第4話 池の前の夜会
夜の帳が下りた森は都会では考えられないくらい静かだ。
最初この森に来たときは、木の陰のせいで月明かりは届かず真っ暗であったが、ここゴブジイの住処は木は生えておらず、月が明かりをもたらしている。
池に月の光が反射してどこか幻想的な雰囲気も漂わせている。
もしかしたらここが異世界だからそう感じるかもしれないが・・。
そんなことを考えながら、ショウは現在ゴブジイと一緒に住んでいるあばら家のなかで右足に緑色のクリームを塗る。
このクリームの正体は薬草だ。薬草を煎じて粉末状にして、そこに水を加えると粘り気が出る。
こうしてできたこの薬草クリームをこの異世界に来た初日におったケガの治療に使っている。
もちろんゴブジイのお手製で、ショウが気絶していた時も右足に塗っていてくれた。ショウが起きた時に右足が緑がかっていたのはそのためだった。
匂いはきつく、鼻がツンとするが効果は抜群にいいようでショウの足は日に日に目に見えてよくなっていっている。
「ふいー終わりっと」
今日調合した分のクリームを塗り終わりショウはつぶやく。
このクリームもそうだが、ほかにも、毎日の食事や、衣服まで現在ショウは様々な手助けをゴブジイから受けている。
最初は断ろうとしたが、この世界に来たばかりで頼れる人などおらず、足のけがで満足にー立って歩くことはできるがー動くこともままならないので、せめて足のケガが治るまでという条件で居候している。
タダで住むのは申し訳なかったショウは手伝いを申し出ており、ゴブジイの仕事を手伝っていた。
仕事といっても畑を耕しお金をもらうようなことではなく、単純に日々生きることができるように、狩りや果実の採取、またそれに使う道具の製作などだ。
これはゴブジイが特殊な生活をしているというわけではなく、小鬼全般がこのような原始的な生活をしている。
ゴブジイが言うには小鬼は知能が低く、文明ももたないのでこういう生活が一般的だという。
初めは手伝いを断っていたゴブジイだが、ショウがどうしてもと頼み込むと嬉しそうに了承し、手伝いと称して様々な生活の知恵をショウに伝授していた。
「おーいショウ!こっちへ来ーい!」
ゴブジイからの呼びかけにはーいと返事をしながらショウは立ち上がる。
クリームを塗り終わったタイミングであり丁度良かった。
ゴブジイが小鬼でなければ、はたから見れば、祖父と孫のような感じに見えるような距離感だった。
ショウがあばら家から外に出ると、ゴブジイは池の前の大きな岩に腰かけており手招きしていた。
ショウが近づくと、ゴブジイの対面にある岩に腰かけるように促した。
ショウはゴブジイに促されるままその岩に腰かけると、ショウに硬い岩の感覚が伝わった。
硬くてリラックスはできないが、座るにはちょうどいい高さなのでショウに文句はない。
「どうしたゴブジイ?」
「ふっふっふ・・。今日はお前にいいものをやろうと思っての」
「いいもの?」
「そうじゃ。ほれ、受け取れ」
髭に隠れた口を吊り上げ笑いながらショウに物を渡す。
そのゴブジイの笑いはまさに魔物といったような不気味さがあるが、もう慣れたショウは気にしなかった。
「これは・・ひょうたん?」
「そうじゃ!よく知っておるのー。お前の世界にもあるのか」
「うんあるけど・・これがどうかしたの?」
ゴブジイから受けとったのは普通のひょうたん。
装飾も何もない木でできたもので、中に水でも入っているか、振るとちゃぷちゃぷと音が鳴る。
これがいいものだろうか?ショウは疑問に思った。
そんなショウの疑問を察するかのようにゴブジイは口を開く。
「あわてるなショウ。ここからじゃ・・」
そういってゴブジイはショウの持つひょうたんに向けて手をかざす。
むうぅんと何かを念じるような声を出し、目をひょうたんに集中させる。
すると、ぼんやりとゴブジイのかざされた手が白く光り出し、やがてその光はひょうたんを包んだ。
三秒と経たずに光は消え、ゴブジイはふーと息を吐きかざした手を下ろした。
「え?なにやったのゴブジイ?」
突如として始まった謎の行為に目を奪われていたショウは問うた。
「魔法じゃよ。お前の世界にはないのか?」
「ないない。今のが魔法かー!すげえな」
「じゃろー!もっと褒めるがよい」
そういってゴブジイは自慢げに胸を張る。
魔法を初めて見たショウは素直に感心した。
「で?で?どういう魔法?何が起こったの?」
急に見せられた魔法に興奮したショウは魔法の効果を問い詰める。
そんなショウをにっこりと孫を見ているかのようにゴブジイは笑うともったいぶりながら答えた。
「そのひょうたんの栓を抜いてみろ」
「これねハイハイ・・よっと!」
キュポッと音が鳴ると同時にひょうたんの栓が抜けた。
そしてショウはワクワクしながら出来た穴からひょうたんの中をのぞいた。
暗くてよく見えないが変化はあるように見えない。確認できたのはショウの予想通り水が入っていたという事だけだ。
もう一度ゴブジイに魔法の効果を聞こうとしたショウの鼻が嗅いだ覚えのあるにおいをとらえた。
「酒!?」
「正解じゃ!今夜はお前と飲もうと思っての」
笑いながらそう言うと、ゴブジイはもう一つ全く同じひょうたんを取り出した。
「水を酒に変えたってことか」
「そうとも!すごいじゃろ」
「すごいっちゃすごいけどー・・。なんか魔法としては地味だな」
「なんじゃとぅ?小鬼で魔法を使えるやつなどそうおらんのだぞ!もっと褒めんか!」
「そーなんだ!そう考えるとすごいか・・。いや魔法を使える時点ですごいはずなんだけどな・・」
「わかったらいいんじゃ」
半分冗談で怒っていたゴブジイはショウの言葉を聞いて落ち着く。
ショウは魔法を使えるのはすごいはずなのに、あまりに地味すぎるので素直に認められず頭を悩ました。
「まぁまぁ細かいことはええんじゃ!飲もうぞ!」
ガハハと豪快に笑うとゴブジイはショウに酒を飲むように勧める。
「いやおれまだ酒を飲める歳じゃないんだけど・・」
そうショウはまだ未成年。日本の法律では飲めるようになるまであと二年必要だった。
「なにぃ?お前今いくつじゃ?」
「18だけど」
「18!?ならば全然飲める歳だろうよ!ここの大陸の人間は15から飲み始めるぞ?」
「まじか・・。ならいいのかな」
「いいとも!前の世界のルールなど従う必要はないわい!さあ飲もう」
「じゃ・じゃあ一口だけ・・」
ゴブジイの熱い説得に負けショウはちょびっと一口酒を飲んだ。
酒独特の香りがショウの口の中に充満する。
「どうじゃ・・?」
「んーなんというかほぼ水みたいな・・。あ、でもなんか癖になる感じ」
そういってショウは再び酒を一口あおった。
「そーかそーか。まあ最初はそんなもんじゃろ」
ショウとは反対にゴブジイは自分のひょうたんの栓を抜くとゴクゴクと音を立てながら酒をがぶ飲みする。
ぷはーぁと息を漏らすと口元を手で拭い。すぐさま二口目に移行した。
「よく飲むなー大丈夫か?」
「これはわしの一日一番の楽しみよ!ショウが来てから飲んでないから二日ぶりじゃがな」
「あっそうなの?全然飲めばよかったのに」
「どうせなら二人で飲みたかったんでな!ひょうたんができあがるまで我慢したんじゃ」
一人よりうまいしの。とつけたしゴブジイはガハハと笑った。
「時にショウよ、聞きたい事があるんじゃが」
いまだちょびちょびと飲み続けるショウにゴブジイは話を切り出した。
「ん?なに?」
「異世界人の話はしたよな?」
異世界人。ショウのような異世界から来た者たちの総称だ。
「うんそれが?」
「いや、最近思い出したんじゃけどな?異世界人はなにやらみな特殊な能力を持っているというのを聞いたことがあったのじゃ。お前は持っとらんのか?」
「え?そうなの?全然知らなかった。てかなんでゴブジイがそんなこと知ってんの?」
「うむ。まあたしかに異世界人の例は多くないが、有名なところでかの六英雄の一人‘炎神’のマーク・ジェルミンも異世界からの転生者という話じゃからな。真実味はあるじゃろうて。」
「へー英雄。異世界人でそんな人がいるんだ」
「うむ。しかし特殊な能力を持ってないということは、ショウ。お前は変わり者なのかもなぁ」
「いやいや、ゴブジイこそ変わり者だろ!小鬼にしては饒舌だし魔法使えるし」
この世界に来て日が浅いショウでもゴブジイの異常さは理解していた。
比較対象が自分を追ってきた小鬼しかいないがそれでもゴブジイは異常だった。
追ってきた小鬼は片言だったし、衣服の点では服も着ておらず、かろうじて腰に布を巻いている程度だった。
それに、手に持っていた棍棒は全然人の手が加わっていないかのような粗末なもので、ロクに木も削れないんじゃないかと思ったほどだった。
対してゴブジイは、手先は器用で、身の回りのものは何でも自分で作れるし、お手製の服を着ている。
それに流暢に言葉を話すし、自分で小鬼はめったに使えないといっていた魔法まで使用していた。
「ふむまあの。わしはまあ歳食ってるからの」
「え!年取るとみんなゴブジイみたいになんの?」
「ふーむ。みんながみんなというわけではないが、わしらみたいな知能の低く文明をもたない小鬼は言葉を学ぶ機会はめったにないし、学ぶ前に非力が故に死んでしまうからのう」
「あ、それはそのー」
「なーに気にすることはない!弱肉強食それは自然の摂理よ!誰も文句はいえん。わしはたまたまこの年まで生き延びたことで言語を習得できたし、ちょっと才能があったから簡単な魔法が使えるだけじゃ」
嫌なことを聞いてしまったと思い気まずそうにショウはしたが、気にするなとばかりにゴブジイは笑った。
どこか重い空気になったがそれを利用して、ショウは質問を重ねた。
「前々から聞きたかったんだけどさ」
「なんじゃい。あらたまって」
ショウは息を軽く吸って言葉をつづける
「なんで俺を・・俺みたいな人間を助けたんだ?小鬼にとって人間って敵じゃないのか?」
助けられて二日目で今さらかもしれないが、聞きそびれていた、いつか聞こうと思っていたことをショウは尋ねた。
小鬼にとって人間は敵のはずだ。だからこそ小鬼はショウを追ってきたのだから。
ショウが目を覚めた二日前の朝。ゴブジイになぜ治療したのかきいたら、助けるのは当たり前だと言っていた。
ゴブジイの言葉を疑うわけではないが、ショウはどこか釈然としないままこの二日間を過ごしていたのだ。
どうしても納得したくて聞いたショウの質問に、ゴブジイは普段は見せない神妙な面持ちで口を開いた。
「それは・・」
*未成年者の飲酒は犯罪です