第34話 欲は消え、思いは届かず
「えーっと…つまり、君はここで暮らしていて、はぁー…そこで水浴びしてたら俺が来たと?」
「そう、いうこと…だけど、なんでそんなに落ち込んでるの!?裸見られたの私なんだけど!」
元ゴブジイの住処で水浴びをしていたダークエルフの女性はショウにかみつく。
互いに状況を説明し合い、害がないと判断し二人でゴブジイとの夜会よろしく池の前の岩に腰を掛けているところだった。
ダークエルフとしては初対面の、しかも男性に自分の裸を事故とはいえ見られて、その恥ずかしさと怒りをなんとか抑えていたというのに、見た本人は喜ぶどころか、嫌悪というか、ショックを受けているのだ。一度飲み込んだとはいえ、そんな態度を見れば、さすがにモノ申したくなる。
確かに、ダークエルフとしても、そこまで自分の身体に自信があるわけでもない。エルフ族はもともと人間の女性に比べて、細く筋肉質な傾向があるので、人間側からすれば、思わず見入ってしまうほど魅力的ではないのかもしれない。
されとて、女性の身体である。小さくとも胸は膨らんでいるし、腰回りもしまっている。筋肉質といっても、触れば男よりは確実に柔らかいし、それは外見からでも多少はわかることだ。
要するに、どんな男だろうと、普通ならば見て喜ぶ程度の身体であるはずなのだ。百歩譲っても、見て嫌になるようなものではない。それだけはダークエルフとしても断言出来た。
そう、普通ならば。
ショウは吸血鬼である。しかし、生まれた時から吸血鬼ではない。人間から吸血鬼になったので、感性や精神は人間のそれである。
だからこそ、強者の吸血鬼でありながら、弱者のゴブリンを守ったり、種族的に敵である人間を信用することができた。
人間の精神と、吸血鬼の能力という、違い(ギャップ)のおかげで出来た芸当である。
しかしそれが今回は裏目に出た。人間と吸血鬼の違いはたくさんあるが、その多くが、人間の時は煩わしかったことの消失だった。
たとえば排せつ。人間の時は食べたものを定期的に出さなければいけなかったが、吸血鬼は必要がない。なぜなら栄養は空気中の魔素から接種するからである。当然食事も必要がない。(食べてもいいのでショウは娯楽として毎日食事は取っている)
たとえば睡眠。人間の時は一日の約三分の一は寝ていなければいけなかったが、吸血鬼には数時間で十分であった。
このように便利になった体で、最初は戸惑ったものの、今となってはショウに不満はなく、むしろありがたいと感じるほどであった。
そんなショウであったが、今回初めて、吸血鬼になって現れた変化に、大きなショックを受けていた。
(まさか・・性欲がなくなるなんて・・)
そう、性欲がなくなったのである。いや、正確に言えばかすかに残っている。自分の奥底にほんの少しそれを感じることができる。
吸血鬼の特徴として、まず挙げられるものの中に、長命というものがある。
人間の何倍もの長い時間を生きることができるその特性。長生きできるということは、それすなわち、自分という存在が長く世界にとどまれるという事である。
人が子をなそうとするのは、自分の生きたあかしを、遺伝子を残そうとするからである。つまり、短命の人間が子を残すために必要な性欲は、吸血鬼には必要がないのだ。
ショウは18である。言ってしまえば一番そういった欲求が高まる年頃だ。
常日頃感じていた、内にほとばしるあの熱を、抑えきれないほど大きなあの思いが・・・・今では茶碗にこべりつく食べ残しの米粒程度しか残っていない。あまりに大きすぎる存在の消失に、ショウがショックを受けるのは道理であった。
「はぁー……(まさか裸を見て興奮しないなんて・・終わりだな。・・今までありがとう、じゃあな俺の性欲)」
「ちょっと・・大丈夫?私なんかした・・?」
目に見えて落ち込む目の前の青年を、思わず心配してしまうダークエルフ。
先程までの怒りも、羞恥もどこかへ行ってしまった。あまりに落ち込んでいるので、罪悪感すら覚えそうである。
「いや、ちょっと大切なものを失ってね・・。で、なんだっけ?」
「え、あ、えーっと・・そう、私の説明は終わったわ。君は・・種をとりに来たんだっけ?近くの村の人なの?」
「うーんそんな感じだな。近くに、村?というか家がある。ていうか君はなんでここに?近くに・・ダークエルフ?の村でもあるの?」
「えっ!?う、うん、まぁそう、そう。私もそんな感じ。あ!近くにダークエルフの村なんてないよ?私が一人で来ただけ」
「一人?近くに村なんてないのに?・・・もしかして何か事情でもあんの?」
ショウの質問にダークエルフは表情を暗くする。
眉を顰め、口を固く閉じ、目はなにか悲しい事でも思い出すかのように虚空を見つめている。
数瞬の後に、ハッと気づくと、先程までと同じ―しかしわずかに暗くなった―明るい表情で「うん」と返事をした。
「そっか・・。でも一人でここで暮らしていけるの?食べ物とか、あのボロ屋じゃロクに雨風しのげないでしょ?」
ショウは自分で言ったその言葉を心中で否定した。
池には魚がいるし、ゴブジイと一緒に世話した畑もある。見た目に反してあのボロ屋は雨風をしのぐし、森に入れば狩りもできる。
ゴブジイはショウが来るまで一人で生活していたし、ショウが来てからもしっかりと生活していた。
その経験があるのに、ショウがそんな事を口にしたのは、単純に空気が重くなったからだ。なんでもいいから話したかったのだ。
「そうなの!食べ物もろくに取れないし、私ここ三日間木の実しか食べてない!」
「え・・」
予想外の返答であった。
ショウとしては森の中では破格の恵まれた環境だと思っていたのに、目の前のダークエルフはきっぱりと否定したのだ。
しかし、よくよく考えてみれば、ココにはあばら家が建っているだけで、何をするにも技術が必要だ。技術がなければ恵まれた環境とは言えないのかもしれない。
器用なゴブジイだからこそ生活できたのだ。不器用そうなダークエルフではこのままここで生活するのは不可能に見えた。だったら―――
「じゃあ、うち来る?」
「え!いいの?行きたい!!」
「え、あ!うち、ゴブリンとか人間とかいるけどそれでも?」
「行きたい!!ゴブリン会いたい!」
「お、おれ!言ってなかったけど吸血鬼なんだ!それでも?」
「行きたい!!行きたい!!」
「そっかー・・」
ダークエルフがあまりに不憫で思わず住処に誘ってしまったショウ。
言ってから、素性をよく知らない者を住まわせようとしていることに気づき、マイナス要素をぶつけてみたものの、それでも彼女は引き下がらなかった。
(・・しょうがないかー。はぁーリードに怒られそう)
これから起こるであろう出来事を予見してショウは肩を落とした。
しかし今さら撤回は出来ないだろう。もしすれば、目の前で全力で喜ぶ女性を傷つけることになる。性欲がなくなったとはいえ、男としてそれは出来ない。
「じゃあー案内するよ。・・そういえば名前聞いてなかったな!俺はショウ。名前なんて言うの?」
「あっ!そういえばそうだった!よろしくねショウ!私は―――」
「リーシャです!皆よろしくねー!!」
群れのゴブリンたちの前であいさつするダークエルフのリーシャ。
大きな声で行われたリーシャの挨拶に、目の前で聞いていたゴブリンたち、ノイドとナダからも返事はなかった。
「あ、あれ?おかしいな・・私なにか間違えた?」
「ショウ様。ちょっとこちらへ」
「はい・・・・。」
予想に反した皆の対応にあたふたするリーシャをしり目に、ショウは呼ばれた方向へと歩く。
その先に待つのは二本の角をたくわえた、長身の鬼。人子鬼のリードである。
リードの表情に目立った変化はない。しかし、ショウからすればリードが怒っているのがよく分かった。
「どういうつもりですかショウ様!いきなり素性がよく分からない者を連れてくるなんて!」
「いや、あのー困ってたから」
「だからと言って連れてきていい理由になりますか!もし群れに危害を加えるようなものだった場合、危ないのは闘えない女ゴブリンたちなんですよ?」
「お、おう。その時は俺たちで皆を守れば――」
「甘い!甘すぎます主よ!なぜそうすぐに人を信用するのですか!何かあってからでは遅いんですよ!」
「・・ごめんなリード。でも、どうしてもほっとけなくてさ。『人間と亜人の共存』なんて夢を掲げてるやつがさ、よく知らないからって人を見捨てるのは違うっていうか・・・。
それにゴブジイだったら迷わず助けるかなって思っちゃって・・。ほんとごめんリード。今回は俺のわがままに付き合ってくれ。」
「・・そう何度も謝らないでください。主が決めたことにはとことん従いますから。ただ、俺はいいとしても皆が受け入れるか――――」
「「「「ワアアアァァアアアアアアア!!」」」」
「なんだ?おい!何かあったの?」
「すごいんでスよ大長!あのリーシャってヤツあんな遠い的ニ矢を命中さセたんです!」
すぐさまショウは視線をリーシャにうつした。
見ると弓を構える彼女の姿。やがて矢が放たれ、矢は真っ直ぐに飛び訓練用も的の真ん中に命中した。
どうやら誰かが、リーシャに何ができるか聞いたようだ。先ほどまでの静寂とは打って変わって、ゴブリンたちは騒いでいる。
「ほう。やりおるなぁ。エルフは弓が得意と聞いておったがここまでとは・・。リーシャとやら、他にできることはあるか?」
「うーん・・特にはないなぁ。字が書けて計算がちょっとできるのと、あとは魔法がすこーしだけつかえることかなぁ」
「カカッ!それだけできて特にないじゃと?大長よ!これはよい拾い物をしましたな!あやつがいれば教育がはかどりますぞ!」
ガンが言っているのはゴブリンたちへの教育。読み書きを教えることである。
元奴隷だったガンは、群れの中で唯一、人間の字が書け、そして読むことのできる人物であった。
今後の為ということで、ガンにはゴブリンたちに字の読み書きを教えてもらっていた。ちなみにショウもガンから習っている。
しかし、ガン1人では群れ全員に教えるのは大変で、人手が欲しいとよくショウに言っていたのだった。
そこに現れた読み書きのできるリーシャ。ガンからすれば、救世主のようであった。
「そっそっか。よかったな、ガン」
「ええ!教育は我々にお任せをカカッ!」
すっかり上機嫌になったガンは、リーシャと話をしに行ってしまった。
他のゴブリンたちは、「もう一度見せて!」と矢を射るところを見たがったり、「どうやればあんなにうまく?」と弓の指南を受けようとしていた。
皆すっかりリーシャを受け入れた様子だった。その様子を遠目で見ていたノイドとナダも、「あんなに元気なダークエルフは初めてだ」と珍しそうに話していた。
「なぁリード」
「なんですかショウ様」
「心配・・しなくてもよかったな」
「俺・・訓練場に行ってきます」
そう言ってリードはゆっくりとその場を離れたのだった。




