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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第二章
46/110

第45話 オークのガード、吸血鬼のショウ


 パチパチパチ

火の粉がはじけ、枝を媒介に炎が燃える。

闇に包まれた夜の森をわずかに照らしてくれていた。

見ていて和むのは唯一の光源だからか、それとも元来炎とはそういうものだからか、もしくは・・・・会話がないからか。


 オークの案内人ガード。他種族嫌いのオークの中で、外の事、物、人に興味がある珍しい彼だが、出発した時点では饒舌だったのに、今ではすっかり黙り込んでいた。

原因は明白である。先の戦闘で思い起こされたトラウマを彼が吐露したことだ。

幼少の頃、力を扱いきれず暴走し、大切な兄を傷つけてしまった事。それによって武器が持てなくなり――つまり闘えなくなり、親、兄弟、友人、大人たちから非難を受けた。

誰が聞いてもその話の重さから、口を閉じて考え込んでしまうほどのトラウマである。その話の後に、「それは大変だね。・・ところでお腹すかない?」などと軽口を叩ける者などなかなかいないだろう。

つまりは、現在の沈黙は起きるべくして起きたと言える。・・・・普通ならば。


 そう、この場にはいたのだ。自身の思い過去を、心に棲みついて消えない深い傷を、やっとの思いで告白した人に対して軽口を叩ける人物が。しかも二人も。

『ガード・・とりあえず、飯でも食べようか』。

聞いたとき、ガードは思わず自分の耳を疑った。あまりにも自分の想定とは違った言葉が飛び込んできたからだ。

あまりに衝撃的過ぎて、ガードが呆然としていると、さらに驚くことに、この発言をしたショウの臣下であるリードが、何の疑問もないような感じでやけに自然にショウと日常的な会話をしたのであった。

いつのまにかガードのトラウマ話は空の彼方に消え去っていて、二人は今晩のご飯の話に夢中になっていた。あわててガードが「何も言うことはないのか?」と問えば、ショウは―――

『オークの事も、ガードの事もよく知らない俺が・・俺たちがなにか言うのは間違ってる』と真剣な面持ちで答えたのだった。

ついさっきまで、普段通りの、トラウマなんて知らないみたいな顔していたのに、いざ聞けば真剣に答えるショウ。正直、ガードにはよく分からなかった。

外の人間は皆こうなのだろうか。それとも、ショウやリードが特別なのか。というよりそもそも、「なにも言わない」というのは良い事なのだろうか、悪い事なのだろうか。ガードのためにあえて何も言わないのか、それとも興味がないから何も言えないのか。

判断するのは難しい。オークの考えに辟易していながら、外の考えに通じてはいないのだ。・・・とすれば、やるべきことは外の人を――ショウとリードを知ることだろう。


 ガードはわずかに息を吸い、意を決して口を開いた。


「・・そういえば、気になっていたんですが、なぜ小鬼ゴブリンのリードさんが吸血鬼ヴァンパイアのショウさんに仕えているんですか?」


 考えを聞くには少し遠回りな気がするが、まあいいだろうとガードは考えた。

それになにより、この質問は前から聞きたかったことだ。


「ほぅ?聞きたいか?それはな――」

「俺がリードに決闘で勝ったからだよ」


 やけに嬉しそうに話そうとしたリードよりも早く、ショウが淡々と平坦な口調で結論を出した。

話したかったリードは口惜しそうにショウを見つめ、ショウは「何だよ・・」と怪訝な表情を浮かべた。


「え!決闘ですか?どうしてまた・・」


「それはな、リードが―――」

「俺が人間に騙されて闘わされていてな、俺に勝つことでショウ様が助けてくれたのだ。そこから俺は主に仕えている。」


 今度は先ほどとは逆で、リードがショウの言葉を飲み込む形となった。

リードは勝利の笑みを浮かべ、ソレを見たショウは「そんなに話したかったのか」と深く息を吐いた。


「えーっと、つまりショウさんがリードさんよりも強いから、リードさんは従ってると言う事なんですか?」


「いや、それもあるが・・・ショウ様の考えに魅了されてな。受けた恩もあるし、力を貸したいと思ったのだ」


「照れるな・・・」


 後頭部をかいて若干ほほを赤らめる。


「へー!どんな考えが?気になります」


 興味を持ったガードが身を乗り出して聞く体勢をとる。


「ああ、まぁー考えというか、単なる夢なんだけど―――」


 照れながらも、ショウはゆっくりと話し始めた。

それは、今は亡きゴブジイによって語られ、奴隷店の牢屋でバルに、リードの群れの皆に、人間のノイド、ナダ、そしてダークエルフのリーシャに伝えられてきたショウの夢。

聞けば多くの者が笑い飛ばして本気ととらないような、一個人が持つにはあまりに壮大すぎるモノ。

誰もが「無理だ」とあきれ、まるで阿呆を見るがごとく、嘲笑の的となること請け合いだろう。

しかし、そんな反応しかできないのは、固定観念に囚われ、前進するのをやめてしまった家畜のような、与えられたものに疑問を持たず何も考えずに日々を過ごす者、もしくは又聞きした者だけだろう。

なぜなら実際に、ショウと面と向かって彼に夢を語られれば、それが冗談や、おふざけの類のモノではないと即座に理解できるからだ。


 ショウという人間はさして特徴のない普通の青年だろう。

異世界からきて、人間から吸血鬼になった彼に「普通」というのはいささかおかしいが、この場合の「普通」とは精神面でのことだ。

ショウは単なる高校生だった。つまり精神も一般の―やや大人びている気もするが―高校生のあまり変わらないと言える。

成長するにつれて、考え方は大人よりになってきてはいるが、まだまだ子供だ。特別な才能などない彼に、人を惹きつける「なにか」などない。

しかし、この話を、ゴブジイから受け継いだ夢の話をするときは違った。普段のショウからは想像できない程、語りに熱がおび、言葉には重く感情がのる。

まるでゴブジイの霊が憑いているかの如く、強い思いが現れるのだった。これは「夢」そのものだけではなく、「夢」に関すること、「夢」のために必要なこと全てに現れていた。


 そんな強い思いが、感情が、気持ちが、考えが乗っかった語りを聞いて心を動かされない人がどれほどいるだろうか。

特別な技術や言葉を持たないそれだが、それゆえに、何の小細工もなしにそのまま相手にぶつかって行く。心に直接届く。ゆえに人は感化される。

そしてそれはガードも例外ではなかった。興味本位の軽い質問によって始まった語りに、思わず聞き入ってしまっていた。


「――とまあ、そんなわけで俺はリード達に助けられながら、なんとかその夢を実現させようとしてるってわけ。・・・御静聴ありがとう」


 ふぅ、と口から熱い息を吐く。

知らず知らずのうちに熱くなってしまっていた。でもしかたがないだろう。ゴブジイから―勝手ではあるが―引き継いだ大事な夢の話を、そう軽く話せるわけがないのだから。


「なんというか・・そのぉ、想像を絶するというか・・考えられない・・信じられ、いや、疑っているわけではないんですが!小鬼ゴブリンが人間を助けるなんて………つまりーあーっ・・・すごかったです」


 ショウは異世界から来た。元人間でゴブジイというゴブリンに助けられた。でもそのゴブリンは死んでしまい、ショウは吸血鬼となった。

まるでおとぎ話のような内容だったが、疑うことなくガードはその話を受け入れた。疑うという考えすらよぎらなかった。それほどショウの語りは真実味を帯びていたのだ。


 これなんじゃないか?

疑念の代わりにガードの脳裏にそうよぎった。

力と誇りを重んじるオーク。才能があり、もてはやされていた少年時代はそんな考えが当然だと思っていたし、何の疑問ももっていなかった。

しかし闘えなくなって、一歩・・・いや何十歩も退いてみてその考えに違和感を覚えたのだった。

誇りを持つのはいい。闘いに生きるのも。しかし、だからといって闘えない者を見下したり、自分たちの意思にそぐわない考え方を一切受け入れないというのは、どうしても首をかしげざるを得なかった。

もし事故が起きず、順当に成長していたら、自分も他のオーク同様の考えしか持てなかったかと思うと、ガードは寒気がした。ゆえに思ったのだ。これなんじゃないか?と。自分の求めていた考え方はこういうものなんじゃないかと。

なんとなくわかった気がしたのだ。目の前のリードが、話に出てきた他のゴブリンたちや、ダークエルフ、それに人間までもがショウについて行くという理由が。


「お、おお。ありがとうガード。……といっても、今はまだ生活環境を整えるのに精いっぱいだけどな」

「それだけでも十分ありがたいですよ、ショウ様」


 ショウとリードの会話に、ハッと意識が戻るガード。

思わずぼーっと考え事をしてしまっていた。ガードは目をこすって意識をしっかりさせる。


「そういえば俺もガードに聞きたいことがあったんだけど、どうして『洞窟の主』を倒す必要があるんだ?…頭領は教えてくれなかったからさ」


 今さらながら、今回の目的の理由を尋ねるショウ。

しかしながら今まで不明だったのだ。砦のオークはおろか、頼んだ本人である頭領でさえ教えてはくれなかったのだから。


「ああ、それは……実は僕たちは少し前から、ある人間と取引をしているんです」


「人間とだと・・!?信じられんな、あの頭領がそんなことを許すとは・・」


 頭領を思い出したのか、言葉に若干怒りが混ざる。リードは頭領が嫌いだった。


「ええ。ですが逆に言えば、あの頭領でさえ、人間と取引することを許さざるを得なかったんです」


「・・何があったんだ?」


 ショウが続きを促す。


「・・何か月か前、突然、森の大半の魔獣たちが姿を消したんです。・・そのせいで食料がたらず僕たちに飢えがやってきました」


 虚空を見つめて―思い出しているのだろう―静かにガード話す。

本当に突然だったのだ。いつもの通り狩りから戻って来た戦士たちの手には、いつもの半分にも満たない量の獲物しかなかった。

『今日は不作だった』なんて笑っていた戦士たちだったが、翌日も、その翌日も、そのまた翌日も・・・何日も何日も同じだけの、それどころか段々と獲れる獲物の量は少なくなっていくにつれて、戦士たちの笑顔からも力が抜けていった。

オークは戦士の一族。それゆえに、誰も、子供でさえも泣き言を言わなかったが、それでも状況は最悪だった。

備蓄はどんどんなくなっていくが、相変わらず獲物の量は少ない。一人前を、一世帯にわけてなんとか命をつないでいた。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 初めは、鍛冶師の老人だった。

体力の衰えた老人は、栄養が取れずに衰弱し、死んでしまったのだった。

それを皮切りに、他の老人や、子供、女、赤子と次々と飢えによって死んでいった。

残った者たちは皆懸命に働いた。農耕をためし、森に入って木の実や山菜をとったり、走り回って獲物を捜しに捜した。

結果は惨敗。素人が思いつきでやった農耕はうまくいくはずもなく、採れた森の幸は飢えを満たすには不十分で、獲物は依然として見つからない。

皆が絶望し、幾人かは生を諦めた。頭領や戦士長は励まし続けたが、その声も届かないほど皆が衰弱していた。


 そんな時、ふらりとある人間が砦に立ち寄った。

「レールイ」と名乗った彼は、追い払おうとするオークたちの気迫に臆することなく、オークたちの状況を見ると、ある取引を持ちかけた。

『私はある国の者なんですが、もし皆さんが我々に武器を融通してくださるならば、我が国から食料を供給しましょう。』

オークに囲まれながら、両手をひろげ演説するかのように話す彼の姿を、ガードは今でもよく覚えている。

それは天からの救いか、悪魔の囁きか。

しかし、ガードたちがとれる選択肢は他になく、頭領のラ・ゴールは自らの誇りを握り潰し、レールイの取引に応じたのだった。


 かくして、オークたちは武器をレールイに流すことで得た食糧により、飢えを克服した。

久々に満足に食事ができたオークたちは、一様に喜び、感謝し、涙するものもいた。

飢饉は去った。もう飢えることなどないのだ!そんな言葉が砦中を飛び交い、幸せがそこらじゅうに充満した。


 しかしその幸せはつかの間だった。

レールイが要求する武器の量は段々と増えていき、しまいには鎧や盾など、防具まで要求してきたのだった。

鍛冶場は毎日火の車。ガードも休まずに働いた。しかし、それだけならばまだよかった。鍛冶師たちが頑張りさえすれば、十分な食料が得られるのだから。


「なるほど・・そこで――」


「ええ。『洞窟の主』です」


 納得した表情を浮かべるショウを、同意することでガードがショウの考えを肯定する。


 始まりはいつも突然に。

ある日、いつもなら帰ってくるはずの時間に、鉱石を採掘しに行った者達が帰ってこなかったのだ。

鉱石がなければ剣も盾も作れはしない。作れなければ、食料は得られない。

仕方なしに別のオークを派遣するが、そのオークも帰ってこなかった。頭領の表情が曇る。

「何かがある」そう判断した頭領は、精鋭五名の戦士を派遣した。・・・帰ってきたのはわずか一人。重傷を負っており、オークの業をもって鍛えられたその鎧には、深々と獣の爪痕が残されていた。

彼曰く、突然現れた大きな影に襲われた。松明を落としたせいで何も見えず、隊長が逃がしてくれたと。本来なら闘いから逃げるなど戦士の恥だが、今回は隊長の英断だと言えた。情報を持ち帰ることこそ、最重要なのだから。

暗かったせいで敵の正体はわからないが、とてつもなく強い何かが洞窟に住み着いたという事がおかげで判明した。間違いなく『洞窟の主』。奴がいる限り、鉱石の採掘は出来ないだろうと。


「・・・そういうことか。よくわかったよ。どうりで頭領がオークの同行を渋ったわけだ、危険すぎるもんな」


 話を聞き終えたショウがうんうんとうなずいて理解の意を示す。

同じく話を聞いていたリードは、黙って腕を組んだままだ。


「すいません。こちらの事情につき合わせてしまって・・。」


「いやいや、こっちもこっちで要求があるしね。まぁお互い様だよ」


「怖く・・ないんですか?今、僕たちは怪物と闘いに向かってるんですよ?」


 正直言って、ガードは怖かった。

頭領に、自分の父親にショウたちに同行するように言われた時、外の人と関われると喜ぶ半面、自分はいなくなっても頭領には問題がないのだと悟って悲しくなった。

捨てられたのだと感じた。ショウたちに頼んだのだって、失敗してもオーク側にデメリットがないからだ。要は捨て駒扱いをされているのだ。

あの勇猛果敢な頭領が失敗することを真っ先に考えるほどの危険な場所に向かわされているというのに、ショウたちが恐怖を感じていないというのはガードには信じられなかったのだ。


「怖くない・・わけじゃないけど、それ以上にワクワクするな。

 吸血鬼になって気づいたんだけど、俺って結構こういうのもえるみたいなんだ。なあリード?」


「ええ、俺も正直楽しみですよ。人子鬼ホブロンになってまだ全力を出したことがありませんから」


 なんということだろうか。どうやら二人には危機察知能力が欠けているらしい。

ガードはまたも驚く。しかしながら、二回目なので、すぐに持ち直した。


「すごい自信家なんですね・・・お二人とも」


「そうーなるか・・。あー!でもガードは安心してくれ!俺とリードで絶対守るからな」


「お前は道案内だけしていればいいぞ」


 ショウは優しく、リードは自信満々にそう言った。

二人の態度に、危なげな印象を受けたガードだったが、同時に安心感も得たのだった。


 





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