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I wish I were ~土下座から始まる異世界冒険譚~  作者: PEE/ペー
間章 その二
32/39

いわゆる内幕と呼ぶべき何か

すいません、 書きたいことが溢れた結果……過去最長の一万字近い内容となっています。


移動中にお気軽に~~とは言えませんが、 本作の脇を埋める重要なエピソードとなっていますので、 どうぞよろしくお願い致します。

 大陸歴 1077年 キクシュタル王国 王都 ブエナ伯爵家 別邸





 寒の明けからも幾分かの日にちが経ち、 遥か北方に(そび)える天険(てんけん)名高い北方(エムール)山脈に積もった雪々は少しずつ大地へと還り。


 日に日に暖かさを増す陽光に誘われたのか、 若い男女は揚々と街へと繰り出し。 小気味よく鳴り響く馬蹄(ばてい)の音と合わさって、 大陸最大級の華やかさがそこかしこに(あふ)れる街並みの一角にあって。


 母フィオルーネの生家であるブエナ伯爵家に滞在するサルゲイロ=フォン=アルバレアは……一人、 時の流れから切り離されたような鬱屈(うっくつ)した日々を過ごしていた。


「……どうして? 」


 まるで魔物から逃げ出す様に生まれ故郷を去り、 無我夢中で王都へとたどり着いた……当初はまだ良かった。


 母が生家とどの様なやり取りをしていたのか、 サルゲイロには(あずか)り知らぬ事だが。 ここ、 王都で出迎えてくれた親族はみな温かく。 不慣れな長旅の影響ですり減っていたサルゲイロを心身ともに癒してくれた。


 更には、 グランディニアで最も高貴な一族へと拝謁する機会にも恵まれ――


「それが……どうして……? 」


 そもそも、 サルゲイロは知らない。


 自分が何故、 アルバレアを離れなければならなかったのか。


 自分が何故、 王都で軟禁生活を強いられているのか。


 自分が一体、 何をしてしまったのかさえ知らない。





 サルゲイロ=フォン=アルバレアは、 幼い頃から従順な少年であった。


 母親や周囲の人間からの薫陶(くんとう)を一心に受け止め、 アルバレアで最も高貴な一族の一員として恥ずかしくない……厳しくも幸せな毎日を送っていた()であった。


 穏やかな――虚構とも言える――日々に(ひび)が入り始めたのが、 十二歳となり学園へ入学したその時である。


 幼少期より、 家庭教師を始め周囲からもて(はや)されて育ったサルゲイロは、 当然同年代の中でも自分が最も優秀であると信じていたが……蓋を開けてみると彼は平均よりも、 ほんの少しだけ上の成績でしかなかった。


 それもそのはずで、 アルバレア公国とは生き馬の目を抜く商人達が、 汗も流さずして美味しい所だけ持って行く腐肉漁り(ハゲワシ)の様なマネをする貴族達に嫌気がさして……自分達の商いを守るために立ち上がって出来たと言う歴史的な背景がある。


 その意気込みは、 祖先から安住の地を引き継ぎ……魔物の脅威どころか日常のあらゆる(わずら)わしさから解放され、 生まれ持った地位や身分の()()だけで安穏(あんのん)とした暮らしが保証された王侯貴族達とは、 何から何までが異なる。


 王国から嫁入りするも、 栄えある貴種として頑なにそれを否定し。 王国貴族としての生き方に固執し続けていたフィオルーネの手によって、 同年代から隔離されていたサルゲイロには……その簡単な事実にすら気づく機会が与えられなかったのである。


 井戸の底の狭い世界しか知らなかった(かえる)が、 いきなり大海原に放り出された時。 或いは必死に地区大会を勝ち抜いた地方公立高校の部員が全国大会の初戦で優勝候補の私立高校と対戦してしまい、 自分の実力(レベル)を客観的に知らしめられた時……ともかく、 サルゲイロがかなりの衝撃を受けた事は想像するに容易い。





 これが、 単に公都の民が勤勉で、 “お貴族様”がそれに劣ると言った単純な構図であればまだ良かったのだが。


 サルゲイロの同級生には、 マガト=フォン=トゥールーズの名前があった。


 産まれた時から英雄の跡を継ぐことを求められ、 聡明な次男からの強烈な突き上げを食らい、 転生者(リュート)からの入れ知恵があったマガトは辺境――しかも魔境――出身と言う出自も相まって、 この時点で満貫(マンガン)――高評価――であったのだが。 ここに銀河を駆ける超高性能ゴーレムの容赦ない指導が加わり……それはもう()()()


 武においては勿論のこと他の生徒を圧倒し、 扱う属性こそ【火】のみであったが魔術への造詣(ぞうけい)も深く知識も十分。 将来、 領を背負うための備えあってか人柄も穏やかで有りながら芯は太い等、 とにかく活躍した話題に事欠かない(きら)めきを周囲に放ったのであった。





 この“英雄の息子”と“公爵家嫡男”と言う分かり易い対比は、 本人達の知らぬ所で勝手に明と暗を創り出し……アルバレアの民心に根深く残る“傲慢な貴族”への反感を燃料として加速。 学園を飛び出した噂話は、 それ特有の根拠に乏しい脚色を加味して公都のあちこちで“愚鈍”な嫡男として、 サルゲイロの名が(ささや)かれる事態となっていた。


 この噂話は、 最終的にはアルベスがマガトを“後継ぎ(フォン)”としてラグナからもらい受けると言った……壮大な事実無根の御家騒動にまで飛躍してみせた。


 この頃、 数少ないながらもサルゲイロの側に居た公国西部の王国系貴族の子息達は、 フィオルーネが彼らの家系を傍流(ぼうりゅう)と評した一件も相まって距離を置き。 当事者であったマガトは勿論、 公都の長であったアルベスもその立場故に下手に発言すれば火に油を注ぐと静観の構えを見せてしまい……結果、 サルゲイロは孤立した。


 ただ、 この時の出来事が未来のトゥールーズ襲撃の発端となった……訳では無い。





 学園では身の置き所が無かったサルゲイロであったが、 それでも風評にめげず学生生活を送る中……卒業を控えた最後の長期休暇の際に、 とある出会いを果たす。


 公都に居ても居心地は悪く、 されど他の街へ行く当ても持たなかった当時の彼はふらりと出歩き……気が付けばその足は、 自然と人の少ない方へと向いて……とある“教会”へとたどり着く。


 アルバレアを始め、 大陸のほとんどの地域で崇拝される精霊が祀られている“神殿”では無い、 教会。 そこに居たのは勿論、 カレスト教の司祭と修道女であったのだが。 彼等は、 歩き疲れて座り込んでしまったサルゲイロを温かく迎え入れ……彼の苦悩に熱心に耳を傾け、 受け止めた。


 カレスト教が純人種(ヒューマン)至上主義の一面を持つ事に疑いは無い。 だがそれは、 違った見方をすれば純人種を大切にしているとも受け取れる。 原理主義が暑苦しくとも、 全ての信徒がそうであるとは限らないように。


 更には、 建国以来グランディニアの問題児であった教国も、 この当時は帝国との小競り合いも集結して久しく。 国境を接し、 直接的な遺恨(いこん)が残る帝国から見ても指導層が丸ごと退陣したのかと思い違える――そのような事実は無い――程に急激に大人しくなっており。


 間に王国と言う“仮想敵国”を挟んだアルバレアでは、 歴史の授業の一説に登場する程度でしか無かった為にサルゲイロは、 彼らに対して警戒心を抱かずに接してしまったのである。


 ここで受けたカレスト教の教えに感銘を受けたサルゲイロは、 次第にその活動への援助に力を注ぎ始める。 入信と言った直接的な行動へと発展しなかった理由は、 寧ろ教団側が公爵家嫡男との繋がりを公にしてしまう事を避けた結果であり。 サルゲイロの熱の入れようは、 受け止める司教達が困惑する程に強いものであった。


 特に、 サルゲイロとの連絡要員であった修道女の一人との密会は、 正に恋物語の一節にある様に人目を忍んで行われた。


 かくして、 サルゲイロと言う公都では飛びっきりのスポンサーを得た教団は、 かつての混迷期に生まれた貧民達の支援を隠れ(みの)として……様々な人員を公都周辺へと呼び寄せる事に成功したのである。


 全ては、 サルゲイロの与り知らぬ所で。


「そうだ……彼女はどこだ―― 」


 彼は、 自分が出した金銭でトゥールーズ襲撃犯達の諸費用が賄われた事等、 知りもしない。


 彼は、 自分が教団のとある一派が企んだ誘拐劇の主犯とされている事も知らない。


「――何処に居るんだ、 フィーネ……? 」


 いつまでも、 ()()()()居ない人物の名を叫びながら。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 同年    カレスト教国 北部 セーギュ教区 大聖堂内 執務室





 カレスト教国における北部とは、 (いま)まわしき過去を持つ土地である。


 かつて帝国西部(聖地)()()()()()()力なき信徒達が今の教国への逃避行の最中(さなか)、 渡河に際して多数の尊い命を落とした場所であり。 聖地奪回を掲げた多くの熱心な信徒達が、 戦場の(つゆ)として消えてしまった場所でもある。


 そして、 その多くの失われた命を追悼する目的で建設されたのが、 この北部大聖堂である。


 ここが大聖堂である以上、 ここには教国で上から三番目の(くらい)にある大司教(アークビショップ)が存在する。


「アーク、 どうやら彼女が戻ったとの報せが―― 」


 貧しく見られない最低限の装飾を施した一室の、 これまた使い古された執務机の前に立った痩せぎすの男が、 眼前に座る宗教者にしては恰幅の良い男へと呼び掛ける。


 カレスト教国は行政区分が宗教国家の名の通り、 領主の居る領では無く各司教が受け持つエリア――司教区――で区切られており。 司教へと昇格した時点で生まれ持った名前を捨て去り、 ただ神の代行者となる。 そして、 地名に役職を合わせた物がその人物を表す記号(名前)となるのだ。


「――セーギュ司教、 ()()を直ちにここへ 」


 椅子に座したままでこの土地の名を持つ司教の言葉を遮る行為が、 彼の地位を端的に表している様に……このふくよかな体型を持つ男こそが、 このセーギュを始めとした教国の北部一帯を監督する北部大司教であり。 ある意味では、 トゥールーズに関する一連の事件の()()()黒幕だと言えた。


 この黒幕と思わしき()()は――慇懃(いんぎん)無礼すら許さない、 お堅く真面目な部下が言いつけ通りに遠ざかるのを横目に写しながら――肩を落とし、 音を立てぬ様に注意を払って額を机へと合流させた。 教国の権力構造においてかなりの上役にあるはずのこの男の顔色は、 項垂(うなだ)れている為に余人には(うかが)い知れぬ事だが……その地位と反比例するかのように悪かった。


「あら、 アーク様とあろう者がどうしたの? そんなザマ―― 」


 そのまま机に伏せる事しばし。 色あせつつも、 丁寧に磨かれた板張りの廊下を音を立てて歩きながら……少女と(おぼ)しき特徴の人物から掛けられた声に反応して、 顎に力を入れる。


「――早死にするわよって言おうと思ったんだけど……ホントにそのうち死ぬわよ? 」


「お前にだけは言われたく無いものだな、 メリッサよ 」


 真っ正面からぶつけられた悪態は、 遠慮の欠片も含まない中々に強烈なものであったが。 男も即座に皮肉で返すあたり、 この二人の関係性は近しい。 何故なら、 彼らは“共犯者”なのだから。


「で、 どうなんだ? 」


「……はぁ 」


 再会の挨拶と呼ぶには刺激が強いそれをそこそこに済ませた二人は、 執務机の前方に並べられた長椅子へと机を挟んで互いに着席。 持て成すお茶の一つも出さずに報告を求める男の()()()()な態度に、 少女がため息でもって返す。


 執務室と応接室が一体化したこの空間は、 男の性格を百の言葉で表すよりも雄弁に語っており。 機能的で合理性に優れたものだが、 権力者としては儀礼を軽んじているようにも見える。


 だからこそ、 この不毛の地の大司教に任ぜられていると言えるのだが。


「もういいわ……デヴォリは討死(うちじに)、 母親は情夫を連れてとんずら、 坊ちゃんは王都で監禁生活って所ね……まぁ控え目に言っても、 最悪ね 」


「……ぐぬぬぅぅ!? 」


 事前に書面での報告によって、 おおよその事の顛末(てんまつ)は把握していた男であったが。 やはり二年以上に(わた)ってアルバレアに(おもむ)いていたメリッサからの報告は(あいだ)を介さずに受け取ろうと考えて、 今日この日を待ちわびていたのである。


 分かってはいても……いや、 把握していた事実を改めて――より詳細に――叩きつけられた男は、 反射的に握りしめた拳を振り上げるも……理性を総動員して、 応接机に振り下ろす事を我慢する。 それから、 迷いない足取りで背面側の一番奥。 壁面と一体化した戸棚から琥珀色をした酒瓶と、 その上部に傘のように被さっていた小さめのガラス製のコップを手に取り……再び長椅子へと着席すると、 無言のままやけに慣れた手つきで以て酒瓶の栓を開け、 手酌でもって机に置いたグラスへなみなみと注いでいく。


「氷は出してあげる 」


「……おい、 何だそのグラスは!? 」


 勤務時間の真っ只中である事はさて置き。 秘蔵の蒸留酒を分けてやる事自体は、 男にとってまだ許せる範囲の内だ。 大司教がその地位から手に入れやすい酒瓶を提供し。 弱い――対魔物には役に立たない――【氷属性】を持つメリッサが、 酒の対価としてロックアイスを差し出す……この二人で話し込む際には、 もはやお決まりとなった流れであるからだ。


 ただ、 彼女が早々に取り出していたグラスは、 男のそれよりも遥かに凝った造りであるばかりか……明らかに三倍以上の容量を誇っていたのである。


「東方くんだりまで二年も行ってたのよ? 気に入ったグラスの一つくらい買って帰るわ 」


「……ちっ 」


 そう、 このメリッサと呼ばれた()()こそが、 サルゲイロをカレストの教えへとのめり込ませて援助を引き出した修道女――フィーネと名乗っていた――その当人で……小人族(ホビット)特有の()()()()()()体躯(たいく)を最大限に活用し。 出会った童貞やロリコン達から金銭や重要情報を手に入れる、 女諜報員(スパイ)なのである。


 彼らの大義に関してはここでは割愛するが……要は、 自分達の派閥――名もなき少数勢力――の協力者や理解者を確保せんとして、 唯でさえ少ない人員を大陸の主要都市へと派遣していた。


 今回はその中で、 彼らの派閥が半ばヤケクソ気味に選んだ大陸最遠方であったアルバレアにて――当時は――偶然にも魔物が暴れまわっており。 賄賂さえきちんと支払えば、 基本的に王宮――王都の中心地――以外は警備が(ざる)な王国経由で人員及び拠点の確保に成功。 そこで二十数年に亘る地道な活動を行っていた所にサルゲイロと言う、 打って付けな人材が転がり込んで来た事から全てが始まった。


「何て言えばいいのかしらね……あの坊ちゃん、 危なすぎたのよ 」


「……ほう 」


 期せずして手に入れた公爵家嫡男と言う(サルゲイロ)は、 金蔓(ATM)としての性能は抜群であったが……余りにも簡単にメリッサに(なび)いたが故に、 すんなりと受け入れられたのは当初だけであり。 次第に彼女の警戒心を刺激するようになっていた。


 しかし、 非主流派かつ味方が限られていたメリッサから見れば危うい罠にしか見えなかったサルゲイロであったが。 彼女以外の周囲にとっては、 降って湧いた(カモ)に見えたようで……金の匂いに敏感な裏社会の者を始め、 フィオルーネに(むら)がる王国系の人員や何処からか話を聞きつけて来た教国の神託派――神託さえあれば良い、 脳死気味の主流派――と言った、 玉石の“石”達が集まっており。 少数派に過ぎなかったメリッサが気付いた時には最早、 制御不可能な一大勢力と化していたのである。


 この頃のサルゲイロが自由に振舞えていた背景を補足説明するならば――


 母親であったフィオルーネは、 夫アルベスに隠れて関係を持っていた情夫との間に生まれた次男・三男の王国貴族としての将来の事で頭が一杯であり。


 対するアルベスは、 ()()()()から念頭に入れていた妻フィオルーネを始めとする王国系の商会に対する、 合法的な取り締まり――要は制裁――の準備に余念が無かった。


 つまり夫婦間でどちらが先に関係を切って終わりを宣告するのかと言った()わば“チキンレース”をしていたが為に……マガトとの有りもしない対立によって、 既に評判が下落の一途を辿っていたサルゲイロの事は残念ながら二の次となってしまっていたのだ。

 

「アタシが気付いた時にはもう、 本国の奴らが大駒(デヴォリ)の投入を決めていたわね。 どこから聞きつけたのか、 銀髪のエルフの坊やを連れて帰るとか言って―― 」


 ある日突然……建国以来頼り切りであった神託を“失った”教国中枢部の混乱は、 実際の所たかだか二十数年では治まりを果たせずにあり。 教国内に四人居る枢機卿を始めとする、 権力者達がそれぞれに自分勝手な指示を飛ばしており。 場当たり的な対応を繰り返す事で、 現場は本国以上の混乱の渦へと(おちい)っていた。


「――そんな時かしら、 風竜が公都に接近してるって知らせが届いたのは 」


 この辺りの詳細は、 公都を中心に活動していたメリッサには知るすべの無い事だが。 (くだん)の風竜は帝国東部や公国北部で確認された後、 他の都市には一瞥(いちべつ)もくれず、 アルバレアの北東部から真っすぐに公都へと向かう軌道を見せていた。


「……相当に混乱したのではないか? 公都は 」


 グランディニア大陸において、 魔物が突如人里へと現れる事はほどんど無い。 彼等――魔物達――は基本的に自分達の領域(テリトリー)内で完結した生を送っており。 ()に出るのは増えすぎた集団が溢れた時や、 人間の血の味を覚えた個体が興味本位で狩りに出た時等……少なからずきちんと専門家を派遣し経過を観察していれば事前に防ぐことが可能だったり、 そもそも起こり得ない事態である。


 その数少ない例外が、 風竜や飛竜と言った“空を飛ぶ”特殊な魔物のケースだ。


 飛行能力を有する彼らは、 時として魔物としての生存本能(セオリー)から逸脱した行動を取ることがあり。 当然ながらそれは、 地を()う人間には予想し難い結果を招く事となる。


「それが、 そうでも無かったのよね―― 」


 しかし、 この一件では公都及びその周辺において人的な被害は確認されておらず。 寧ろ新たな英雄の誕生を祝う、 一種のお祭り騒ぎとなっていたのである。


「――あの時の公都の人々は、 危機がどうこう言うよりも風竜如き倒されて当然って感じだったわね。 まぁ、 実際にやっちゃったわけだけど 」


 以前、 公都の主とその後継ぎを一度に失った出来事がよっぽど衝撃的だったのか。 早期に風竜が現れた情報を確認した公国行政府は、 即座に従魔士(テイマー)ギルドに協力を要請。 彼らの持つ飛行型の従魔や使い魔を以てして警戒網を形成。


 更に、 即座に公国騎士団を街道上へと派遣。 接敵した場合も遅滞行動を徹底させ、 風竜を人里から遠ざける事に成功したのである。


 その後はご存じの通り、 公都に召集されていた大陸でも有数の実績を誇る冒険者集団(クラン)――ラグナ達――の手によって無事、 この風竜の討伐は成された。


「……成程、 それが奴らの行動の引き金となった訳か 」


 家族を人質に取られ無理難題を強いられていたデヴォリからしてみれば、 ラグナ達が故郷トゥールーズを離れた事は千載一遇の機会、 まさに僥倖(ぎょうこう)であり。


 公都を逃げ出す機会を(うかが)っていたフィオルーネを始めとする王国勢にとっても、 風竜の到来は自分達への警戒が一時的にせよ(やわ)らぐだけでなく。 様々な逃走用の物資を周囲の目を(はばか)らずにかき集める、 またと無い絶好機となったのである。


「アタシもその後ギリギリまで粘ったけど、 結局は拠点を引き払って逃げたから……これ以上の事は分からないわ 」


 この時のメリッサは諜報員としての矜持からか、 作戦の可否(かひ)を得るべく公都にて留まり続け居ていたのだが……まずはラグナ達が公都に到着するや否や、 宿営を挟まず電撃戦で以て風竜を打倒した事に疑問を抱き。 続いて、 ラグナ達が風竜の遺骸(いがい)もそこそこに、 鬼気迫った様子でトゥールーズへとんぼ返りを果たした事を知った時点で成功を諦め。


 更にそれに付き添っていた筈のアルベスが、 高価な軍馬を使い潰す勢いで公都へ戻って来る知らせ――を携えた早馬――を確認した時点で、 目当ての銀髪エルフどころかデヴォリの生存すら無い事を悟った。


「……メリッサ、 よくぞ無事に戻った。 話に聞くや、 その後の公都は随分と()()()らしい 」


 実際の所、 公都への帰還を果たしたアルベスを待っていたのは“もぬけの殻”となった自宅の金庫と。 事態の発覚を少しでも遅らせる意図があったのか……下着姿での拘束を受け、 床に転がる公爵家の使用人達の姿であった。


 フィオルーネとその一党が狡猾(こうかつ)で、 犯行に計画性が感じられる点がこの辺りに(にじ)み出ており――命を奪われるか、 暴行を受けていたならば非道な行いとして非難し易い流れとなる所を――使用人達は傷一つ無く、 ただ眠らされていただけであり……このまま世間へと有りのままを公表したならば、 既に地に落ちているフィオルーネの評判は兎も角。 仕えるべき主筋の相手に文字通り良いように()()()()()使用人達を、 揶揄(やゆ)する流れも生まれ兼ねない……それはもう嫌がらせに特化したやり口であった。


 なお、 大司教がメリッサが去った後の公都の情報を得られている点には、 アルバレアならではの理由がある。


 そもそも、 他種族からの純人族(ヒューマン)の保護を国是(こくぜ)として抱える――結果、 純人族以外に排他的な――教国とは違い。 アルバレアは元々が交易の中継地点であった来歴もあってか、 よそ者に対しても比較的寛容な文化や風土がある。 更に、 商売に熱心な土地柄である以上は……行政府の庁舎内にあるような重要情報の入手は難しくとも。 ただその日に起きた出来事を日報の様な形式で定期的に伝達する――つまり新聞社の様な――存在が居たとしても、 それが日常の一コマを切り取るだけであれば誰に(はばか)る事無く、 活動する事が許されていたのであった。


「……でも、 もうこれからはそうは行かないわ 」


 やや話が逸れたが、 公都に帰還したアルベスは状況――妻フィオルーネが逃亡した――を把握すると直ちに就任以来用いた実例が無かった公爵たる権力を最大限に発動し、 関係者を召集。 騎士団を用いて王国との街道を封鎖した他、 商業ギルドの人員を呼び出した上で王国系の商会に対する徹底した検査を実施した。


 元々、 アルバレアの苦境を救った恩はあれど。 その過去の功績をいつまでも殊更(ことさら)に吹聴する王国勢に食傷(しょくしょう)気味であったアルベスと公都首脳陣により、 墓まで掘り返す勢いで――ともすれば八つ当たりと取られ兼ねない程に――尋問と書類の精査を受けた王国系の商人達は次々と不正の証拠を露呈(ろてい)。 中には、 悪質と見なされてその場で――半ば見せしめとして――首を()ねられた例もあったと聞く。


 カレスト教国勢も、 サルゲイロと金銭での繋がりがあった事実は変えようが無く。 メリッサが早々にサルゲイロを見切っていなければ、 今頃はアルバレア側に捕縛され……なし崩し的に大司教との関係が明かされるだけでなく。 彼らが教国において現体制の転覆(てんぷく)を考えていた事まで、 本国に露見していたかもしれなかったのである。


「……それは仕方が無いだろう。 神託派がいくら捕まった所で、 我々に繋がる様な証拠は無いのだろう? 」


「それはそうだけど……愛着のある拠点を放棄するのも、 結構つらいモノなのよ? 」


「その辺は、 ここに縛られている私には分からん。 ただ、 同じ男として()には同情せざるを得んな 」


 そう、 アルバレアの次代を担う筈であったサルゲイロは……まず母親に見切りを付けられたその後、 もう一方の父親にもそれを追認され、 (しま)いには初恋の相手(メリッサ)にも切り捨てられたどころか……現在では王国内にて、 アルベスに万が一があった際の都合の良い予備(スペア)――王国が公国に対して介入する根拠となる――として、 軟禁生活を強いられているのである。


「遊んでる訳じゃないのよ、 こっちは。 気の毒ねって以外に何の感想も無いわ 」


 サルゲイロに対するメリッサの抱いていた内心を吐露(とろ)したとして、 上記の一言以外の言葉は引き出せないであろう。 それ程までにサルゲイロは世間を知らな過ぎであり……それを知っていてなお、 彼女は彼を利用し尽くす決断を下したのである。


 これは、 それ程までにメリッサ達が余裕の無い立ち位置に居る事の証左でもあり。 直接魔物を相手にする訳ではなくとも、 このグランディニアの大地にて闘争の最中にある――生存競争をしている――彼等にとってみれば門を開け放ったまま縁側で寝転がると言った様な……正に“愚鈍”な姿を晒したサルゲイロが悪いのである。


「……ふっふっふ 」


 久しぶりに(まみ)えたメリッサの、 変わらぬ決意を己の目と耳で受け取った大司教は――体の芯から沸き上がってくる彼女への称賛を、 悟られぬようコップで己の顔を覆い隠し――再び(さかずき)(あお)る。


 本来であれば、 この場で話すべき懸念点――例えば不可解な速度で公都中にマガトとサルゲイロの対比が広まった事や、 公都まで出兵したラグナ達が即座にトゥールーズへと取って返す決断を下した理由等――はまだ幾らでも思い付いた筈であったのだが。


 現状への不満や再会による感動によって高揚した気分に任せ、 盃を浴びる様に呷っていた二人には……もはや節制や節度と言った言葉が脳内の辞書から失われており。


 この直ぐ後に、 部下から届けられた一報――デレーヴでの騒動――によって再びの覚醒の時を強いられるまで、 少しの間の幸せなひと時を過ごすのであった。





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