第15話 ドイドとショウ
「ふぅー、こんなもんか」
マッシャルディーナ王国の都市、エリート・レント。
太陽が照りつける朝、都市の中ではひと際賑わっていると噂のその街のある店で、マル・ドイドはつぶやいた。
額には汗がにじんでおり、体は火照っている。
動くたびに揺れる腹の肉を抑えながら、ドイドは額を布で拭った。見れば布は汗を吸って黄色く変色している。
気にせずもう一度拭うと、上着のポケットにそれをねじ込む。
客商売にしては、その行動に清潔感の欠片もないが、どうせ見えないからとドイドは気にしない。
稼げるところで稼ぎ、抑えられるところで抑える。それがドイドの信条であった。
ここは『ドイド奴隷店』。その名の通り奴隷を扱うドイドの店である。
といってもすでに看板は下ろされており、傍から見ればそれは店でなく、単なる建物である。
もともとドイドはエリート・レントに店を構える商人ではない。いわば行商人であり、元々この建物は借りていただけであった。
各地を回り奴隷を仕入れては、富裕層の厚い街に行き、それらを売り払う。
売れ残りは処分するか、闘技場に戦奴隷として出す。
ドイドにとってエリート・レントは次に奴隷を仕入れるまでの休憩地点。もしくは闘技場がある小遣い稼ぎの場程度の価値しかない。
何度も来ているから知り合いも増えており得することもあるし、闘技場の稼ぎは存外悪くないが、主な稼ぎ口はやはり奴隷の販売なので、どうしてもそれ以上価値を上げることはできなかった。
(奴隷が売れたらこれ以上にない程のよい街なんだが・・・)
大国の都市なだけあって店も多く、医療系などの設備も充実している。
街には冒険者組合もあり、また警察機構の兵士たちもいるので、街の外も中も治安はすごく良い。
これほどの町は他にはあまりないだろう。
思いつくところであれば、近隣のガルディアス帝国。そこから北にあるダンデンド王国。あと可能性があるとしたら―ドイドは行ったことはないが―ドールデン山脈の向こう側にある亜人たちの国ぐらいだろう。
どれもこのティステル大陸に名を連ねる大国である。それほどの大国クラスの都市でないと同等と言えないというのがエリート・レントのすごいところであった。
「まあ結局、売れなければ意味がないがな・・・」
「あのー」
「はぁあいい!?」
ドイドは驚きのあまり座っていた椅子から立ち上がった。
どうやら考え事をしていたせいで、来客に気づかなかったようだ。
自分を戒めるように唇をかみしめ、客の方に顔を向ける。
そこには昨日見たばかりの金貨持ちの少年の姿があった。
◆◆◆◆◆◆◆
「あのー」
「はぁあいい!?」
驚きで声を張り上げて返事をするドイドに、ショウも少し驚いた。
看板がなくなっていたのでおそるおそるといった感じで店に入り、ドイドに声をかけただけでこんなに驚かれるとは思っていなかったのだ。
「これはこれはお客様、どういったご用件でしょうか?」
気を取り直したドイドはいつもの営業スマイルを顔に張り付け対応した。
「いやーあの闘技場の試合の日取りを聞いてなかったなーと・・・」
「あー!わざわざ店にまで来ていただいてありがとうございます。
日取りですが、お客様はいつでもいいとおっしゃっていましたので明日に決めさせていただきました。」
「明日ですか!?」
「ええ。なにか不都合でもありましたか?」
「いや・・そんなことは・・」
「それはよかったです!私としても明日の方が都合がいいですから」
そんなドイドの言葉を聞き流しつつショウは思考する。
内容はもちろんゴブリン救出作戦についてである。
昨日ここに来たときは確かにいつでもいいと言ったショウであったが、今考えてみれば軽率であった。
いつ奴隷のゴブリンたちに、奴隷の身から解放するための≪解放の印子≫を渡すか決まっていないからだ。
闘技場の試合の日、ドイドが店にいない時を狙えばいいと思っていたが、細かな内容が定まっていない。
だからこそ試合の日取りを聞きに来たというのに、それはすでに明日に迫っていた。
ただちに計画を詰めなければいけない。ショウは必死に頭を回転させた。
「あの・・お客様?」
「え、あ、はい!なんでしょう」
「いえ…様子がおかしかったものですから。大丈夫ですか?」
「え、ええ…だいじょうぶですよ」
「そうですか・・・」
気まずい沈黙が流れる。
ショウは考えに集中し過ぎて、ほったらかしにしていたドイドが―心内ではまったくそんなことはないが―心配して声をかけてくれたのだった。
正直、ショウはドイドが嫌いだが、たとえ表面上だったとしても、心配してくれたことには感謝をしなければいけない。
その意を込めて会話するべく、ショウは計画の事はいったん隅に追いやり、会話のネタを探すべく店内を見渡した。
ドイドは大丈夫なら早く帰ってくれ、と思っていたが、そこまで見抜けるほどショウは感情に敏感ではなかった。
「あれ、そういえばなんか随分と片付いてますね。引っ越しですか?」
よくよく辺りを見渡すと昨日あったはずの物がほとんどなくなっていた。
「いえお客様。私は行商人でしてねここは定期的に借りる物件でして、私の物ではないのですよ。
そろそろ出発しようかなと思いまして、不必要なものは処分したんですよ。」
「あーそういうことでしたか。・・・それって奴隷もですか?」
「ええ。女たちは売春宿に。男たちは傭兵として商人たちに売りました。残っているのはゴブリンだけです。」
「そう・・ですか」
表情では冷静を保ちつつ、内心ショウは安堵した。
もしすでにゴブリンたちが殺されていたら、計画の大部分が失敗してしまうところであった。
ショウはホブゴブリンだけでなくゴブリンも救うつもりなのだ。ここにきて計画に支障が出るのは勘弁願いたかった。
「よかったらお客様、もう一度ゴブリン見ていかれますか?今度は少しだけお安くしますよ?」
「いや、あの―」
ショウが制止する間もなくドイドは奴隷が収監されている檻がある部屋へのドアを開いた。
そこには空の檻がいくつもあった。昨日そこにいた首輪をつけた奴隷たちの姿はなく、唯一変わっていないのは、部屋の奥の檻に入れられたゴブリンだけだった。
ゴブリンたちに生気はなく、断頭台に跪く死刑囚のようであった。
ショウは必ず助けると再度決意した。
「いかがですかお客様?」
「いえ、結構です。」
金の匂いを嗅ぎつけ、嬉々としていたドイドにショウは冷淡に言葉をぶつける。
ドイドは「そうですか」とつぶやくとドアを閉めた。
「ゴブリンたちは明日のいつ頃処分するんですか?」
「試合の後にしようかなと思ってます。傭兵たちに頼んでささっとね」
相変わらずの営業スマイルで質問に答えるドイド。
しかしその笑顔は心なしか少し歪んで見えた。
「そうですか・・・。今日は試合の日取りが確認できてよかったです。明日お会いしましょう。」
「ええこちらこそお客様。明日の活躍を楽しみにしております」
必要な情報を手に入れたショウは、踵を返して店の出入り口へと歩き出す。
「あ、そうだ!」
「?」
不意に立ち止まると、ショウは顔をドイドに向けた。
顔を向けられたドイドはまだなんかあるのかと思いつつも、表情には一切出さず営業スマイルで対応する。
「約束忘れてませんよね?」
「え、ええ・・もちろんです。私のホブゴブリンが死体になったらあなたの物ですよ」
それだけ聞くとショウは再び顔を出口に向け歩き出した。
その顔は自分の計画がうまくいくと思っているせいか笑顔である。
一方ドイドもその背後で自分の奴隷に勝てるわけがないと、営業スマイルとは異なる悪趣味な笑みを浮かべていた。
両者の思いが交錯する中、外では昼を告げる鐘の音が鳴り響いていた。




