第26話 臣下の誓い
「主よ、お願いがあるのですが…」
「ん!何?」
リードを始め、群れの皆に認められた喜びに浸っていたショウに声がかかる。
今もなお片膝をつけ臣下の礼をとっているリードからだ。
「主のお役にたつため、出来れば『誓約の儀』をとりおこなっていただきたいのです」
「誓約の儀?」
聞き覚えのない単語である。
「ご存じありませんか?魔人クラスならばできると聞いたことがあるのですが…」
「いやー知らないな・・。ていうか吸血鬼って魔人なの?そもそも魔人って何?」
またも聞き覚えのない単語である。
「いや私も詳しくは・・風のうわさで聞いたことがありまして」
「発言よろしいか、長?」
主の役に立てず悲痛な面持ちで悩むリード。
そんなリードを助けるかのように、群れの中から、それも流暢な言葉が発せられた。
見ると手を上げている一人のゴブリンの姿。発言したのはこのゴブリンで間違いないだろう。
「えーっと、名前は?」
「これは失礼。わしの名はガンといいます。以後お見知りおきを長」
ショウやリードと同じようにガンは流暢に話す。
「随分と言葉がうまいな、ガン。歳をとっているからか?」
尖った耳に大きなつり目という小鬼の特徴に加えて、ガンは白い髭をたくわえ、杖を持っていた。
歳をとっているゴブリンは言葉を流暢に話せるというのは、ゴブジイから聞いた話である。
「いえ、それもありますがわしは昔奴隷でしてな。人間の社会にいたら自然と話せるようになりました」
「奴隷…」
「あぁ!気にしないでください長。昔は人間を憎んだりしましたが、奴隷になって全て悪かったわけではありませんからな!!はっは!」
奴隷と聞いて悲しげな表情を浮かべてしまうショウに明るく話すガン。
それはショウに気を使ってくれているのか、はたまた単純に明るい性格ゆえなのかはわからないが、とりあえずその場の雰囲気は明るいままだ。
「そっか…ありがとうガン。それでー…なんだっけ?」
「おお、魔人や『誓約の儀』についてならわしに少し情報がありますじゃ」
「なに!?本当か?」
大声で確認したのはリード。嬉しそうな反応である。
「ええ。わしの情報でよければお教えしますが…長?」
「ああ、ぜひ教えてくれ」
「では…」
ガン曰く、魔人とは簡単に言えば人外の力を持つ人のことらしい。
それは怪力であったり、高い戦闘能力、もしくは回復能力など人間は持ち合わせてはいない能力を有している存在。
ショウからすれば、魔法が使える時点で普通の人々も十分人外ではあるが、それを踏まえたうえでの区分なので魔人というのはこの世界の人間にとっては脅威だろう。
そもそもガンの話ではこの世界の生物の種類は五種類いるという。
魔物。モンスターともいわれる自我をもたない怪物。生物のヒエラルキーでは個体にもよるが最弱である。
魔獣。森や山に生息する獣で、独特な成長を遂げたものが多い。
これらは主に冒険者たちによって退治されており、細かな情報が保有されている。
亜人。人間同等の知能をもつ存在で、独自の文明や考え方をもっている。
実際は小鬼などもっと含まれる存在はいるはずだが、人間社会で認められているのは、高度な文明をもつエルフやドワーフのみで、それらも奴隷として売買されている。
人間。もっとも数が多く、高度な文明を有している存在。力は弱いがそれを数で補うことで大陸を支配している種族である。
そして魔人。超常な力をもつ存在で人類の敵ともいわれる。魔人といっても幅はあり、同じ種族でもそれほど力が強くないものもいるが、基本的に簡単に勝つことは出来ない。
どこから現れるのか?弱点は何か?など分かっていないことは多いが、人間社会では特に危険視されており、生物ヒエラルキーの頂点だろうと言われている。
「…とまあこんな感じですじゃ」
「ありがとうガン!勉強になったよ」
「で?で?『誓約の儀』はどうすればいいんだ?」
「落ち着きなされ。まったく、前長はせっかちじゃな…」
世界の常識を知れて喜ぶショウと、『誓約の儀』を知りたくてガンを急かすリード。
二人の生徒をもった教師のように、ガンは話をつづけた。
「『誓約の儀』というのは魔人だけが行える、主従契約だと聞いております。
種族によって何を媒介にするのかは変わりますが、何かしらを媒介に己の力を分け与えることで両者をつなぐのだとか。
方法は従属する側が誓いを立てて・・そうじゃ!たしか魔人が名を与えればよかったはずですじゃ」
「名を与える?」
「そうです。魔名と呼ばれるもので、これが誓いの証となりますじゃ」
「なるほどーよく知ってるな」
「前の主人がそういう研究をしている者でありましたから」
前の主人とは奴隷だったころの事だろう。
今でもなお主人というのだから、ガンが言うとおりそれほど悪くなかったのかもしれない。
「よくわかった。では主よ、『誓約の儀』をとりおこなっていただけますか?」
「それはいいんだけど…方法がなー媒介ってのもよく分かんないし・・」
「そうですか…」
あからさまにがっかりするリード。
やってあげたいのはやまやまだが、どうすればいいのかわからないショウとしては手の打ちようがない。
(ステータスになんかのってなかったかなー…)
【個体名】ショウ
【種族】吸血鬼
【称号】異世界人 群れの長
【スキル】
≪吸血鬼の爪≫ ≪吸血鬼の肌≫ ≪蝙蝠移動≫ ≪眷属召喚≫ ≪血の誓約≫
【魔法】
≪ドレイン≫
ショウの思いのままに表示されるショウのステータス。
(ん?)
その中に、気になるものがあった。
≪血の誓約≫
血を媒介にして『誓約の儀』を行える。
(あっ・・・これじゃん)
一度確認したはずなのにすっかり忘れていた。
今必要な情報のすべてがそこにあった。
「喜べリード!できるぞ!『誓約の儀』」
「ほんとですか!」
「ああ!やろう、リード!」
喜ぶリードを見て笑顔になるショウ。
そのままショウはスキル≪血の誓約≫を発動した。
≪スキルの発動を確認。個体名リードに『誓約の儀』を行います≫
ショウの頭の中に声が響く。
感情がない淡々とした声で、何度か聞いたことがあるものだ。
瞬間、ショウの頭に『誓約の儀』の方法と、その言葉が流れてきた。
「リード、従属の誓いを立てよ」
「…はっ!我、リードは貴方を主と認め、臣下として仕えることを誓います。
この命続く限り主を支え、主に仇なすものを屠る剣となりましょう」
いきなり様子の変わったショウを怪しむでもなく誓いを立てるリード。
まるで騎士のようなその誓いは、意思を貫くリードらしいものである。
ショウとしても、いきなり頭の中に流れている言葉を言わされていて若干困惑していた。
「従属の誓い・・確かに聞き届けた。我が血をもってお前を臣下と認めよう」
頭のイメージに沿う形で手を差し出すショウ。
リードもまた、頭にイメージがあるかのように何かを受け取るように両手を構える。
リードの出す両手の上で、ショウは爪を立てて手を握った。周りで見守るゴブリンたちが驚くが、ショウもリードも眼中になかった。
ショウの手から滴り落ちる血。
血は重力によって流れ落ち、やがてリードがすくうような形で差し出していた両手一杯にまで溜まった。
「飲み干すがよい。お前に我が力の一端を授けよう」
手を握るのをやめ、まるでどこかの王のように話すショウ。
リードは軽く礼をすると、黙ってそれを口に運び、一息で飲み干した。
「我が力はお前に授けられた。よってお前に我が臣下の証として魔名を与えよう」
「ありがたき幸せ」
王のような態度をとり続けるショウ。恭しく礼をするリード。
そこで、自動操縦が途切れた。
(ん???)
突然頭のなかにあったイメージが消え、困惑するショウ。
(まさか・・)
原因はすぐにわかった。魔名を与えると言ってイメージが消えたということは・・・
(名前は自分で考えろってことかよ!えー・・どうしよう)
スキル≪血の誓約≫はどうやら名前までは考えてくれないらしい。
ショウはまだ高校生。結婚はしていないし、当然子供もいない。
つまり名づけの経験などないのだ。強いて挙げれば、昔やったゲーム内で、自分のアバターに名前を付けたことぐらいだろう。
それも自分の名前をもじったりしただけだ。しかし、それしか経験がないのだから、リードの名前もその要領でしかつけることができない。
(うーん、やっぱり語感がいいものがいいよなーそれにこの世界って西洋っぽいからカタカナで違和感のないように・・)
この場合あまり考え過ぎず、それこそ自分のアバターに名前を付けるような気持ちでやった方がよさそうだとショウは考える。
人に名前を付けるのに随分と安易な発想だが、これは時間がないということもある。
今もなお、『誓約の儀』は続いている。時が止まっているわけではないので、速めに名前を与えなければ変な空気が流れてしまう。
(リード、リード、ホブゴブリン・・リーブ?リーゴ、リード・リーゴ!いやないな・・うーん)
頭をフル回転させ悩むショウ。
(リーにリーをつなげるのはよくないかな、うん。じゃあー・・ドホブ?ドーブ?・・・いやしっくりこない!
ゴブリ、ゴブド、うーん・・両手剣?剣・・ソード・・リソード、ソードホブ、ソードリン・・ホブソード?
・・・リード・ホブソード?うん?あれ!?意外といいんじゃない?語感もいいし、リードのやつ『主の剣になる』とか言ってたし!よし!)
わずかな時間で考え、名前を決めたショウ。
その瞬間、再び頭の中にイメージが流れた。
「与えよう。ホブソードだ。お前はこれより、リード・ホブソードと名乗れ!
誓いのとおり我が剣となり、その名を我が臣下として轟かせよ!!」
「御命令承りました。このリード・ホブソード。この名に恥じぬよう邁進いたします。我が絶対の主に忠誠を!」
リードが言葉を終えるとともに頭の中のイメージが再び消える。
どうやら儀式が終わったようだとショウはため息をついた。
「終わったー・・なんか疲れるなこれ。おつかれ、リード」
「お疲れ様です。途中頭の中にイメージが流れてきまして驚きました」
「あぁおれもだよ。俺の意思でやってるのに俺の意思じゃない、みたいな・・あれ?なにいってんのかわかんねぇや」
「随分お疲れですな。今日はこれで休まれたらいかがですかな?」
ショウの様子を見て進言するガン。
その髭や口調があいまってまるで執事のようである。
「あぁそうするよ・・とりあえず・・おれ、は・・ま・ち・・」
街に戻って宿屋に行く。
そう言い切ることができないままショウはその場に倒れ込んだ。
ぼやけた意識の中で、リードやガン。他のゴブリンたちがあわてる声が聞こえる。
(大丈夫・・大丈夫・・だいじょ・・・)
心の声を言うこともできず、ショウはその場で意識を失った。
こうしてショウの長い一日は幕を閉じた。
傍らには初の忠臣にして、後の右腕となるリード・ホブソードが、主を安全な場所に移動させてるべくゴブリンたちに指示を出していたという。
第一章 完




