第39話 HELLOオーク
ズシッズシッ
巨足が地面を踏みしめる。
足の動きにともなって、緑色のその巨体ものそのそと動く。
約三メートルほどの巨体。それも一つではなく、数にして5つほど。5つもの巨体が森のなかを歩いていた。
葉や枝など気にせず、たとえそれらが顔や体に当たろうともものともしない。
ただただ真っ直ぐに進むその姿はまさしく怪物のそれであった。
本来なら誰もが畏怖し、敬遠するその姿、だがしかし今現在において、その威容はいまいち迫力に欠けていた。
「今日はこれだけか」
ぽつりと怪物のうちの一人がつぶやく。
その怪物の呟きに合わせるように、他の怪物たちはある一点に視線を集中させる。
怪物たちの瞳に映るのは縄で縛られた魔獣。角の先端が槍のように尖った槍鹿であった。
四つ足を縛られ、逆さにされて担がれてるその姿を、怪物たちは複雑な表情で見つめる。
「そんな顔するな。まだ備蓄はある」
「ガージ・・。でも備蓄だって残りわずかだ。俺はいいとしてもうちのガキどもが――」
「そんときはまた狩りに出ればいい!ガキのためにな。そうだろう?」
「あ、ああ。そうだな。ガージの言うとおりだ」
呟いた怪物は、その複雑な表情を少し柔らかくして微笑を浮かべた。
それを見て元気付けた怪物、ガージも微笑を浮かべるとすぐに前に向き直った。
ガージにならって、他の怪物たちもまた槍鹿から視線をはずし前を向いた。
(また狩りに・・か・・。一日中狩りに出て収穫が鹿一匹。自分でいっといてなんだが、なかなかにやばい状況だぜ)
前に向き直ったとたんに、表情を微笑から真剣なものに変えたガージは人知れず状況を憂く。
安心させるために言ったものの、自分の言葉通りに状況を楽観視しているわけではないのだ。
(ちっ・・人間風情が・・・足元見やがって)
心中で毒つくガージ。
『約束の数は守ってくださいよ。そういう契約でしょう?』
そう言った人間の顔が脳裏に焼きついていた。殴りたいという衝動を抑えられたことは密かな自慢であった。
融通のきかない人間のせいでこんなに自分達は苦しんでいる。どうせならやっぱりあそこで殴っておくべきだったかなと、一瞬ガージは本気で考えた。
(いやいや、やはりそれはやっちゃいけねえな。今は俺ができることをやるしかねぇ・・・。あとは爺さんと・・・いや、あいつはなしだ。人間の業なんかに頼ろうとするやつを信じられるか!信じるのはやはり爺さんたちだけだな。――おっ?やっと家か。ふーなんにせよ今日はつかれ―――)
脳裏に浮かんだ考えを、ガージは即座に否定する。
同時に、浮かんできた男の顔を、その存在を、同じように否定したのだった。
そうこうしているうちに森を抜け、家についたガージだったが、そこで・・・
(あ?誰だあいつら・・・)
見知らぬ2つの影を確認したのだった。
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「やーっと着いたなぁー!!長かったー!!」
「お疲れ様です」
目一杯体を伸ばすショウにリードが労いの言葉をかける。
住みかを後にして3日。ようやく目的地である、オークのすみかのカーマード砦に二人は到着したのだった。
石垣を積み上げられてそびえ立ちカーマード砦。
所々鉄によって補強されているが、石垣のようすから、何年も前の砦だと予想することができる。
大方、戦争に使われていて、終了と同時に放棄されたのだろう、とショウは予想した。
現在、ショウとリードは砦の入り口である大門の前にいる。
唯一木でできているその扉は、赤く塗られており、砦の威容を示すのに一役買っていた。
「でっかいなぁー・・・」
「オークは我々の倍位の大きさですからね、その規格から考えるとこれくらいでしょうね」
感嘆で声をあげたショウにリードが同意する。
ショウは砦を見たことがないので、正確には言えないが、それでも、このカーマード砦は普通の砦よりも大きいように思えた。まるで城である。
「リードそれ・・さも自分の知識のようにいってるけどさ、リーシャから教えてもらったやつだよな?俺も聞いたし」
「え、ええ・・・まあ」
リードは少し戸惑ったかのような素振りをみせると、黙って大門に目をやった。
無愛想を装ってはいるが、一緒に暮らしているショウには、リードが照れていることがよくわかった。もし人間だったなら、きっと羞恥で頬を赤く染めていることだろう。元々赤肌のリードには関係ないが・・・。
「とりあえず、挨拶してみるか。第一印象が大事だからな。いくぞ――」
「!、ショウ様!!」
ガキィイイン
リードが突然叫んだかと思うと、金属音が鳴り響く。
振り下ろされた鎚を、両手剣で防ぐリード。
鎚を振るったのは、緑色の肌に約三メートルはあろうかというほどの巨体。
旅に出る前、リーシャに聞いていた通りの姿。ショウたちの目的であり、カーマード砦の主・・オークであった。
「わが主になにをする・・・!!」
「これを止めるか・・ちびとは思えねぇ力だな・・・!!」
オークが上から押し、リードが下から押し返す。
互いに互いの武器に力を注ぎ、拮抗しているのか体が少し震えていた。
「ちょっと待て!オークだよな?俺らは話をしに来ただけだ、戦う気はない!」
「はっ!信用できるかよ!お前みたいな人間は特になぁ!!!」
叫ぶと同時にオークは自身の武器の戦鎚を振るう。
衝撃によってリードとの膠着状態は解かれ、勢いそのままにオークはリードめがけて再び戦鎚を振るった。
オークは戦鎚によって肉が潰れる音を期待するが、実際に出たのは、先ほども聞いた武器同士が衝突した金属音だった。
「ったく!なんで初対面は絶対にうまくいかねぇんだ!!」
「ショウ様!」
リードに向かって放たれた戦鎚を、ショウは片手剣で防ぐ。
リードよりも背の小さいショウとリードよりもはるかに大きいオーク。まるで大人と子供である。
「ちぃ!なんだこいつまでこの力はぁ・・・!!ホントに人間かぁ!?」
「俺は吸血鬼だ!!」
吸血鬼の力を総動員してショウは片手剣を振るう。
軽く戦鎚を弾かれたオークは、きたる追撃を嫌い後方に跳んで距離をとった。
(『なんだこの力は』ってこっちの台詞だよ・・なんだよあの馬鹿力、あんなのまともにくらったらやばいぞ・・・)
「なあ!話を聞いてくれ!俺たちは敵じゃない」
戦いの間を利用してショウは再び会話を試みる。
(ちっ・・俺の戦鎚を受け止めるやつが二人。しかも片方は片手剣でか・・ちとまずいなこのままじゃ・・だがまあそろそろ・・・)
「敵じゃない?そういって近づいてきた人間はたくさんいたぜ!・・・っとぉ、お前は吸血鬼だっけか?まあ関係ねぇな!どっちも似たようなもんだろ!」
「話を聞けオーク!我らは敵じゃないと言っているだろうが!」
「ゴブリンごときがなにいってやがる!お前程度が仕える主なんざ、それだけで程度が伺えるってもんだぜ!!」
「何だと・・?」
リードの表情が怒りで染まる。
角がある外見と相まって、さながら本物の鬼のようだ。
「待てリード!怒るんじゃ―――」
「おらっ、御主人様が待てっつってるぜ?ゴブリンしか従えられないダメ主人がよぉ!」
「貴様!覚悟しろよ、主を愚弄したこと後悔させて―――」
「オオオオオオォォオォォォオ!!」
「なっ!」
突然の雄叫び。聴こえる風切り音。
意味するところは、第三者の介入。否、正確には増援であった。
「オオッ!」
「うぐっ」
本日2度目となる、戦鎚による強襲を、しかし今回は両手剣で切り払ってカウンターを出すことに、リードは成功した。
襲撃者である緑の巨躯の怪物、増援のオークは軽くうめくと後退した。
「バカやろー!背後から攻撃するのに叫ぶやつがあるか!」
最初の襲撃者であるオークが叱咤する。
「悪いガージ。いくらゴブリンといっても戦士の誇りが・・背後から仕掛けるまでは我慢できたんだが・・」
「おい!いい加減話を聞け!!俺らは敵じゃない!それに分かったろ!?俺らは少なくともお前たちの攻撃は防げるし、やり返すこともできる!不必要な闘いを続けて互いに傷つくのは間違ってる!もうやめよう!」
三度目の正直にかけて、ショウはまたも会話を試みる。
ショウにしてみれば、鍛治能力のあるオークはどうしても欲しい存在。多少の考えの違いがあっても、それは最初だけで、後で解決できる問題だと考えていた。
そして何より心配なのはリードだった。
先ほどの激昂したようす。あれはまさに闘技場で本気で斬り合った時のリードそのものであった。
つまり、心配事とはリードがオークを殺してしまうこと。
仕掛けてきたのがオーク側だろうと、仲間を殺されて平気でいられる筈がない。
そうなれば、難しいどころか、ほぼ100%の確率でオークをショウの仲間に引き入れるのは不可能になってしまう。
それだけはなんとしてでも止めなくてはならない。考えられる限りの最悪のシナリオである。
「で、どうするんだ?このまま四人で殺し合うのか?
はっきりいって、俺もリードも強い。一対一なら確実に勝てる。その自信があ る!・・・それでもやるか?それとも、俺たちの話を聞くか?」
語気を強めて叫ぶようにショウは言った。
ここでオークが会話を選ばなければ、そのときは・・・
「・・・確かに、お前たちは強い。お前の言うとおり、一対一では負けはしなくとも、苦戦するだろう。そう・・一対一ならなぁ!!」
最初の襲撃者、ガージの言葉に続くように、森の中から別のオークたちが現れる。
その数、3。皆一様に鉄で出来た戦鎚を構えている。
「だが5対2なら話は別だ!
・・・正直、戦士としては失格だが、生憎俺は人間が嫌いでな。吸血鬼だろうが見た目が人間のお前も同じく嫌いだ。だから今回は数で潰す!!」
ガージの言葉を号令に、皆各々の戦鎚を強く握る。戦闘態勢である。
「ショウ様!どうするんですか!」
「・・・・・」
「ショウ様!」
「・・しょうがないかクソッ。・・やるぞリード。こいつら倒して家に帰る!」
「了解しました!!」
ショウ側もまた、ショウの言葉によって戦闘態勢に入った。
リードは両手剣を、ショウは片手剣をそれぞれ構える。
「いくぞお前ら!」
「「「オオッ!」」」
「リード!そいつらを頼む!」
「お任せを!」
ガージはショウと、リードは四人のオークとそれぞれ対峙する。
「オオオオオオォォオォォオォ!!」
「ガアアァァァアアアァッァァア!!」
気合いの咆哮が木霊す。
互いに走りだし、衝突の寸前、武器と武器がぶつかるその瞬間―――
「そこまでだ!!」
突如として怒声ともとれる大声が響いた。
いつの間にか砦の門は開いており、そこには他のオークの誰ともにつかない、圧倒的なオーラを放つ、髭を蓄えたオークがいた。
「頭領・・」
ガージが驚く。
「頭領?」
ショウは首をかしげた。
「話を聞こう。入れ、吸血鬼とその臣下よ」
そう言い残し、オークの頭領は背を向けて砦の奥へと歩いていった。
こうしてオークによって始まった闘いは、オークによって鎮められた。
補足
ガージたちがいたのもガヴァの大森林の中です。
ショウたちが出てきた位置の反対側に彼らはいて、先にガージがしかけ、その隙に他はショウたちの後ろに回り込んでいました。




