第33話 帰郷と出会い
「バカヤロー!!もっと腰を入れてうて!そんなの木こりじゃねぇぞぉ!!」
「「「へ、ヘイ!」」」
「だめだよ、それじゃあ養分が行き届かないよ!この草は抜いてもっとここの間隔開けて」
「「はいっ!」」
「にぎやかだなー」
住処に飛び交う大声を、その光景を見ながらショウはつぶやいた。
大声を出すのは二人。人間のノイドとナダだ。
なにがあってそうなったかは分からないが、今朝ノイドとナダはショウを尋ねてくると、『君の手伝いがしたい』と決意めいた顔で言ったのだった。
ショウとしては断る理由などなく、むしろ願ったりかなったりであり、木こり兼大工のノイドには建築を、農夫のナダには耕作の指導をお願いした。
その結果、今の状況である。群れの男ゴブリンたちはノイドに、女ゴブリンたちはナダに、弟子入りしたかのごとく従っている。
ショウの夢の実現に向かって一歩前進したのは間違いないだろう。このままいけば、この群れの文明度も上がっていく。ただ解せないのが、ゴブリンたちの時とは違いショウはノイド達を説得していないというところだ。
「カッカッカ!やっておるなぁ」
「ガンか」
ノイドが男衆に怒鳴り、ナダが女衆に優しく教えている光景を、ガンもまたショウの隣で見ていた。
その表情は笑顔であり、満足気でもあった。まるでそうなるのがわかっていたかのような、達観したものである。
「なあガン」
「なんです、大長?」
「もしかして…お前なんかした?」
「何のことですかな!カカッ!わしは何も・・あれはあなたの力ですじゃ」
そう言ってガンはもう一度カカッと笑うと、歩いて行ってしまった。
「べつにノイドさんたちの事とは言ってないんだけどな・・・」
ガンがなにかやった・・してくれたのは間違いがないだろう。もしかしたら他のゴブリンたちも一枚かんでいるのかもしれない。
「いい仲間をもったな」
そう言ってショウは静かに笑った。
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「え?タネが足りない?」
「うん。これだけのゴブリンたちの分を賄うなら、全然足りない。せいぜい半分くらいだよこれじゃあ」
最初に来たときとは打って変わった態度で話すナダ。
仕事となれば性格も変わるのか、堂々としたものである。
「そうですかー・・うーんどうするか・・・」
ショウは悩んだ。
今現在ある野菜の種。育てて食料にしようと思って街から買ってきた分では足りないらしい。
正直、足りないならまた買ってくればいい話だが、それを実行するのは若干のためらいがあった。
理由は、必要あるかどうかわからないからだ。
現在の群れの食糧事情は、ほとんどが狩りで手に入れた魔獣の肉である。
一般のゴブリンの群れは狩りの成功率が低い為、毎日狩りにいかなければならず、それでも群れの大半が飢えているという。
しかし、ショウの群れはというと、強力な人子鬼である、リード、ショウ直伝の罠、充実した武器、連携の訓練、という要因から一般のゴブリンの群れとは真逆と言っていいほど食糧事情は良好であった。
そのせいか、耕作に力を入れる気にはならなかった。
元々耕作を始めたのも、ゴブジイの所でやっていたからで、特に将来を見越してとか、食料を増やすといった目的はなかったのだ。
今群れの皆は十分食べることができている。ただでさえお金が少なくなってきている状況で、そんなことに使っていいのかと考えてしまう。
「とりあえず今ある分だけでできませんか?」
「うーん、出来ないことはないけど、あまりよくないんだよね。やるなら一緒にやった方がいいんだ」
その仕事をやっている人にしかわからないことなのだろう。ナダはショウの意見に反対の様子である。
(うーん…買うべきかぁ?長期的に見れば得だし、タネもそこまで高くないしなー・・・。種だけ手に入れられればなぁ――)
「―――あっ!!」
「え!?なに?」
「大丈夫ですナダさん!すぐにタネ持ってきます!」
「買ってくるの?」
「いえ!種がある場所を思い出しました!」
そう、買いに行く必要はない。あの場所なら確実にあるはずだ。
ショウはナダの返事も聞かず、持ち前の吸血鬼の脚力でどこかへ駆けて行ってしまった。
残されたナダはしばらく呆然として、その後ゆっくりと腰を下ろした。
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「・・・久々だなーここも」
風のようにその場所にかけてきたショウは、その景色を見て感慨深くつぶやいた。
種が確実にある場所。その場所の光景は、前に来たときとはなんら変わらないきれいなままだった。
「ただいま、ゴブジイ」
種が確実にある場所。懐かしのゴブジイの住処にショウは来たのだった。
ゴブジイが絶賛し、ショウもまた美しいと感じた湖の景色も、ゴブジイが建てたあばら家も、その横にある夜会で座った岩も、すべて変わらずそこにあった。
ゴブジイが「みずうみ」と呼んだ池に向かってショウは歩く。いや、正確には、向かう先はその前のモノである。
それは石でできた墓標。刻まれるのはGobujiの文字。ショウがつくったゴブジイの墓である。
供えられているのは木でできたひょうたん。生前ゴブジイが使っていたものと、ショウがゴブジイからもらったものの二つである。
ゴブジイが死に、ショウが吸血鬼となって旅立つ際に作った墓石。一人前になったらここで酒を飲もうと決めている。
「まだまだだよ、ゴブジイ。俺もっと頑張らないと」
墓石の前に座り語りかけるように話すショウ。
ゴブリンの群れを率いるようになり、人間の仲間までできたが、ショウが思う一人前にはまだ足りない。
むしろ長の立場になってやることが、やらなきゃいけないことが増え、一人前になるまでの道はまだまだ長いと思うほどだ。
「俺さ、仲間ができたんだ。ゴブリンと人間の。
ゴブジイの言った通り、人間とゴブリンは共存できるよ。ゴブジイにも見せてやりたいよ、俺の群れの皆の姿。今日なんかゴブリンが人間に農業習ってたんだぜ?すごいよな
・・・今日来たのはその農業に使う種をもらっていこうと思ってさ。ほら、余ってただろ?別にいいよな?それくらい。
まあそういうことだから、ゴブジイと酒を飲むのは大分あとになるよ。まだまだ一人前にはなれてないからな。
でも!必ず証明するから!人間とゴブリンは・・人間と亜人は共存できるって!その時は必ず来るから。それまでは待っててくれな」
ここに来るとどうしても心が落ち着いてしまう。普段から抱える思いを吐き出してしまう。
もしかしたらゴブジイが吐き出させてくれているのかもしれない。ショウは無意識にゴブジイに甘えているのだ。
まだまだゴブジイに話したいことがあったが、これ以上ここにいればいつまでもゴブジイに甘えてしまう気がした。
ショウは自分の顔を軽くたたくと、立ち上がった。気を緩めすぎるのは長としてよくないことだ。
「ふーっ。種は家の中だよな」
気持ちを切り替えるように言葉を吐くと、視線を左にずらす。
相変わらずぼろぼろのゴブジイの家。器用なゴブジイが建てたとは思えないあばら家。
その中にある袋に種が入っているはずだ。ゴブジイが耕した畑に植える用のモノが。
今回の目的はそれだ。感傷に浸ってしまったが、見失ってはいない。
そうしてその目的を果たすべくショウは歩き出し―――
「ぷっはぁあ!!水気持ちいい!!」
―――思い出の湖から飛び出してきたものに視線を奪われたのだった。
「え?」
「え?」
現れたのは、細い肢体に大きな胸。頭髪は銀色で特徴的なのはとがった耳と、毛を除いた顔から足までの色がすべて黒褐色ということ。つまりは裸の女性だった。
いや、裸の女性というと少し語弊がある。間違ってはいないが、それだけでは万人に向けた正確な説明とは言えないだろう。
そう正確に言うならば――――
「きゃあああやああああ!!人間だぁああああぁあ!!」
――――それは裸のダークエルフだった。




