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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第一章
18/110

第17話 試合開始

(そろそろか・・・・)


 声で空気が震えている。

この現象は前も味わっている。意味するのは自分の出番だということだ。

目の前にある入口を抜ければ、そこには石を手に持った男が立っているはずだ。

この空気を震わせるほどの大声の元は、きっとその石にあるとにらんでいる。

 闘う前に自分の手を見てみる。

赤くごつごつしているその手だが、それは歴戦の戦士の証。闘う男の手だ。

器用なことは出来ないように見えるその手だが、同胞に比べればましだと思う。

同胞の手はさらにごつごつしていて太く、それこそ全く器用なことなどできやしないだろう。

 だからこそ自分が必要なのだ。

手だけではなく、頭まで不器用な同胞たちのために、自分という存在が、リーダーが必要なのだ。

『ドイド』という人間が用意した闘技場という闘いの舞台。

その場で百連勝すれば同胞たちを解放してくれると約束してくれた。


(あと、99勝・・・。)


 そのことを考えるたび、拳に力が入ってしまう。

人間は基本的に好きではない。だが―

ちらりと自分の両手剣グレードソードを見る。無骨だがいい出来である。

かつて人間に勝ち、預けられたソレは今では自分の愛用の武器にまでなった。

そう彼は知っていた、人間にも話の分かる良い奴がいると。だからこそ撃退する以外では人間は襲わないし、ドイドという男の言葉も信じることができた。

 当然、だからといってドイドを許しているわけではない。

突如森にやってきて、群れを襲い同胞を捕えたやつを許せるわけがない。

今でも思い出す、あの時の光景。

後悔しなかったときはない。もしあの時、狩りからもっと早く帰って来ていれば。もしあの時、同胞たちともっと連携していれば。もしあの時―

考え出せばきりがないほど後悔するポイントはある。

しかしこれは不毛というものだ。過去に戻ることは出来ない。今やるべきことは闘技場で勝ち抜くことだ。

 目を閉じ深呼吸する。闘いの前の精神統一である。

前回闘った相手は大したことはなかったが、油断はしない。人間が強いということは知っているのだ。

考えることは、同胞を助け出すことだけでいい。

もう一度息を吸い吐き出す。

頭は冷静で、内には闘志がほとばしる。


「おい!ゴブリン!出番だ」

「・・・わかった」


 闘いの準備ができた、ちょうどいいタイミングでお呼びがかかる。

腰に布を巻きつけ、それ以外はさらけ出し歩く。

背中に両手剣を背負って歩くその姿は、まさに戦士のモノであった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

(緊張するな~!!)


 係りの人に案内され、ショウは通路を歩く。

闘技場のフィールドへと続くその道は、上の観覧席に比べ静かである。

先を歩く係りの人とも会話がなく、若干気まずい雰囲気がある。


(まあやれることはやったし、大丈夫だろう!)


 まるで現実から逃げるかのごとく、ショウは思考する。

内容はもちろんゴブリン救出作戦についてだ。

計画はいよいよ大詰めである。昨夜、ゴブリンのバルに≪解放の印子≫を渡すことができたから、今のところ順調だと言えるだろう。

バルには「隙を見て逃げ出して、森の中で待て」と言ってある。

うっかり、ゴブリンたちの脱出の事までは考えていなかったショウだったが、バルが「まかせろ」と言っていたので信じることにしていた。

闘技場の試合があるときは、街の住人のだいたいが見に来ているので、普通の日より見つかる可能性は低いというのが幸いである。

 奴隷ゴブリンの解放はうまくいった。

あとは、ホブゴブリンの解放。『森蜘蛛フォレストスパイダーの毒』の使用である。

計画では、観客にばれないように武器に、木の小瓶に入った麻痺毒を塗り、それでホブゴブリンを攻撃。ホブゴブリンを仮死状態にし、死体扱いをしてドイドから解放することになっている。

だが今になって、その計画に若干不安を抱き始めていた。

それは、観客にばれないだろうか、といった今さらなものや、スムーズに毒を取り出せるか、といった小さなものまである。

本当に今さらだがしょうがない。なにせこの毒には制限時間があるのだ。

 『森蜘蛛の毒』は空気に触れると、数秒で毒の効果がなくなりただの液体となる。

人間の大人でさえ、くらえば仮死状態になる『森蜘蛛の毒』。ひいては、それを操る森蜘蛛フォレストスパイダーが、それほど危険視されないのはこういうわけであった。

くらっても死に至るものではないし、弱点も分かっているのだから当然警戒も薄くなる。それに森蜘蛛フォレストスパイダーも、普通の蜘蛛よりは体が大きいが、所詮それは蜘蛛の域を出ない程度だ。

ただ、あまりにも軽視されているため、侮った新米冒険者が毒をくらうのはよくある話の一つである。


「ではここで、身体検査を行います。まあ軽くですから心配しないでください。」

「あ、はい!」


 思考にふけっていたショウ。その前を歩いていた係り員が立ち止まり、ショウに話しかける。

咄嗟に返事をしたショウは、遅れて言葉の意味を理解する。


(身体検査~!?)


 やばい。とにかくやばい。

ここが素人の考えた計画の甘さである。

通常ならば対策を考えて然るべきであるこの点、ショウは何も考えていなかった。


「では、確認させて頂きます」

「・・・はい」


 ごくり、とつばを飲み込む。

緊張で足が震えそうになるが、必死に抑え冷静を装う。

ここまで来たら神頼みしかないとショウは心の中で祈った。どうかポケットの中の毒に気づきませんように。

 係り員のてが軽く肩に触れ、次いで胸、腰、と移動していく。


「ん?」

(ひっ・・)


 軽く叩くように、タン、タンと軽快に移動していた係り員の手が、ショウのズボンに触れて止まった。

声を出しそうになる口をあわてて塞ぎ、係り員の挙動に注目する。

最悪、この人を気絶させなければいけないと覚悟しつつ、ショウは動きを見守る。

緊張の面持ちとなったショウに、係り員は顔を向け口を開いた。


「このズボン、素晴らしい生地ですね!なめらかで、防寒にも優れてそうだ!縫い付けもしっかりしていますしコレはお高かったでしょう?」

「えっ?えーまあ・・・そこそこですかね」


 4500円です。とはいえずに適当にはぐらかす。

服が好きなのか、その係り員は感心したようにショウのズボンを見る。

どうかそのまま気づかないでくれ、とショウは強く願った。気づかないのなら、このズボンをあげてもいいとさえ思った。


「いやーほんとに素晴らしいですよこれ。いつか僕もこういうもの手に入れたいですね~」

「できますよ・・・きっと・・」


 緊張から若干震えた声で話すショウ。


「ははっ!ありがとうございます。さて、とよし!これで身体検査おわり・・ん?」

「・・・・・」


 笑顔で話していた係り員の言葉が途切れる。

ぼろを出さないように、ショウは口をつぐんだ。

緊張で鼓動は高まり、バクバクと音を立てている。

どうかまた、毒に関係ない、それ以外の事であってくれと願うばかりである。


「あの、そのズボンのポケットに入ってるのは―」

「せいっ!」


 係り員が言い終わるよりも早く、ショウは手刀を振り下ろした。

恐ろしく早いソレは、係り員の首裏に直撃し、彼の意識を刈り取ることに成功した。

糸が切れた人形のように倒れた係り員。それをしたショウはこらえていた息を吐き出すように荒い呼吸を繰り返す。

落ちついたところで係り員の状態を確認するが問題ない。意識を失っているだけで、呼吸は正常である。

ふうー、と安堵から息を漏らすと、係り員を通路の壁にもたれかからせる。

どうかこの記憶を失っていますように、と念じることも忘れない。


「さぁ!行くか!」


 何事もなかったかのように歩き出すショウ。

その背中はすがすがしいほどにまっすぐだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『お待たせいたしましたー!!これより試合を開始いたします!』


 闘技場内を拡声器を使ったかのような声が響く。

発しているのは、フィールド中央にいるピシッとしたスーツのような恰好の男だ。

その手に持つのは魔法、≪拡声ボイス≫が封じ込まれた魔石である。

この魔石のおかげで、その司会の声は闘技場中に響き、観客席から、VIP席。さらに、選手の控室まで届くのだ。


『前回より一日しか空いていない今回の試合。皆様にも思うところはあるでしょう!

 決して安くはない観戦料。短期間での観戦は皆様の懐を痛めてしまう。それは重々承知しております!ただ!ただ!!私は言わせていだだきます!後悔させないと!

 我々はその観戦料に見合った試合を!興奮を!満足感を!皆様に提供する自信があるからです!!

 ですので、どうか皆様!どうか思うままに、感じるままに!・・この試合を楽しんでいただけたらと思います!』


 司会の強い言葉に観客席から歓声が上がる。

司会の言うことはもっともだが、そんなことはここに来ている時点で既に承知していることである。

この歓声は試合が待ちきれない町人たちの心の現れであった。


『では!紹介させて頂きます・・・。今回の猛者たちの登場です!

 東!いまだ記憶に焼きつくあの剣技。圧倒的な力で‘剛腕”をもねじ伏せた赤い鬼・・・ホブゴブリンです!!』


 ワッと歓声が沸き、誰もが入口に注目する。

現れたのはまさに赤鬼。腰に布を巻き、背中には両手剣を背負い歩く。

その引き締まった筋肉は自らの強さを示すようにたくましい。

前回の‘剛腕”ダイン戦。その見事な勝ちっぷりからついたファンの歓声には目もくれず、ただ黙々と所定の位置へと歩き続ける。


『続きまして西!

 今回闘技場初出場!剛腕をのした相手に一歩も退かず、挑戦するその雄姿はいかに!?

 旅人、ショウ・ツダ――!!』


 歓声ではなくざわざわと話しながら観客は入口に注目する。

現れたのは、平凡な少年。体格も普通で、服も一般的なものである。

腰に下げた剣が不似合だし、とてもホブゴブリンと互角に闘えるほどの力があるようには思えない。

当の本人であるショウは、そういえば旅人ということにしたんだったと考えていた。

 

『ルールは前回同様の1VS1のルールを適用します。

 時間は無制限で選手のどちらかが降参、または戦闘不能および死亡した場合に試合終了とします。

 投擲武器、魔法、遠距離武器の使用は禁止の近接戦となっております!!』


 選手の両名が所定の位置に着くのを確認して、司会は説明する。

この間は観客は黙り、緊張感だけが場を支配するのだ。


『大変永らくお待たせいたしました・・試合を開始いたします!

 レディー…ファァァアイッッ!!』


 掛け声と同時に司会は姿を消す。

互いの武器を構えた、ショウとホブゴブリンは得物をぶつけ合いつばぜり合いをした。


「よう・・名前は?」

「なに?」


 得物に体重をかけつばぜり合いながらショウはホブゴブリンに話しかけた。


「名前だよ!教えてくれ」

「・・・リードだ」

「そうかリード。俺はショウ!よろしく!」

「ふんっ!」


 わずかに笑うとホブゴブリン、リードは両手剣をふるう。

誰もが当たると思ったその攻撃は、ショウが後ろに跳躍したことで回避された。

ホブゴブリンの圧勝だと考えていた観客の誰もが驚き、熱狂した。

リードもまたショウへの警戒を強める。

 試合は始まった。同時に、ショウの計画も進行するのだった。


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