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前編

 なんだか、悪い夢を見たような心地がして。

「……起きましたか」

 目を開けたら青髪碧眼のイケメンがいた。

 夢の中の私なら、青い髪ってないわーと言いそうなド派手なカラーリングに、少しばかり動揺してしまう。

「うん」

 夢見が悪かったのは寝心地がよくなかったからってのもあったのかなあ。今、私がいるのは居間のソファの上だった。

「もう少し寝ていたらどうです?」

 身を起こそうとした私の額を遠慮なく指で押すイケメンの正体は、父。

 うん。正真正銘、この世に生まれてから十年付き合った、お父さんだ。

 枕代わりになっているらしい肘置きがひんやりしているのは、たぶんお父さんが魔法を使ったからじゃないかな。

「子どもに冒険心があるのはいいことですけど、分はわきまえて行動した方がいいですよ」

 お父さんに属性を追加するとしたら、腹黒の敬語キャラだろうか。

 ぐっさりと娘の心に突き刺さる巨大な釘を言葉の裏に忍ばせてきている気がしてならない。

「うう……はぁい」

 思わずうなってから、鋭い眼差しを受けて私はうなずきを返した。

 果敢にも木登りに挑戦しようとして、枝を折って落下したお転婆娘としてはうなずかざるを得ない。

「まったく――打ち所が悪ければ最悪の事態だって考えられるんですからね。俺が悲鳴を聞いて駆けつけたからよかったものの、そうでなければいつ発覚したことやら」

「ごめんなさい」

「治癒魔法で傷だけは塞いでもらいましたが、出血も少なくありませんでしたから夕飯までは寝てなさい」

 痛みを感じる度に反省するようにこぶはそのままにしてもらってますからなんて言いおいて、お父さんは部屋を出ていった。

 メガネさえかけていれば完璧な腹黒メガネに進化できそうなお父さんだけど、身内には一応それなりに優しい。反省しろと言いながら、魔法で氷枕を作ってくれるんだから。

 傷のせいか、氷の冷たさからか、後ろ頭がジンジンする気がしてきたのは、改めて怪我の存在を教えられたからかな。

 はあとため息を漏らして、私はついさっきまで見ていた夢に思いを馳せる。

 夢、とはいっても。

 寝ている間に整然と私の頭にもたらされたそれは、いわゆる前世の記憶とかそういう奴だ。

 うん、前世。転生もの、好きでしたとも。

 冷静にその記憶を受け取れたのは、その素地があったからだと思う。

 そうはいっても、これまでに感じたことのない違和感を感じてしまう。

 前世ではあり得なかった場所に、私はいるのだ。なんとなく気分が高揚してしまうのは、厨二病と人に指さされるほどではないけれどそれなりの黒歴史を築いてきた過去の自分に引きずられているからだろうか。

 一週間前のご飯の内容が好きなメニューくらいしか思い出せない程度に、今世の十年分の記憶の向こうにその知識はかすんでいる。

 頭をひどくぶつけた結果、うっかり一部の記憶が飛び出してきてしまったというような細切れの記憶に、かつての自分自身の情報は驚くほど含まれていない。

 その記憶が、突然一生分の記憶が蘇っても困るだろうなという認識を自分に与えるくらいに転生ものが好きだったオタク的知識に特化しているのはどうかと思う。

 どうかとは思うけど、自動車にひかれたりとかテンプレな死因を思い出したところで痛いだけだから問題ない――よね?

 うん。あるいは、人並みに結婚して子供を産んで孫まで生まれちゃって大往生なんて記憶が降って沸いても、今より混乱するだけだ。

 そう自分に言い聞かせて、現在の自らの立ち位置を思い出す。

 私はテレサ・ファークレィ。母に似たブロンドに、父に似た碧眼を持つ、十歳の女の子。

 父はいかにも乙女ゲーにいそうなド派手な髪色の腹黒敬語キャラで名前はウァル。母はブロンドに茶色い瞳。父を尻に敷く風に見せかけつつも、実は御されている明るい人で名前はビアンカ。

 それから、何かと口うるさい堅物の祖父のトマスと一緒に住んでいる。

 両親の顔を思い起こしても、思い出したオタク知識に引っかかるものはまったくなかった。お父さん、いかにも攻略対象者にいそうなイケメンなんだけど。

 そう、たとえば明るいヒロインにほだされてツンからデレに進化する感じのタイプですよ。お父さんはツンはあってもあんまりデレない気がするけどね……。

 仮にここが私が思い出せなかった記憶の中にある乙女ゲーなり逆ハーものの物語だったとしても、お母さんがヒロインではなさそうなのがデレてない原因かなぁ?

 お母さんも整った顔立ちをしていて明るい性格の美人さんだけど、若いときはいまいちヒロインとしてのパンチが効かない立ち位置いたんじゃないかなという人だもん。

 逆に悪役としてもやっぱり、何かが足りない。

 うちは一般庶民とはっきりと言い切れないくらいには代々続くそれなりに由緒正しい家柄なんだけど、さすがに貴族ではない。ちょっと神力が高い家柄で代々神官を出しているけども、一地方の中規模な町の神官長を世襲しているってくらいに中途半端な立ち位置にある。

 お母さんはこの数代で一番の力を持つらしいけど、だからといって都の大教会からスカウトが来てドキドキの生活を繰り広げた、みたいな過去は聞いたこともないし。

 すごい力を持っていてウハウハな逆ハーライフが始まるヒロインだったら、代々神官の家系ってのよりもっとこう……ねえ? 不意に強力な力を見いだされた普通の女の子の方がそれっぽい。

 だからといって逆の立場になるとしても、それならもっとより高い地位のお嬢様がそれっぽいんじゃないかなあと。

 そもそも、おじいちゃんほど堅物ではないけどそれなりに真面目で明るいお母さんがねちねちと恋敵をいじめる様子なんて想像がつかない。

 それに……お父さんはライバルを蹴落としてまでものにしたいような優良物件とは残念ながら思えない。そりゃあ確かにイケメンだけど、嫌みったらしい腹黒系敬語キャラだよ? 

 娘としては父は悪い人じゃないと思う。思うんだけど、そこはそれ。二次元ならありだけど、三次元でこれはない。

 それに元は自分の腕一本であちらこちらを渡り歩いていたらしいお父さんは、今では我が家に押し込められているいわゆるヒモ状態の人なのだ。

 前世なるものを思い出した今、これまで疑ったことのないお父さんの過去に若干の疑惑は持っちゃうけど――だって、お父さんは、そのう……なんというか、見た目からすると腕一本で世を渡り歩けるようにはとても見えない優男、なのだ。

 魔法の腕は巧みそうなのでそれでどうにかなったもんかしら?

 あるいは腹黒い感じなのでそれで世渡りしていたんだろうか?

 どういう感じで世渡りしていたかはわからないけれど、お父さんならそつなく上手に世間を渡っていたはずだ。なのに今はお母さんと結ばれてヒモ状態とかちょっと謎。

 別にお父さんに、安定した職を持つ家に婿入りして優雅に暮らしたいとかそういう欲があったわけじゃないと思うんだよ?

 我が家はそれなりに裕福な部類には入るようだけれど、職業柄比較的質素な生活をしているというのが私がそう思う理由の一つ。本気で優雅な生活をしたいと思うのなら、お父さんならもっとうまいこと人をたぶらかせそうな気がするんだよね。

 なんたって、立ち振る舞いもどこか優雅な敬語キャラなので。そこかしこに毒が見え隠れするけど。

 なのに収まったのがそこそこ裕福でも質素な生活をする神官家系なんだから、きっとお父さんとお母さんの間には愛があるのだと私は思う。

 堅物のおじいちゃんが我が家の婿入りを望むのならば傭兵家業なんて辞めろと言ったからこそ、お父さんはすっぱりと過去と決別してヒモ状態になっているわけなのだ――他にも仕事はあるんだし何かで働けばいいんじゃないの、と思わなくもないけど。

 だけど、神官として何かと忙しくしているお母さんの代わりに専業主夫をしているのだと思えば、ヒモだなんて言い切ってしまうのは失礼かな?

 そんなわけで、私は暫定的にこの世界は乙女ゲー的なあれではないと判断することにした。

 現代日本の女子高生の、オタク知識メインの記憶しか思い出せていないので、確定はできないけど。

 今後誰かに出会うことにより――ほら、ゲームキャラに出会っちゃってさらにあれこれ思い出すとかいうあれだよあれ――、中学時代や大学時代やOL時代の似た情報を思い出すようなことがあれば、また違うのかもしれないけど。

 いかにも攻略対象フェイスのお父さんを見て何も思いつくことがなかったんだから大丈夫だと、思いたい。

 だって前世の自分にオタクが入っていて、転生ものが好きだったとは言っても私に転生願望はなかったんだもん。そりゃあ、一度や二度想像してみたことはある、ような気はする。気はするけど!

 現実逃避的にそういうこと考えたことある人、多いと思うから普通だと思う。

 創作的設定に満ち満ちた現実なんて、必要ないと思う。

 だから私は現世で体に身についた印を切り、神に祈った。

「この世界がゲームやマンガや小説の世界のように波瀾万丈ではありませんように」

 ついでに口に出したのはよかったけど、あまり信心深くない日本人的思考を思いだしてしまった私の祈りって、神様に届くのかな?


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