第20話 VSリード③
――――エリート・レント、闘技場、VIP席
「なっ・・!!」
ショウとリードが闘う闘技場。そのVIP席でマル・ドイドは瞠目した。
VIP席は一般の観覧席と違い、個室のようになっていて、壁の一部はガラス張りで、試合の様子を上から一望できるようになっている。
ドイドは選手提供の特典で、ここへの入場はタダである。
またドイドと同じ理由ではないが、様々な権力者―たとえば貴族―などが無料で入場し試合を観戦していた。
なので、そこそこ有名な奴隷商人のドイドが、適温の室内で汗を流しながら驚いた声を出せば、声をかけられることは当然であった。
「どうかしたのかね?ドイド君」
「…お、オードン伯・・いえ何でも」
得意のスマイルで対応するドイド。しかしその笑顔にはいつものキレがない。
「大丈夫かね・・汗が出とるようだが、これで拭きたまえよ」
差し出されたのは白いシルクのハンカチ。明らかに高級品である。
「いえ、!それには及びません。自分のがありますので」
そう言ってドイドはポケットを探る。
取り出したのは汚れた布。節約できるところは節約するという信念の象徴品である。
「そ、そうかね・・ならばいいんだ」
汚れた布で汗を拭くドイドを見たオードンは苦笑しその場をさった。
それを終始笑顔で見送ると、すぐさま視線を闘技場に戻す。
拭いても拭いても流れ出る汗を吸ってどんどん布は汚れていくが、そんなことはドイドにとってどうでもよかった。
(くそ!どういうことだ!聞いてないぞ)
心の中で罵倒するドイド。その対象は目下試合中のショウである。
(どう見たってただの町人ではないか!百歩譲って新米冒険者だ!どちらにしろホブゴブリンの敵じゃない!なのに――)
なのになんだあの強さは!これがドイドが抱いたショウの感想であった。
見た目は頼りなさそうな少年である。しかしその外見とは裏腹に、屈強な戦士をも圧倒したホブゴブリン相手に互角に渡り合っている。
ホブゴブリンが剣を振るえばそれを受け止め、すぐさま反撃をする。
まさに戦士同士の戦い。ショウの技は冒険者の・・ましてや町人のモノなどではなかった。
試合が始まった時、つばぜり合いをしたところで少しおかしいと思った。
‘剛腕”のダイン。闘技場のエース。その力量は街の誰もが知っている。
そんな名の知れた戦士がホブゴブリンとつばぜり合いをえんじるのはわかる。実際、前回の試合でそれは起こっていたのだから。
だからこそ、疑問を抱いた。「筋力も体格も武器も違うホブゴブリン相手に、ただの町人がそんな真似ができるのか」と。
ドイドは戦士ではない。正直闘いの事などからきしであった。
ゆえに「そんなこともあるかな」と思い始めたところで、すぐにその考えはかき消された。
ただの町人であるはずのショウが、ホブゴブリンと斬り合いを始めたからだ。
最初は攻撃を受けるだけ。だが徐々に、攻撃をはらい、少しずつ避け初め、しまいには反撃を加えられるレベルにまで到達した。
席に座っていたはずなのに、いつの間にか立ってガラスに張り付く勢いで見てしまっていた。
手は湿り、額からは汗が流れる。
ドイドはもはや落ち着くことは出来なかった。このままでは、もしかすると・・・
「ホブゴブリンがとられる・・・」
か細い声で消え入るようにつぶやく。
もしショウが勝つことがあれば、ホブゴブリンは死体となり、そのままショウのモノになってしまう。
試合を中止させるか?いや観客の反感を買う。約束を反故にして、別の死体収集家に売るか?否、そんなことをすればホブゴブリンを下した相手と敵対することになる。
「もう…勝つしかない」
ドイドは密かにリードの勝利を祈った。
リードが勝てば、闘技場の収入は存続し、ショウは敵にならず、小鬼人の死体をタダで渡す必要はない。
そんな祈りが通じたのか、それともただの偶然か、応えるようにリードの攻撃はより激しくなっていくのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ウオオォ!!」
気合いのこもった発声と共に上段から振り下ろされる両手剣の一撃。
「ああぁあ!!」
それを防ぐ片手剣。同様に気合いがこもっている。
「ハァ!」
「はっ!」
間髪入れずに別方向から両手剣が振るわれ、それをすぐさま片手剣で防ぐ。
わずかな隙を狙って、片手剣が攻勢に転じる。その攻撃を両手剣が防ぐ。
めまぐるしく攻防が入れ替わり、お互いに全力で剣を振るう。
ショウとリードからは疲労の吐息が絶えず漏れるが、両者とも気にせず吠える。
それは闘志の現れ。気合いの象徴。
互いに互いを倒す、いや、殺すという意志をもって戦っている証拠である。
試合が始まって以来二回目のつばぜり合い。それを終えて、激突した後からずっと同じ展開である。
リードがもらした「全力を出す」という言葉通りに、それ以降の彼の動きは、今までのそれとは比べ物にならない程であった。
今まで同様、流れるような剣技はそのままに、一撃一撃の重みは増し、その気迫は睨むだけで人を殺せると思わせるほどである。
リードは確かにドイドと約束し、闘技場で闘うことは了承した。
だが、彼はむやみに相手の命を奪うつもりはなかった。
理由として、手加減しても大抵の人間には勝てるので、わざわざ殺す気でかからなくてもよかったという事が一つ。
しかしそれ以上に、リードは人間という存在に少し期待しているということが大きい。
リードと闘い約束までした冒険者。そうリードはその冒険者のように、闘えば互いを認め合うことができるのではないかと考えているのだ。
前回の闘技場の試合。
リードはその考えの元、ダインと闘った。結果は―特になし。何も感じなかったのだ。
そして現在、ショウの言葉によってリードは思い出した。自分が冒険者と闘った時は全力だったことを。
互いの命を懸けた削り合い。それを終えたからこそ、リードとその冒険者は分かり合うことができたのだ。
そして今、リードの目の前にはショウという全力をぶつけられるだけの相手がいる。
リード同様その顔は気迫に満ち、剣撃は鋭さを増している。
初めはリードの剣を受け止めるのに精いっぱいだったのに、今では互角に打ち合えるようになったショウ。
これ以上の相手はいるだろうか?いや、いない。
リードが今すべきことは、ただショウに向けて全力を出すこと。
ショウの言っていた話の真偽などすでにリードの頭からは抜け落ちていた。
∥∥∥∥∥∥∥∥∥
「ふっ!!」
短く息を吐き剣を振るう。
それはすぐに両手剣に受け止められるが、気にせず次の攻撃に移る。
先程からこれの繰り返しである。しかし片手剣をショウは夢中で振るう。
楽しい。
ショウの中で湧き上がる感情。
心の中で言語化、頭の中で思考などせずともショウは感じていた。
この剣を振るって繰り返す攻防。例えるなら、1VS1で行うスポーツのような感覚。
相手の動きを読み、防御。隙を見つければすかさず反撃。
こんなことを素人のショウができるのは、吸血鬼の恩恵である視力と高い身体能力のおかげである。
足りない技術を身体能力(力)で補い、その視力で相手の動きを読み取れるからこその芸当。
しかし、それだけでは当然、技に優れた―スポーツで言うところのプロ選手―にかなうわけがない。
ではここまで互角に闘える理由は何か。
それは成長であった。これはショウ自身も気づいていないことだが、彼は無意識にリードの動きをまねて、自分自身に取り込んでいっているのだった。
剣を振るときの踏込。避けるときのステップ。防御するときの構え。
これができるのもまた、吸血鬼の視力のおかげであると言えるが、それ以上にショウ自身の吸収力であるとも言える。
その学ぶ姿勢はまさに学生のものであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はっ!!」
ショウはリードのごとく踏み込み剣を振るう。
その一撃は吸血鬼の膂力によって重く早く、防御する両手剣にあたる。
ギイィイィイン―と甲高い金属音が鳴り響く。
ここまでは今までと同じ攻防。ここからさらに踏み込んで追撃するか、リードが反撃するというのが通例である。
しかし今回は違った。リードがよろけたのである。
(チャンス・・・!!!)
ショウはすぐさま剣を上段に構えると、両手で握り勢いよく振り下ろした。
剣はリードの赤い体に真っ直ぐに向かっていく。
剣を振るショウ、周りの観客、そしてVIP席のドイドまでもがリードの敗北を予感した。
――――≪ゴブリンの一撃≫
突如、ほのかに赤く光をまとったリードの両手剣がショウの攻撃よりも早く、ショウ目がけて振るわれた。
咄嗟に方向転換し、攻撃から防御に役目を変えた片手剣は両手剣と激突―剣は半分に叩き斬られた。
驚いてわずかに硬直するショウ。
その隙に体勢を立て直したリードはすぐさま追撃―とどめの一撃をふるった。
―――賭けであった。
ショウの攻撃にリードはよろめいた。これは隙を見せて攻撃を誘う作戦などではなく、本当によろめいたのだ。
もしこれがリードでなければ、襲いかかるショウの追撃に対抗せず諦めたかもしれない。
しかしリードは群れの長。そう簡単に命を諦めては長ではない。少なくともそう考えてきた。
その考えのおかげで、ほとんど無意識に、生き延びるために最良の一手を繰り出せた。
≪ゴブリンの一撃≫
小鬼族固有スキル。自身の力に応じた一撃を放つ。
スキルの発動。
この≪ゴブリンの一撃≫は生まれながらに持っていたスキルである。
連発は出来ないが使い勝手はよく、最初から持っていたので今まで何度も使っていた。
ショウが≪蝙蝠移動≫を使う内に扱えるようになったように、リードもまた≪ゴブリンの一撃≫を使い続けることで、スキルの熟練度を上げていたのだ。
その一撃は小鬼のモノにしては強力で鋭すぎた。
慣れ親しんだスキルの発動はスームズで淀みなく、使用者の意思のままに動き、片手剣の刀身を両断するにまでいたった。
そして今、攻守は逆転し、リードはとどめの一撃をショウに振るっている。
(これで終わりだ!!)
キイィィイィイン
硬質な音が響く。それは刃と刃がぶつかった音に似ていた。
振り下ろされた両手剣。ショウの身体を斬るはずだったその刃は、ショウの手、否、爪によって防がれていた。
「なっ――!」
「うおおおおぉっ!!」
リードの驚きの声をさえぎり、ショウは剣を振るった。
その刀身は短く、何かに濡れているのがおかしかったが、その剣捌きは本物。
闘いの中でリードから学び、自分のモノにしたその剣技はしっかりとリードの身体を斬り裂いた。
リードの身体からは血が流れ、周りからは観客の歓声が飛ぶ。
闘いの疲労のセイか、限界が来たからか、リードはふらふらとよろめきそのまま倒れ込む。
地面に倒れるまでの数秒、薄れゆく意識の中でリードは笑った。
その表情は一切の不満がない安らかなものであった。
『決着ーーーーっ!!勝者はショウーー!!ツダぁああ!!』
リードが倒れたタイミングで、フィールドにでてきた司会の、試合の終わりを告げる声が響いた。




