第48話 長として
「ガード・・お前・・」
「僕はもう大丈夫です。さあみんなで洞窟の主をやっつけましょう!!」
突然飛び出してきたガードの変わりように、ショウは驚いた。
口調は変わってはいないが、言葉の端々には自信が感じられ、明らかに今までの彼とは別人だった。
「やっつけるっていってもだな・・・もうお前が倒してしまったんじゃないか?」
半ばあきれた様子でリードが言う。
彼からすれば、ようやく全力をぶつけられる相手に出会えたと思っていたのに、ガードに盗られたのだ。
例えるなら、龍を倒すために修業したのに、いざ倒しに言ったら、寿命で龍が死んでいたような、そんな悲しみというか、無念さがあった。
とはいえ結果的には、自分の、ひいては主であるショウの利益へとつながっているので、面と向かって文句を言うのは筋違いだ。ゆえにリードは微妙な面持ちであった。
「おお、そうみたいだな・・。しかしすごかったなガード、あれはスキルか?」
「ええそうです。≪粉砕≫といってオークの戦士ならだれでも使えるんですよ」
「ほう、我らで言うところの≪ゴブリンの一撃≫のようなものか。でもお前の≪粉砕≫は随分と高威力のように見えたが・・あれが基本なのか?」
倒れて動かない洞窟の主をしり目に、ショウたちは会話を続ける。
緊張と緩和。闘いに身を投じる中で、張りつめていた糸が、ガードの一撃によって切られたショウたちは、自分たちでも驚くほどリラックスしていた。
これは責められたことではない。誰しも何かに集中した後は休憩を欲するものだし、日々闘いに明け暮れる戦士ならば、休憩の重大さをよく知っているだろう。
それにここは洞窟の最奥。光々茸や地草という光を発する植物のおかげで視界は確保できているし、敵が隠れられるような遮蔽物も存在しないのだ。
そう、だから責められたことではないのだ。一番近くにいたショウが反応できずに――――
「いえ、あれは、!!ショウさん!危なっ――」
「グルウウゥウゥウアアア!!」
「ガード!?」
―――――ガードがショウの盾となって、起き上がった主の爪を受けることになったとしても。
ギィィイン
短い音がなり、まるでボールのようにガードが後方へと吹き飛ぶ。
「グルウアウウアウウウウウアアアア!!!」
ガードを吹き飛ばした主は、二本足で立つと、全身を震わせて雄叫びを上げた。
口からはつららのように尖った牙が望め、咆哮の勢いに乗って涎がビチャビチャと飛び出している。
まるで強さを誇示するかのような振る舞い。主の瞳は変わらずつぶらなものだが、その色は、憎悪にまみれていた。
「あああああああ!!!くそがっ!!俺は何してんだ!!ちきしょおおぉ!!!」
「ショウ様!!」
「グオオオォオオォオォオオ!!」
まるで主の怒りに呼応するように、ショウもその身に怒りを纏う。
だがショウの気持ちは推して知るべきだろう。あれだけ守ると豪語していた男が、結果二度も―一度目は防ぎようがなかったが―ガードを危険にさらしているのだ。これで自らに怒りを覚えないのは責任感のないものだけだ。
ショウはリードの呼びかけに耳を貸さず、怒りを剣にのせ主目がけて振るう。
同じタイミングで主も追撃の爪放っており、中空でそれらは激突した。
キイイィイン
爪と刃がぶつかった硬質な音が響き、それによって生じた風圧が誰も寄せ付けまいと辺りをはらう。
「おおおおおぉおぉおおお!!!」
「ショウ様!!」
力の均衡はすぐに破られた。
上背があり、上からの振り下ろしという有利な条件の許、主が激突を制した。
ショウは弾かれ、体勢を崩しそうになるが、わずかに後ろに跳ぶことで即座に立て直す。
しかし、これで主の攻撃は終わらない。
ショウが着地するほんの少し前、あと数ミリで足がつくというそのタイミングで、ショウの剣をはじいた主は追撃をすでにおこなっていた。
それは自然で培った獣の動き。主は後ろ脚をバネのようにかがめるとショウに向かってとびかかった。その時、右前脚で地面をけって加速するのも忘れない。
さながら弾丸のように加速した主は、未だ体勢の整わない空中にいるショウへと一瞬で距離を詰めると、残る左前脚でショウを削りにかかった。
(やべっ反応が・・)
怒りにで染まるショウの中の、いやに冷静な部分がこれは避けられないと判断する。
世界は歩みを緩め、時の流れが遅くなる。しかしどれだけ遅くなろうとも、すでに始まったことは変え様がない。まるでそれを告げるがごとく、ゆっくりと、しかし確実に主の爪は迫ってきていた。
いつもなら、反応できただろう。主が強くとも、ショウもまた強い。主が起きざまに放った一撃ならば、簡単に避けることができたはずだった。
油断。そして、続けざまに放たれた攻撃も、もしショウが冷静だったなら受けずに回避していたはずだった。怒りで我を忘れ、結果がこのざまだった。笑えやしない。
ショウは思考だけが加速する世界で、必死に防御しようと腕を動かす。
もう回避できない段階まで主の爪は迫っていた。ならばせめてもの抵抗として、急所は外さなくてはならない。
何とか頭を防ぐ段階まで腕を持ってこれたショウの視界には、目の前まで迫った主の爪と―――赤い光を淡く纏った両手剣だった。
「≪ゴブリンの一撃≫!!!」
「グオコオオォオオオオオォン・・!!」
腕を斬りあげられた主が悲痛な声で叫ぶ。
人子鬼の剣撃によって、目標をずらされた主の爪は勢いそのままに空を切った。
「助かった!ありが―――」
ドコオォオン
着地してお礼を言おうとしたショウの顔面に、強烈な衝撃が走る。
ショウは思わずたたらを踏むと、その場に座り込んでしまった。
「なにすん―――」
「冷静になれ!!あなたが周りをみなかったら、誰が配下を守るんだ!!
どんなときでも冷静でいてください!それが、それが群れの長というものでしょう?ショウ様!!」
主を殴ったその拳を今一度強く握りながらリードは怒鳴った。
悠長に話している時間はないゆえに早口だったが、リードの言葉には万感の思いがのせられていた。
リードは一瞬悲痛な面持ちを浮かべると、くるりとショウに背を向けて洞窟の主に向き直った。
「さぁ、立ってください。まだ闘いは終わってはいませんよ」
「・・・・・ああ、ああ。そうだな。悪かったリード、俺は冷静じゃなかった。」
背中越しに聞こえるリードの言葉に、ショウは怒りを鎮めた。
(『冷静になれ』。たしかにその通りだ。俺は長なのに、みんなの代表なのに、俺が暴走しちゃったら、誰が皆に注意をはらう?)
心中でリードの言葉を反すうし、冷静さを取り戻そうとショウは努める。
リードの言葉は正しかった。何一つ間違っていなかった。
しかしこれは、ショウが現れるまでゴブリンの群れを率いてきた彼だからこそ言えるセリフだった。もし、別の誰かに言われていたら、ショウは冷静さを取り戻すことは出来なかっただろう。
リードの性格、長としての考え、今までの苦労。それらすべてを知っているからこそ、ショウの頭に何の違和感もなくしみわたり、ショウはあっさりと受け入れることができた。
日頃主に仕えながら、主が迷った時は殴ってでも道を示す。ショウが長としてやっていく中で、リードもまた、忠臣として成長していた。
「ありがとな、リード」
「・・お礼など。あなたに受けた恩に比べれば、これぐらい大したことじゃあありませんよ」
二人は並んで軽く笑った。
∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥∥
「グオオオォオォォォオオォォォオォ!!」
「おっと!」
「ふんっ」
ゴウゥっという風切り音と共に繰り出される剛腕を、軽い掛け声とともにショウとリードはかわす。
ショウが冷静さを取り戻してから、すでに数十分が経過していた。そしてその数十分の中で、ショウたちが負った傷は・・・・なし。主の攻撃をすべて読み切って回避していた。
洞窟の主の、その強大な筋力によって放たれる爪はもちろん強力だ。あたればひとたまりもないし、剣で防ぐには威力が高すぎる。
しかし、回避するならば・・・話は違ってくる。なぜなら、主の攻撃は――ワンパターンだった。
(右、左・・突進してきて・・今度は右か)
慣れた様子で、まるで踊ってるかのような軽快なステップでショウは主の攻撃をかわす。
主の腕はことあるごとに虚空を切り裂くだけで、目標であるショウにはかすりもしない。
「おおおっっ!!」
主が攻撃を終えて生じるそのわずかな隙を狙ってリードが両手剣を叩き込むが――「グルアァ!!」主の鱗によってそれは弾かれた。
目標をショウからリードに切り替えて主が爪を振るうも、リードはそれを難なくかわした。
先程からこれの繰り返し。すでに主の攻撃パターンを読み切った二人に、主の攻撃は当たらず、ショウがつくった隙にリードが主を斬りつけるが、主の硬い鱗に弾かれてしまう。
双方ともに決定打に欠け、ただただ集中力と体力が削られていく状況。一種の膠着状態と言えた。
「くそ!やはりだめです。刃が通りません・・。ここはスキルしか」
「でも連発もできないし何度も使えるわけじゃないんだろ?ここぞっていうときにとっておかないと」
スキル≪ゴブリンの一撃≫ならば、どうにか主の鱗すらも斬ることができた。しかし、斬ることができるだけで、いまひとつ決定打とはなりえない。
「となると・・・」
「ああ・・」
「「眉間だ(です)な(ね)」」
二人の意見が一致し、言葉が重なる。
思い出すのはガードの≪粉砕≫。あれ一撃で、全員が「倒した」と思うほどに、洞窟の主は倒れ、動かなくなった。
たしかにガードの一撃は強烈だっただろう。しかしそれだけで主が倒れるとは考えづらい。意味するのは眉間が主の弱点だということだ。
「やるか」
「それしかないですね」
「よし・・じゃあ俺が―――っと!!」
ショウが話すのをやめ、後方へ、リードは左へと跳躍した。
洞窟の主が突っ込んできたのだ。もう見慣れたものとなったが、依然として速く、強烈な突進である。どうやら相談する暇を与えないようだ。
「リード!!おれが隙を作る・・!!」
「・・!了解です!」
短く返事をして、リードは洞窟の主から離れる。
視界の端へと移動する彼を追うように、動く者を追う獣の習性によるものか、主もまたリードに沿って動こうとする。
「お前の相手は俺だ!!」
主になにかが体にあたったような衝撃がはしる。
さりとて痛みはない。自分の頑強な皮膚は刃を通さないのだから。しかし、痛みはないとはいえ、煩わしい事この上なかった。
「グルゥウ!!」
「おっと」
周囲を飛び回るハエを打ち落とすがごとく、煩わしげに主が爪を振り払う。
しかしそれはすでに見慣れた速度、タイミング。ショウは簡単に避けた。
「はあぁ!!」
ガキイィイン
ショウの剣が主の左手を抑えるようにぶつかった。
少しおかしいと主は思う。
いつもならここまで全力で爪に向かって攻撃はしてこない筈だと。
主もそこまで馬鹿ではない。獣とはいえ、『洞窟の主』。多少は―本能によるものだが―知恵が回る。
それに闘いの中で飽きるほど同じことが繰り返されているのだ、嫌でもパターンを覚えるというものだろう。
だからこそ妙なのだ。敵は知っている筈なのだ。自分の爪には刃が通らないことを。攻撃が無意味だということを。
だから今まで軽く斬っては逃げていたくせに、今やっているのは真逆。身体ごとぶつける勢いで自分の左づめに斬りかかっている。
おかげで左づめは動かないが、なんてことはない。右づめは動くし、なにより敵が隙だらけだ。
一瞬、獣なりに訳を考える。どういう意図でこんな行動をしているのかと。
しかしすぐに考えるのをやめた。そんなことはどうでもいいと。隙があるなら攻撃あるのみだと。
主はすぐさまショウ目がけて右づめを振るう。
ビュウウゥウと鋭く風をきってショウに到達するその瞬間、主の目に何かが映る。
刹那、主はもう一人敵がいたことを思い出す。そしてそいつがやってきたのだと判断して、その何かに向かって爪の軌道を変更する。
「ゴォオオォオ!!」
「ギャウウゥウウン・・・!!」
爪はばっちりなにかを捕えた。
・・・・しかし手ごたえがない。まるで空気を引っかいたような違和感。
見てみれば、そこにはもう一人の敵ではなく、消えていく狼の形をした影だった。
「≪眷属召喚≫・・・いけーっ!リード!!」
「オオオッッ!!」
「グルアァアア!!」
やられた。隙を見せてしまった。
主はあわてて正面に現れたリードに向かって手を伸ばすが・・・遅すぎた。
左はショウがおさえており、右はショウのスキルによって召喚された狼の影のせいで動かすのに一瞬間があいてしまった。
そしてその間は、ショウがつくったものであり、リードが狙っていたものだった。
「≪ゴブリンの・・一撃!!!≫」
「グルアアアァァァアアアアアア!!!」
断末魔のごとく主は叫んだ。
喉からではなく、腹の底から。全生命を賭したように全身を震わせて叫んだ。
懸命に迫りくる両手剣を迎撃しようと手を伸ばすが、どうあがいても伸ばすスピードに変化がない。
事実断末魔だったのだ。主は悟っていたのだ、この攻撃で自分は死ぬのだと。それ以外には未来はないのだと。
赤い光を纏った刃が、的確に主の眉間を切り裂いた。
主はその前に出し尽くしたとでも言うように声を上げず、代わりに噴水並みの勢いで眉間から大量に出血した。
前足を地面につけて、何とか踏ん張ろうとするが、足はまるで糸が切れた人形のように、力なくその場に倒れるだけだった。




