りたかきとうりょうのゴール!わが誇りにかけてまけはしない!!』
(あいつらでっかくなりやがって・・・)
鍛冶場を走り回り、遊びで名乗っていた彼らが、いつの間にか立派に成長を遂げていた。
今のはかつてのような遊びではなく、オークの戦士が誇りをもって行う宣名に違いなかった。
「オオオオオオオオォォォオォオオ!!」
「ガアァアァァアアアアアァアアア!!」
1人の老いた鍛冶師と、会場中の皆が注目する中で、二人の戦士は雄叫びを上げながら中央で激突した。




