第23話 リードの群れ
「起きたか?リード」
エリート・レントのちかくにある『ガヴァの大森林』。
その広大な森の、街を出てすぐの部分にショウはいた。
目の前にはたくましい体躯をした赤肌の小鬼人のリード。
闘技場での試合の後、ずっと気絶していたが今しがた起きたようで、わずかに声を漏らしている。
「ここは…んぐっ!」
「あー!!ゆっくり、ゆっくり。まだ完全に傷が癒えてないし、毒も抜けきってないから!」
仰向けの姿勢から、起き上がろうとしたリードをショウがあわてて制止する。
ゴブジイの教えのとおりに解毒したが、まだ毒は抜けきっていない。それに深くはないといえ傷は傷。痛みはあるだろう。
「そうか、んぐ!・・俺は負けたのか」
そんなショウの制止を聞かず、気合いでリードは上半身を起こした。
そして理解した。自分は森の中にいて、今まで眠っていたということを。それらは自身の敗北を意味していた。
「まあな・・。といっても最後はギリギリだったし、それに・・・」
ちらりとショウはリードの腹部の傷を見る。
毒消しのために薬草を使ったため、すこし緑がかっていた。
「実は俺・・最後に毒使ったんだ。麻痺毒だよ。リードをドイドから助けるためだったんだけど、怒るよな?」
正直、毒がなければ勝てなかった、ということはない。ギリギリだったとはいえ、最後に一太刀入れられたのは自分なのだから。
その一太刀で勝負が決まらないにしても、完全にショウが優位に立つことができただろう。
しかし、そこで勝負が決まらないということは、決闘はそこからまだ続いたという事。
そのまま闘い続けたとして、ショウが毒を使用せずにリードに勝つには、毒で仮死状態にするのではなく、それこそ本気で殺すしかなかった。
とはいえ、リードからすれば命がけで闘っていたし、毒で決闘に水を差されたと思うだろう。
そう考えてショウは気まずそうにリードを見る。
勝ったら自分の話を信じてくれると言っていたが、ここでリードが怒ってその話をなかったことにしても仕方がない。
ゴブリンを助けるという目的は達成しているから、今さら信じられなくてもいい。
ただその場合は、確実に夢を手伝ってくれる仲間にはなってはくれないだろうが・・・。
「べつにかまわない。毒があってもなくても結果は変わらなかっただろう、俺はあなたに負けた。それだけだ」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまうショウ。
ショウの不安とは裏腹に、リードは全く気にしていないようであった。なんとも豪胆である。
「ほんとにいいのか?真剣勝負に毒を持ち出したんだぞ?」
「ほんとにいい。さっきも言ったが結果は変わらない。俺が弱かっただけだ。それに俺を助けるためにやってくれたんだろう?ならば何も悪い事じゃない」
「いいのか、そんなに簡単に信じて?」
「負けたら信じるという約束だからな」
ガハハと軽く笑うリード。
その笑い方はどこかゴブジイに似ていた。
「そうか・・ありがとうリード。」
「お礼など・・むしろこっちがするべきだろう。ありがとうショウ。俺を助けてくれて。
それに、バルたち同胞も助けてくれたのだろう?会わせてくれないか?同胞たちに」
闘っている時には想像できない程フレンドリーに話すリード。
試合中のショウの話も信じているようだった。
「ああ、待ち合わせをしている。こっちだけど・・動けるか?」
「問題ない。傷の痛みも軽くなったし、毒も抜けたようだ」
「よし、じゃあ行こう。ついてきてくれ」
「ああ」
(よかった!このまま仲間としてやっていけるかもな!…けど、なんでさっきからあなたって呼ばれるんだ?)
若干の疑問はあるが、リードとの関係は良好である。
ショウは立ち上がると、リードを連れて森の奥へと進んだ。
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「バル!」
「ショウ、カ!!」
エリート・レント方面の入り口からさらに奥、ひと際大きな木の前でショウはバルと再会した。
この場所は、ショウがゴブジイと生活していた時に何度か来たことがあり集合場所にちょうど良かったのだ。
その場にはバルを筆頭に、牢屋につかまっていた小鬼たちがおり、皆、バルの声に反応してショウに視線を集中させている。
「無事でよかったよ」
「アア、オ前モナ。ソレデ・・長ハ…」
不安そうにショウを見つめるバル。
長がショウと一緒にいないことが不安を煽っているようだ。
「ああ、それなら――」
「長ッ!!」
ショウが言うよりも早く、木の影から出てきたリードを見てバルが叫んだ。
ドイドの追跡や、冒険者などの危険を考慮して、ショウはリードを隠す形で待機させていたのだった。
安全を確認して出てきたリードに、バルたち群れのゴブリンは駆け寄る。
「長!!心配シマシタ!」
「俺ハ信ジテマシタヨ、長ハ絶対大丈夫ダッテ!!」
「嘘言ウナ!オ前諦メテ泣イテタジャナイカ」
「醜イ争イヲ・・長ガ約束ヲ違エタ事ナドナイダロウ」
「醜イノハオ前ノ顔ダ!!マアソノ言葉ニハ同意ダガナ」
思い思いの言葉をぶつけるゴブリンたち。言っている内容は違うが、その言葉からは長であるリードを心から尊敬し、慕っている事が感じられる。
「お前たち・・」
今までゴブリンたちが話すのを聞いていたリードが口を開いた。
途端にゴブリンたちは口を閉じリードに耳を傾ける。
言葉を聞き逃すまいと、食い入るようにリードを見つめるゴブリンたち。そんな中で、リードは言葉をつづけた。
「待たせて悪かった。不甲斐ない長を許してくれ」
それは心からの懺悔。
ショウの言葉通りならば―実際にそうなのだろうが―自分はドイドに騙され、みすみす同胞の小鬼を失うところだったのだ。
長は群れのために力を尽くさなければいけない。そうしないなら、長の価値がない、というのはリードの持論だ。
小鬼にしては異端な考え方ではあるが、もしあのままショウが現れなければ、結果的にリードは自分を長だと認められなくなっていただろう。
自分と同胞が助かったのはショウのおかげである。
自分の力の無さを恥じ、リードはうなだれた。
「ソンナコトナイデスヨ、長ハイツダッテ俺ラヲ助ケテクレタデハナイデスカ」
バルから発せられたその言葉に、リードはハッと顔を上げる。
「ソウデスヨ。ソノ傷ヲミレバ分カリマス。俺ラノタメニ、マタ頑張ッテクレタノデショウ?ソレダケデ充分デス」
「長ハ一人デ抱エコミ過ギデスヨ。タマニハ俺ラヲ頼ッテクダサイ。」
「ソウデスゼ!力二ナラセテクダサイ!!長!」
「お前たち・・ありがとうな」
群れのゴブリンたちから許しとも思える言葉がリードに向けられる。
片言でたどたどしいが、そのことがかえってゴブリンたちの懸命さを伝えていた。
その懸命さに心打たれ、ショウは泣きそうになり、思わず目を手で覆う。同時に、リードの目からわずかに涙が出るのを見逃さなかった。
「…ところで、バル。他の群れの同胞はどうした?」
「「「長!!」」」
バルの返答をさえぎり、声が発せられた。
見ると、現れたのは小さな体躯に、尖った耳。大きなつり目に赤い肌の、いわゆる小鬼だった。
木の影からぞろぞろと現れたソレは、14~16人ほどおり、皆、一般的に知られている小鬼の格好―腰に布を巻くなど―をしていた。
「…森二戻ッテスグニ再会デキマシタ。コノ者タチハ長ガ捕エラレタコトに責任ヲ感ジテイルソウデス。」
どうやら出てきたゴブリンたちもリードの群れの一員であるようであった。
バルの言葉通り、自責の念があるのか、皆気まずそうな表情である。
「長・・我ラハ・・・」
「いい。何も言うな。無事で何よりだ」
新たに現れた群れの、口を開いた一人のゴブリンの言葉をさえぎりリードは話す。
「デモ我ラハ・・アナタヲ守レナカッタ・・」
「そんなこと・・・いいんだ。かわりに同胞を守ってくれたじゃないか」
そう言ってリードはゴブリンの肩を叩いて笑った。
その笑顔に安心したのか、口を開いたゴブリンをはじめ、他のゴブリンたちもさっきまでのきまずそうな表情が和らいだ。
「こうして同胞が再び集まることができて本当によかった。…ショウ!こっちに来てくれ」
リードに呼ばれ、ショウはリードの元に行く。
きっと群れのゴブリンに紹介するのだろう。そう考え、ショウは若干緊張する。
(挨拶とかしなきゃだよなー…なんて言えばいいんだ?)
「このショウはバルたち同胞を牢屋から救い、そしてこの俺を救ってくれた」
(やっぱり最初は「こんにちは」だよな。それで夢の話を・・・いやその前に俺が吸血鬼ってことを言うべきだな、うん)
「そんな彼に俺は感謝している。そして俺は――」
(≪蝙蝠移動≫でも見せて、信用してもらったら、夢の話。そんで仲間になってもらえるように頼もう)
「このショウを主として認め、仕えることにした」
(バルとリードに協力してもらって、俺に仕えて・・うん?)
リードから発せられた言葉に頭の中で疑問符を浮かべるショウ。
それはゴブリンたちも同様で、皆驚きの表情で固まっていた。
静寂が訪れ、風が木々を揺らす音だけがその場に響いていた。




