第七話 スキル
2016/06/09
《速度》→《敏捷性》 に変更
早朝から暖かな日差しが降りそそぐ、 良く晴れた空の真下。
トゥールーズ村の西側に広がる開拓予定地――聞こえは良いかもしれないが、 実情は単なる空き地――にて、 二人の少年が背中を合わせて立ち並んでいた。
領主家の三男坊、 リュート=ヴァン=トゥールーズとその兄で長男のマガト=フォン=トゥールーズである。
二人とも所持している衣類の中で、 最も継ぎ接ぎの跡が目立つ物を着用していた。
所謂、 “汚れても良い格好 ”と言うやつだ。
両の目を閉じてじっとその時を待つマガトと、 リラックスした様子で右足を軽く踏み鳴らし、 何やらリズムを取っているリュート。
年相応にしか無いリュートの身長と、 年齢の割に大きく育ったマガトとの体格の差も相まって、 実に対照的だ。
二人の手にはそれぞれ木製の剣が握られている事から、 今から始まるのは対人戦を想定した特訓と言った所だろうか……西部の時代劇のガンマン同士の決闘を想起させる。
二人からやや離れた位置には、 次男のスウェントが立っていた。
右手を前に付き出しながら、 こちらも引き締まった表情で目を閉じて集中している。
何かをイメージしている真っ最中なのか、 唇が微かに動いていた。
末っ子のアルフレッドは、 そのスウェントの背中に手に力を込めてしがみ付いていた。
これから起こる事を理解しているのか、 その身を隠しながらも頭と特徴的な耳だけはちょこっと出して、 何とかして二人を見届けようとしている姿が実に愛らしい。
「こっちは良いよ、 二人は? 」
瞑想と言っても良い程に時間を掛けた事前の準備を終えたスウェントが、 二人に声を掛けた。
二人は自分の木剣を軽く掲げて了承の意を示す。
リュートが左手、 マガトは右手だ。
「じゃあ行くよ……我が魔を用いて火球と成せ! ファイヤーボール!! 」
二人の準備が整っている事を確認したスウェントが、 詠唱により直径三十センチ程の火の玉を作りあげ、 それを一気に空へと向かって勢い良く打ち上げた。
空へと放たれた火球は、 放物線を描いて二人の元へと落下して行く……このままの軌道を辿れば、 間違いなく二人へと直撃するコースだ。
二人はまだ微動だにしない。
アルが衝撃的な光景を予想してしまったのか、 慌てて自身の目を塞ごうとスウェントの背中から手を離す。
火球があと数秒ほどで二人を襲うと言った瞬間になり、 漸く二人が動いた。
リュートは前方――マガトに背を向けたままの方向――へと身を投げ出し、 その勢いのままに地面へと転がり込んだ。
対するマガトも、 リュートから距離を取るように前方へと駆け出した。
二人の距離が数メートル程に開いたタイミングで、 スウェントの放った火球が着弾した。
直径三十センチもの火の玉は、 地面と衝突し轟音を立てる。
その場に成人男性の身長を優に越える高さで燃え上がり、 元々の威力と落下の衝撃が加算されて辺り一帯に土や大小様々な大きさの石をばら蒔いた。
ファンタジー世界のグランディニアであっても充分に事故と呼べる光景が周囲に広がっていた。
実際に火球の落下地点には、 子供ならすっぽりと埋まってしまう程の穴が空いていた。
火球の炎が燻り、 巻き上げられた土煙が未だに収まらない中。
リュートがそれらを強引に突っ切って、 マガトへと向かって飛び込んで行く。
第一手として、 まずは左手の木剣をナイフや短刀の要領でクルリと手の中で一回転させてから投擲した。
火球を避ける為とは言え、 地面に転がり込んだにしてはかなり早い持ち直し様だ。
自身の方へと真っ直ぐ飛んで来る木剣に対して、 マガトは上段に構えた己の剣を降り下ろすことで対処した。
リュートの投げた木剣が、 回転しながら向かって来たならば無視しても良かったのだが……憎らしい位に剣先が此方をしっかり向いていた。
二人の間に木剣同士がぶつかり合う、 乾いた音が響く。
無論、 ただ投げられた物と両手でもって降り下ろされた物では後者の方が勝る。
マガトは無事に迫り来る木剣を叩き落とし、 リュートの姿を確認する為に視線を足元から前方へと移して……そこで、 目を見開いた。
既にリュートは彼の目の前に迫っていた。
リュートがかつて過ごしていた世界では、 自分で投擲した支柱に追い付いてから、 それに飛び乗って移動をした武人が居たらしいが――勿論、 リュートは創作物の中の出来事とは言っていたが――実際に目にすると、 弟が【風属性】――《敏捷性》への補正が大きい――の魔術に適正があると知ってはいても、 余りの素早さに驚きの感情を隠しきれない。
易々とマガトへの距離を詰めたリュートは、 勢いそのままにマガトが降り下ろしたままの木剣を自身の右足で強く踏みつけた。
リュートの戦術を語るならば、 体格差がある上に武器まで持たれたらまるで勝負にならないのだ。
マガトは両手に感じる強い衝撃に対して、 木剣を手放すことを選択した。
彼からしても【剣】スキルは自身の強みであったのだが、 ここまでされては諦めざるを得ない。
しかし、 剣を保持する事は諦めても勝負そのものを諦めた訳では無かった。
例えリュートとの間に、 埋めがたい経験の差があったとしても……弟に無様に敗れる事など次期領主として、 何より彼の兄として出来ないのだ。
手早く木剣から手を放したマガトは、 自分へと蹴りを放とうとするリュートに対して拳で反撃する事を選択した。
逃げられたら捕まえきれない程に、 速度の差が有るのならば……相手から向かって来るタイミングにこそ、 活路を見出だすべきだと。
事前に予想していたよりもマガトの動揺が小さかった事に異変を感じたリュートは、 直感に身を委ねて体の力を抜き……繰り出されたマガトの右拳に合わせるだけの蹴りを前方へと付き出す形で放った。
リュートの左足とマガトの右の拳が真っ向からぶつかり合い、 当然の如くリュートの体は後方へと弾き飛ばされた。
マガトは軽過ぎる手応えに違和感を覚えつつも、 追撃の為にリュートへ向かって突進を始め……またもや目を大きく開かされる事となった。
彼の眼前に浮かび上がった幾何学的な模様、 即ち“魔法陣”。
それが今にも何か良くない事が起こります、 と言わんばかりに今日の澄み渡った空の色よりも濃く輝いていた。
これが第二手と言うか本命と言えば良いのか、 リュートが狙っていた物だった。
マガトが咄嗟に体全体にブレーキを掛け、 両腕を交錯させた所で……彼を先程とは比べ物にならない程に強い衝撃が襲い、 魔法陣から発射された巨大な水球が容赦なくその体を吹き飛ばしていく。
軽トラックに跳ねられた人体でも、 ここまで綺麗には飛ばないだろう。
たっぷりと十メートルは後方へと水平移動した後、 マガトの体は地面へと投げ出された。
自分でもやり過ぎたと思ったのだろう、 リュートが血相を変えてマガトの元へと駆け出して行く。
ほんの少しの間にて、 審判と補助を兼ねていたスウェントも素早く駆け寄る。
アルは口をポカンと開いたままその場に固まっており、 周囲に自分しか居ないことに気付くと……辺りをキョロキョロと見回してから彼等の方へと走り始めた。
アルが後れ馳せながら一同の元へと駆け付けた時には、 マガトは既に片膝を地面に付く形で起き上がる事が出来ていた。
身体中がずぶ濡れになってはいたが、 目立った外傷等は見当たらない。
自身を心配そうに見詰める弟達に向かって、 マガトは普段の冷静な表情のまま声を出した。
「……死ぬかと思った 」
彼のその台詞を聞いて、 三人はそれぞれ安堵のため息を吐いた。
マガトがこの言葉を口にする時は、 ギリギリ大丈夫な場合の決まり文句の様な物なのだ。
アルだけため息のタイミングが遅かったりするのだが、 これは何時もの事なので誰も気にしていない。
「マガト兄さん、 その…… 」
リュートが彼にしては珍しく沈痛な面持ちで兄へと声を掛けた。
幾ら強くなりたい、 為らねばならないのだとしても些か無理をし過ぎているだろうと。
兄二人がリュートに懇願して行っている事なので、 リュートも協力自体は惜しくも何とも無いのだが――
「マガト兄さんと僕で決めた事だし、 リュートは心配しなくても大丈夫だよ 」
――リュートの変化に気付いたスウェントが、 出来るだけ穏やかな声色で声を掛けた。
リュートの転生の事実が兄弟間で判明してから、 マガトやスウェントは彼の話を熱心に聞き、 少しでも自身の向上に役立てようとしているのだ。
当初は戸惑いしかなかったリュートだが、 熱心な彼等の姿勢に心を打たれ今回の様な特訓、 それも実戦により近い形での模擬戦を行う運びとなった。
忘れているかもしれないが、 リュートは転生以前はそれなりの年齢であったのだ。
精神年齢で言えば彼等の父・ラグナと同じくらい、 ともすればそれよりも年上の可能性だってある。
正確な所は記憶が無いので確かめようが無いが。
そのリュートからすれば、 彼等は幼い内から強さに対しての思い入れが非常に大きい。
世界の違い――法体制や身近な脅威の有無――を考慮しても、 生き急ぎ過ぎてやしないかとさえ思う。
実はマガトとスウェントが強さを求める理由の一つが、 リュートの存在だったりするのだが……ここでは割愛する。
「それじゃあ休憩がてら、 復習を始めよう―― 」
未だに晴れぬ表情をするリュートの心情を慮ったスウェントが、 小休止を兼ねて今回の特訓の目的である【スキル】の向上について述べ始めた。
【スキル】とは、 魂に刻まれた資格や技能のような物であり。
解りやすい指標――レベル等の数字――が無いために、 ひたすら使い込む事で成長させるしか無いと考えられている。
しかもただ持っているだけではペーパードライバーの例の如く、 いずれ錆び付いて使い物にならなくなる。
【魔術】は【スキル】の内、 “魔術系”とジャンル分けされた物の中の一つに過ぎず、 大きく分けて“戦闘系”、 “魔術系”、 “生産系”、 “補助系”の四つに大別される。
視覚的にも効果的にも他の【スキル】とは一線を画す為、 半ば別物として考えられがちではあるが。
グランディニアでは、 ゲーム等とは異なり数値的なパラメーターが無いために理解されづらい傾向にあるのだが、 【スキル】の成長はキチンと本人の能力の向上に反映されているらしい。
『個体レベル無しでパラメータとスキレベは非表示 な完全スキル制のVRMMOみたいなもんだ 』
と某アロハ野郎に説明されただけなので、 これ以上の説明はリュートには不可能なのだが。
HPバーどころかHPすら無く、 首を切られたら死ぬだけのリアルな世界 は、 果してファンタジーと言えるのかどうか……リュートには判断がつかなかった。
「――そして【スキル】を伸ばすには鍛練や実戦あるのみ、 だから今こう言う無茶をしていると言う訳だね 」
スウェントの爽やかな笑顔で締め括られた物騒な説明が終わり、 リュートは力なくその場に座り込んだ。
彼等のやる気は微塵も失われておらず、 この後もそれ以降も手を替えて品を替えた様々な訓練が敢行される事だろう。
リュートの秘密の事も有るし、 流石に大人達の目を盗んで魔物の討伐へと繰り出す訳にも行かないので、 仕方がない事は理解出来るのだが……。
兄達二人は間違いなく自分より才能が有る。
才能に溢れていると言っても良いだろうとリュートは考えていた。
マガトは既に【剣】を始めとした幾つかの戦闘系スキルを習得しているし、 リュートの水球をまともに食らっても怪我と言えば地面との間に出来た擦り傷くらいのものだ。
スウェントは七歳にして魔術の基本属性である【火】、 【水】、 【風】、 【土】の四属性を扱えている。
魔術スキルは所持しているだけで魔術の威力を決める《知力》に大きく補正を加えるので、 彼がこのまま成長したならば唯の火球が豪火球になる日も遠く無い筈だ。
今は彼等が直接的な戦闘にあまり慣れていない為、 何とか凌いではいるがこのままのペースで成長されると流石に自他ともに認める才能の無い自分では着いていける自信が無い。
ふと、 もう一人はどうだろうとリュートは顔をあげてアルの方へと目を向けてみた。
アルはスウェントの長い説明に飽きたのか、 その辺に生えている草を摘まんでは、 結んだり開いたりして遊んでいた。
リュートからの視線を感じとったアルは、 今まで遊んでいた草を手から放り出し……ニパっと泥棒も裸足で逃げ出すような輝かしい笑顔を見せた。
頼もしいのか頼りないのか……リュートにはよく分からない、 と言うのがこの末っ子に対する正しい評価だろうとリュートは常々考えていた。
「頼むからお前はこっち側で居てくれよ、 アル 」
自身へと掛けられた言葉の意味を、 半分も理解していないであろう、 この小さなエルフ。
アルの進むべき道も、 未だ定まりそうには無かった。
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