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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第五章
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第95話 鳥人衆の務め

前回までのあらすじ


攫われたリーシャを追って、ショウ率いるリード、ガードそしてガランは、大陸を二分するトールデン山脈を超えるべく、モラン山の登山を開始した。道中、雪崩に見舞われ離れ離れになってしまった彼らは、各々で目的地に辿り着こうと動き出す。そんな中、モラン山に住まう鳥人衆と呼ばれる亜人に助けられたショウは彼らの住まいでリードと再会する。山全体が大吹雪で荒れる期間、凍山期の間、ショウとリードは鳥人衆の武者、バルドレの勧めで、彼らの集落に逗留することにした。

「ショウ殿、リード殿。某務めがありますゆえ、これにてご無礼つかまつる」


 モラン山、山頂付近の林の中にひっそりと建てられた鳥人衆バードリオンの集落。そこで凍山期コールドブレスの間過ごすことになったショウとリードは何をするでもなく集落を散歩していた。ついさっきまで、この集落随一の武者、鳥人衆バードリオンのバルドレが一緒に居たが、どこかへと飛び出ていってしまった。残されたのはショウ、リード、そしてバルドレの息子であるオセハ。バルドレは一日の殆どをそう言ってどこぞへと忙しなく行ってしまう。外は酷い吹雪だというが、一体どこに何をしに行っているのか、ショウには知らされていなかった。


「また何処かに行っちゃったな?」


「…父上は“空の担い手”ゆえ忙しいので御座います。皆に頼りにされる父を持ててオセハは嬉しゅう御座います」


 そういうオセハの表情は、言葉とは裏腹にどこか寂しそうに映る。強がってはいるが、オセハはやはり父親ともっと一緒に過ごしたいのだろう。群れ一番の槍の使い手である彼を毎々自慢げに話す彼を見ていれば、どれだけバルドレの事を尊敬し好いているのかよくわかった。たが、同時に頭目の息子としてわがままを言うわけにはいかない、と自分の気持ちを抑えているのだ。


 そんなオセハを見て、ショウの頭には幼き日の自分自身が思い起こされた。父親を八歳の時に事故で失い、泣く母を見て心中で母親を自分が父親の代わりに守らなければと、わがままを言わずになるべく母親を助けようとしていた過去。たが、本当は時には甘えたかったし、父親に会いたくなった日もあった。公園で父子が遊ぶ姿を見て寂しくなったり、学校の行事で両親が来ている友人家族を見ると悲しくなったりもした。きっと今のオセハは当時の自分と同じ心境なのだ、と勝手に彼に過去の自分を重ねる。


 異世界に来て久々に故郷をショウは想った。母親、再婚して出来た義父、種違いの弟、友人たち、親友の弘人、そして妃菜。彼らは元気にしているのだろうか、と少し感傷に浸った。


「…ショウ様?」


「…なんてもない。オセハ!バルドレが戻るまで何するか!」


「よろしいのですか?某、外の世界の話をもっと聞きとうごさいます!あと槍の稽古もしたいでござる!」


 ショウの言葉にパッと明るく表情を変えるオセハを見て、ショウは口角をあげた。こういう瞬間を見ると―ガランのようだが―『子は宝だ』とよくよく思う。


「もちろんいいぞ!ほらっ、この二本角の怖い人は俺の師匠でもあるんだ。たっぷり稽古つけてくれるぞー!」


「御手柔らかにお願いするでごさる…!」


 ショウの言葉に少し緊張した様子でオセハはそう言ってリードに頭を下げた。魔獣に襲われる中、彼を助けたのはリード自身。ショウの言葉以上にリードの強さをオセハは知っているのだろう。自分の目で見たリードの強さが自分自身に向けられることを想像して、少し怖がっているようだった。


「槍は得意ではないが…戦闘の仕方は教えられる。バルドレを驚かせてやろう」


 そう言ってリードはニッと口角を上げた。愛嬌があるというより強面の彼の笑みは、余計オセハの緊張を煽ったようで、オセハは身を固くした。その様子が可笑しくて、ショウは笑うと、二人を促して丁度いい場所を求めて歩きだした。凍山期コールドブレスが終わるまで後八日。先はまだまだ長い。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 傷付いた羽。顔につく裂傷。凍えて震える槍を持つ手。疲労の色濃い息遣い。少ない収獲。道を歩く鳥人衆バードリオンたちの足取りは重かった。先頭を歩くバルドレも例外ではない。凍山期(コールドブレス)の中で無茶な狩りをすればこうなることはする前から明白だった。視界不良、天候不安の中では実力を十全に発揮できず、普段通りのまともな狩りなど出来るはずもない。だとてしないわけにはいかない。これはどうしてもやらなければならないことだ。それを理解しているからこそ、バルドレを含む全ての鳥人衆バードリオンたちは不満を決して漏らさない。否、不満などあろうはずがないのだ。鳥人衆バードリオンは不平不満を言うことなく、ただ黙々と目の前の務めを果たすのみ。それがあるべき鳥人衆バードリオンの姿だと皆信じている。


 しばらく歩くと、一行はやがて彼らの住処へと戻ってきた。凍山期(コールドブレス)でありながら、凍えず、吹雪かない鳥人衆バードリオンの住処。大昔に彼らに授けられた恩恵ある土地ゆえだと昔、バルドルは教わった。狩りから戻った鳥人衆バードリオンたちを皆が出迎える。仲間に挨拶をして立ち去るバルドレにも、歩み寄ってくる影が三つ。ショウ、リード、そして彼の息子であるオセハだ。


「父上!お務めご苦労さまでございます!某、先程までリード殿に稽古を――――」


 オセハの言葉は途中で止まり、彼は嘴を閉ざした。そんなオセハの頭をひとなでして、ショウ、リードに軽く会釈をするとバルドレはどこぞへと飛びだっていってしまった。


「いいのか、オセハ?バルドレ行っちゃったぞ」


「父上…大変お疲れのようでした。今は某に構っている場合ではないと存じます」


 そう言ってオセハは昼間同様に寂しげな表情をつくった。父親を慮ってのことだろう。よくできた子供だとショウは息を吐いた。


「しかし、バルドレは忙しいんだな…いったい毎日何やってるんだ?」


「狩りではないでしょうか?魔獣にやられたような細かな傷が見えましたが」


「よく見てるなリード」


「おそれいります」


「リード殿の言うとおり武者衆たちは狩りに行っているようです…いつもなら凍山期コールドブレスに狩りなどしないのですが」


 そう言うオセハの表情は不安げだ。父親のことが心配なのだろう。群れ一番の槍の使い手で、”空の担い手”という称号を持つバルドレが父だとしても、家族を思う気持ちは普通と何ら変わりはない。


「狩り…もしかして、食料に余裕がないのか?」


「あ、いえいえ。凍山期コールドブレスを越せるだけの十分な蓄えはあります。通年ならば、この時期に狩りなどせぬのですが…」


 ただ飯喰らいの自分が一因ではと危惧したショウだったが、オセハは真っ直ぐそれを否定した。心なしか、リードも安堵の表情を浮かべている。


「じゃあなんでこんな危ないときに狩りなんてしてるんだ?」


「某はまだ未熟ゆえわけを父上は教えてはくださらぬのです。ただ、鳥衆人バードリオンは翼神様の導きで羽ばたきまする。きっとこの狩りも翼神様のお導き」


 ショウに悪寒が走る。まただ。少し前にも似たような感覚を覚えた。何かがおかしい。何かが変だ。何かが釈然としない。得体の知れない何か、その一端に触れてしまっている気がする。


「…翼神様っていうのは何なんだ?」


 おそるおそる、といった感じでショウはオセハに尋ねた。オセハはなんてことないような様子で、普段通りの、いつも会話をする時のようにくちばしを開いた。


「翼神様とは鳥衆人バードリオンを導く存在です。翼神様の言う事はーーーー」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「翼神様の言う事は絶対じゃ」


「心得ております」


 鳥人衆バードリオンの集落の奥。木の上に建てられた家々の中でも高い位置にある、その小屋で、バルドレは一人の老婆と向き合っていた。


 鳥人衆バードリオンの社会に上下関係はない。小鬼ゴブリンでいうところの「長」、オークでいうところの「頭領」、獅子人ライオネルていうところの「王」のように、誰か一人が限られた役職について群れ全体を仕切るということはない。基本的には各々の裁量で、家ごとに動くのが普通で、仮に群れ全体で定めなければならない事柄があれば、各家の家長が集まり話し合いで決める。


 それゆえに、”空の担い手”という群れ一の槍使いに与えられる称号を持つバルドレだろうと、鳥人衆バードリオンの上に立ち率いるという立場ではない。どの鳥人衆バードリオンにもその権限は与えられていなかった。ただ、彼ら全員が従う存在はあった。鳥人衆バードリオンではない存在。神だ。『翼神様』と呼ばれる、土着神。唯一、鳥人衆バードリオンのみが信仰する神である。


 しかしながら、翼神様の神話や、教えが文献などで残っているわけではない。毎朝、日が昇る時間に太陽に向かって祈りを捧げろだの、肉以外口にしてはならないなんていう信仰方法や、制限が課せられているわけでもない。ただ、翼神様は絶対的に正しく、鳥人衆バードリオンを導く存在であると伝えられているというだけ。そのことについて、彼らは感謝を捧げ、時に子供を躾ける時に「言うことを聞かないと、翼神様に見放されますよ」なんて言うふうに名前を使う。それだけの存在である。いや、だったというべきだろうか。


 バルドレと相対する老婆は、ふーと大きく息を吐くと、悩ましげに顔を歪めて茶をすすった。バルドレは嘴を固く結び、ただそれに視線を送っている。


「狩りはどうじゃ」


「…獲物は少なく、天候で見つけても満足にはいきませぬ」


 予想通りの返答に、老婆はますます顔を歪める。吐こうとしたため息を、茶ごと飲み込んだ。この老婆は特に要人というわけではない。ただ、この集落で最年長で、最も鳥人衆バードリオンの暮らし、生き方に精通している。それゆえに鳥人衆バードリオンたちは敬意をもって彼女に接するし、時に、今のバルドレのように助言を求めて会いにくるのだ。


 長い沈黙が場を支配した。バルドレはただただ静かにあぐらをかき、老婆は茶の入った器を握りしめながら屋根に目をやっている。風の音すら入らぬ程の沈黙は、やがて重く空気に溶け込んでいく。永遠とも思われる沈黙の後に、嘴を開いたのは老婆だった。


「…やるしか、あるまい」


 バルドレは黙っていた。数秒ほどゆっくり時が流れた後に、彼はゆっくりと頭を下げた。深い礼だった。バルドレは流麗な動作で立ち上がると、そのまま小屋を後にした。ドアが閉まる音を合図として、老婆は自身の顔を手で覆った。


凍山期コールドブレスは幾度、あやつから家族を奪うのか。…しかし、これも鳥人衆バードリオンの務め。許せよバルドレ――――」


――――――翼神様の言うことは絶対じゃ





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