第一話 道中にて①
大陸歴 1077年 トゥールーズ村~飛竜山脈~アドルード
厳しい冬の間、 しんしんと降り続いた雪も根雪を残すのみとなり。 雪解けを以って、 てっきり春の到来の宣言がなされるものだと思っていたリュート=ヴァン=トゥールーズであったが。 隣を歩くトゥールーズ家の次兄、 スウェントから告げられた言葉の内容に思わず耳を疑った。
「えっ!? ……ならさ、 アルバレアはもうとっくに春になってるって事? 」
「まぁ、 村から外に出ないのなら……別に気にする事でもないしね 」
「んぅぅ、 久しぶりに不思議要素が来たな…… 」
中々に受け入れがたい心境を抱いたまま見上げた空は……憎たらしいまでに高く、 晴れ渡っていた。
グランディニアの大地に転生を果たしてから十年。 いよいよトゥールーズ村を出て、 隣町のアドルードへと出向く筈であったリュートの門出が突然の出兵と深夜の襲撃事件によりお流れとなってから……実に、 二年の時が経過していた。
焼け落ちた領主館の再建や、 被害を受けた家屋の復興。 そして、 村の防衛に尽力した冒険者パーティ“雷花”への臨時報酬の支払いで完結する予定だった村内での対応は……とある暴君の介入により、 襲撃の実行犯であったデヴォリとフォンタナの助命と雇い入れ。 更には、 遠く離れたカレスト教国に監禁された二人の家族であるハンナの救出劇への謎の発展を遂げ……最終的には、 南部大森林の特産品の一つである高級木材“黒槍”をこれでもかと使用した“トゥールーズ改造計画”へと着地を果たした。
リュートの立場からしてみれば発起人が暴君である以上、 鼻っから扱き使われる事が確定していた為に計画自体に否やも何も無かったのだが……この唐突にぶち上げられた一大プロジェクトは、 リュート以外の村民に対しても意外な程にすんなりと受け入れられた。
今から二十年以上も昔の事。
この地に村を築いたラグナ達の心境と言えば、 新天地を求めて海を渡る冒険家のそれでは無く。 はたまた、 偉業を成した者が己の功績を称えた勲章を杯片手に眺めるそれでも無い……そう言ったものとは真逆の、 言ってしまえば遁世の一心であった。
アルバレア公国にて突如として巻き起こった、 後に大脱走と名付けられる魔物達の氾濫は、 公都の司令塔であったアルバレア公爵とその後継者を一度に失うと言う、 まさに最悪の状況から始まった。
トゥールーズを始点として飛竜山脈の尾根に沿う形で南西部から時計回りに襲来した魔物に対して、 各都市はそれぞれの都市に備わっていた城壁と周囲の街と街を繋ぐ街道を防衛線として抵抗。 その任は勿論、 各都市の誇る騎士団が担い、 当初は順調に対応出来ていたのだが。
飛竜や魔鳥――鳥型の魔物――と言った飛行型の魔物が、 その防衛線を文字通り飛び越えて後方の地域であった公国北部や公都の周辺へと出没し始めた途端、 アルバレアはその全土が蜂の巣をつついた様な事態へと相成った。
飛行型の魔物が飛んで行った先々でそこを縄張りとしていた魔物達を刺激し、 全体から見れば小規模ながらもスタンピードを誘発すると言う、 悪夢に悪夢を上塗りするような異常事態……そこで起こったのが、 各都市を治める貴族達による――その当時は余剰戦力であった――冒険者達の取り合いである。
この件に関しては、 一概に貴族による横暴だと非難する事は出来ない。
何故なら、 魔物が跋扈するグランディニア大陸では――特にアルバレアでは――領地領民に安全を提供すると言うその一点において、 彼等貴族は特権階級足り得るのだから。
兎に角、 尻に火が付いた彼等の関心は自領とその周辺の安全のみに集約された。 何せ人間相手の闘争であれば、 譲歩や降伏と言った敗北を被った後でも話し合いの余地が生まれるが、 魔物相手ではそうはいかない。 彼らは文字通りなりふり構わず戦力の召集を目論み……彼等が行った強引とも言える施策は、 都市に縛られる為政者と自由を好む風潮のある冒険者達の間に深刻な軋轢を生じさせた。
この様な状況下に半ば無理矢理に組み込まれた冒険者達が取った行動が、 故国エムレバの名門貴族の出であったラグナを中心とした集団を結成する……であった事実を身分に屈した、 特権に縋った、 対症療法に過ぎない等と笑い飛ばせた者が居ただろうか……ラグナ達冒険者もまた、 貴族と同様に追い込まれていたのである。
アルバレアの各地を転戦しながら、 それこそ対処療法としか思えない戦闘を繰り返す。
始めこそ領民から贈られる賛辞を素直に受け取る事が出来ていたものの……次第にその身に押し寄せたのは、 功績を奪われた貴族や騎士からの冷ややかな視線と、 この手のお題目ではお決まりの――
『何故もっと早く来てくれなかったのか 』
――愛する者を失った者達の、 やり場の無い怒りであったと言う。
話があちらこちらへと飛び火してしまったが。
トゥールーズに拠点を築く事を決断した当時のラグナ達は戦闘力こそ有れど、 二十代前半と言った若者に過ぎなかった事や南部大森林や飛竜山脈と言う魔境のお膝元であった点からして……人・物・金のあらゆる面で、 トゥールーズをど田舎の寒村以上に富ませるだけの余力を持ち得なったのである。
翻っての今である。
幾らか外部に頼る所はあるものの……二十と余年もの月日に亘って魔物の領域との境目で戦い続け、 そこで得た資源を大陸中に供給し続けたトゥールーズの冒険者達の懐が寂しい訳が無い。
人生の折り返しを目前に控えた者達が、 煩わしさからの逃避の果てに築いた自分達の縄張りをより良い“終の棲家”へと作り変えると言う決断は、 そうおかしな事では無い。
その判断を下す材料の中に、 現代社会の利便性を知るリュートからの入れ知恵や……彼の頭の中にしか存在しない未来図を可視化して、 実現までの筋道をきちんと立てられる存在からの後押しがあったとしても。
何にせよ、 “改造計画”と無駄にカッコつけた名前の付いたそれと、 本格的に始まった実戦訓練に追われていたリュートであったが。 この度は晴れて十二歳となった事で公都周辺にある学園への入学と、 二年前の襲撃事件の沙汰を見届ける為に両親や次兄と連れ立って、 長兄の居るアルバレアの公都を目指す運びとなったのである。
ここで冒頭の話題へと戻る。
先達てのカレスト教国はデレーブへの侵入作戦の折、 リュートはトゥールーズやカレスト教国は勿論、 アルバレアやエムレバの位置関係は把握していた。 トゥールーズでの一年を通じての気温の変化や周囲の植生、 動物や魔物の生活サイクルからグランディニア大陸は、 この名もなき惑星の北半球に在ると思っていたのである。
何が言いたいのかと言うと、 今からここより“北”を目指すのだから、 アルバレアとはトゥールーズよりは寒い――少なくとも同程度の――気候だと想像していたのである。
そこでスウェントの口から飛び出した台詞が――
『ウチには氷精霊がいるから、 他所より冬が長いんだよ 』
――と言う、 意味不明な事実であったのだ。
ニーニャとは、 彼ら兄弟の母・アリアが幼少の頃より契約して共にある氷精霊――【氷属性】の精霊――の名である。 可愛らしい少女の姿をしたその存在自体はアリアが事あるごとに呼び出し、 海を凍らせて一人で漁業をしていたりとある意味では力を見せつけていた事もあって、 リュートにとっては“精霊=強い”程度の認識でいたのだが。
まさか、 幾ら戦闘能力が高いと言ってもそこに在るだけで、 周囲の気候そのものにまで影響を与える程だとは思っていなかったのである。
「一応、 学園の授業でも教えてくれるけど? 」
「……実際に見たりとかは? 」
「流石に講師に精霊と契約してる人は居ないって言うか……精霊と契約出来るくらいの魔力を持った人って、 都市で抱える様な人材だからね 」
「はぇぇ~、 やっぱそう言うのも知らないと拙いねぇ 」
飛竜山脈の峠道――つづら折りになった山道――を歩く兄弟間のもっぱらの話題と言えば、 これから向かう先であるアルバレアの事である。
早朝にトゥールーズを出た当初はリュートにとっては見るもの全てが新鮮で、 石くれ一つ取っても旅特有の高揚感を味わう事が出来ていたのだが。 視界に映るのが岩肌に点在する緑と山頂の白、 そして抜ける様な青空と言った絶景も……いつまでも同じものが続けば飽きが来ても仕方が無いと言えよう。
峠道と聞いて、 ともすると滑落を意識したり山肌から岩が崩落して来る場面に出くわすやもと構えていたのだが……そんな心配は一切無い、 実に長閑な旅路となっている。
少し考えれば分かる事だが、 今現在リュートが歩く道はトゥールーズが持つ外部との唯一の道筋なのだ。 トゥールーズにとっての大動脈と言えるその道は常に拡張・整備され、 馬どころか二頭立ての馬車の通行すら可能となっている。
この辺りは近々の事情で言えば、 かの暴君の技量に感銘を受けたアルフレッドの尽力による所が大きいのだが。 その当人は、 リュートに先立って両親の故郷であるエルフの里――大陸北西部――へと旅立っている。
本人曰く、 リュートと並び立つ為には一人前のエルフとなる事が必要で不可欠なのだが。 その為には両親の故郷においてエルフ特有の“成人の儀”を果たさなくてはならないらしい。
リュートからしてみれば、 生まれた頃から一緒に居たアルは実力が云々と言った存在では無い。 アルにはそう直接伝えたのだが、 余計にやる気を刺激してしまう結果となってしまい……お互いの成長を約束して別れると言った、 青春パートを経験したのはリュートの記憶にとっても新しい。
そこに無理やり同行した弓使いが居たとか、 居なかったとか。
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