第3話 ゴブジイ
(柔らかい・・・)
まだはっきりと覚醒していないまどろんだ状態で翔はそう感じた。
寝ていたようだ。寝起き独特の疲労感がある。
どうやら何かの毛皮の上に横になっているようだ。触ってみると毛の柔らかさとごわごわした感じが伝わる。
毛皮自体が温かみをもっているかのようで気持ちがいい。
いまだ半開きの目でよく周囲を観察する。
どうやらここは小屋のようだ。
支えている柱はぼろぼろで、屋根は藁だろうか?穴が開いていて外の明るい光が漏れてきている。
さほど広くなく、机やテーブルなど生活感のあるものはほとんどなかった。
(ぼろい小屋だなー・・。馬小屋かな?)
どう見ても人の住んでいるとは見受けられず、馬小屋と推測する。
と、そこで思考が切り替わる。
ここが馬小屋だろうが、それ以上に考えなくてはいけないことがあったのだ。
(なんで俺はここにいるんだ・・・?)
全く見知らぬ場所に寝ていたという事実が一気に翔の意識を覚醒させる。
(待て待て待て!!どういうことだ!?なんでここに・・?昨日は確か・・そう!森の中にいて、それで・・
そうだ・・!追いかけられたんだゴブリンに!いやゴブリンって決まったわけじゃないけど、まあとにかく赤い奴らに!)
昨晩の事を思い出し背筋が震えた。
あんな経験は初めてだった。もう二度としたくない。
(それで・・・そう!転んで、追い詰められて誰かが来た・・?)
おぼろげだが確かに覚えている。
絶体絶命の自分を怒号を飛ばしゴブリン共を追い払うことで救ってくれた人物がいた。
翔はその人物を思い出そうと頭をひねる。
確か背は小さく腰が曲がっていて老人みたいだった。喋り方も老人みたいだったことも思い出す。
怒号を飛ばした後こっちを向いて何か言った気がする。
確か・・
『もう大丈夫じゃ。小僧』
言葉を思い出すと同時に翔は思い出す。
自分に向けられたその老人の顔を。その表情を。
表情は笑顔だったが、その顔はとがった耳、つりあがったギラギラと輝く目をもっていた。
間違いなく自分を追いかけていたゴブリンと同じものだ!
驚愕した翔はガバッと上半身を勢いよく起こす。
(ってことは・・!ここって!ゴブリンの!!)
「おう?目が覚めたようじゃの」
「いっ!?」
飛び起きた翔にむかって誰かが声をかけた。
驚きのあまり声を出してしまった翔はゆっくりと首だけを声のした方向に向ける。
この小屋の出入り口に立つ人物が一人。予想通り、昨晩の救世主である年老いたゴブリンだった。
翔はあわてて逃げる為立ち上がろうとするが右足に痛みが走り座り込んでしまう。
「あー無茶するでない。まだ腫れがひいとらん」
老ゴブリンの言っている意味が分からず翔は自分の右足を見てみる。
翔の右足は老ゴブリンの言うとおり腫れていた。やけに緑ががっているのが気になったが。
「昨日、ガキどもに追い回されたときに転んだんじゃろ?なーに安心せい!治療はしたし、ガキどもも叱ってやったわ!」
そういうと老ゴブリンは髭をいじりながらガハハと笑った。
それをみて翔はそういえばあの年寄りゴブリン髭あったなと思い出した。
「治療・・?治療って何のために?」
「んー?そりゃお前困っている人を見つけたら助けるじゃろ?当たり前の事じゃ」
食べるつもりなのか。恩を与えてなにかを要求するつもりなのか。
そんな風に翔は思っていたのに、返ってきた答えは想像のはるか上をいくものだった。
こんなに警戒していたのがバカみたいだと思った翔は少しの警戒心を残し会話を試みる。
「はぁーそれはどうも・・。えーっと」
「おう。おう!名前か?わしはゴブジイというよろしくな」
「俺は翔って言います。津田翔です」
これが救世主たるゴブリン、ゴブジイと翔がであった瞬間だった。
色々と分かったことがある。
この世界について。世界というのは別に誤りでも誇張表現でもない。
この世界は、日本があった世界とは違う、つまり異世界だった。
小鬼が出て来た時点でおかしいなと思っていたが、案の定ここはファンタジー要素のある別世界だったのだ。
それを聞いたときは薄々感づいてはいたもののやはりショックは大きく、泣いたほどだ。
ゴブジイの話では、ここは『ティステル』という名の大陸の『ガヴァの大森林』という場所らしい。
そして『ガヴァの大森林』の奥の池の近くに建っているあばら家がゴブジイの住まいというわけだった。
この世界で俺は異世界人、異郷者、異訪人などと呼ばれる者のようで、前例は多くはないがありゴブジイは素直に俺の話を聞きいれた。
あのあばら家でのゴブジイとの出会いからすでに二日たっている。
初めは警戒心から情報を開示せず、会話も少なく、ただゴブジイの独り言を聞いてただけだったが、今では・・
「おーい!ショウ!こっちへ来てくれ!」
「あーい!ちょっと待ってな!」
とこんな風にため口ではなす関係になっている。
これを聞けば、二日で関係が進み過ぎだという人がいるかもしれないが、原因はゴブジイにある。
初めは小鬼とはいえ年上だし敬語を使い、気を使っていたのだが、ゴブジイはこっちが人間だろうとお構いなしに話しかけてくるし、無遠慮に接してきたのだ。
そうなってくるとだんだんこっちだけ気を使うのが馬鹿らしくなってきてしまい、人生最速で打ち解けてしまった。
今はゴブジイを全く警戒しておらず、足の治療が終わるまでゴブジイと生活しながら色々手伝っているところだ。
ちなみに自己紹介した際に、津田翔がツダショウと一つの名前だと思ったらしく、「長いからショウだ」と勝手に名前を短くされたが、名字がとれただけなので訂正はしていない。
この世界では小鬼などの亜人には名字はなく名前だけで、名字があるのは人間などの文明をもつ生物だけなのだそう。
「どうしたー?ゴブジイ?」
俺はゴブジイのいる池のふちまで歩き、声をかけた。
「今日はお前に釣りの極意を教えてやろうと思っての」
そういってゴブジイはニカッと笑い髭をいじる。
いつものゴブジイの笑い方だ。
手には木の枝に細い糸が垂れ下がっているものを持っていた。釣竿だろう。
道理で最近ーといっても一日前ーからなんか作ってるなと思っていた。
「ゴブジイ釣りできんの?」
「あたりまえじゃい!このゴブジイは何でもできるのよ」
俺の疑問に対しゴブジイはガハハと笑った。
そうして俺に釣竿を手渡すと、もうひとつ釣竿を取り出し説明を始めた。
「いいか?釣りの極意とは待つこと!待って待ってチャンスをつかむのじゃ!」
「なるほどねー」
「よーしよく見ておれ!わしが見本を見せよう」
そう得意げにゴブジイはいうと釣竿を構える。
が、構え方がおかしい。俺の知っている釣りのそれではない。ゴブジイの構えはテニスのような構えだった。
「ゴブジイそれ・・
「しえぃ!」
俺が構え方を指摘する前にゴブジイは気合いの声を発するとゴブジイは勢いよく釣竿をふるった。
釣り糸は遠心力でぴんと張りそのまま池に入るとすぐにゴブジイの元に戻って来た。
その釣糸の先の釣り針。それが深く胴体に刺さった魚を掴みゴブジイは満面の笑みで言う。
「さあやってみろ!」
「できるかぁああ!!」
俺のツッコミが高らかに響いた。
書き方が一部主人公目線になっております