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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第一章
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第22話 『風来の剣』

「旦那!何をそんなに急いでるんですか。急がなくてもゴブリンはいなくなりませんよ」

「ええいうるさい!黙ってついてこい!!」


 マッシャルディーナ王国の都市のひとつ、エリート・レント。

その石畳で整備された道を一人の男が、次いでぞろぞろと別の男たちが続く。

先頭を急ぎ足で歩く男は奴隷商人のマル・ドイド。その肥満体を存分に揺らしている。

それに続く男たちはみな同じ服、というよりは同じ装備をしている。

腰には扱いやすい片手短剣ショートソードを下げ、体には素人目に見てもなかなか上等な革の鎧を身に着けている。

彼らは『風来の剣』。ドイドと専属契約を交わしている傭兵団である。


「ボス。ドイドの旦那どうかしたんで?なにやら様子が変ですが」

「ああ…どうやら闘技場に出したゴブリンが負けたらしいんだ。それで機嫌が悪いのさ」

「へぇ。それだけにしちゃ怒り過ぎじゃありはしませんか?べつに負けるのはこれが初めてじゃありませんでしょ?」

「…お前も覚えてるだろ?森で捕まえた大きなゴブリンをよ。そいつが特別なタイプだったらしくてな、それでいつもより怒ってるんだろうぜ。

 まぁ心配すんな。しばらくすりゃ収まるだろうよ」


 ボス、先程ドイドに話しかけた男、ライゾール・テラファインはそういって部下を納得させる。

ボスと呼ばれることからわかるとおり、ライゾールは傭兵団『風来ふうらいつるぎ』の団長である。

 元々小さな村で育ったライゾールは何の変哲もない普通の少年であった。

彼の家は農家であり、その流れにそって彼自身も農家になるつもりであった。

そんな一般的な平民だったライゾールが傭兵になるきっかけとなったのは、ティステル大陸にあるほとんどの国が定める成人の歳を迎える三年前、つまり彼が12歳の頃であった。

厳しい冬であった。作物はロクに育たず、例年にない寒さに身を震わせる毎日。

それだけならまだよかっただろう。最悪なのはその冬の魔獣の活動が活発だったことだ。

毎夜、毎夜近隣の森から聞こえてくる魔獣のうなり声。村民は恐怖でまともに寝ることができず、領主に魔獣の討伐を頼めど、いつまでたっても兵士は来ない。

このままではいつか魔獣に襲われてしまう。冒険者に依頼しようか?いや、払える報奨金などない。

出来ることはなく、少ない食料を分け合い、ただ魔獣が村に来ないことを祈るしかなかった。

 そしてついに悲劇が起きた。魔獣の襲来である。

現れたのは『灰色狼グレーウルフ』。一匹の力は大したことがないが、群れで連携するこの魔獣は、魔物を相手にすることが多い冒険者でも厄介だと感じるほどであった。

そんな灰色狼が群れ―二十から三十ほどの数―でやってきたのだ。

村長は直ちに村の男たちを集め灰色狼の迎撃に、村の女や子供たちは荷物を抱え村を捨てるように指示した。

ライゾールは少年であった。しかし村は小さく人口も少ない。当然男の数も少なく未だ成人していないライゾールも迎撃に駆り出された。

 迎撃といえば聞こえはいいかもしれない。しかし実際は女子供が村から脱出するまでの時間稼ぎであった。

訓練を積んだ戦士ならいざ知らす、農家の村の男たちが日夜振るっているのは剣ではなく、畑を耕すためのクワである。魔物と闘うプロの冒険者に厄介だと言わせる『灰色狼』ほどの魔獣を撃退するなど不可能なのだ。

村の男たちは死を覚悟して灰色狼に立ち向かった。愛する妻を、子供を守るため恐怖を律して武器として農具を振るった。

ライゾールも大人の男たち同様に、灰色狼と闘った。彼にも守るべき小さな妹と母がいたのだ。

協力して魔獣を倒していくライゾールたち。一匹を囲んで叩く。誰かが噛まれれば即座に救出する。農民にしては善戦した方だろう。しかし、そう長くは続かなかった。

 始まりは一人の男の死。ライゾールと共に戦っていた男の一人が死に、そこから灰色狼が勢いづいた。

徐々に村の男たちの連携が合わなくなり、反対に灰色狼の群れはその高度な連携で男たちを狩っていく。

ついにはライゾールの周りの男たちは皆殺され、魔獣の標的は彼に定められた。

灰色狼に睨まれ腰を抜かすライゾール。助けを求めて周りを見るが、誰も自分を助ける余裕などない。

涎を垂らしながら近づいてくる灰色狼。身体は震え、足に力が入らない。頭は逃げたいと思っているのに、身体は震えるだけで反応しない。

灰色狼が走りライゾールにとびかかる。ライゾールは恐怖で動くこともできず、死を覚悟した。

そして灰色狼の鋭利な牙が、ライゾールの首に食いこ―――まずにその魔獣は横に吹き飛んだ。

刺さっていたのは木の矢。射られた方向を見ると、そこには鋼の鎧に身を包む男たちの姿があった。


『もう大丈夫だ!俺たち『鋼の風』が助けてやる!!』


 その言葉通り、突如現れたその傭兵団の活躍によって灰色狼たちは全滅。村は救われたのであった。

自信の命を救ってくれた傭兵団。危機に駆けつけるヒーローのようなその姿に、ライゾールがあこがれたのは必然であった。

こうして農家の息子だったライゾール・テラファインはその場で『鋼の風』に入団。十年後、傭兵団『風来の剣』を立ち上げたのだった。


(懐かしい話だな・・・)


 急ぎ歩く目の前の雇用者、ドイドに続いて歩きながらライゾールは思う。久々に自分の原点を思い出した。

いつからだろうか、人々を救うために始めた傭兵稼業が金ばかり優先するようになったのは。

いつからだろうか。人々を守るためでなく、奴隷を処分するために剣を振るうようになったのは。

 ドイドに雇われてから三年。今までこんな事を考えもしなかった。不意に考えてしまったのは今のドイドの態度のせいだろう。何せ今まで見たことがないほどに怒り狂っている。

普段のドイドは冷静で実行不可能なことは要求しない。だからこそこれまで信用し契約を続けてきた。

しかし今の態度では信用できそうにない。もしドイドがこれから先ずっとこのままなら―――


「契約を切るべきかもな・・・」


 誰にも聞こえない程度の音量でライゾールはつぶやく。

契約の関係上、あと数か月はドイドのために働かなくてはいけないが、契約を更新するのは考える必要があるだろう。

内心で計算をしながら、ライゾールはドイドに続いて建物に入る。

とりあえずは今目の前にある仕事、売れ残ったゴブリンの処分を済ませなくてはいけないのだ。





「どういうことだ!!なぜゴブリン共がいない!!」


 元『ドイドの奴隷店』内でドイドは叫ぶ。

今日は彼にとって散々だった。

小遣い稼ぎに使えるホブゴブリンは闘技場の試合で負け、その珍しい死体は無料で、ショウとかいう子供に奪われた。

普段の彼ならば、商売で培った話術で巧みに丸め込み、ショウから死体を取り返す、もしくはいくらか金を払わす事ができたはずだった。

 しかしそれは叶わなかった。なぜか?それはドイドがショウに恐怖したからだ。

自分よりも二十歳以上年下のその少年に凄まれて、あろうことか礼までしてしまった。

ホブゴブリンが試合に負けたのも、その死体が無料で奪われたのも確かに腹ただしい。しかしそれ以上に、少年ごときに屈してしまった自分に最も怒っていた。

ガキに精神的に敗北した自分が許せなかった。けれど今さらどうすることもできない。

そんな行き場のない怒りを、売れ残ったゴブリンにぶつけて鎮めようとしたのだ。なのに―――

 広い部屋にぽつんと置かれる一つの牢屋。

その中には今朝まで赤い小柄の鬼のような生物が囚われていたはずだった。しかし実際はもぬけの殻。何度見ても誰一人としてそこに入ってはいなかった。


「くそっ!くそっ!!なぜだ!!どうして抜け出せる!?どうやって逃げた!!」

「旦那、これを」


 行き場のない怒りが、怒鳴り声となって建物内に響く。

そんな今にも暴れだしそうなドイドに、ライゾールは何かを差し出した。

ドイドには見慣れたもの。ライゾールがかつてゴブリンが囚われていた牢屋から見つけたソレは―――


「『解放の印子』だと?なぜそんなところに・・まさか・・!!」


 ドイドはハッとして自分のポケットを探る。


「ない!ないぞ!!予備の印子がない!いったいいつだ・・いつ失くした?」


 ドイドは思案する。過去の記憶を手繰り寄せ、『解放の印子』に関することを思い出す。


(今回はいつにも増して客が来なかった。印子を使う回数はすくなかったはずだ・・。誰かに盗まれた?いや人前で印子を取り出したことなんて――)


 ある。一回だけ。説明のために出したことが。その相手は―――


「ショウ!!!お前かあああぁあ!!全てお前の計算だったってわけか!死体の取引も、ゴブリンを買いに来たのも全部!全部!!」


 感情のままに叫ぶドイド。周りの『風来の剣』の団員たちはそれをみて思わず一歩引いた。


「許さん・・!許さんぞぉお!!ショウ・・この借りは必ず返してやる」


 ショウへの復讐を誓うドイド。その瞳にはショウへの恐れなど一切映っていなかった。

目に浮かぶのは、高笑いをするショウの姿。きっと計画がうまくいって自分を笑っているに違いない。

そうしてまた怒りを溜めるドイド、その後ろでライゾールは本格的に契約を見直すことについて思案していた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆


――――「起きたか?リード」



 

次回、ショウの方に戻ります

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