第43話 決闘のトラウマ
「ぎゃはは!まてまてー!!」
「ぎゃはあっはは!!」
「こらこら!危ないぞー!!」
カンカンと規則正しい音が流れる鍛冶場。
そこで走り回る二人の子供。片方は逃げ、片方は追いかけている。
うっすらと髭を生やした大人が注意するが、返ってくるのは楽しそうな笑い声である。
「ふーっ、まったく、二人とも元気だな。聞いちゃいねぇや」
元気よく走り去っていった二人の子供の背中を見ながら、大人は呆れたように笑った。
こんなことは日常茶飯事である。いつも元気に追いかけっこし、やがて飽きると・・・
「どおぉーれ、今日の決闘も見に行くか!」
そういって大人は子供達の後を追った。
円形の闘技場。
石でできており、長年使い古したかのように、所々汚れている。
周りには観覧席だろう、これもまた石でできた長椅子がちらほらと置いてあった。
そんな中、目を引くのは観覧席の中央にある椅子だ。
他とは違い、それは木でできており、座る部分には柔らかなクッションが置かれている。
背もたれの部分には、簡素ながら、見事な装飾が施されており、他とは一風変わった雰囲気を醸し出していた。
「ふっふっふ、今日もやるのか」
そんな椅子に、慣れた様子で一人の男が座る。
引き締まった肉体を服で覆い、わずかに生えた髭を指でなぞりながら笑う。
周りにはだれもおらず、その男はただ一人で闘技場に目を向けていた。
「わが名はラ・ガージ!ゴールのむすこ!この名にかけてしょうりをつかむ!」
男から見て右側。そこに立つ小さな男の子、ガージが名乗りを上げた。
革でできた簡素な鎧を身にまとい、手には子供用につくられた、従来より小さめの戦鎚。
小さいと言ってもなお重いそれを、子供ながら片手で持ち、地面に突き立てている。
「わが名はラ・ガード!ちちは誇りたかきとうりょうのゴール!わが誇りにかけてまけはしない!!」
ガージの名乗りに負けじと、相対する男の子、ガードも名乗る。
ガージ同様、革でできた鎧をまとい、小さめの戦鎚を握る。
しかしこちらはやる気満々と言った感じで、すでに戦鎚を両手で構えていた。
彼らはオーク。誇り高き戦士の一族。
先祖を重んじ、彼らから代々受け継がれてきた鍛冶の業。それによってつくられた鎧を纏い、武器を背負って闘う。
誇り高き彼らは、己の種族を至高と考え、他種族を見下すが、その反面、戦士としては礼節を尽くす。
闘う前には自らの名と、直系の血族である親の名を名乗り、闘いに己の誇りをかけて全力を振るう。
それが美徳であり、子供たちの憧れ。未だ戦士となっていないガージやガードの宣名はお遊びだが、いずれ本当に名をかけて闘う時が来るだろう。
「期待してるぞ!ガージ!ガード!」
木の椅子に座る男、彼らの父であるゴールが声援を送る。
表情は変わらず笑顔。子供の成長を見守るような温かい笑顔である。
「いくぞ、ガード!」
「いつでもいいよ!ガージ兄さん!」
いつも通りの言葉。いつも通りの掛け合い。
始めはいつもガージから。ガージが攻撃を仕掛け、ガードがそれを受けて始まる。
周りには休憩中の鍛冶師や、本物の戦士である男たち、そして父であり、頭領のゴール。
ガージは年齢の平均よりも背が高く、筋肉の発達もいい。
誰の目から見ても将来有望な戦士候補。戦鎚の扱いさえしっかりと覚えれば、子供たちの憧れである戦士長に成れる器だ。
そしてガードは・・説明するまでもなく完璧。身長、体格、戦鎚を扱う技術、どれをとっても見事。
年齢に見合わないどころか、けた外れの能力。才能の塊だった。ガージが戦士長に成れる器なら、ガードは頭領に成れる器である。
頭領の血をひいており、強さも申し分なく、また子供ながら、皆を思うその性格の良さ。誰もが、兄であるガージでさえ将来ガードが頭領になることを認めていた。
この時までは
「うおおぉぉおぉおお!!」
ガージは叫びながらガードに接近し、いつも通りに戦鎚を振るった。
子供が振るったとは思えないほど勢いのあるそれを、ガードは難なく同じく戦鎚で受け止めた。
ガキイィィイインン
甲高い音が響き、両者とも膠着する。決闘が始まった。
ブワァンブワァンと風切り音が鳴り、時折金属がぶつかる音が響く。
戦士から見ればまだまだ荒い、しかしながらセンスのあるその戦鎚の攻防。
ガージの怒涛の攻撃。その性格ゆえか、ガージは攻めることに重きを置いていた。
それを防ぐガード。これもまた性格ゆえか、冷静にガージの戦鎚をさばいてゆく。
いつも通りの展開。毎日見られる光景。ガージが攻め、ガードが防ぐ。この攻防はやがて一方が崩れ、どちらかが一撃を入れて終わりを迎える。
しかし、今回は違った。
「うあがぁ!!」
「んぐっ!!」
ガードの防御をかいくぐり、ガージの戦鎚が、ガードの頭に当たった。
ものすごい衝撃が頭に伝わり、ガードの脳を揺らした。
しかしこの程度、頑強な肉体をもつオークにとって大したことではない。傷の心配よりも、攻撃が当たってしまったことを恥じるべきというのがオークという種族の普通の思考である。
それに何より、この二人の、ガージとガードのお決まりの決闘は、「どちらかが一撃を当てれば終わり」というのがルール。二人でそう取り決めたわけではないが、自然とそうなった。
だから闘技場にいた誰もが思った。「今日は終わりだ」と。「今日の勝者はガージだ」と。
観客席にいる鍛冶師も、戦士も、頭領のゴールも、闘っているガージでさえそう思った。
ガージは戦鎚の動きを止め、何も持っていない方の手を差し出す。
決闘終わりの握手だ。お互いの健闘を称える闘いをしめる簡素な儀式。
いつもならすぐに応じるはずのその握手に、しかしガードは応じない。負けたことを悔しがっているのか?いや、今までガージが勝った時も笑顔で応じてくれた。「さすがガージ兄さん、強いね」と。
「うぐぅうぐ」
「・・・どうした?ガード。痛むのか?」
顔を伏せて頭を抑えるガード。
様子がおかしいガードを、観客たちは心配そうに見つめ、ガージはガードの顔を見ようと覗き込む。
ギラリ。
そう光って見えた。いつもの優しそうなものではなく、怒っているような、獲物を狩るような・・・・
「ガー――」
「うあがあ!!」
そして事故は起きた。
吹き飛ぶガージ。
それは一瞬の出来事。
誰の目にもそれは映らなかった。唯一ゴールだけ、わずかに視認した。
ガードが戦鎚でガージを吹き飛ばす姿を。
ドドドオオオィィォオオン
轟音をたてて、ガージが落下する。あわてだす観客たち。
「あれは『元祖の怒り』か!?」
「わからん!!どっちにしろガージが危ない!!」
「戦士たちはガードを止めるぞ!!鍛冶師はガージを運んでくれ!!」
観客席から次々と声が発せられ、皆一斉に動き出す。
(いったい・・なにが?)
あまりの衝撃に立つこともできず、ガージは寝たまま思考する。
何とか状況を把握しようと顔だけを動かす。
(おれ・・やられたのか?・・ガード?ガードがやったのか?)
ズキィイ
身体を動かそうとしたガージにとてつもない痛みが襲う。
見ると、胸が赤を通り越して紫色になっており、異常に腫れていた。
(くそっ・・いってぇガードのやろぉ)
普通の子供なら、それこそ人間だったなら吹き飛んですぐこのような思考は出来ない。
しかし彼らはオーク。戦士の一族。肉体の頑強さもさることながら、思考も闘いに特化している。
ガージの考えることは、傷の痛みや、自分を傷つけたガードに対する恨みではなく、すさまじい一撃を放ったガードへの嫉妬だった。
ガードを見る。
何人もの戦士たちがガードを囲み、力に任せてガードを抑え込もうとする。
それに抵抗するガード。普段からは考えられない様子で、叫び、暴れる。
(なんだそれ・・・)
そこまで見て、ガージは気絶した。
「そんなに落ち込むなよ。すごかったぞお前のいちげき!」
「うん・・。」
布団に横になりながら、ガージはガードを励ました。
あの決闘から二日後。未だ傷で動けないガージを、ガードがお見舞いに来たのだった。
いつもの快活さはどこへやら。目に見えてガードは落ち込んでいる。
「あの時のアレって『がんそのいかり』っていうんだろ?おやじにきいたよ。『オークのなかでもすぐれた戦士にしかあらわれない力だ』って。すごいなガード」
「うん・・。」
これだけ褒めてもなおガードの様子はすぐれなかった。
「ガージ兄さん・・ぼく―――」
「ガージ、薬の時間だぞー!・・お?ガード。兄貴の見舞いか?」
兄弟の会話に鍛冶師のオークが乱入した。
「・・ボクもういくよ。早く良くなってね、ガージ兄さん」
「ああ、また決闘しような。ガード」
そういってふらふらとガードはその場を後にした。
「なんか・・邪魔しちゃったか?」
「いや、そんなことないよおっさん。またいつでも話せるさ」
若干気まずそうに笑う鍛冶師のおっさんの言葉を、ガージは笑いながら否定した。
(はやく傷治してガードと決闘してぇな!!)
心中でガージは思う。
傷がなんだ。そんなもの戦士の勲章である。
一度大けがをしたぐらいで毎日やっていたことをやめてたまるか。このまま決闘をしてお互いを高めて、いつか・・いつか遊びじゃない本物の宣名と本物の闘いをするのだ。
傷はひどいらしいが、何日かすれば治るはず。いや治して見せる。そしてすぐにまた決闘をするのだ。
ガージは来る再戦の日を妄想しながら治療に励んだ。
次は負けないように。ガードの攻撃を見切れるように。
しかしその後、ガージとガードが決闘することはなかった。




