第21話 決着
「はぁ、はぁ、あ、あぶなかった」
息を整えつつショウはつぶやく。
その手には刀身が半分になった片手剣。綺麗に折られているその刃は少し濡れている。
この濡れの正体は『森蜘蛛の毒』である。
これが疲労があったとはいえ一撃でリードを倒せた原因である。
自分の攻撃にカウンターをくらい、転じて絶体絶命の危機に陥った時、とっさにリードの剣を手―正確には爪―で受け止め使ったのだ。
ポケットから急いで取り出したため、小瓶は割れて中身は漏れ出て右手にかかったが、何とか剣にかけリードを斬ることができた。
奇跡としか言いようがないが結果は結果。計画通りリードは仮死状態になり、おかげで助けることができる。
「よいしょっと!」
観客が大歓声を上げる中、それに応えることなくショウはリードをかつぐ。
傷口から体内に取り込んでないので仮死状態にはならないが、かかった『森蜘蛛の毒』のせいで右手が少し痺れている。
そのため左手を使ってリードと両手剣をかつぐしかなかったが問題はない。吸血鬼の力は底なしである。
「よし、森に行ってバルたちに会わないとな」
未だ止まない歓声を気にも留めずショウは闘技場の出口へと急ぐ。
闘いのせいで疲労はかなりたまっていて休みたいし、なによりバルたちが無事に森に逃げられたか心配だった。
「あのっ!」
フィールドに入って来たときと同じ通路を通り、出口を目指していたショウに声がかかる。
見るとそこには自分が気絶させた係り員の姿。その表情は緊張しているかのように強張っている。
完全に係り員の存在を忘れていたショウ。気絶させたことを咎められるのではないか?もう一度気絶させるか?というような考えが浮かぶ。
「あの・・」
「なん・・ですか?」
ショウに緊張が走る。左手はリードをかつぎ、右手は痺れている。
両手が封じられている今の状態で、気絶させるには足を使うしかない。いつでも足が使えるようにショウは身構えた。
「あの、じ、自分もあなたみたいなすばらしい剣士になれるでしょうか!!?」
「は・・・?」
言葉の意味が分からずキョトンとするショウ。
「自分も努力すればあなたみたいな強い男に!!」
「あー.....」
続けて発せられた言葉を聞いて、やっと意味を理解するショウ。
きっとこの係員は自分とリードの闘いを見て感動したのだ。そして自分のようになりたいと思っている。
(そんなこといわれてもなー.......)
正直ショウにしてみれば、何かすごいことをしたという実感はなかった。吸血鬼の腕力で剣を振り回したに過ぎないからだ。
でもそれが傍から見たらすごい事だったのかもしれない。腕力で振り回しただけだと言っても、その腕力が規格外に強ければそれは相応の威力を剣に与えるのだから。
一般人が剣を振り回すのとは違うのだ。素人からしてみればショウの剣捌きは凄腕剣士のものに見えたのだろう。
ちらりと係員の顔を見る。
表情は真剣そのもの。嘘や冗談などで言っているのではないと分かる。
だからこそショウは悩む。こんな真面目に質問している人に、努力なしで力を手に入れた素人が適当に答えてはいけないのだ。
だからといって何も答えないのはかわいそうである。そこでショウは――――
「もちろん。努力すれば立派な剣士になれるさ」
一般的な答えを返した。
間違ったことは言っていないはずである。だからといって正しいというわけではないだろうが・・・。
「は、はいっ!!ありがとうございます!頑張ります!!このザイン・フェルベル、立派な剣士になることをあなたに誓います!」
「う、うん・・。がんばって」
真っ直ぐな瞳で元気よく返事をするザインに引きつつ、ショウは再び出口を目指す。
後ろでザインが何度も「ありがとうございます!!」と繰り返し叫んでいる気がするが、気のせいだと思うことにする。
「まっ!待ってくれぇ!!」
「ん?」
ザインとの会話のすぐあと、出口に差し掛かったところで再びショウに声がかかる。
ヒューヒューと音をたてながらやってきたのはドイド。奴隷商人のドイドが走ってやってきた。
「ああ、ドイドさん。どうしました?」
わざとらしく問いかけるショウ。
ドイドが会いに来た理由などリードの事以外にあるわけがない。おおかた、返してくれとでも言うつもりだろうとショウは予想する。
ドイドは苦しそうに息を乱しながら、汚れた布で顔の汗をぬぐう。
ようやく息を整えると、伏せていた顔を上げ、ショウに視線を向けた。
「ええ、お客様・・。あのぉそのホブゴブリンのことで――」
「ああ!約束通りいただきました!それが何か?」
ドイドの言葉をさえぎり、ショウは言葉を発する。ドイドの表情にいつもの営業スマイルはない。
「いや、ええ、まぁ・・そのぉ・・・そのホブゴブリンの死体を返していただくわけには・・」
「え?どういうことですか?まさか――」
「約束をお忘れになったんですか?」
「!!」
一拍置いて放たれたショウの言葉を聞いてドイドはたじろいだ。
目の前の少年から発せられる圧力は少年のそれではない。なにかもっと強く強大なものであった。
「えええっとですね!!そのぉお・・・」
再び流れ出る汗を拭うドイド。
声は震えており、その恰幅のいい体は蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。
(なんだ!!なんなんだ!これは!!)
自分はそこそこ腕の良い商人である。
今までいろいろな客を相手に商売をしてきた。中には身分高い人も、裏社会の人間もいた。
だからといって決して怯んだりせず、持ち前の営業スマイルと話術、交渉術で自分に有利な取引にしてきたのだ。それが自信であり誇りだった。
そんなドイドをして、こんな客とは出会ったことはなかった。
今まで出会ってきたどの客よりも危険だと自分の本能が告げている。‘逆らってはいけない’と体が震える。
長い商人生活の中で最大の、まるで人間ではないかのような恐ろしさをもつこの少年に、ドイドが為す術はなかった。
「じょ、冗談ですお客様!!それはあなた様のモノです!はい」
「なーんだそうですか!ありがとうございます。では!」
白々しくお礼を言って、ショウは闘技場を出た。
その姿を礼をして見送るドイドの姿はまるで王に仕える臣下のようである。
かつて対等だった客と商人の賭けは、客の勝利という結末を迎えたのであった。




