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ゴブリンに助けられて  作者: くろきち
第五章
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第93話 山の亜人

「ようこそ。鳥人衆バードリオンの集落へ」


 そう言ってバルドレは片方の手と翼を広げてショウを歓迎した。ショウの視界に広がるのは背の高い木々。それらにツリーハウスの要領で木製の家が乱立しており、間に吊り橋がかかっている。行き交うのはバルドレと同じ鳥人衆バードリオンたち。時に人間と同じように歩き、時に鳥のように空を飛行する。有翼の亜人らしい住処だった。


「失礼、ショウ殿。上までお運びいたす」


 バルドレはショウの脇を掴むと、翼を広げ、緩やかに上昇する。鳥人衆バードリオンの住処に梯子はない。上に行くのには翼が必要なため、外敵の侵入を阻む天然の防護策となっていた。『蝙蝠移動』をつかえば上に行けないこともないが、鳥人衆バードリオンほど簡単に速く行くことは無理だろう。ショウは黙ってバルドレに運んでもらう。


『――――貴方がショウ殿で間違いないだろうか?』


 今しがた大型の魔獣を仕留めたカラスの亜人はそうショウに尋ねた。状況が飲み込めず、無言でいる彼に自らをバルドレと名乗ると、彼はある人物の頼みでショウのことを捜していたという。その頼み事をした人物とは―――――


「――――やっぱり生きてたか!リード!」


「ショウ様!よくぞご無事で」


 バルドレに案内された小屋には、木製の椀を片手に飯を食らう忠臣、リード・ホブソードの姿があった。怪我をしたのか治療の痕が見られたが、どうやらそう深くないらしい。元気そうだった。


「見つける事ができて良かった。最も、某の助けなど必要なさそうでありましたがな」


「いや、感謝する。この山では方向感覚が掴みづらい。俺一人ではショウ様を見つけることは難しかっただろう」


 そう言って、リードはバルドレに頭を下げた。続けてショウ自身も改めて彼に礼を言った。バルドレに案内してもらわなければ、あのまま終わりなき魔獣との戦いに疲弊していたことだろう。彼の後をついて行くだけであっさりと、魔獣に合うことなく歩を進めることができた。


「なんのなんの!某は息子を救われております故。何とかその恩義を返すことが出来て良かった!でなければ末代まで残る恥となるところでしたハッハッハ!」


 雪崩から抜け出して、リードがしたことはショウと同じでやはり頂上を目指すことだったという。上へ上へと進んでいく内に魔獣の襲撃が多くなり、多少の傷を負ったものの、リードの荷物は無事だったようでガン特性の薬等で治療しながら問題なく登り続けていた。すると、魔獣から逃げ惑うバルドレの息子を見つけたという。リードは彼を守りながら鳥人衆バードリオンの集落まで連れ帰り、そのまま行こうとしたが、バルドレが息子を守るために負った傷の治療と、恩返しを何かさせてくれと懇願したことでショウを捜す次第になったというわけだった。


「初めにリード殿が息子を担いでやってきたときは悪鬼羅刹の類がやってきたと思い申した。角が特にハッハッハ!」


 くちばしを大きく開けて笑うバルドレに同調して、ショウとリードも笑みを浮かべた。胡座をかいて談笑する彼らがいるのは、バルドレの離れ。客人用の応接間だという。


「して、不躾ながらお二人は何用でこの山に参ったのです?物見遊山としては少々退屈でありましょう」


「ああ、俺たちは…本当はあともう二人いるんだけど、この山を越えて向こう側に行きたいんだ」


「ほう…それはまた結構な冒険でありますな」


「エルフの国に行きたいんだけど…何処にあるか知ってたりしないか?」


 ショウの問いにバルドレは顎に手をやって首を傾げる。眉があったら顰めていることだろう。うーんと唸りながら考え込むが、数秒後諦めたように嘴を開く。


「…残念ながら知りませぬ。昔は交流もあったと聞きますが今ではすっかり。まだエルフの国があるのかどうかさえも定かでは…」


「そうか。いや、いいんだ。一応聞いただけだから」


 申し訳無さそうに頭を下げるバルドレに、手を振ってショウは応えた。山に住む彼らならあるいはと思っての質問だったが、バルドレにも言った通り、そこまで期待はしていなかった。やはり自分たちで探すしかないだろう。


「力になれず申し訳ない。せめて山の出口までは十日後に送られせていただきたい」


「それは助か―――十日後?」


 バルドレの案内があれば通常よりも早く下山出来ることだろう。願ったり叶ったりの申し出にショウは喜ぶが、一点、彼の言っていることが引っかかった。


「十日後です。今、山は凍山期コールドブレスの時期に入っており、最低十日は吹雪で何も見えず極寒の地となりますゆえ移動は不可能でしょう。運が悪い…いや、突入前に我々の集落に辿り着いたのは逆に運が良いと言えますかなハッハッハ」


「そ、そうなのか…」


 最悪、寒さを感じないショウだけなら移動は可能そうだが、それだとリードは付いてこれないだろう。それに、そもそも見知らぬ山を悪天候で視界不良の中進み続けるのは効率的とはいえない。ここは大人しくバルドレの言うとおり集落に十日は滞在して時期を見たほうがよさそうだ。


「それに、この時期は魔獣も巣ごもりの獲物を求めて凶暴化しています。出歩くのは危険でありましょう」


「魔獣がやたら襲いかかってくるのはそれが理由か?」


 リードの質問にショウも同意する。あれだけ立て続けにあらゆる魔獣に襲われる経験は、あのガヴァの大森林の中でさえなかった。なにか理由があるならまだ納得できるだろう。


「…ええ、まあ。近頃の魔獣は例年にも増して凶暴な気がしますが…」


「この場所は安全なのか?」


「心配めされるなリード殿。我ら鳥人衆バードリオンは『山の守り人』として知られる強者揃いですぞ。それに我らには―――――」


 バッと翼を広げ、胸を張るバルドレ。顔は殆ど鳥だが誇らしげなのはよく伝わる。人間のような鼻があれば伸びて見えたに違いない。胸をドンと叩いて言葉を切って、バルドレはこう続けた。


――――――翼神様がついておられる


 ドクッと心臓が跳ねた様な感覚を一瞬ショウは覚えた。何に対してなのか、これが何を意味するのか。ショウにはよくわからない。既に消え去ってしまったその感覚について頭の隅で考えながら、ショウはバルドレの自画自賛に耳を傾けていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「何者だ貴様ら」


 吹雪で視界不良の中だろうと、ガランの獣の眼光は立ちはだかる謎の複数の影を見失いはしない。無言で道に立つ、否、浮いて立ち塞がる相手の姿は面妖だ。赤い肌に彫りの深い顔立ち、そして中くらいの身長。そこまでは普通と言えるが、何より目をひくのが長く伸びた鼻だった。他が普通なだけに、鼻の異常さが際立ち、ますます彼らの容姿を奇妙なものにしている。この場にショウがいれば「天狗」と称するに違いない見た目の亜人だった。


「我らが山に無断で立ち入る悪しき獣よ!山風狗タングの裁きをうけよ!」


 そう真ん中の敵が叫ぶと、周りの山風狗タングが一斉にガランへと向かっていく。吹雪のせいで見間違えたのではなく、やはり彼らは浮いていた。空中からの襲撃にガランは臆することなく笑い、『獅子人ライオネルの咆哮』を発動させる。


「グルルルルゥウウウアアアッッ!!」


「ひいいいっ!!ごめんなさい!どうかお許しを!!」


「あ?」


 戦いの準備運動のつもりで放った咆哮に、山風狗タングたちは即座に降伏。攻撃の勢いのまま、ガランの前に土下座して命乞いを始めた。


「我と戦わんのか?」


「戦いません!勝てません!どうか、命だけは…!!」


 戦えると踊っていた肉体は落胆し、気持ちは萎えた。ガランは大きくため息をつくと土下座する山風狗タングたちを飛び越えて先を行こうとする。


「お待ちを!強き方!どうか我々の話を聞いてくださいませんか!」


 長い鼻を何度も雪に埋めてはそう懇願する山風狗タングの姿に一瞬、ガランは立ち止まった。自分のことを強者だとへつらう彼らの態度を責める気はガランにはない。なぜならそれは事実で自分は強者だからだ。強者に挑んで破れるも、弱者として媚びて生き延びるのもそいつの勝手。そこに口出す気はガランにはなかった。まだガランが王であったら、かつて羊執人シープルにそうしたように、彼らを弱者として庇護下に置くという選択をとる可能性もあった。しかし、王位はすでにショウに譲っている。つまり、自分はもう王ではなく一戦士でしかないのだ。王としての責務はすでに肩から降りている。当然同じ群れの仲間を守ることに何の異議はないが、目の前の山風狗タングなどという奇怪な鼻をもつ亜人とはなんの関わりもない。故にこのまま見捨てても王であるショウに責められることもない。それに今は―会ったことはないが―仲間を取り戻す旅の途中だ。こんなやつらに時間をかけることこそ王に責められかねない。


「知らん」


「そんなぁ…」


 背中でうなだれる山風狗タングの泣き言を聞きながら、ガランはノシノシと歩みを進め、ピタリ、と突然足を止めた。それは決して山風狗タングの懇願に心うたれた訳でも、このまま彼らを見捨てていくことに心痛めたわけでもなく、もっと単純でわかりやすい理由だった。


「…おい、貴様ら」


「は、はい!」


「食い物をもっているか?」


「えっ…とはい。住処に戻れば…」


 それを聞いた瞬間、ガランは空中で宙返りをするとその勢いのまましゃがみ込み、目線を土下座の体勢のままの山風狗タングに合わせる。鋭いガランの眼光にさらされ、震えだす山風狗タングにニヤリと笑いかけると、彼の肩にポンと手を置く。


「いいだろう!我を貴様らの住処へと連れて行け!!飯を食らう間話を聞いてやる」


 そう言うと返事を聞かないまま山風狗タングの肩を抱きながらガランは歩き始めた。バックパックを雪崩で失った彼にとって食い扶持は何よりも貴重であった。


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