第24話 ゴブリンの群れ
「ドウイウコトデスカ…長」
静寂に耐えきれなくなったのか、ドイドに捕まっていなかった群れのゴブリンが問いかける。
その声は震え、表情は困惑そのものである。
それも当然だろう。小鬼にとってそれ以外の種族は基本的に敵であるし、ましてや人間の―実際は違うが―ショウは、最近同胞を捕まえた憎き種族であるのだから。
やっとこさ人間の手から解放されたはずなのに、自ら人間の、しかも配下に加わるなど、たとえ長の言葉だとしても受け入れられるはずがなかった。
それゆえの問い。質問したゴブリンの表情からは、「人間に長が操られているのでは?」というような懐疑の念が読み取れる。
「ショウハ人間デハナイ。吸血鬼ダ」
長であるリードが口を開くよりも先に別のゴブリンが話す。
言葉を発したのはバル。ドイドに捕まっていたゴブリンの内の一人で、リードを除けばショウと会話をした唯一のゴブリンである。
「何ダト?バル!ナゼオ前ガソンナコトヲ知ッテイル?」
「ボル、俺ラハコノショウ二助ケラレタノダ。ソノ時二確認シテイル」
捕えられなかった群れのゴブリン、ボルにバルは説明する。
その説明を受け、ボルはショウの身体をジロジロと見回した。
「ドコカラドウ見テモ人間ジャナイカ。マサカ長トモドモ騙サレテイルノデハナイダロウナ?」
じっくりとショウを見回し、吐き捨てるように言うボル。
登場時の申し訳なさそうな態度など、今になっては微塵もなかった。元来、こういう性格なんだろうとショウは思った。
「ボル!!長二無礼ダゾ!コノ者ハ吸血鬼ダ。ソレハ間違イナイ」
「ソレガ信ジラレナイト言ッテイルノダ!!俺ヲ信ジサセタイノナラ証明セヨ!!」
「何ダ―」
バサバサバサッッツ
言い争いを始めた二人のゴブリンの耳に、鳥がはためくときになるような音が入る。
見るとそこには、小さな蝙蝠のような形をした影が、集まり徐々に人型になっていく光景があった。
数秒としないうちにそれは完全な人型になり、現れたのは、先程までリードの隣にいたはずのショウ。たいした距離ではないとはいえ、一瞬で距離を詰めたということだ。
「これで信じてもらえたかな?ボル…だよな?俺はショウ。よろしく」
「……フン!」
一瞬驚きで固まったボルだが、ハッと気が付くと、握手しようと差し出されたショウの手をはじいた。
ショウは心の中で、「ゴブリンと初対面でうまくいったためしがない」と嘆く。
「コレデ分カッタダロウ?ショウハ人間デハナイ」
「…ソレハ認メヨウ。シカシ!ダカラトイッテ長ガコイツノ配下二ナルトイウノハ納得デキン!!
大声で叫ぶように話すボル。
その声はバルだけでなく、リードに届くように。ボルだけでなく、他の群れのゴブリン皆の声として発せられた。
その言葉には、ショウも同感であった。
自分を人間だと疑い言い争ってるのを見ていられず、≪蝙蝠移動≫をつかい吸血鬼の、吸血鬼と認められずとも、最悪人間ではないという証明をして見せた。
しかし、リードが言った「自分を主として仕える」という言葉に関しては、他のゴブリンと同様に初耳である。
仮に「仲間になる」と言ったとしても驚きなのに、「仕える」と言われては、ショウとてバルとボルが言い争いを始めるまで固まっているしかなかった。
「お前たちの気持ちはよく分かる。いきなりこんなことを言われれば困惑もするだろう」
ボルを含めた生き残りのゴブリン、バルを含めた解放されたゴブリン、そして話題の中心にいる吸血鬼のショウすべてが注目する中、群れの長であるリードは言葉を続ける。
「俺は、このショウに助けられた。もし彼がいなければ、今頃人間に騙されて無益な闘いをしていただろう」
「…ダカラトイッテ仕エルナンテ――」
「それに!彼は俺に闘いで勝っている!!敗者が勝者に下るのは道理だろう?」
リードの言葉によって、再び場に静寂が訪れる。
前回と違うのは、所々で小声ではあるが、「ならしょうがないんじゃないか?」や、「俺は長についていくだけだ」などという声が出ているという点である。
空気の流れで言えば、「それならば長がショウに仕えてもしょうがない」という流れになりつつあった。
そんな空気を感じてショウは思った。
そんなんでいいの??
ショウは人間である。
正確に言えば体や能力は吸血鬼のそれではあるが、精神はまだ人間である。(ゾルらを殺しても何も思わなかったのは置いておく)
ゆえにモノを考えるときの視点は人間のモノであるし、基準もそうである。
だからこそ、今現在の流れは精神が人間の身としては疑問を抱くしかなかった。
小鬼は縦社会である。
そのことはショウも、ゴブジイから聞いていて知っている。力が強いものが上に立ち、群れを率いる。原始的ではあるが、文明の無い小鬼らしいと言えばそうである。
だからといって、自分たちの長が見ず知らずの、しかもゴブリンではなく吸血鬼に負けたからといって、素直に頭をすげかえるというのは、ショウには理解しがたかった。
正直に言えば、展開的にはショウにとっていいものである。
『ゴブリンを亜人と認め、亜人と人間が共存する世界を目指す』という夢をかなえるには仲間が必要である。
このままいけば、自分は群れの長になり、リードをはじめ、バル、ボルなどのゴブリンが力を貸してくれることになり、夢の実現への第一歩を踏み出すことになる。
しかしソレは、リードのように心から信頼され、認められて長になるのとは違うだろう。
そんなショウの不安を代弁するかのように――
「チョット待ッテクレ!!」
ゴブリンのボルが口を開いた。
「長ノ言ウコトハ尤モダ。シカシ!俺ニハ信ジルコトガデキナイ」
(やっぱりそうだよな。「こいつ俺より強いから、今からお前らのリーダーね」と言われて納得できるはずないよな…)
心中でつぶやくショウ。
やはり言葉などで説明して、納得させ信頼してもらうしかないだろう。
そう思い口を開こうとしたショウよりも早く、ボルが続けて言葉を発した。
「俺ト闘ッテ勝ツコトガデキタナラ信ジテ、長トモドモオ前二仕エヨウ」
完全に予想外な事を言われ、思わずショウはボルを凝視する。
その表情に冗談や嘘といった感じはなく、ただただ真剣さだけが伝わってくる。
「ナラ俺モダ」
「俺モ!」
「同ジク!!」
ボルに続いて他のゴブリンたちも参戦の声を上げる。
そのどのゴブリンたちを見ても、皆同じ真剣そのもといった表情をしている。
「ふはっ」
そんな真剣な表情のゴブリンたちを見てショウは思わず噴き出した。
ゴブリンたちからは怪訝な顔をされるが、ショウは気にしない。
(そうか…これが普通なんだ。ゴブリンにとってこれが・・なら)
ならば応えなくてはいけない。
思わず噴き出したのはゴブリンを馬鹿にしたからではない。原因は自分。
人間の観点から見れば明らかにおかしな発想だが、彼らにとっては普通なのだ。そう気づいたとき、自分の価値観が偏ったものだと悟り、それがおかしくて自嘲にも似た笑いを浮かべてしまったのだ。
「いいぜ!何人だろうと相手してやる」
ショウは手をひろげ迎え入れるような仕草をとる。
元いた世界で言うところの劇のような、芝居がかった仕草だが、この場においてのみそれは似合っていた。
「フンッ!手加減センゾ」
「俺ガ勝ッタラ俺ガ長ダ…!」
「ソレハ無イガ・・俺ガ勝ッタラ長ノ右腕二シテモラウゼ!」
各々意気込んで戦闘態勢をとるゴブリンたち。
そのほとんどがボルをはじめとする捕えられなかったゴブリンたちであるが、その中にはバルや何人かの解放されたゴブリンたちがいる。
闘うつもりのないゴブリンたちは端により、リードも望み通りの展開なのか笑みを浮かべながら端で座っていた。
吸血鬼のショウ。武器はリード戦で折られているため素手。
対するはゴブリン約二十。武器は木で作った棍棒および素手。
かくしてショウにとっては本日二度目の戦いの火ぶたがきって落とされたのだった。




