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I wish I were ~土下座から始まる異世界冒険譚~  作者: PEE/ペー
間章 その二
33/39

だいせんせいのじゅぎょう

 

 グランディニア大陸には、 国家の他にも大きな組織が存在する。 言わずと知れた三大ギルド……冒険者ギルド、 商業ギルド、 そして魔導ギルドである。


 この三つの組織の成り立ちは、 大陸史に度々登場する連合王国の初代国王が種族単位でバラバラな行動を取っていた人類サイドを一つに(まと)め上げ。 協力して魔物を押し返し、 人類の生存圏を拡大する為の言わば土台として創設されたと言った経緯がある。


 やがて時が経ち、 人類側のある程度の安全が確保されると三大ギルドは魔物をただ倒すだけの怨敵(おんてき)では無く、 人類側では生産不可能な――言ってしまえば――“資源”として活用する術を模索し始める運びとなった。


 これはある意味では当然の流れである。 組織が継続した事業を行うためには、 どうしたって費用(コスト)――現代風に表現するならば予算――の問題が付きまとうからである。


 その為、 三大ギルドはその傘下に収まる鍛冶師ギルドや薬事ギルド、 錬金ギルドと言った様々な団体と研究・開発を重ね人類の発展をより安定したものとする事に成功した。


 魔物を打ち倒す為の武器や防具に始まり、 今まででは困難であった病気や怪我の治癒・治療。 そして人類の生活をより豊かで便利にする魔道具の開発等を成し遂げたのである。


 しかしながら、 大陸の歴史が千年の時を刻む今でさえ実現にたどり着いていない重要な命題がある。


 一つが魔物や賊等の外敵と対峙する際には必須とも思える、 怪我や病気の即時回復(インスタントヒール)術の開発。


 もう一つは大陸に住まう人々の誰しもが所持する、 ギルドカードに恒久(こうきゅう)的に付与されたインベントリを始めとする空間に関わる魔術式――魔術として利用する為のプロセス――の()()


 そして最後の一つが上記に登場した、 物体への恒久的な付与術である。


 これらはまとめて三大魔法――あるいは単に魔法――と呼ばれ、 魔導の道を志す学徒や研究者達が常に追い求めている課題である一方で、 人々の間では普通では起こり得ない事に対する一種の比喩表現として演劇等で使われたり、 グランディニアにおける詐欺行為の手段として最もポピュラーな事柄もこの魔法に関連したものである事から、 ある意味では人々の生活に根差した言葉となっている。


 逆に言えば、 かの初代国王はこの様な伝説的な魔道具――ギルドカード作成機――を大陸の中心部にあった大迷宮で発見し、 それを効果的に運用したからこそ種族の異なる人々を束ね上げ、 連合王国を樹立するに至ったのである。


 そして、 今ここで――


「これが、 魔導を極めた先に……果たして人に辿り着ける領域なのか…… 」


 ――とある成人間近の少年が、 所謂(いわゆる)歴史的な瞬間に立ち会っていた。





 大陸歴 1075年 トゥールーズ村 





 あっと言う間に空の人となったリュートを見送った、 ラグナ達トゥールーズ村の一同であったが。 一刻も早く、 村の機能を復旧する必要があるとは言え……そうすんなりと最善の行動へ移れるかと問われれば肉体的にも精神的にも、 彼等にはそうも行かない事情があった。


「さて、 何から始めるべきか―― 」


 故郷の危機とあって三日三晩、 寝る間も惜しんで馬を次々に乗り換え、 公都からトゥールーズ村への強行軍を終えたばかりのラグナ達――帰還組――の疲労は濃く。 雷花の四人やザグリーブ達――残留組――も、 今は戦闘行動の直後で気が張っているものの。 深夜から警戒を続け、 自分達より格上と思わしき人物を相手にした事から疲労感は強い。


 おまけに焼け落ちた領主館だけでなく、 自宅に被害を受けた者もいるどころか……襲撃の実行犯当人がこの場に居る事も相まって落ち着かない処か、 怒りを抑えるだけで精一杯の者も居た。


「――まぁ、 それぞれ思う事はあるだろうが……この場は言った通り、 俺に任せてもらおう 」


「……良いのか? 」


 小さな村の中に渦巻く、 様々な感情に思いを巡らせていたラグナの悩みを引き取る形で言葉を放ったロイに対し、 再度ラグナが口を開いて確認を取る。


 自分達が一から築いた故郷の復旧において、 今日出会ったばかりの他人を()てにする事に思う所が無いはずが無かったが……その一方で、 現在トゥールーズ村で生活する面々はその大半が戦闘技能持ちに偏ってしまっているのもまた、 事実であった。 アルベスと一緒に公都へ戻ったマガトが、 かつてこの地を切り開いた際の仲間達に連絡をつけるまでの間は……既に戦闘行為が終結している以上、 冒険者――対魔物の専門家――に出来る事は、 そう多くは無い。


 魔物の領域に隣接する以上は致し方ない事ではあるが。 トゥールーズ村が世間一般にとって暮らし辛い環境であるからこそ魔境と揶揄(やゆ)され、 ここで獲得出来る様々な物品に()では高値が付くのである。 本来であれば、 この地でそれなりの加工を済ませてから飛竜山脈の対岸(ふもと)のアドルードへ納品した方が今より稼げる事は、 村の誰しもが理解している。 しかし、 かつてのラグナ達は潜在的な者はともかく、 表面上は()をこれ以上増やさない為にも原材料の供給以外の工程を、 他領に委ねる決断を下した過去があった。


「アダゴレ君、 手筈は? 」


「はい、 万事抜かりなく 」


「ふむ……そうだな、 アルにスウェント。 ちょっと良いものを見せてやろう 」


 焼け落ちて黒焦げとなった建材や、 燃え残った家々を眺めるうちに移り住んだ当時の事が思い起こされたのか。 自然としんみりした空気を纏い口数が少なくなっていた大人達を尻目に……少年たちを呼び寄せただけでなく、 授業の真似事も始めてしまうロイ。


 いつも間にか、 デヴォリとフォンタナを研究所――村の東岸に設けられたアダゴレ君専用の建物――へ連行していた筈のアダゴレ君も一同へと合流を果たしており。 トゥールーズ村は、 先刻リュートがまき散らかした殺気とはまた違った類の……かつて経験した事の無い、 異様な――期待と疑念が入り混じった――雰囲気に包まれつつあった。


「……えぇ、 宜しくお願いします 」


「お願いします!! 」


「……アル、 後でゆっくり話を聞かせてね? 」


 食堂で傷ついたレイラの一命を取り留めた事や、 リュートが以前からロイに対して示していた信頼の度合いを思い返せば……かなりの高い確率で高位の魔術かそれに匹敵する何かしらの技術を披露してもらえる貴重な機会になる……と言う話の流れ自体は、 スウェントにとっても非常に分かり易くはあったのだが。 人為的な被害にあった己の故郷を教材扱いされている事が、 彼の心境に引っ掛かりを生じさせているのもまた、 偽りようの無い正直な気持ちである。


 しかしその事以上にスウェントが気になったのが、 アルの放つ、 焦りすら感じさせる真剣さであった。


 トゥールーズと言う厳しい環境で育ちながら、 周囲の過保護はあったにせよ伸びやかで真っすぐな性格をしたアルが、 直接的な力を求めていると言う事実こそ……今回の襲撃事件が(もたら)した影響の大きさを改めて――自分が居合わせられなかった事も相まって――スウェントに思い知らせる始末となっていた。


「スウェント、 貴方のそう言った思慮の深さは美徳であるとは()()()()が―― 」


「……っ!? 」


 不意に背後から送られた台詞に秘められた、 自分の内心を着実に(えぐ)る言葉の鋭さに……思わず息を止め、 声の主を勢い良く振り返って(にら)み付けるスウェントであったが。


「――足りませんよ? それでは()()リュートにすら、 及びません 」


 彼に帰って来た反応は、 アダゴレ君のにべも無い――取り付く島もない――厳しい言葉であった。


「……分かっては、 いるつもりです 」


 アダゴレ君の発言の意味を正確に読み取った――力不足を指摘された――スウェントにとってその言葉は、 実に耳に痛いものであった。


 マガトの後を追うようにして十歳となった三年前に村を出たスウェントは、 兄と同じように村外での見習い生活を経て、 公都の学園へと入学した。


 故郷を離れ様々な人との出会いを経験したスウェントにとって、 知見が広がった自覚も(しか)とある事から言って、 決して間違いでは無いと言える選択をしたと……先日までは思っていた。


 公都での生活は物質的な豊かさであれば勿論、 ど田舎であるトゥールーズとは――お金さえあればと言う前提条件はあるが――比べ物にならない程に恵まれていたのだが。


 肝心の……スウェントが何より求めていた、 自らが求める力の源泉となるべき知識と技術に関しては思ったほどの成果が得られなかったのである。


 それに加え、 弟を――言い換えれば故郷を――守る為の力を欲して外に出た自分が、 その故郷の重大な危機に立ち会えなかったと言う事実がまた、 若い彼の心に負い目とも言うべき“しこり”の様な淀んだ暗い何かを齎しているのであった。


 いつもであれば、 スウェントの様子に変化があれば兄のマガトや弟のリュートが直ぐに気付き、 茶化すなりなんなりする事で(もや)を払うように解決してしまうのだが……今ここに、 彼らは居ない。


「まぁいいでしょう。 今から目にする出来事を考えれば、 貴方の()()が如何に小さなモノであるか……五感どころか全身で感じる事が出来るでしょう 」


「それ程……ですか? あの方は 」


 珍しく長口上なアダゴレ君の物言いに、 いつもは――当然ながら――感じる事の出来ない人間味を見出し、 戸惑いが八割に不安が二割と言った面持ちとなったスウェントであったが。


「何せ貴方たちがどれだけ強く願い、 焦がれたとしても……たとえ生を何度繰り返したとしても、 ()が無ければ決して出会えず。 そして、 教えを乞う事などそれこそ銀河中を探したとしても片手で足りる程度にしか許されないお方なのですから……我が主は 」


「…… 」


 余りにも強い、 敬意や恭順を超えたまさに崇拝と呼ぶべきアダゴレ君の熱量を前にして、 彼の十五年に満たない人生では口に出す言葉を見つける事が出来ないでいた。


 そうこうしているうちに準備が整ったのか、 スウェントが首を左右に振って周囲を見回した時には既に彼の側には二、 三歩程前に主役であるロイが悠然と立っており。 スウェントの隣には恭しい立ち姿で固まったアダゴレ君と、 一瞬たりとも見逃すものかと目に力を込めてロイを凝視するアルが左右に立ち並んでいるだけであり。 そこからやや離れた位置に村の面々が固まっている状況が出来上がっていた。


「……特に手順は必要ないんだが、 一応それらしくしてみるか―― 」


 常ならば二本の脚で直立する事すら面倒くさがる男が、肩幅程に足を開いて()()()()する。 たったそれだけの事で、 世界は悲鳴をあげた。


 晴れ渡っていた筈の大空は、 いつの間にか曇天を通り越して紫色に染まり。 あらゆる生物は、 彼の許し無くば自由な呼吸すら(あた)わない。


 終末とは、 こう言うものだと言葉を介さぬ幼子さえ理解出来る……当人以外には致命的な状況を易々と創りあげた人物はなお、 普段と変わらずに悠然としたまま、 その手を伸ばす。


「――我、 理外の(ことわり)を体現する者 」


「「「「……つっ!? 」」」」


 誰に言い聞かせるでもなく、 だがしかしはっきりと銀河の暴君の口から放たれたその言葉は……音が周囲に伝わった瞬間、 物理的な拘束力を持ち()()を発揮する。 それは、 かつて黒地竜と真っ正面から対峙した冒険者達でさえ決して抗えるものではなかった。





 その後の出来事は、 夢や幻だと言われた方がよっぽどに現実味があったとスウェントは記憶している。


 かの暴君が伸ばした左腕を軽く折り曲げ、 再び伸ばす。 その際の手首の(かえ)しによって生まれたそよ風は……地面に膝を着き、 (うずくま)りながらも彼の魔術を見届けようとして必死に顔を上げたスウェントの頬を柔らかく撫で、 前髪を軽く揺らして……全てを魔素へと還した。


 アダゴレ君の解説に()れば、 【風属性】の持つ“風化”と言う概念を限界まで高め……“滅び”を齎した、 との事である。


 素直に人類には到達不可能な領域――即ち魔法――によるものだと言われた方が、 まだ納得がいくような気もするが……このグランディニアの大地を創造したのが精霊であるならば。 それ以上の存在だとアダゴレ君が称える“銀河の暴君”であれば、 その逆も容易い事であるらしかった。


 世界の創造だの破壊だのと、 言い(ざま)はいくらでも大げさに出来るものの。 実際にやった事と言えば、 砂の上に書いた文字を打ち寄せる波が流してしまうのと同じ様に……圧倒的にスケールの異なる者が力を行使した結果に過ぎない……らしい。


 自身を自然現象の一つである波に例える、 暴君のぶっとんだスケール感はさておいて。


「これが、 魔導を極めた先に……()に辿り着ける領域なのか……? 」


 スウェントが畏怖や驚嘆では済みそうに無い、 彼の人生における最大級の衝撃にその身を震わせる最中……だいせんせいの授業とやらは、 終わりを迎えた。





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