第16話 ゴブリンの説得
暗く静かな部屋。
窓から月光が漏れ出ているから、実際はそこまで暗くないはずだ。
それでもなお部屋が暗く感じるのは、きっと気分のせいだろう。
せまいせまい檻の中で小鬼のバルは思った。
彼が今いるのは檻の中。それも奴隷商人の物である。
彼だけではない。その檻の中には同胞である他のゴブリンたちもいる。
皆、うなだれており誰一人として声を発するものはいない。
それはバルも同様であった。自分の死を悟っているからだ。
二日前、自分たちをとらえた『どいど』とかいう人間が、別の人間と話している時に聞いたのだ。自分たちは処理されるということを。
処理。
自分たちゴブリンには馴染みのない言葉だが、意味はだいたい予想できる。
その予想を裏付けるように、かつて周りの檻にいた人間たちは、次々と連れ出され戻って来たやつはいなかった。
これこそが「処理」。きっと皆死んだのだ。
そしてその「処理」が自分たちにも明日行われる。
それを知って元気でいられるやつがいるだろうか。バルには到底いるとは思えなかった。
それを証拠に、生まれたときから共に森を駆け回り、助け合ってきた仲間たちの、一緒に飯を食った家族の、かつての快活さは見る影もないのだから。
(長・・・)
バルは思う。自分たちのリーダーの事を。
狩りとなれば先陣を切り、人間が来れば撃退する長の事を。
長は頭がよく、強く、たくましい。群れのみんなの憧れである。
長の言うとおりにして悪かったことなど一度だってなかった。
だからこそ今日の今まで信じてこれたのだ。
捕まった時だって、『必ず俺が救ってやる!少しの間だけでいい、耐えてくれ!』と強い言葉を言ってくれた。
その言葉を信じていたからこそ、劣悪な環境にも耐えることができた。
しかしもう無理だろう、とバルは思う。
いくら強くて頭がいい長でも、自分たちを助けるのはもう無理だろう。
だからといって長を恨みはしない。長が無理なら誰だろうと無理なのだから。
もうバルはすっかり死を受け入れてしまった。
生きる気力などすでに消え失せている。今思うのは、人間たちが攻めてきて捕えられたあの時、長が逃がした同胞たちの無事だけであった。
「ドウニカ生キ抜ケ…我ガ同胞」
バルは目をつむり、せまい檻の中で祈るようにつぶやいた。
小鬼には神も信仰心もない。ただもし神がいるのなら、どうか家族を救ってほしいとただただ祈るのみだった。
バサバサッ
バルの耳に何か、翼がはためくような音が飛び込んできた。
(まさか、そんな・・・)
そんなバカなことがあるわけがない。
日々信仰しているのならともかく、気まぐれに祈っただけの小鬼に神が現れるわけがない。
だがしかし、期待をせずにはいられなかった。
もし、本当に現れたのが神で、自分たちを救ってくれるなら、そんなことがあり得るのなら・・・・。
バルは淡い希望を抱きながらゆっくりと目を開ける。
そこにいたのは見たことがある顔の人間の姿だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふうーうまくいったー」
ショウは一仕事終えたかのように―出ていないが―額の汗をぬぐう仕草をする。
ショウが行ったのはスキル、≪蝙蝠移動≫である。
蝙蝠の群れとなって移動し、開いた窓からここ、『ドイド奴隷店』に侵入したのだった。
このスキルは、現在ショウが使いこなせる唯一のスキルであり、さっそく役に立ったことをショウは喜んでいた。
人型の状態ではくぐれない窓の広さでも、蝙蝠ならばたやすく抜けられる。
これでドイドに見つからず、ゴブリンたちに≪解放の印子≫を渡すことができるわけであった。
計画の進行は順調である。
満足気に微笑んでいたショウは前方から視線を感じた。
見るとそこには驚いたような表情で自分を見る、1人のゴブリンの姿があった。
(おっとっと、笑ってる場合じゃないな…。ここが一番重要だ。どうにかして俺の事信じてもらわないと)
何事も最初が肝心である。
人に信じてもらうには、やはり友好的に話しかけた方がいいだろう。
慎重に、慎重にと自分に念じながら、ショウはゴブリンとの会話を始める。
「こ―」
「何シニ来タ!人間!」
出鼻を挫かれた。
ていうか怒り過ぎじゃないだろうか。たしかに奴隷にされたのだから人間を憎んでて然るべきではあるが、それにしても反応が過剰だとショウは思った。
しかしこれはショウは悪くなかった。
たしかに怒鳴ったゴブリンのバルは人間が好きではないが開口一番に怒鳴るほど憎しみを覚えているわけではない。
ただ、ないとは思いながらも、万に一つでも神が助けに来た可能性を与えられた状態で、現れたのが人間であったなら怒ってしまうのは仕方のないことだといえよう。
そんなバルの事情を知らないショウは、今度こそという不屈の精神を持って、再び会話を試みる。
「こんばんは。話があってきた」
「話ナド無イ!帰レ」
「いや、俺はある―」
「帰レ!」
瞬間、ショウの中で怒りがわき上がった。
「黙れ」
低く威圧がこもったその声に、バルは思わず身を震わせた。
バルは森で生活していた頃、何度も人間たちと遭遇している。
依頼を受けて討伐に来た冒険者。道に迷った村人など。
だがそのなかの誰からもここまでの威圧感と迫力を味わったことはなかった。
ショウもまた、自分がここまで迫力のある声が出せたことに驚いていたが、おかげで怒りは少しおさまり、冷静に話せる程度にはなっていた。
「いいか、俺はお前たちを救けに来たんだ。あとちなみに吸血鬼だ、俺は。」
「救ケニ?ヴァン・・パイア?」
ショウの言葉のおかげか、素直に話を聞くゴブリン。
しかしどうも話がつかめていないようだ。仕方なくショウは一旦話を切り替えることにした。
「えーっと、お前名前は?」
「・・・・・バル」
「そうか。俺はショウ。よろしく」
「・・・・」
返事はなかった。
だが「帰れ」と言われなくなっただけでも、良いというものだ。
「…さっきも言った通り俺はお前らを救けに来たんだ。ここまでいいか?」
「証拠ハ・・」
「ん?」
「証拠ヲ出シテクレ。吸血鬼トイウノモ信ジラレナイ」
「あぁなるほど―≪蝙蝠移動≫」
スキルの発動と共に、一瞬だけショウは体を蝙蝠の群れと成した。
突如として蝙蝠になった目の前の人間に目を見開いて驚愕するバル。同時に吸血鬼だと認めるしかなかった。
「これで俺が吸血鬼だって信じてくれたかな?バル?」
「アア・・ソレハ信ジヨウ。ダガ、ソレデハ我等ヲ救ケル証拠ニハナラナイ」
「わかってるって!そんなにあわてるなよ」
片言の癖によくしゃべるな、と思いつつショウは荷物をあさり、取り出したものをバルに見えるように突き出す。
「コレハ何ダ?」
「これは≪解放の印子≫っていうもので、お前たちをその首輪から解放するものだ」
「何ダト・・」
バルは思わず自分の首輪を触る。
この自分を抑える忌々しいものから解放されるなら、これ以上にいい事はない。
今すぐ解放されたいと≪解放の印子≫に手を伸ばそうとする右手を抑え、バルはショウを睨む。
バルにとってショウはまだ信用できる人物ではない。しっかりと見定めなくてはいけないのだ。
「救カルノカ・・?」
バルの後方から声がした。
見ると先程まで生気を失った顔で、うなだれていたゴブリンのうちの一人がしゃべったのだった。
「マダ生キレルノカ?」
「信用デキルワケガ無イ」
「ダガモシ本当ナラ・・・」
それが口火を切ったように、続々と周りのゴブリンたちが話し始める。
差し出された救いの手が信用できるかどうか、思い思いの言葉を交わし合う。
「黙レ!俺ガ話シテイルンダ」
騒がしくなってきたところをバルが一喝。辺りには再び静寂が訪れた。
様子を見ていたショウは、バルは力があるゴブリンなんだなと感じていた。
「ショウ・・トカイッタナ。ナゼ我等ヲ救ケル?人間ジャ無イカラトイッテ仲間トイウワケデハナイダロウ。」
バルのもっともな意見に周りのゴブリンたちも同調して頷く。
それを見て短く息を吐くと、ショウは口を開いた。
「俺が助けられたからだ、ゴブリンに。」
「小鬼が人間ヲ?」
信じられないと驚いてみせるバルを見て、ショウは思わず微笑む。
「まあ信じられないよな。だが事実だ。
そのゴブリンは俺に飯を与え、寝床を与えて、夢を語ったんだ。そしてその夢は今じゃ俺の夢となった。」
「・・・・」
無言で見つめるバルを含めたゴブリンたちを確認すると、ショウは言葉を続ける。
「その夢とは、『ゴブリンを含めた亜人と人間の共存』。ゴブリンを亜人と認め人間と同じように生活することだ。」
「ソンナ事―」
「無理じゃないさ。事実、俺とゴブジイ・・その助けてくれたゴブリンは一緒に生活することができたからな。」
またも驚いてみせるバル。
にわかに信じがたい話だが、相対する吸血鬼、ショウの表情が、声色が真実だと告げている気がする。
「我等ニモソレニ協力シロト?」
「正直協力はしてほしい。だが強制はしないし、どちらにしろ助けるつもりだからな」
「ウーム・・・・」
ショウの言葉にわずかに悩んだ様子を見せ、バルは口を開いた。
「分カッタ・・・。トリアエズオ前ヲ信ジヨウ」
ざわっと周りのゴブリンがわく。
バルの意見に賛成の者、反対の者と一斉に自分の意見を述べるが、前回同様バルは怒鳴って黙らせた。
「いいのか?」
「アア・・ダガ、我等ハ長二従ウ。モシ長ガオ前ノ意思二反シテモ、俺ハ長ニツクツモリダ・・・ダカラ―」
「大丈夫だ。俺はお前らの長のホブゴブリンも助けるつもりだし、説得もして見せるからな。」
「・・・ソウカ、ソレハ・・嬉シイコトダ。長ガ、『人間にも見所のあるやつはいる』ト言ッテイタガ、オ前ノ様ナ奴ノ事ヲ言ウノダロウナ。」
「おお!それはいいことを聞いた。お前より説得が簡単そうだな」
「ヌカセ」
ショウは笑い、バルは微笑を浮かべた。
「よろしく頼むぞ、バル」
「アア。長ヲ救ッテクレ、ショウ」
握手代わりに≪解放の印子≫を受け取ると、バルは少しだけ笑った。
その表情には先ほどまでの死を受け入れた、力ないものではなかった。
突如現れた神のまがい者は、少なくとも、笑顔にするだけの力はあったようだった。




