第29話 囚われの村人
「ただいまー」
仕事から帰って来たかのようにショウはつぶやく。
手に持つのは大小さまざまな袋。中身は生活に必要なものばかりである。
例えば調味料。これなくしては日々の食生活が成り立たない。もう素材本来の味には戻れないのだ。
さらには剣を研ぐための砥石。毎日狩りに使う武器たちを整備しなくてはいざという時に困るだろう。
他には布、薬、酒などである。どれも必要なものばかりで、唯一、群れのなかで買い物に行けるショウにしか買ってこれないものである。
(ふー…しかし金がなくなってきたなー)
心中でひっそりとつぶやく。
この世界からすれば異世界の、ショウにしてみれば慣れ親しんだ文明の製品であるコートを売ったおかげで大金を持っていたはずだった。
しかし今、総勢約三十人の群れを養うために使い込んだ結果、十枚あった金貨は二枚にまで落ち込んでいる。
剣の出費が痛かったのだ。
あまり質のいいモノでなくともそこそこ値段が高い剣。それを「毎日使うものだから」と、群れの半数以上いる男衆に、しかもちょっとお高めのモノを気前よく買い与えてしまったのだ。
今考えてみれば、明らかに早計だっただろう。もう少しよく考えてお金をやりくりすれば、もっと効率よく買い物できたはずだった。
(まぁ、あいつら死ぬほど喜んでくれたしいいか)
「アリガタク使ワセテイタダキマス!!」と、まるで宝物を手にした子供のようなはしゃぎぶりで剣を受け取ったゴブリンたちを、ショウは今でもすぐに思い出すことができた。
「ん?」
と、そこまで考えて、ショウは違和感に気づく。
いつも通りの村―そう言えるほどの規模ではないが―の光景。何の変哲もないその日常の風景に、ショウはなぜか違和感を感じる。
「なんか違うような・・なにか変・・あっ!」
ゴブリンたちがいない!!
その結論に至るまでそう長くはかからなかった。
いつもなら目の前には、女ゴブリンたちが談笑してるか、男ゴブリンたちが武器を磨いたりしているはずである。
だというのに、ショウの目の前には人っ子一人としていない。
(どういうことだ?みんなでどこかへ行ったとか?いやそんな勝手な行動するはずが・・じゃあ誘拐?また奴隷商人に連れ去られた?)
群れの長となってから一か月。群れのゴブリンたちとはしっかりとコミュニケーションをとり、信頼を得ている。
そんなゴブリンたちが長である、自分の命令なしに勝手な行動をするとは考えにくかった。
可能性があるのはリードの指示。元長である彼の指示なら皆も従うのは十分にあり得る話である。しかし、リードこそ一番自分を慕ってくれているゴブリン―厳密には人子鬼―である。それこそ自分の指示なしに動くとは考えられない。
とすると考えられるのは一つ。最低にして、最悪のモノだ。
「くそっ!!またドイドか!?あの野郎!」
怒りをあらわにしてショウは方向転換をする。
足に力を入れ、全力で今戻って来た道を、街である『エリート・レント』に続く道を走ろうとして―――
「あ!大長!お帰リナさい!急いデこっチニ来てくだサイ!」
―――片言の声を聞いて、足の力を抜いた。
「え!?無事だったのか?皆は!?」
「皆、こっちノ訓練場ニいまス!急いデ!大長に見せたイものガ!」
「お、おお!わかった」
とりあえず最悪の想定通りではないと、ショウは安堵した。
そして、せかすゴブリンに気圧されながらも、訓練場(普段訓練に使っている開けた場所)へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「どういうことだ・・?」
「ああ、ショウ様。ご足労いただきましてありがとうございます」
訓練場に着き、目に飛び込んできた光景を見てショウは驚いた。
そんなショウに声をかけたのは、いつも通りに丁寧な口調のリードである。
人子鬼となって生えた角があるいかつい見た目からは想像できない態度である。
しかし、そんなリードの恭しい態度はいつも通りなので、意に介さず、ショウはただただ目の前の光景に唖然としていた。
「う、うん。なあリード、なんで人間がここにいんの・・?」
食べ物をつるすために買ってきた縄。
それをふんだんに使い、これでもかというほどキツく縛られた人間の男がそこにいた。しかも二人だ。
両手は後ろで組むように縛られ、胴から足にかけてぐるぐると簀巻きのように縄が巻き付いている。
当然立てるわけはなく、うつぶせに寝かせられており、とどめに口に布をかませられ、それも縄で縛られており話すことも不可能になっている。
髭をたくわえた方の男はショウ睨み、恰幅のいい方の男は目を閉じて微動だにしていなかった。
「それが狩りでたまたま遭遇したようです。殺すわけにもいかず、ショウ様の判断を仰ぎに来たと」
「なるほどなー・・。それで縛って抵抗できないようにしたと・・」
「おっしゃる通りです。俺であれば、もし暴れられても簡単に対処できますが、他の皆は不安でしょう。特に女は・・」
「うーむ。言ってることは分かるし、対処も正しいと思うよ?ただ・・これはやりすぎだな・・」
ゴブリンはよく人間のおそろしさや危険度を知っている。だからこその厳重な拘束だが、ショウにしてみればやりすぎであった。
ショウは歩を進めて、縛られた人間たちに近づく。リードやその他ゴブリンたちから止められるが構わず歩き続けた。
そうして縛られて寝転がる髭の方の男の所まで行くと、ショウは屈んで尋ねた。
「えーっと、群れのやつがすみません。俺、ショウといいます。お名前聞いてもいいですか?」
「んー!んんー!んぐっ!」
「え?あ!やべ、口の布とってなかった」
あわててショウは口を縛る縄を爪できり、男にかませていた布をとった。
「えーっと・・改めまして、ショウです。お名前は?」
「んはぁ!・・お前は何者だ!?なぜゴブリンたちと一緒に!?まさか俺たち同様捕まってるのか?」
口が自由になった途端にものすごい勢いで髭の男、ノイドは話し出す。
それは驚きと恐怖が入り混じったもので、どちらにせよ落ち着くことは出来ない。
「あー、落ち着いてください。とりあえず・・リード!こっちの人の縄を切ってくれ!」
「しかし!それでは皆が不安がりますし、危険が!」
「そっか・・じゃあ手首だけ残しておいてくれ!あと他のみんなは住処に戻ってくれて大丈夫だ!ここは俺とリードだけでいい!」
そうショウが言うと、リードを口火にそれぞれ了解の返事をした。
リードはナイフをもってノイドの隣の恰幅のいい男、ナダへと向かい、他のゴブリンはショウの指示通りに住処へと戻って行った。
ショウが吸血鬼の鋭い爪を使ってノイドを縛る布を切っていく中、リードもナイフを使い同様にナダの縄を切っていく。
手首以外の縄を切り終わると、ノイドは胡坐、ナダが正座をし、ショウはノイドと対面に座り、リードはその後ろに立った。
「お前はいったい・・」
前回同様、恐怖と驚きが入り混じった声で、しかし今回は冷静にノイドは声を発した。
ゴブリンを意のままに操る少年を見て、その声が恐怖で若干震えていたのは言うまでもない。
「ふーっ、さて、三度目の自己紹介ですが、俺はショウって言います。今度こそ名前をうかがっても?」
「あ、ああ。俺はノイド。でこっちが・・おい、目ぇあけろぃ!ナダ!おい!」
「嫌だね!どうせおいらは魔物に食われて死んじまうんだ!だったら何も見たくない!何も見ずに楽に逝きたい!」
「おい、貴様。ショウ様が名前を聞いてるんだぞ!さっさと答えろ!」
リードの怒気のこもった声を聴き、ナダは肩を震わせるとゆっくりと目を開けた。
しかし角の生えた鬼のような容貌のリードを捉えると、「ひぃ」と声を漏らすとまた目を閉じてしまった。
「ああ、いいよリード。ノイドさんに、ナダさんね。名前は分かったから、ていうか座れば?」
「いえ、俺はこれで」
「おお、そっか」
リードなりのこだわりがあるのだろう。
いつでも対応できるように身構えているようだ。
「で、そのー俺の質問にも答えてくれると有難いんだが・・あんたは何者だ?」
ショウの眼前のノイドから声がかかった。声色から警戒しているのがわかる。
「…俺はさっきのゴブリンたちの群れの長です。俺の後ろにいるのはリード。元々彼の群れでした」
ショウは出来るだけ丁寧で優しい口調で話すように心がける。
わざわざリードを紹介したのは、そっちの方が理解が早いだろうと考えたからである。
「…もともとその後ろの・・ゴブ、リン?の群れだったなら、どうして人間のあんたが今群れを率いてるんだ?おかしくないか?」
その一般の小鬼とはかけ離れた容姿をもつリードを変だと思いつつ、ノイドは疑問を呈する。いつの間にかナダも目を開けてうなずいていた。
「それは単純に俺がリードより強いからです。…あと俺は人間じゃありません、吸血鬼です」
「なにを・・・!!」
とても信じられない、という態度をとっていたノイドは、目の前でスキル≪蝙蝠移動≫によって蝙蝠と化したショウを見て言葉を失った。
ナダも同様に驚くと、口を大きく開け絶句している。
これはショウにとって挑戦であった。
買い物でよく行く『エリート・レント』でも、その町内にある闘技場に出たときでも、自身を吸血鬼だとばらさなかったし、ばれないように努めてきた。
しかし、ショウが掲げる夢は「亜人と人間の共存」である。この夢を叶えるには人間とも分かり合えなくてはならない。
そう、いつか自分の正体を明かし、受け入れてもらわなくてはならないのだ。
今のショウの行為はいわばその前段階。一気に大勢の前で明かすのではなく、とりあえず目の前の少数の人間に明かして反応を見るのだ。
その反応を見て夢を叶えるうえでのいい経験になるだろう。願わくは受け入れて欲しいものである。
「・・信じてもらえましたか?」
「ヴァ、ヴァ・・ヴァン・・ヴァンパ・・・」
「・・おおお落ち着けぃナダ!落ちつけぇ!なぁ?落ち着け・・落ち着け・・」
まるで自分に言い聞かせるかのように繰り返すノイド。
冷静を装いきれず動揺しているのが一目瞭然だった。
「すいません、驚かせてしまって・・大丈夫ですか?」
ノイド、ナダを心配するショウ。
そんなショウを見て、驚いたかのようにノイドは目を開くと、やがて静かに、ゆっくりと口を開いた。
「・・それで、あんたたちは俺たちをどうする気だ?・・食うのか?」
「まさか、そんなことしません!」
おそるおそるといった様子で問いかけてきたノイドを、ショウはばっさりと否定する。
人を食べるなんて想像したくもなかった。
「そう、なのか・・じゃあどうするんだ?まさか何もしないまま逃がすなんてことはないんだろう?」
ショウの回答に一瞬安堵すると、ノイドはすぐにその声に、態度に緊張を戻した。
「そうですねー、あなたたちは多分村の人ですよね?だったらその村まで送らせてもらいますよ。他になにかやりたいことがあるなら手伝いますが・・」
「へ?」
そしてその緊張は次のショウの言葉によって再び緩んだのであった。




