第42話 森の魔獣
「ふんふん。つまり日に当たろうと特に問題はないということですか?」
「ああ、炎耐性は弱いらしいけど、今のところ体調悪いとか思ったことないな」
カーマード砦を出発して数時間。ショウ、リードは、オークのガードの案内のもと洞窟に向かっていた。
会話をしているのはショウとガード。土を踏みしめて森のなかを進む。
「じゃあ、夜はどうですか?僕、吸血鬼は夜になると力が増すって聞いたんですけど」
「うーん・・・そんなにはっきりとは感じたことないな。言われてみれば調子よかったかも…」
「なるほど」
そういってガードは興味深げに頷く。
砦を出発してからずっとこの調子であった。ガードが質問し、ショウが答える。
よくそんなに聞きたいことがあるなと感心してしまうほどに、ガードはショウに質問攻めを行っていた。
「…ずいぶんと吸血鬼に興味があるんだな?こんなに訊かれたのはガードが初めてだよ」
質問の合間をぬってショウが訊いた。
砦を出発して数時間がたった。さすがにぶっ通しではないが、体感で「ずっと」と感じるほどにガードはショウのことを―もっと言えば吸血鬼のことをしつこく訊いている。
そこまで質問されると、さすがに怪しんでしまう。
「情報を悪利用する気では?」「弱点を探しているのかも」と勘ぐってしまうのは当然だろう。ショウが特別なわけではない。(しかし、この段階に至るまで素直に答え続けたのは間抜けである)
「ああ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃいました。知らないことを知るのが楽しくて…」
あまりに嘘臭い、言葉だけで見れば信じがたい内容。
しかし、ガードの顔が、その好奇心旺盛と言った感じのワクワクした顔が、言葉が真実だと告げていた。もしこれが演技ならたいしたものである。
ショウが疑ったような裏はなさそうだ。少なくともショウはそう判断した。
「そっか。でも・・ああそうか」
一瞬疑問を浮かべるが、すぐにそれを払拭し納得したショウ。
「ええ、ご察しの通りです。頭領は部族以外の…外の情報を教えてはくれませんから」
ショウの表情を読み取り、眉をひそめ不満をあらわにしながらガードは言った。自分達の頭領の政策に納得がいっていないようである。
(まああの頭領なら情報とか規制してそうだよな。『我らには無駄である!』ってな感じで)
「それは――」
ガサッガサッ
「「「!!」」」
ショウの言葉を遮って木が鳴った。
当然、楽器じゃないのだから、木が自ら音を出すわけがない。では木が鳴るシチュエーションとは、木と木の間をなにかが移動したということ。森のなかで「なにか」といえば魔獣。そして魔獣は敵である。
「ショウ様、警戒を」
後ろにいたリードが声をかけつつショウの隣へと移動した。ショウの視界をカバーするように辺りを見回す。
「ああ、お前もなリード」
そういってショウは片手剣を抜く。同じタイミングでリードも両手剣を抜いて構えた。
「魔獣ですかね…?」
やや緊張気味に言葉を発しながら、先頭にいたガードもショウの近くへと移動する。
ショウ、リードと同様に、自分の得物である戦鎚を構える。
三者とも互いに背中を合わせ、互いに互いの視界をカバーするように努める。
ガサッガサッガサッガサッ
木の音は次第に大きく、激しくなっていく。
注意深くそれを聞けば、発生源は一つではないとわかる。いくつもの影が木々を飛び回っているようだ。
「これは・・・」
リードが声を潜めつつ、しかしはっきりと聞き取れる音量で呟く。
「・・ああ、囲まれたな。……!くるぞっ!」
ガサッガサッササッガサッササッ
ショウが叫ぶと同時に、木からいくつもの影が降ってくる。
「猿?」
現れたのは黒色の毛をもつ猿だった。
さながら獲物に飛びかかるように―事実そうなのだろうが―約5匹もの猿が全方位からショウたちに襲いかかる。
「こ、こいつらは尻尾猿です!!尾が鉄のように硬い!」
ガードが早口で魔獣の特徴をまくしたてた。
「りょーかいっ!!」
ショウは理解した意を示しながら武器を振るった。
片手剣は的確に吸血鬼の膂力を伝え、尻尾猿Aの腹めがけて振るわれた。
「キキィイ!?」
あまりに速すぎたその剣は、尻尾猿に防御することを許さず、その刃を腹に食い込ませそのまま尻尾猿Aを後方へと吹き飛ばした。
「よしっ!まず一匹・・!」
喜びもつかの間、すぐに後続の尻尾猿が攻撃を加えてくる。
片手剣が間に合わないショウは、爪で抗戦した。
「キキーッ!」
「ウオォォ!!」
一方リードは、気合いの咆哮をあげながら両手剣を振るう。
それに合わせるように、尻尾猿Cは自らの尾を、さながら鞭のようにリードめがけて叩きつけた。
ガチッ
一瞬の制止。とても尻尾とは思えない硬さによって、リードの両手剣が止まったのだった。しかしそれまで。森に住む1魔獣の尻尾猿が、小鬼人の進化系である人子鬼の剣撃を止めることは叶わなかった。
「オオッ!」
「ギィ!!?」
リードはそのまま両手剣を振り下ろし、尻尾猿ごと地面に叩きつけた。
両手剣の重量と、人子鬼の力をそのままぶつけられたその尻尾猿は、短い断末魔を上げてその生を終えた。
「キキーッ!!」
仲間を殺されて怒ったのか、怒声をあげながら別の尻尾猿がリードに襲いかかる。
「――《ゴブリンの一撃》」
≪ゴブリンの一撃≫
小鬼族固有スキル。自身の力に応じた一撃を放つ。
慌てず、騒がず、静かにリードはスキルを発動させる。
リードの意を得て、両手剣はその刀身にほのかに赤い光をまとう。
わずかに屈み少しタメをつくると、上に突っ込むように両手剣を突きだした。
洗練されたその動きに隙はなく、そのまま襲いかかってきた尻尾猿Dを串刺しにした。
「……キィー」
弱々しい声をあげ、尻尾猿Dは絶命。こうしてリードめがけて襲ってきた尻尾猿は全滅した。
「ショウ様!」
主の方に視線を移す。
「はっ!」
「ギイギィィー……!」
ショウの左手が尻尾猿の喉に食い込む。
大量の血液が漏れだし、ショウの手を伝って地面へと流れていく。
《吸血鬼の爪》はいとも簡単に尻尾猿Bを殺したのだった。
「ご無事ですか?ショウ様」
「ああ、そっちは…大丈夫そうだな」
血を払いながらショウはリードに返事をする。
払われた血はわずかであり、血の大半はショウの肌に吸収されたかのように消えていた。
「ガードは―――!!」
ガードの方を見るショウ
そしてそこで、目をつぶって武器を振り回すガードの姿を見た。
「あいつ、なにをやって――!」
「《蝙蝠移動》!」
四肢が分散し、蝙蝠の群れと化す。
目も口も鼻もなく、形だけの、まるで影のようなコウモリの群れがまっすぐガードの方をへと飛ぶ。
「くっくるなぁー!!」
「キャアアアァーー!」
巨体を存分に揺らし、戦鎚を振るう。
一撃の威力を示すように、戦鎚が振るわれるたび轟音が響く。
当たればそれが誰であれただではすまないだろう。そう、当たりさえすれば。
どんなに優れた一撃でも当たらなければ意味がない。そして攻撃を当てるのは目をつぶっていては不可能だ。………達人でなければ。
それを証拠に、ガードの戦鎚はかすりもせず、それどころか、かわされ、今、まさに、尻尾猿Eから攻撃を受けそうになっていた。
「くっ!」
「キキーッ!」
「ショウさん!」
再び人間の姿に戻ったショウが尻尾猿Eの腕を掴む。
剣で斬りつけたいところだがそんな余裕はない。このままではガードが危ない。
腕をつかむだけで、敵を無力化する方法。今、この状態でショウがとれる最善の行動は・・・。
刹那、ショウはひらめく。
この状況にもっとも適した行動。剣を振らずとも敵を無欲化でき、かつガードも傷つかない方法。
心配なのは練習量。本番はこれが初めて。しかし、やるしかない。他に道はない。
尻尾猿Eが今まさに、その爪でガードをひっかこうとするその瞬間、ショウはすっと息を吸い、そして――――
―――――――――「魔法の使い方を知りたい?」
「ああ。リーシャって魔法使えるんだろ?」
キョトンとした感じで質問を繰り返すリーシャに、ショウは答えた。
リーシャが初めに、続いてダイ、コーガ、インエ、ザラという四人のハイゴブリンが仲間に加わり、人の移動が完了。ひとまずは群れとして落ち着いた段階で、ショウが改まってリーシャにお願いしたのだった。
「いいけど・・魔法ってそんな簡単じゃないよ?知識がなきゃ習得できないし、詠唱も覚えなきゃいけないし、そもそも魔力が少ない人は使えもしないんだから」
普段とは違う、落ち着いた雰囲気で話すリーシャ。
リーシャには群れで、弓術と読み書きの教師をしてもらっているため、仕事スイッチが入ったのかもしれない。さしずめ「リーシャ先生」だ。
「あーそうなのか。一応魔法は覚えてるんだけどなー・・それでも大変なのか?」
そう、ショウは吸血鬼になった時に、自分のステータスで魔法を覚えてることを確認していた。
初めてスキルを試したみたときは忘れており、後に使ってみようとしたが、ちっともうまくいかなかった。うまくいかなかったというより発動すらしなかった。
それから今まで、ショウはそういうもんだと諦めていたが、魔法を使えるというリーシャが現れた。ゴブリン増加の件がひと段落したので、今のうちにリーシャに魔法を教えてもらおうとショウは思ったのだった。
「ん?一応覚えてるってなに?覚えてるんだったら使えるでしょ??」
「いやステータスには載ってるんだけど、どうやっても使えないんだよねー魔法」
「え!?ショウ君ってステータス見れるの?」
今日一番の驚愕顔でリーシャは言った。
「え?う、うん。見れるけど。・・・それっておかしいの?」
「ステータス」。そう念じれば、いつでもどこでも簡単に見れる。
ショウにとってステータスとはそういうものだ。てっきり、皆もそうだとショウは思っていた。
「おかしいよ!普通は何か道具を使わないといけないんだから!・・・うーん、もしかしてショウ君が異世界から来たのと関係があるのかな?」
「・・多分、そうだろうな。それぐらいしか違いはないだろうし」
異世界から来た特典だろうか。微妙な特典である。
「まぁ、それは・・わかった。じゃあなんの魔法を覚えてるの?」
「ちょっとまって・・ステータス」
【個体名】ショウ
【種族】吸血鬼
【称号】異世界人 群れの大長
【スキル】
≪吸血鬼の爪≫ ≪吸血鬼の肌≫ ≪蝙蝠移動≫ ≪眷属召喚≫ ≪血の誓約≫
【魔法】
≪ドレイン≫
ショウの念じるままに、ステータスが表示される。
「えーっと、『ドレイン』っていうやつだな」
≪ドレイン≫
破壊魔法。対象の体力を吸収する(弱)
「ドレイン・・・。あぁ!!『吸収』ね!初級の破壊魔法ね。よく考えたらショウ君は魔人だし、もうすでに魔法を覚えてるんだったらすぐ使えるようになるよ!」
「おー!そうなのか!何をしたらいい?」
すぐ使えるようになると言われ、テンションが上がるショウ。
魔法がない世界から来た身としては、ソレに強いあこがれがあった。
「私が思うに、ショウ君はたぶん魔力の使い方が下手くそだと思うの。魔人でどれだけ魔力があろうと、ソレを使えこなせなきゃ意味ないからね!」
「お、おう」
笑顔でさらっとひどいことを言うリーシャ。
きっと本人は気づいていないだろう。もし気づいて言っているのなら、彼女は精神攻撃のスペシャリストに違いない。
「よしっ!特別に先生が魔法を見せてあげます!よーく観ときなさいよー??」
「はい!先生」
いつの間にか教師と生徒になったリーシャとショウ。
そして先生は、両手を前に突き出すと、瞳を閉じた。
「アラ メリク イルト レーク アロド ミスリード――≪昏睡≫」
リーシャが唱えた呪文のような文言の後に、彼女の両手から暗い影のようなものが発生。そしてすぐに、黒い球体となった。
その黒い球体は、ぷかぷかと浮いていて、大きさはバレーボールぐらいである。
「おお?成功ですか?先生?」
「もっちろん!これが幻惑初級魔法の『昏睡』だよ!」
「おー!!すごいな。どういう効果なんだ?」
「これが当たると、くらくらして眠っちゃうの!・・・精神が弱い人にしか効かないけど」
「おぅ・・。それは・・」
「でもいいの!私の本領は弓だから!!こんなものぉー」
リーシャが、球体を潰すように両手に力を込める。
球体は弾け、すぐにその姿を消した。
「・・っとまぁこんな感じで、魔法は発動するの。わかった?」
「いや、ぜんぜん」
「そりゃそうか。見せただけじゃわかんないよね・・。えーっとね、魔法ってのはそもそも、自分の魔力を使って、大気にある魔素に干渉して発現するの。
そのために必要なのは、使いたい魔法の知識と、系統にあった詠唱。それと、魔力コント―ロールなの。ここまではわかった?」
コクリとショウが頷く。
「じゃあつづけるね。知識は覚えるしかなくて、詠唱も・・暗記だね。才能があったり、使い慣れてくると魔法名だけで発現できるようになるけど、それはまだショウ君には早い。
あとは・・そう!魔力コントロール!これが一番大事!人によって個人差があるから、自分で自分の感覚を覚えてくしかないんだけどー・・とにかくやってみる?」
「そんないきなり出来るもんなのか?」
「うーん、ショウ君は魔人だし、「ドレイン」って初級魔法だし、詠唱さえきちっと言えたら案外いけるんじゃないかな?」
あっけらかんとリーシャは言う。
「なんか適当だな・・。でもまあ!やるか!」
「よしっ!その意気だっ!破壊魔法の初級の詠唱はーうーんっと・・カイ ヲキト クゥー デモ―リッシュかな?うん。たしかそうだった。やってみて!」
「カイ ヲキト クゥー デモ―リッシュね・・。んんっ。」
ショウはのどの調子を整え、短く息を吸う。
リーシャに習って、一応両手を前に出しておく。
「カイ ヲキト クゥー デモ―リッシュ――――
――――――――――――――――――――≪吸収≫!!」
ショウの手から淡い赤い光が発せられ、尻尾猿の身体を照らしていく。
「キィイーーィィィ!!!」
途端に尻尾猿は苦しみはじめ、ガードに攻撃するのもやめ暴れ始める。
しかし徐々に力を失っていき、そして数秒後、まるで何かに吸い取られたかのように、身体に力が入らなくなった。尻尾猿E撃破。
「ふぅー。何とかうまくいったなー」
ショウは手で頭を押さえると、ふーっと息を吐いた。
魔法を教わった時、リーシャに教えてもらった通りに詠唱し、見事魔法は発現できたのだった。
それから何度かやっているうちに、いつのまにか詠唱なしで魔法が発現できるようになった。それに伴って―なんとなくだが―魔力を感じることができるようにもなった。
これは、リーシャが、『いくらなんでも早すぎるよ!!私でも一年かかったのに!』と嫉妬心から怒るほどであった。それほどの急成長。おそらく吸血鬼という魔人だからこそできたことだとショウは思っている。
しかし、練習で何度も成功していたが、本番―生物相手に使う―は初めてであった。なにはともあれ成功してよかった。
「今のは・・魔法?」
ぽかーんと座り込みながら、ガードが口を開いた。
「無事か?ガード」
ショウが助け起こそうと右手を差し出す。
「あ、あり・・」
途中で口をつぐみ、伸ばした手をガードは引っ込めた。
「すいません。幻滅・・しましたよね?こんな見た目で、まともに武器を振ることもできないなんて」
「いやー・・それは・・・」
そんなことない。
そう言うべきだ。頭ではそう思っているのに、思わず口をつぐむショウ。
なぜならガードの言うとおり幻滅・・というか、見た目とのギャップに少しがっかりしているからだ。
心の底から本気で、「そんなことない」という事が出来なかった。言うことに迷いを感じてしまった。
「本当にすいません。でも・・言っておくべきですよね。リードさんも、どうか聞いてください」
いつの間にかショウの背後まで来ていたリードは、黙ってガードの言葉にうなずいた。
ガードの雰囲気に当てられて、いつにも増して真剣な表情を作っている。
「実はボク・・闘うのが怖いんです」
苦しそうに、ガードはそう告白した。




