第38話 旅の途中で
ざっざっざっ
落ち葉が積もる土の上を、リズムよく走る音。
踏むその強さと、音の量から、発生主は二本脚ではなく四本足だということがわかる。
時々乱れつつも鳴り続けるその足音からは、懸命さ・・もしくは必死さが伝わってくるようだ。
それもそのはずその足音の主は逃げているのだ。なにから?無論答えは己の生を脅かすものだ。
「そっちいったぞー!!」
「オオッ!!」
「ブビィー!!」
足音をさえぎるように風切音がなり、ぴたりと足音が止まる。
両手剣でによって頭を割られた足音の主、三角猪は断末魔を上げて、その生を終えた。
「いやーナイス兜割!さすがリード」
魔獣相手に見事な剣撃を披露した人子鬼のリードをショウは褒めた。
たった今、今夜の食事用に三角猪を狩ったのだ。といっても仕留めたのはリードで、ショウは三角猪を追い詰めただけである。
「いえ・・まだまだです。イメージより振りが遅い」
褒められているというのに、リードは自分の両手剣についた血をはらいながら謙遜した。
いや、謙遜ではなく本当にそう思っているのかもしれない。素人目からみたらすごい事でも、本人からしたら大したことがないというのはよくある話である。
「そっか。まあとりあえず野営の準備をしよう、ここでいいよな?」
「ええ、そうしましょう。俺が火を焚きます」
パチパチパチっと小さく音を立てながら炎が燃えている。
その炎を囲むようにリードとショウは座り、それぞれ自分たちの肉を焼いている。
三角猪の肉は脂身が多く、焼き上がるのが早い。
ジュワアアと音を立てて焼かれるその肉の姿は、吸血鬼の特性から、食事の必要がないショウでも、空腹を訴える腹の音の幻聴が聞こえるほどである。
住処から持ってきた調味料は、塩と、前いた世界で言うところの醤油のようなものだけである。
さりとて問題ではない。三角猪の肉は、ともすれば生でもいけるのではないかと思えるほどに、肉自体のうまみがすさまじい。むしろ余計に味をつける方がまずくなることだろう。
「最近どうよ、リード。調子は?」
焼き上がった肉に軽く塩を振りながらショウは尋ねた。
質問し終わると同時に肉にかぶりつく。柔らかいと思った次の瞬間に、口いっぱいに肉汁が広がり、肉のうまみが鼻腔にまで届く。これだから食事はやめられない。
「順調ですね。新しく入ってきた者達と何の問題も起きてませんし、ダイたち隊長たちのおかげで管理が助かってます。
・・・強いてあげるなら、まだ住居が全員分建ってないことぐらいですかね。」
隊長制度。四人のハイゴブリン、および彼らに従う四つの群れのゴブリンたちを迎えるにあったてショウが考案したものである。
四人のハイゴブリンに、それぞれの群れの男ゴブリン・・厳密には、狩りをすることのできる戦士ゴブリンたちの面倒を見てもらうという制度である。
こうすることで人数が増えても管理が容易になり、責任の所在がはっきりして、トップであるショウは大助かりであった。
責任の所在といっても、狩りの当番とか、建築に従事する日、といった簡単なものなので、あまり賢くないゴブリンたちでもできるものであるので、ゴブリンよりも賢いハイゴブリンたちは、すぐに各々の役割を理解した。
また、この制度のおかげで、元来のゴブリンの群れに見られる、長が一番偉く、他は平等―公には決まってないのの、群れ内にヒエラルキーは存在する―という形態から脱却し、より人間社会らしくなった。
おかげでゴブリンたちは誰に頼ればいいか理解し、ショウがいなくても、隊長たちの判断で動くことができるようになったのだった。
ショウは変わらず群れの長という地位。呼称は今までのを引き継いで「大長」となった。
リードはもともと彼の群れのだった、バル、ボルたちを含むゴブリンたちを率いる、一番隊の隊長。兼ショウが設けたすべての隊の統括である総隊長という地位についた。群れの正式な№2である。ショウが不在の時はリードが群れを仕切る権利を持つ。
大きな体のダイは、二番隊、屈強な身体のコーガは三番隊、丁寧な口調のインエは四番隊、そして無口なザラは五番隊の隊長となり、それぞれの群れ出身の戦士ゴブリンたちを率いている。
呼称は、一応は役職名の「総隊長」や「隊長」にするように呼びかけたが、特に強い規制はなく、皆元々の呼び方で「長」や、そのまま名前で呼んだりしている。
ちなみにダークエルフのリーシャは弓の名手、ガンは教師と皆に認識されているが、公では無職である。
「いやいやそうじゃなくてさ、リード自身の調子はどうなんだ?暮らしてく上でなにか問題はないか?」
「問題・・・いえ、ありません。
ショウ様が来てから、我々は毎日腹いっぱい食事をとることができ、夜凍えることはなくなりました。
問題どころが、これ以上ないくらいいい事ばかりです。本当に、ショウ様には感謝してもしきれません」
「お、おお・・まさかこのタイミングで感謝されるとは…照れるな」
「本当の事ですから」
常に真剣な面持ちで、笑う時と言えば闘う時ぐらい。
どんな時でも主の前では恭しい態度を崩さない程、堅物なリード。
そんな彼が素直に感謝の言葉を述べると、普段の強面からは想像できないだけに、ショウからすればツンデレに感じてしまうのであった。
「ありがとうな・・。でも俺だけの力じゃないぞ?
リードやガン、リーシャにバルにボルにダイに…いろんな奴らがおれのやりたい事を実現してくれるから、ここまでこれたんだからな。
むしろ感謝するのは俺の方だ。」
言葉に嘘はない。
ショウは心の底から本気でそう思っていた。
ショウが考えた事など、前の世界のたいていの人ならば思いつくことだし、たまたま手に入れた強さのおかげで皆がしたがってくれただけである。
助けられているのはショウの方。初めてこの世界に来て、ゴブジイと出会ったあの日から、ショウはずっと助けられ続けているのだ。
「ふっ・・そういうことにしておきましょう。
ショウ様!この肉が焼けてます。どうぞ」
「おう、ありがとう。
うーん、うまい!・・でもまあ客観的に見ても問題はなさそうだな。それこそ住居が足りないくらいか」
「そうですね・・俺たちが帰ってくるまでに誰かが建ててくれていたらいいんですけどね」
「それは無理だろうな。一軒に5、6人入るっていっても、あと大体20軒は必要だからな!」
ショウは笑い、リードは微笑を浮かべた。
こうして食事の時間は過ぎていった。もしここに酒があれば、かつての夜会のようになっていたことだろう。
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「はーあーぁ。今頃ショウ君たちはカ―マード砦ついたかなぁ。・・・さすがにまだか」
自分にツッコミを入れながらリーシャは歩く。
その足取りにいつもの軽さはない。旅に同行できなかったことが今でも残念なためだ。
「会いたかったなーオークさん。なんか力も強いっていうけど、実際はどうなんだろ」
リーシャのもつオークの情報は全て又聞きのモノで、自分で見聞きしたものではない。
噂が正しいのかどうか確かめたくなるのは自然である。会って会話し、真実と嘘を見極めたかった。
「オークって本当に口から火を吐くのかなぁ・・。はぁー、いつまでもうじうじしてちゃしょうがないね!!ショウ君たちがオークさんを連れてくるのに期待しようっ・・・と・・?」
気持ちを切り替えようと大声を発していたリーシャ。
しかしその言葉は終わりに近づくにつれしぼんでいった。
「え・・なんで・・」
「気づいてしまいましたか」
「インエ君!?これって・・」
突然背後から声をかけられ、驚きながらもリーシャは言葉を発する。
「リーシャ先生は巻き込みたくなかったのですが・・ばれてしまっては仕方がりませんね。
先生にも手伝っていただきます!!」
「い、いやーっ!!」
リーシャのその叫び声は、夜の闇に溶けて消えたのだった。




