第30話 村人の外泊
改行が少ないので、短いと感じるかもしれません
「どうなってんだ・・こりゃあ・・」
目の前の光景が信じられず、木こりのノイドは目を見開く。
ここはガヴァの大森林...のはずだ。多分。なにせ気絶して気づいたらここだったので確証はない。まあ周りには木々が生い茂っているので合ってるだろう。
そんな魔獣とモンスターが生息する森。そこに人間はおろか知的生物など皆無である。そう信じてきた。
だというのに、目の前には剣を研ぐゴブリン、農業をするゴブリン、料理をするゴブリンなど文化的な生活をしている小鬼たち。
きわめつけは――――
「これは、家・・か?」
木々が生えていない場所。その奥に、それはある。
雑に切られた木片をつなぎ合わせて建つソレは―ボロボロではあるが―家であった。
近くにはせっせと木片を運び、二軒目を作ろうとしているゴブリンたちの姿。
つまりあのボロ屋は、ここにいるゴブリンたちが建てたということだ。
「ええ、そうですよ。出来は・・いいとは言えませんけど俺のために建ててくれたんです」
そう笑顔でノイドの独り言に答えるのは「ショウ」と名乗った青年である。
ノイドから見ればはるかに年下だが、どこか年齢らしからぬ雰囲気を醸し出している。
「そう・・なのか、す、すごいな・・」
「どうも。でももう少しいいモノを建ててもらえたら嬉しいんですよね。今どうするか検討中なんです。」
「大長ー!長―!あと人間!飯が用意できマシた!」
軽く会話をしているショウとノイド、その後ろにいるリード、ナダにお呼びがかかった。
「行きましょう、ノイドさん、ナダさん。ご飯の準備が出来たみたいです。」
そういってショウは駆け足で呼ばれた場所へ。それにリードも続いた。
ノイドはそれに反して動かなかった...いや、動けなかった。驚きすぎて動けなかったのだ。
「ゴ、ゴブリンが・・しゃべっ・・て・・」
そう、ショウにとってそれは最早普通となってしまった事。しかしそれはノイドにとって驚愕の事実だった。
ノイドは木こりである。正確に言えば木こりで大工である。木を切ってそれを売ったり、もしくはそれを材料に家を建てたりするのが仕事だ。
仕事柄、森に入ったりするが、魔獣と出会うことはあっても、普段は森の奥にいるゴブリンたちにあったことはなかった。
それゆえに、ノイドのもつ小鬼の情報とは、世界的に知られる一般的なものや、冒険者などから聞いたものしかない。
そのどの情報にも、「小鬼は話せる」なんていうものはなかった。
実際のところ、ゴブリンと相対したことがある人々―おもに冒険者―の間では多少ゴブリンが喋れるというのは常識である。
しかしそれは、戦闘中の時の事で、ゴブリンが口にすることと言えば、「殺す」や、「奪え」など一言の範疇に収まるもので、しかも片言である。
言葉を喋れないわけではない。でも「小鬼は話せるのか?」と聞かれると、話せるというレベルではないので、答えはNOということになってしまう。
そうして一般常識として、「小鬼は話せない」というのが広まっているのだった。
これは小鬼は亜人ではなく、自我も意思も持たない魔物であるという見解から、誰もが考えようとしなかったせいで生まれたものである。
人間がゴブリンを敵対視しているように、ゴブリンもまた人間を敵対視している。そうであれば当然、双方が会う時といえば襲われた、もしくは襲った時にほとんど限定されるだろう。(まれに奴隷として売られるゴブリンがいるが、そういったゴブリンたちは恨みから人間と会話しようとはしない)
そんな緊迫した状況下でぺらぺらと話すものはいないだろう。いるとしたらそれは相当に余裕のある実力者か、もしくは単なるバカである。
これは人間にも当てはまることだ。戦闘中に話すことといえば、「囲め」や「下がれ」など戦術的で、かつ短い言葉である。
ゴブリンたちは、結局、知能はそこまで高くないので戦術的な事ではなく、本能によった言葉ではあるが、それでも命のかかった状況でお気楽に話すほど馬鹿ではないのだ。
少し考えれば思いつきそうなこの考えではあるが、小鬼を魔物としている今日では誰もそんなことを考えようともせず、「小鬼は話せない」という間違った認識が常識となっていた。
そんな世界の、ノイドの常識は目の前のゆるぎない事実によってぶち壊された。
誰が何と言おうとゴブリンは話していた。それは自分の耳がしっかりと聞いている。今でさえ、「早く来イ!人間!」とゴブリンが言っているのが聞こえる。
よくよく思い返してみれば、気絶する間際、三角猪をあっという間に狩ってしまった、ここのゴブリンたちは話していた。今の今まで忘れていたのだ。
いや、もしかしたら認めたくなかったのかもしれない。五十年生きてきて身に着いた常識が価値観が壊れるのが怖かったのかもしれない。
しかし、もう認めるほかないだろう。意識はしっかりと覚醒しているし、ちらっと見れば、相棒のナダも自分と同じものを見て、聞いて驚いているのだから。驚きすぎて、口を大きく開けて何も言わず呆然と立ち尽くしているのだから。
「…ふぅー。しっかりしろぃナダ。いつまでも驚いてるんじゃないぜ」
間抜けな顔で固まっているナダに、いつも通り喝を入れるノイド。
そうしてちらっとナダの足を見る。ズボンは破けており、そこからは緑がかった足が望める。
ナダはけがをしていた。三角猪から逃げている時、力尽きて倒れたときにできた、打撲と擦過傷で、ショウが薬草クリームで治療したものである。そしてこれは、いまだノイドたちがショウの群れと一緒にいる理由であった。
もちろんナダのケガのせいだけではない。魔獣除けの匂い袋とか、ショウの群れの住処から村までの距離とか、その道中の危険性とか他にもいろいろ理由はあるにはあるが、それでもやはり一番の理由はソレだった。
『そうですねー、あなたたちは多分村の人ですよね?だったらその村まで送らせてもらいますよ。他になにかやりたいことがあるなら手伝いますが・・』
殺されるかも、もしかしたら食べられるかもしれない。そう思い、おそるおそる自分たちの処遇を尋ねたノイドに、ショウはそう答えた。
これを聞いたときのノイドとナダの喜びようと言ったらもう、言葉では言い表せない程のモノであった。
すぐさま村に帰る支度を始めたノイドらであったが、そこでナダは急に痛みを訴えた。見れば足は打ったのか青く腫れ、また切ったかのような擦り傷がいくつもあった。安堵した途端に痛みが襲ってきたのだ。
これでは、村に帰ることはできない。ということでナダのケガが治るまで、ショウの提案で群れの住処に滞在することとなった。
是が非でも村に帰ろうとしたノイドであったが、『ぜひ、うちに泊まっていってください!』と言うショウに、その凄みに圧倒されて思わず承諾してしまった。
ショウとしては、「もしかしたら、人間の協力者ができるかも」といった希望にもとづいての提案であったが、若干押し気味で言ってしまったため、ノイドたちが少しビビってしまった。もちろんショウは気づいていない。
「ノ、ノイドは驚かないのか!?こんなの・・こんなのって・・あり得るのか」
「あり得てるだろうが!見て聞いちまったんだ、もう認めるしかないんだよ!…いつまでも驚いていられるかよ」
「そ、それでいいの?ノイド?おいらのせいとはいえココにしばらく滞在することになっちゃったけど・・」
「・・よかぁねぇなあ。」
そう言ってノイドは顔を少しナダの耳元に近付けると、ひっそりと言葉を発した。
「…いいかナダ。ショウってやつは話を聞いてくれる感じだがそれが逆に怪しい。なんたってゴブリンの長だからな。
そんな怪しいやつの所で何日もいられねぇ、そうだろ?だから隙を見て逃げ出す。いいな?お前のケガが今よりましになって、ちょっとでも走れるようになったらトンズラこくんだ。
そのために、なるべく友好的に、反抗しないように努めるんだ。無理に明るく接する必要はねぇが、敵対してないと思われる程度には会話しとけ。そうすれば2、3日でこことはおさらば出来る」
ひっそりと、怪しまれないようにできるだけ手短にノイドは話す。
ナダは真剣に聞き、何度もノイドの言葉にうなずいた。
「わかったよ、ノイド。おいら頑張る。…ほんとごめんな、おいらのケガのせいで」
「気にすんなナダ。けがしたのはお前だけの責任じゃねぇ、俺の責任でもある。とにかくお前はけがを治すことに集中しろ」
「あのー!お二人とも―!ごはん、準備できてるんですけどー!」
「「はーい!!!」」
思わず会話に夢中になっていた、ノイドとナダにショウからお呼びがかかった。
反射的に、年甲斐もなく子供のような返事を二人はした。
そういえば、飯に呼ばれていたんだったと思いだし、素直にショウの元へと向かっていたのだった。
そしてこの後、出された三角猪の串焼きの味に驚くことになることは二人はまだ知らない。




