第40話 SELFISHオーク
砦の中の、広場のような場所。
かつて作戦会議が行われていただろうその場所は、さながらどこかの王の間のようになっていた。
物は置かれておらず、あるのは木で出来た簡素な玉座。座るのはショウと、オークのガージの争いを止めた「頭領」である。
背筋をピンと伸ばし、魔獣の羽やら角などの装飾がついた衣装を纏うその姿は、場所さえ違えばどこかの王と言っても何ら問題ない風格があった。
手に握る戦鎚も、ガージら普通のオークがつかっているものとはどこか違っている。
素材が違うのか、製法が違うのか、素人のショウには判断できないが、戦鎚に刻まれた細かい傷が、歴戦であることを示していた。
まさに一族の長がもつに相応しい代物。見ているだけで、その武器と、長が経験してきた戦いの歴史を感じてしまう。
その圧倒的なオーラを放つオークの頭領に―正確にはその部下に―案内されて、ショウとリードはその広場、頭領の眼前に立っていた。
周りのは何人ものオークたち。
皆同じ服を着ており、服の上からでも隆起した筋肉がうかがえる。
望める肌の色は緑。人によってくすんでいたり、明るかったりとあるが、緑の枠を誰一人として出ていない。
例によって、見慣れていないため顔の違いはショウにはよくわからない。皆同じに見える。
となると個人を判断するポイントは髪だろう。
髪型は皆一様にオールバック。だが、後ろに下ろした髪を、あるオークは編んでいたり、あるオークはそのまま。またあるオークは極端に短くしていたりする。
また髪色にも違いが見受けられる。
大抵のものは白に近い銀色だが、あるものは赤かったり、金だったり、緑だったりする。
これが意味するところは今のところわからない。単なるオシャレなのか、それとも身分を表しているのか。なんにせよ、怒らせたくなければあまりそのことに触れないことだ。
ただ心なしか、ショウたちの周りにいるオークたちは赤髪が多かった。
「それで?何のようだ吸血鬼にゴブリン。直言を許す」
「えーっと、まず闘いを止めてくれてありがとう。
俺はショウ。で、こいつはリード。一応俺の臣下ってことになってる。」
ショウの言葉遣いに、頭領の近くにいたオークが動こうとするが、頭領は手を軽く挙げることでそれを制止した。
「リード・ホブソードだ。一応ではなく、確実にショウ様の臣下である」
訂正するようにリードが名を名乗った。なぜかドヤ顔である。
「ほう?魔名もちか。これは珍しい」
「頭領、ちょっといいか?」
会話の途中、頭領が言葉を終えたタイミングで、隣にいたガージが耳打ちした。
離れているショウには何言っているかは聞こえない。
「なんだ、ガージ」
「一応やつらの強さを伝えておく。
まずあのリードとか言うやつ。あいつはつええ。俺の一撃を止めたし、背後からの攻撃をーまあ叫んでバレたんだが、それでも反応して逆に斬り返しやがった。並みの反射じゃねぇ。」
「なるほどな・・で?あのショウとかいう吸血鬼は?」
「・・あいつはやべぇ。片手剣で俺の鎚を止めたのもそうだし、それ以上にやべぇのは片手だけの力で俺を後退させたことだ。正直に言って、本気でやって勝てるかどうか・・。もちろん俺らに仇なすなら、名にかけて勝ってみせるが、一応このことは覚えておいてくれ」
「・・それは戦士長としての言葉か?それともわが息子、ラ・ガージとしての言葉か?」
「両方だ。気を付けろ親父」
「ああ、お前の言いたいことは理解した」
そう頭領が言うとガージは姿勢を正し、再び頭領の横に立った。
「・・ふむ、名は分かった。魔名を与えることができるなら貴様が吸血鬼だということに嘘はないだろう」
「そんなに簡単に信じていいのか?」
「魔名なきものが2つも名を名乗れはせん。・・で?わが質問に答えよ。
何をしに我らがオークの元へ参った」
頭領の威厳を存分に発揮し、まるで遥か高みにいるかのように頭領はショウに問うた。
「あー俺らはここから南の森で暮らしている。
そこには食べ物も服も家もあるが、物を作れる人間がいない。それで―――」
「それで我々の業が欲しいと?貴様のところに家族を送れと言うのか?
下らん!!話にもならんわ!帰れ吸血鬼よ。我らの業は門外不出。親族でもない貴様に力を貸すいわれはないわ!!」
「ちょっと待ってくれ!もちろんただでとは言わない!
食料も服もあげることはできるし、ずっと俺らと住めって言ってる訳じゃないんだ!・・少しだけ業を教えて欲しいんだ。全てとは言わない!ほんの少しだけ」
「ならん!!我らが業は、先祖代々受け継がれてきた血族の業!
どこの誰とも分からぬ者に、おいそれと渡せるような軽いものではない!!」
「頭領」
激昂した頭領にガージが再び耳打ちする。
おかげで少し冷静になった頭領はなんだと返事した。
「頭領の言うことはもっともだ。・・だが、知ってるだろう?食糧が足りてないことを。あいつらは食糧が在ると言っているし、業ではなく、武器や鎧を渡すことで取引したら――」
「ガージ。お前はあの人間のような存在を増やせといっているのか?
『親族以外に力を貸すべからず』という昔ながらの掟を破った結果が今だ。
同じ罪を繰り返せと言うのか?」
頭領の言葉には様々な感情が込められていた。
選択肢はなかった。あの人間と取引しなければ一族は滅んでいたかもしれない。
苦渋の決断だった。先祖から賜った言葉を無下にするような真似はしたくなかった。それは今も変わらない。だがあのときは仕方がなかったのだ。そう自分に言い聞かせなければ先祖を裏切った罪悪感でつぶれてしまう。
一族の長として、頭領として皆を守らなければならない。しかし、先祖代々の掟も守らなくてはいけないのだ。
「そうはいってねぇ。そうはいってねぇが・・くそっ、洞窟の主さえいなけりゃあこんなことには・・」
「それは今のところいいのだ。戦士長よ。
また五人同胞を失った。これ以上、同胞を失うわけには・・・」
!!
二人の考えが一致した瞬間だった。
「ショウとやら、貴様の考えは分かった。
我に考えがある。もし我が望みを叶えてくれるなら、取引の件を再考しよう」
「いったいどんな・・?」
頭領の言葉に喜ぶショウだったが、すぐに警戒する。
オークの頭領同様、ショウもまた一族の長である。もし頭領の願いが仲間を危険に晒すことならば、素直にYESと返事することはできない。
「ここから少し北、そこにある洞窟に行き、そこの主を倒して参れ。」
おおよそお願いとは思えない、言葉で頭領は言った。
「洞窟の主?」
気にせずショウは話を続ける。
頭領の態度など関係ない。
「そうだ。近頃現れ瞬く間に洞窟内のトップに立った強者だ。そいつのせいで、我々は採掘が出来ず・・・いや、とにかくそやつを倒してこい。我の願いはそれだけである。」
「・・なるほど。で?どんなやつなんだ?その洞窟の主は」
「・・わからぬ」
「・・は?」
「何人もの同胞を送り込んだが誰一人として帰ってきておらん。
ゆえに、正体は未だ不明だ」
「いやいやちょっと待ってくれ!それじゃなにか?俺たちに正体不明の怪物を倒してこいっていってんのか?」
「さよう」
当然だろうと言わんばかりの顔の頭領。
「さようって!・・ふー、じゃあ誰か案内をつけてくれ。
洞窟内の地形もわからないんじゃあ、その主の発見も困難だ」
「・・・それは無理だ。これ以上同胞を危険にさらす真似はできん」
「ふざけるな。そんなのあり得ないだろう。そちらがわのサポートなしでやれるわけがない」
リードが怒りを混ぜて反論する。
「さっきから聞いていれば、頭領になんて態度をとっている!!
たとえ頭領や戦士長が許そうとも、それ以上は俺が許さんぞ!!」
我慢の限界がきたのか、緑色の顔を赤く染めて、周りにいたオークの一人が怒鳴った。
「態度がおかしいのはどっちだ・・!
確かに頼みを聞いて欲しいとお願いしたのは俺たちだ。けどな、交換条件に自分達の願いを出してくるなら、これは交渉であり契約だ。
交渉相手である俺たちに一方的に命令して、願った本人であるお前らはなにもしないなんて間違ってるだろうが。おかしいのどっちだ?もういっぺん言ってみろ」
静かに、しかし確実にショウは怒りを顕にする。
頭領の徹底的な上から目線も、オークたちの超他種族排他主義にも我慢してきた。
しかしこの件に関しては、ショウは譲ることはできなかった。
なにせ仲間の命がかかっているのだ。情報がない場所にそのまま行くのと、情報があって事前に準備していくのとでは生存率が変わってくる。
ショウとリードは強い。だからといって絶対に死なないというわけではないのだ。安全面を考慮するのは正しいと言えた。
「うぐっ・・」
怒鳴ったオークは言い返せず口を閉じた。
ショウの言葉に納得したからか、ショウの迫力に気圧されたからか、なんにせよショウは場を黙らせ、オークたちに若干の恐怖を植えつけた。
「・・もちろん案内役は俺たちが確実に守るし、危険には絶対にさらさない。
信じてもらうしかないが、それは約束する。地形に明るいやつ一人でいい。・・頼むよ」
怒りを鎮め、冷静に、丁寧にショウは要請した。
「・・・・・わかった。1人、案内役をつけよう。
地形に明るく、体力もある。そいつに限り荷物を持たせることを許してもいい。」
「それは助かる。・・で、誰なんだ?」
「ここにはいない。・・今は牢にいるが、すぐに出して状況を伝えさせよう。
その者の名は―――」




