第2話 救世主
「けっこー歩いたよな・・」
翔はそうつぶやき辺りを見回す。
現在、急に神社から移動した場所から森からの脱出を目標に歩いている。
歩いていれば何とか森を抜けれるのでは?という安易な発想で出発してみたものの一向に抜け出せる気配はなかった。
何もしないのは無駄だと歩き出してみたはいいものの、状況は好転するどころかむしろ歩くのに体力を消費した分、悪化しているような気がする。
(どうすればいいか・・)
意外と簡単に抜けられるだろうと、たかをくくっていたため今後のことを全く考えていなかった。
率直に言って、森をなめていた。
サバイバル経験などない翔だが、生き残るために今後の行動について考えだす。そうせざる負えなかった。
(夜飯は食べたから腹は大丈夫だとして・・寝る場所か)
ここは森の中。キャンプ道具があるならまだしも、服以外なにも持っていない翔には野宿は不可能。
となると、問題は寝床だった。
コートを着ているので今のところ寒さには耐えられているが、そこら辺の土の上で寝れば体温の低下は免れないだろう。
それに、なにもせずただ寝れば、森の中にいるかもしれない獣のエサとなってしまう可能性もあった。
朝になってから再び動き出すとして、安全な寝床を確保しなくてはならない。
ガサッ
葉がこすれるような音が鳴る。即座に翔は音の出どころを注視するが、何も出てこない。
小動物が通っただけなのか?それとも暗くてよく見えないだけなのか?考えられる可能性の数々が翔の頭を回る。
(気のせい・・?)
どれだけ見ても何も起こらないので、翔は気のせいだと思うことで自分を落ち着かせることにした。
そして思考を切り替え、今後の行動について思案しようとしたとき―――――
ガサッ
―――――再び同じ音がした。
(何かい―――――)
ガサッガサササ
翔が音について考えるよりも早く、音は鳴った。先ほどよりもより大きくなって。
翔は口をつむぎ、周囲を警戒する。
音の発生源を突き止めるため神経をとがらせるが反応はない。
翔がそのまま周囲を警戒しつつ後ずさるように移動していると、ソレは現れた。
背丈は小さく子供のようで、木でできた棍棒をもっていた。
この現代社会で棍棒?と翔は思ったが見るべきところはそこではない。
遠目から見たら人なのにソレには明らかに普通の人とは違った特徴があった。
それは耳。触れれば刺さりそうなほど鋭利にとがっている。
それは目。釣り目で大きく、ギラギラと輝いている。
そして一番の違いは体皮だ。その色は赤。暗闇でもわかるほど赤くそれは染料によるものではないとわかるほど自然なものだった。
それらの人型にして人ならざるものを見て翔の頭は一気に冷め、瞬間、混乱し恐怖に駆られた。
そのファンタジーに出てくるゴブリンのようなモノをみて正常な思考はできなくなってしまった。
得体のしれないものを見た人の反応は正直で、翔もまたその例にもれなかった。
足は震え、口はあわあわと絞まりなく、ゾクゾクと背筋が震える。たった一つ。今翔が考えられることはたった一つだけであった。
『生き延びるために逃げろ!!』
ただ、それだけだった。
別にそのゴブリンが攻撃を仕掛けてきたわけでも、殺すと脅してきたわけでもない。
ただ、翔の本能が未知の存在に対して、生まれて初めて最大限の警鐘を鳴らした結果だった。
「うわあああああぁぁあぁあああわああ」
翔は大声を上げながら後ろに方向転換をして走り出す。
方向転換をするときに足がもつれ転んだが這うようにして立ち上がりなお走り続けた。
後ろから「待テ!ニンゲン!荷物オイテケ!」や「殺シテ奪エ!」なんて声が聞こえた気がするがそんなことはどうでもよかった
翔は走り走り走り続けた。全身全霊で走った。
これほどまでに生を渇望したことなんていままでになかった。
ただ『生き残るため』。それだけのために全力を振り絞った。
だがその走りは突如として止まることになる。
理由は簡単、転んだからだ。
木の根につまづいたのだ。
翔は焦って立ち上がろうとするが足が抜けない、何かに引っかかっている。
もし、夜ではなく朝だったら。もし、翔が冷静だったら、足を自由にするのは簡単だったろう。
だが状況はすべて悪いように翔に重なり、ようやく足を自由にしたときには・・・・目の前に絶望が迫っていた。
最初、翔が見たのは一人だけだったはずなのに、目の前にいるそいつらはどう見ても3人いた。
翔は必死に立ち上がろうとするが、立とうと力を入れると自由にした右足に鈍痛が響き、思わずその場に座り込んでしまう。
転んだ時に痛めたのだろう。焦る思考の中よく見てみれば足はひどく腫れていた。
翔は恐怖に支配され顔は悲愴で歪んだ。焦るその裏で冷静に自身の状況を分析した結果であった。
もう立ったところで、この怪我した足では走れないだろう。体格は大人と子供ほどに離れてはいるが、だからと言って歩いて逃げれる相手ではない。それを証拠に、転んだらすぐ追いつかれた。
翔は生をあきらめた。驚くほどあっさり、どうしようもないと悟って。
諦めてみると、今まで渇望していたのが嘘みたいに楽になった。例えるなら、断頭台に首を差し出す死刑囚のような感情。
そうして、翔の身体からは力が抜け顔からは生気が抜けた。彼の体が心同様に、死を受け入れた証だった。
≪確認しました≫
なにか聞こえた気がした。
が、もうどうでもいい。何もかもがどうでもよかった。死にゆく者に思考など必要ないのだ。
翔はすべてをあきらめ、近づいてくるゴブリンたちを移す瞳を瞼で覆うとした。
「待て!!小童!!」
その瞬間、どこからか怒号が飛んだ。大きく鋭い大声が。
翔は瞼を閉じるのをやめ目を大きく開く。
見えたのは自分を追ってきた三人(匹?)のゴブリン。だが様子がおかしい。獲物を捕らえたはずの彼らはなぜか立ち止まり、若干震えていた。
(なんで、止まってるんだ・・・?)
一度あきらめたおかげか、意外と冷静に物事を見る翔。
そんな翔の視界にゆっくりとソレは姿を現した。
ひどく鋭利にとがった耳、ギラギラと輝く釣り目。ぽっこりとでた腹にはしわが寄っていて齢を感じさせる。
腰も曲がっているが歩みは確かなものであり、持っている杖は歩きを補佐するものではないとわかる。
追ってきたやつに比べれば明らかに年齢は上だが、それは間違いなくゴブリンだった。
その高齢のゴブリンは横の木の陰からゆっくりと姿を現すと翔に背中を向け、追ってきたゴブリンたちの方を向いた。
「人間を襲うなと言っているだろうが馬鹿者が!!」
先ほども聞いた怒号が、再び森の中に響く。
なるほど、声の主はこの年寄りゴブリンだったのか、と他人事のように翔は納得した。
「デモ、長ハイイッテ!」
「儂がだめだと言っている!話は終わりだ!住処に戻れ!」
「デ・デモ・・!イデェ!!」
納得のいっていないゴブリンを、その年寄りゴブリンは持っている杖で叩き、発言をしていない他のゴブリンを睨んだ。
睨まれたゴブリンは首をぶんぶんと横に振り、反抗の意思がないことを示す。
それに満足した年寄りゴブリンは「行け!」と三度目の怒号を飛ばすと、三人のゴブリンはそそくさと走ってどこかへ行ってしまった。
ゴブリン達が走っていくのを見送り、ふーと深い息を吐くと、年寄りゴブリンは翔の方へ向き直り笑顔を見せた。
「もう大丈夫じゃ。小僧」
翔がとらえた年寄りゴブリンの表情は、先ほどまで怒号を飛ばしていた者とは思えないほどに優しいものだった。
それを見て安心したのか、単に疲れただけか、翔は途端に気を失った。
薄れゆく意識の中で、あれ?このゴブリン髭生えてると思いながら・・。