外伝:英雄へと至る part 1 3/5
またも間が空いてしまいました。もしお時間に余裕が御座いましたらぜひ、前回と合わせてお読みいただけたら幸いです。
近づく叫声と騒音に伴って、鼓動がその速さを増していく。力強く一定のリズムを刻む心臓の独演を全身で聴きながら、ザインは両手に力を込める。相対するのは武器を片手に迫りくる盗賊たち。馬の背に乗り激しく上下しながらやってくる彼らに慈悲の心はない。間もなくこの場は戦場になる。殺るか殺られるかの世界への入門をしなければならない。
「大丈夫だ。うちのリーダーは馬鹿みてぇに強いからよ、すぐ終わるぜ」
「・・・はい」
軽い調子で笑う弓術士のルドーに、二拍ばかり明けてのザインの返事。彼の様子を見て微笑むと、ルドーは視線を敵へと移す。視線の奥ではパーティーのリーダーであるリベラが普段通り獣じみた様相で暴れまわっている。彼女の身の心配はしていない。彼女と戦うことになった以上この盗賊はもう終わりだ。ルドーたちの仕事は彼女が奥の敵を殲滅し、こちらに戻ってくるまでに護衛対象であるデラロと彼が運ぶ商品を守るだけだ。
「まっ・・こんだけなら俺らだけでも倒せちゃうけどなっ!」
言いながら矢を放つ。黒弓から放たれた矢は狙い通り敵の肩に命中し、その敵を馬上から転落させた。
「くるぞ!!」
二本目の矢を番えながら、ルドーが言葉を発すると同時、盗賊側からも矢が飛来する。弓持ちなだけあって狙いは正確。馬に揺らされながらも、矢は真っ直ぐルドー目掛けて飛んでくるが、彼に当たる直前、青色の薄い膜に阻まれポキリと折れた。
「神の御業、《矢避けの壁》なり」
「これが奇跡・・初めて見た」
「ボサッとすんなよ新人!」
人生初の奇跡に見惚れるザイン。ルドーの喝にはたと意識を取り戻したザインは盾を構え直し、盗賊を迎える構えをとった。彼の視線の先には隣りにいたはずのダインの姿。いつの間に飛び出したのか。剛腕から繰り出される強烈な斧の一振りで馬の態勢を崩し、馬もろとも盗賊を地面へと沈めている。
そう。闘技者としての需要がなくなったダインではあったが決して弱くはない。山のように膨れ上がった筋肉は決して見掛け倒しではないし、試合を演出する余裕がもてるほどの実力がある。ルドーは敵の知覚に優れているし、弓の腕は疑いようがない。ララドの奇跡は防護に有効であるし、リベラの強さは言わずもがな。この場で最も弱く、最も役に立たないのは自分だということをザインは自覚している。それに対する落ち込みは今は不要だ。元よりドン底から這い上がる覚悟でここまで来た。今はただ持てる実力の全てを出し切り、銀級の冒険者として、最低限の仕事をこなすことに集中するのみだ。
「ふっ・・!」
息を吐き、構えた盾に馬上からの斬撃。腰を落とし、どっしりと防御姿勢をとっていたザインにそこまで大きなダメージはない。通り過ぎていった盗賊を追いかけようと振り返るザインの瞳に、盗賊が馬から落とされる姿が映る。ルドーだ。だが今回は仕留めきれていない。戦意衰えないその盗賊は片手短剣を構え直すと気炎を上げて、ザインへと襲いかかる。
「はああぁああああ!!」
初の対人戦。対魔獣との違い。敵の技量。彼我の体格差。脳内に溢れ出るありとあらゆる不安を、気合の一声でねじ伏せ、繰り出す片手剣の斬撃。円盾で片手短剣を防いで繰り出したその一撃は、確かに、相手の身へと届いた。
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「いやーお疲れ様です皆様。どうぞ楽になさってください。飯の支度は私めが」
夜、池のそばで野営を敷くことになったデラロ一行は、炊いた火を中心に円となって思い思いの姿勢でくつろいでいた。盗賊に襲われた時の悲壮感はとうに消え、いつもの軽薄で偽善的な調子を取り戻したデラロは、先の自分の発言通りせっせと夕食の準備に取り掛かっている。戦士達は斧と剣を、弓術士は弓を置いて火で身を暖める。防具を外し楽な状態になるのが普通だが、唯一女戦士のリベラだけはトレードマークの赤鎧を身に着けたままだった。着ていても充分楽だ、というのが本人談。
「しかし、さっきはなかなか凄かったじゃないかザイン。伊達に単独でやってきてないね」
「あはは・・いやあ無我夢中でした」
初めての対人での命の取り合い。勝ちはしたが、決してスマートな勝ち方ではなかった。攻撃を捌ききれず体勢は崩されたし、そこをつかれなかったのはルドーの弓の援護射撃があったからだ。とどめをさせたのもまた同上の理由である。
「ふふ、大したもんだよ。なぁルドー?初めて人とやり合う時、大抵のやつはビビって動けやしないよな?」
「まあ普通はそうだな。お前は初っ端から返り血浴びて笑顔全開だったけど・・・ザインは怪我もしてないようだし優秀だろうな」
戦闘時とは違う種類の笑顔のリベラに対比して静かな声量でーしかしはっきりとールドーは話す。格上の冒険者に褒めてもらえたザインは思わず口角を上げて照れたように二人に礼をした。その一連の流れをダインは興味なさげに見つめ、ララドは黙って強く頷いている。
「あんたも凄かったね、さすがは”剛腕”じゃないか」
「茶化すんじゃねぇよ。格上のしかも女に世辞言われると惨めになるぜ」
拗ねたように黙るダインを見かねてか、リベラは彼にも同様に賛辞を贈るが、ダインはフンと息を吐くと自嘲の笑みを浮かべる。
「いやいや別にバカになんかしてないさ。私は遠目に見ただけだけど、あんたはしっかりと馬車を守るように立ち回ってた。護衛の経験が豊富なんだろうな、と思ったよ」
「それは私も思いましたな。ダイン殿はルドーの射程外の敵を優先的に狙って敵を阻んでました。あれは経験者でなければ出来ぬ芸当です」
リベラの言葉に呼応してララドも話す。聖職者特有の静かな語り口調はその場の誰の言葉よりもよく耳に響く。
「昔、傭兵をやってたことがある。護衛なんざ飽きるほどやった」
「なるほど。合点がいきましたな」
「一応聞くけど、なんで冒険者に転向したんだい?あんたほどの実力で追い出されたって訳じゃないんだろう?」
「言わねぇよ。詮索しないのが冒険者流だろう?」
ダインの回答に、予想通りとリベラは笑う。どんな過去があろうと、どういう経緯だろうと、組合への入会金さえ払えば誰でもなれるのが冒険者という職だ。素性の詮索は無粋。偽名や家名抜きで登録する者が多いこの業界で、喜々として自分語りをするような輩はお人好しか単なるバカ、もしくは詐欺師だと相場が決まっている。ゆえにリベラは「一応」聞いたし、ダインは「当然」答えなかった。
「ふん・・あんたはどうなんだい単独の坊や。なんで冒険者になった?」
「あー僕はーその・・・」
リベラの問いにザインは言いよどむ。言おうか言うまいか脳内で逡巡しているのが一目瞭然の彼に周囲の視線が集中する。
「えっと・・英雄になりたくて・・・・」
頬を赤らめ、体を縮こまらせて言ったザインのその言葉に一瞬、場に静寂が訪れ、そして次の瞬間には笑いが爆発した。飯の支度をするデラロをよそに、ダインは顔を下に向け、ルドーは口元を手で覆い、ララドは腕を組み大口を開けて、リベラは剥き出しの腹を抱えて大きく笑った。笑い声が場に響けば響くほどにザインの羞恥心が刺激され頬はその赤みを増し体が熱をもち始める。「言ってしまった」という後悔を、ザインは必死に「本当のことじゃないか。将来英雄になるような人がそれくらい言えないでどうする」と自分に言い聞かせて押し潰そうとしていた。
「あははははは、いやぁ悪いね。久々に会ったもんだからさそんなこと言うやつ。まだ居るもんなんだね」
まだまだ笑い足りないといった様子のリベラに、ザインはぎこちなく笑うしかない。体が熱くなっていくのを感じる。おそらく耳など真っ赤だろう。「昔はよくいた」。「大抵すぐに諦める」などと冒険者にありがちな話で盛り上がる始めるその場で、体とは対照的にザインの心は冷静だった。依然として羞恥心はあったが、言ったことに後悔はなかった。それ以上に、自分よりも格上の冒険者であるリベラたちが自分のその夢をまるで「実現不可能だ」と嘲笑する様に落胆していた。昼間の戦いで盗賊に対し圧倒的な強さを見せつけたリベラ達ー主に彼女ーが無理だと言うほどに叶わない夢なのだと言われている気がしたのだ。同様に、彼女ほどの強さを持ち得ながらも英雄になるという選択肢ー元々そんなつもりがないからかも知れないがーを取ろうとしないことにも幻滅した。夢があるとはいえあくまで冒険者は仕事。生きるためにすることだ。むしろ夢を叶えようとしている自分こそが異端なのだろう。しかしそれでも諦めるつもりはなかった。少なくとも今は。
「みなさん!お食事の用意ができました。さあさあ、遠慮なさらず熱いうちにお召し上がりください」
「美味そうだな」
ルドーの呟きに同意するかのように、皆が一斉に飯にありついた。魔獣の肉の旨味を吸った野菜の汁に小麦のパンをつけて食べる。一人二切れ配られたチーズは、スープに溶かしてもよし、パンに挟んで食べても良い。風を遮るものの少ない場所での温かいスープは旅と戦いで疲れた冒険者たちの心と体お癒やしていく。
「ああ、そういえばデラロさん」
「はい、リベラ様。なんでございましょう」
「昼間襲ってきた盗賊がさ、『宝はすぐ近くにある』とかなんとか言ってたんだけどさなんか心あたりある?」
「・・・はーおそらくは・・・積み荷、のことではないでしょうか」
「あー、なるほどそういうことか」
リベラ、デラロの会話にルドーが何か合点がいった様子で入り込む。皆の続きを求める視線に促され、ルドーはすこし焦った様子で続きを話す。
「あ、いやあの盗賊たちやけに羽振り良さそうだったろ?馬何頭も持ってたし、装備も盗賊にしちゃあ上等だった。商隊が盗賊に襲われるなんて話は珍しくもないが、こっちは小さい馬車一つ・・おっとすまないデラロさん。他意はない」
「いえ、お気になさらず」
「まあ、つまり俺が言いたいのは奴らほど潤ってる盗賊団がわざわざ見返りの少なそうな、俺達を襲うのはおかしいってことだ。移動中にたまたま見つけられたのかとも思ったがどうにもしっくりこなくてな。ちょっと引っかかってた」
「ほう。で、結論はでたのかい?」
「ああ、単純なことだ。その積み荷に盗賊たちが狙う価値があるってだけのことさ。これだけ小さくてもな。そしてそれがその盗賊が言ってたっていう『宝』ってやつなんだろうな」
そこまで聞いて場に納得した空気が流れる。食事の手を止め聞き入っていた人たちは思い出したようにスープを一口啜った。
「へえ・・そんなに高級品なのかい?あの積み荷は」
「はい、確かにおいそれと手が出る品物ではありません」
「一体何なのさ、その中身は」
「ポーションでございます。一瓶飲めば知覚上昇、筋力、魔力の増加、持久力も増幅されて疲れ知らずとなれる代物です。強敵と戦うときのとっておきですね。皆様のような冒険者様にご愛用頂いております。たまに貴族様が夜のお楽しみのためにお使いなさいますが・・」
ペラペラと饒舌に商品を説明する様は流石に商人といったところ。淀みない言葉の流れに多少のユーモアを混ぜるデラロの語りに一同は耳を傾ける。
「へえ、そいつはすごいね。ぜひ一瓶見せてみてくれよ!なんなら買ってもいいよ」
「申し訳ございません、リベラ様。商品に興味を持っていただき大変有り難いのですが、実は既に買い手がおりまして・・・今回はどうか・・・」
「・・・あらそうかい。残念だね。見るのも駄目なのかい?」
「既に梱包されておりますから・・・」
ならしょうがない、と諦めるリベラにデラロは微笑で返した。一瞬場には静寂が訪れるが、すぐにまた別の話題が上がり会話に花が咲く。池の畔で火を囲み談笑する冒険者一行。彼らの夜はその後もう少しだけ続いた。




