第31話 村人の価値観
「ノイドサン!ナンデニンゲンハオオキイノ?」
「ノイドサン、ドウシテクチニケガアルノ?」
「ヤイ!ノイドサン。ドウシテオトコナノニカリニイカナインダ?」
「う、うむぅ・・」
怒涛の質問攻めにノイドはうなった。
「どうして」、「なぜ」と続けざまに繰り出される波状攻撃に圧倒されてしまっている。
そんな攻撃をノイドに浴びせるのは、今現在―不本意ながら―お世話になっているゴブリンたち。その中でも子供に分類される者達だ。
人間に比べて小さな体躯の小鬼。それよりさらに小さいのが子供ゴブリンである。
小鬼の特徴はそのままに、一回り小さい彼らは、小鬼というより幼鬼のようだ。
成人した小鬼たちが所々流暢にしゃべるのに対して、子供ゴブリンは完全に片言。ともすれば―この世界ではありえないが―違う言語を話しているかのように聞こえる。
「こらこら、ノイドさん困ってるだろう。あまり質問攻めするな」
「ハーイ、ダイオサー。イコウ!」
救世主のごとく現れたショウの言葉によって、子供ゴブリンたちは走ってこの場を離れていった。
「お、おお…すまないね、ショウ殿」
「いえいえ、どうですか?ここでの生活には慣れました?まだ二日ですけど」
好青年のごとく笑顔をみせるショウ。礼をいうか一瞬戸惑ったノイドからすれば少し心にくるものがあった。
ゴブリンの群れの長であるショウはいつもこうだった。いつもといってもショウの言うとおりまだ二日だが、何もしていない一日は普段の三日分ぐらいに感じるので、やはりいつもという感覚だ。
ノイドたちが、小鬼に屈するまい、と気持ち自らを上に、しかし自分たちの置かれた状況から、ゴブリンたちの機嫌を損なわせないように、と会話に気を使うという行動と心の矛盾を抱えている事を見抜いているのか、いつも丁寧にそれでいて気軽にショウは接してくるのだ。
心中では、「ゴブリンなんて」と格下に見ているのに、その長であるショウにそんな態度をとられてしまっては、自分たちの器の小ささを突き付けられているようで罪悪感がある。
ショウはノイドたちを仲間同然、まさにゴブリンたちと同様に扱うのだ。そこに、「人間だから」とか、「ゴブリンだから」という区別はない。
ノイドからすれば自分は囚われの身で、ゴブリンたちからすればよそ者だろう。だというのに、ショウには警戒する素振りがない。まるで―――
「――俺たちを脅威だと思っていない?」
「え?」
ハッとして口を手でふさぐノイド。
考えていることが声に出てしまっていたようだ。もし聞かれればさすがのショウも怒るかもしれない。
自分がこれだけ他人を世話しているのに、世話になっている方が感謝どころか、その行為に疑問を持っているのだ。そんなことを知ればこれ以上世話したくないと言われる可能性はある。
しかし―――
「・・・・・」
ノイドはショウの顔をみる。
ショウは「何か言いましたか?」と微笑を浮かべ自分を見ている。その表情に依然として警戒の色は見られない。
(…おいおい何を考えてる、ノイド・イーエル!そんな事聞いちまったら今度こそ殺されるぞ!俺だけじゃねぇ、ナダの命もかかってる!よせ!よせよ!・・あぁ!!くそっ!)
「あんたは・・」
「はい?」
「あんたは俺たちの事どう思ってるんだ?見ず知らずの俺たちを・・しかもゴブリンじゃねぇ人間の俺たちをこんなに世話してよ・・。
あー、その点については・・感謝してる。でもなぁ、どうしても解せねぇ。あんたに利点があるとはとうてい思えねぇんだ。
それにその態度!あんたからはーはっきり言えば俺らに対する警戒心が感じとれねぇ、それがまた不気味なんだが…。
ふーっ、駄目だな年取ると話が長くなっちまう…要するに!俺らに、人間に何を求めてるんだ?それが知りたい」
心の奥にあった疑問をノイドはぶつけた。
ショウの群れの住処に来てからずっと持ち続けてきた疑問。自分たちの保身のために聞くことのできなかった疑問だ。
元来、ノイドは何かを考えて、計画を立てて行動するタイプではない。直感で、自分がいいと思ったことを衝動的にやるタイプの人間である。
それゆえに、どうしても我慢できなかった。いつも通り、内に湧き起こる聞きたいという衝動に身を任せて聞いてしまった。
言ったら状況が変わってしまう可能性はあった。むしろ高かった。そんなことは知っている、それでも聞きたかった。
それにすでに聞いてしまったのだ。今さら取り消すことは出来ないし、そのつもりはない。後悔もしていない。
直前まで迷ってはいたが、その迷いを振り切ったおかげで自分本来の、相手に気を使ったものではない、いつも通りの自分らしい言葉で尋ねることができた。
正真正銘、嘘偽りなしの自分の気持ちである。これを否定されるのなら、もう仕方がない。そうノイドは割り切っていた。
そんなノイドの思いを知ってか知らずか、ショウは少し笑った。いつもの笑顔ではなく、自然な、思わずといった感じの笑みである。
「そうですね…最初に言っておきますと、俺にとってゴブリンも人間も同じなんです。
ゴブリンの群れの長だから、当然、彼らの面倒を見ますし、守りもします。でもだからといってゴブリン以外を、人間を見捨てる、というわけではないんです。
さっき言った通り俺にとってどちらも同じですから、同じように面倒を見ますし、守ります。さすがに仲間に害を与える人は別ですけど」
「…じゃあなんで俺らの面倒を見る?害を与える人が別なら、なぜ俺らはそうじゃないと言い切れるんだ?」
「言い切る・・というよりは信じてるんです。ノイドさんたちは悪人に見えませんし、それにもし害を与えようと…たとえば群れの誰かを傷つけようとしたら、その時はその時で対処できますから」
ゾクリとノイドは肩を震わせた。
そう、ノイドは分かっているのだ。ショウが冗談ではなく本気で言っているのだと。言葉通りにできる力があるということを。
どおりでショウだけでなく、群れのゴブリンたちも自分たちを警戒していない筈である。信じているのだ、自分たちの長を。知っているのだ、長の力を。
元々、反抗する気がなかったノイドであるが、ショウの言葉を聞いて、ますますその気をなくしたのだった。
「な、なるほど…。でもわからない。なんであんたはそんな考えができる?言っちゃあなんだが、あんたは吸血鬼だろう?小鬼でも人間でもないじゃないか。
どうして別の種族を仲間のように扱えるんだ?人間の俺たちでさえ、同じようなエルフとかドワーフに偏見をもっていて・・・さ、差別をしてるというのに」
人間は他種族を卑下している。これは誰もが知る現状である。
大昔に亜人と人間が闘った大きな戦いがあって、その戦いに人間が勝利、もとい亜人が敗北したのが原因だと言われている。
亜人たちは敗れ、大陸の北側に連なるドールデン山脈の向こう側に逃げ、現在ではそこに亜人だけが住む国があるという。
表向きはすでに和平が結ばれ、対等な関係であるはずなのに、差別は消えず、エルフやドワーフなどの大戦で亜人側に着いた者たちは、人間の国ではロクな職に就けず捕えられ奴隷になるか、もしくは冒険者等の身分を問わないヤクザな職にしか就けない。
そしてそんな環境を人間の国は黙認し、また差別的な考えも是としている。異論を唱える者はいない。いや、表立ったはいない。もしそんなことをすれば、今度は自分が迫害を受けるからだ。
そんな「人間至上主義」の世の中で育ったノイドからすれば、湧いて当然の疑問であった。
ノイドは別にエルフやドワーフが嫌いなわけではない。たまに街に行ったときに奴隷となった彼らを見て「かわいそうだな」と思うくらいには情がある。
だって外見にそこまで大きな差異があるわけではないのだ。エルフはちょっと耳がとがっていて美形。ドワーフは背が小さくて髭が生えている。
その程度の、ほんのささいな違いがあるだけで、人間なら罪を犯した者が成る奴隷に、無条件でならされてしまうなんて「かわいそう」だろう。
だが言ってしまえばそれだけだ。「かわいそう」とは思うが、「おかしい」とは思わない。「変だな」とは思うが「間違ってる」とは思わない。
なぜなら国が、世界がそれを許しているのだから。世界が認めていることに意義を唱えるほどの情熱を持っているわけではないのだ。
これは別にノイドが特別薄情なわけではない。むしろやや情に厚いと言ってもいいだろう。「かわいそう」と思わず「当然だ」という人もいるのだから。
だからこそわからない。ショウの言っていることがすぐには理解できない。
ショウが小鬼だったなら、もしくは人間だったならまだ、いくらかは理解ができたかもしれない。
自分の種族を大事にするのは分かる。そのうえで、別の考え、いわゆる革命家がもつような考え方をしていて、他種族にまで親切にすると言うならば。
そんな考えはノイドや、人間にしてみれば、明らかに異端だが、まだその方が納得できるというものだ。
ショウは吸血鬼だ。ノイドも詳しくは知らないが、ゴブリンや人間とは全く異なる種族である。自分と同じ種族ではなく小鬼の群れの長で、しかも人間を自分の群れのモノと同等に扱うなんて異端中の異端。変人中の変人にノイドは思えた。
「ああ、それは俺が元人間で、ゴブリンに助けられたからですよ」
ノイドの思考は突如投下されたショウの爆弾発言によって吹き飛んだのだった。
「…お、え?え?今、なんて…」
「えーっと、俺はーそう、いわゆる異世界人ってやつで、森で困っていたところをゴブリンに助けられたんです。
だから、おれは人間のいいところも、ゴブリンのいいところも知ってるんですよ。なので『人間だから』とか、『ゴブリンだから』っていう理由で差別しません。…大丈夫ですか?」
「……………そ、そういう・・こと、か。へ、へぇー・・なるほど」
「あの、ほんとに大丈夫ですか?水とか、持ってきましょうか?」
「い、いやいや、大丈夫、大丈夫。じゃ、あ俺は、しつ、れいするよ。また」
「はぁ。では・・また」
そう言ってノイドはゆっくりと歩き出した。
方向は貸し与えられた家だ。元々ショウの住んでいる場所であったが、今はノイドとナダが住んでいる。
ショウの言葉の衝撃で、半ば放心状態のままノイドは歩く。その態度をショウは不思議に思いながらも、ノイド同様その場を後にしたのだった。




