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I wish I were ~土下座から始まる異世界冒険譚~  作者: PEE/ペー
間章 その二
31/39

アルベス=フォン=アルバレア

早急な投降を考えていましたが……アルベスの話が想像以上に膨らんだ結果、 いつも通りの5000字での投稿となりました。


アルベスの妻を 【フィオネ】→【フィオルーネ】 へと変更しています。

それに伴い、 過去登場地点でも同様の変更を済ませています。


 グランディニア大陸歴 1076年 年末 アルバレア公国 行政庁舎 大会議室


 アルバレア公国の中心都市、 公都 スーダッド=オブ=アルバレア……それは、 大陸に七つしか存在しない国名をその名に冠する大都市である。





 新年の祝賀を間近に控え、 家路を急ぐ者達の足取りは軽く。 街の彼方此方(あちらこちら)を色とりどりのオブジェ――精霊に一年の感謝を捧げるクリスマスリースの様な物――がレンガ作りの家々に(いろどり)を加え、 街全体がお祭りの前特有の期待感や高揚感に包まれる中。


 細部まで意匠を凝らした貴族の邸宅や庶民には縁遠い宝飾品等を取り扱う高級店が立ち並ぶ、 まさに一等地と呼ぶに相応(ふさわ)しい地区の更に中心部。


『この都市の繁栄は、 汝らの血と汗が(もたら)すと知れ 』


 との心意気から都市のど真ん中に設けられた、 公都の頭脳とも呼ばれる行政庁舎の一室にて。


 コの字型に並べられた年季の入った机や椅子と同様に、 集った面々も素人どころか各自がその道に熟達した者ばかりである。


「…… 」


「………… 」


 その彼らが今、 悩んでいた。


 “貴族街”と呼ばれる事も多い、 華やかな地区の真っただ中にありながら……この広い会議室は、 大都市の喧噪(けんそう)とは対極とも言える粛然(しゅくぜん)とした空気が張り詰めていた。


 公都の指導者層に属する者の内、 防衛や防犯上の理由で不在の者を除いて大半の人員を集めた“首脳会議”は、 二年近い年月を費やしてようやく、 頭を悩ませていた問題に対する結論を得た。


 いや、 より正確に書き記すならば……もう会議自体の結論は()うに出ていた。 しかしながら、 自分達が下したその決断の重さに打ちひしがれているのだ。


 先達(せんだつ)の教えに忠実に従い、 この都市の行く末を必死に考え抜いて結論を出したものの。 本当にこれで良かったのかどうか……他に選ぶ道は無かったのか……彼等の後悔は尽きない。


「……諸君、 全く(もっ)て苦労をかけたな。 いやはや、 何と言ったら良いのか…… 」


 長い長い気苦労の果てに……春の日の湖面を思わせる淡い色をした蒼髪は力なく垂れ、 穏やな眼差しと相まって“泉の(きみ)”と謳われた風貌はもはや、 その影もない。


 自身の統べる民を前にして威厳のいの字も保てない程に、 アルベス=フォン=アルバレアは疲れ切っていた。


「閣下…… 」


「あぁ……お(いたわ)しや 」


 アルベス=フォン=アルバレアと言う人物を端的に言い表すならば……“英雄になり損ねた男 ”である。





 アルバレア公国の特徴を挙げる際に――


 ・水の大精霊が御座(おわ)すとされる、 大湿原地帯と中央湖。


 ・大陸一、 契約にうるさい文化・風土。


 ――と並んで話題に挙がるのが、 第二項とも関係が深い“職業的身分制度 ”である。


 そもそも、 グランディニア大陸の発展の歴史は初代国王が辿った旅路とほぼ重なる。


 現在の北方公国(エムレバ)のとある領地にて旗揚げしたかの初代とその一党は、 河を東に下り帝国東部に上陸。 その後、 現オーランド帝国の領土を東から西へと横断。 カレスト教国を経て、 現在の王都の位置にあった地下巨大迷宮を攻略。 その際に発見した宝飾品や人工遺物(アーティファクト)――とされる物――を用いて、 当時は種族ごとに点在していた人類の生存圏を国家として統一。


 魔物に押される一方であった人類が、 明確な反撃の狼煙を挙げたまさに歴史的転換点である。





 その後、 王国と帝国東部の交易路が発達。 その旅路の中継地点としてアルバレアが大陸史に産声をあげたのが、 今から約四百年程前の事である。


 苦難の旅路を終えた初代国王が安定した権力機構とその基盤を求め“中世”時代の象徴とも呼べる封建制度を採用した事は、 歴史を知る者からすれば自然と言って良いものであったが……この時点で既に王侯貴族達は代を重ねる毎に()()の一途をたどっており、 アルバレアの地で生まれ育った人々が横暴な貴種に対して“独立”の二文字を掲げて立ち上がるのに、 そう多くの時間は掛からなかった。


 しかし結局は帝国の取り成しや初代国王の威光、 更には魔物の存在も相まって“公国”と言う名の緩やかな離反で一応の決着を迎える。


 その際に採用されたのが、 先に上げた“職業的身分制度”である。


 他国の貴種の横暴に備え、 頂点たる公爵位を独自に制定。 魔物への即応性や都市の発展を(かんが)みて公爵位にある者へと権力を集中させたものの、 (くらい)自体に価値を置かない“役割としての貴族位”を運用する事とした。


 当然ながら当時の王国からの反発はあったものの。 アルバレアだけでなく東西南北の四つの地域が同時に“独立”の脅しをかけ、 事なきを得る。


 そうして自分達の国を得たアルバレアの人々は、 少しでも煩わしい存在から遠ざかりたかったのか公都を今の位置に遷都。 王国の存在を反面教師として“契約”を重要視した独自の商習慣で信頼を積み重ね、 現在に至る。





 さて、 アルベス=フォン=アルバレアの生家が“公爵家”となったのは、 彼の祖父の代からでここ百年にも満たない、 大陸の歴史からすれば最近の出来事である。


 建国当時は公爵位にある者が引退する度に、 毎回有力者同士の会合を以て公都の(ぬし)を決めていたアルバレアであったが。 ある時から都市の政策の連続性、 後継者育成の為の所要時間やノウハウの蓄積の事を考えて“家”として一本化すべきとの判断を下した。 貴族憎しで興った国であったが、 成立からある程度の年月を経て大人になったとも言える。


 ただ、 王国の様な――地球だと欧州でよく見られた――血縁こそ全てと言った考え方には至らず。 どちらかと言えば古代中国の様な徳の有る――相応しい――人物選ぶ方針となったと言った方が正確なのかもしれない。


 ともかく、 周囲からの推薦を受けたアルベスの祖父はその要請を受託。 新たなアルバレア公爵家が誕生する運びとなった。


 ちなみに当時、 長年の懸念材料であった人口不足からなる国力の足踏みを解消するための一手となる家畜の品種改良に成功していたアルベスの祖父が、 その過程で得た莫大な富をもってして兼ねてから計画していた学びを育む園、 つまりは学園施設を建設したのもこの時である。


 こうして公都社会の最上位である公爵家の一員として生まれたアルベスであったが。 彼には学者肌の兄がいた事と、 継承争いを避ける目的もあったのか次男で有りながらも自由奔放な生き方を許された。


 学園を卒業後は、 冒険者として各地を転戦。 本人の素質や金銭的にも恵まれていた事情も相まってアルベスはすぐに頭角を現し、 後に英雄となるラグナと比肩する程の高名な冒険者となっていたが……ここで彼を悲劇が襲う。


『ア、 アルベス様! りゅ、 竜の巣から飛竜(ワイバーン)の群れが!! 』


『……父は!? 兄はどうなった!? 』


『それが……民と家畜を逃す為に、 真っ先に立ち向かわれて…… 』


 この当時、 飛竜山脈以南は飛竜を始めとする亜竜――属性竜の下位的存在――が多数生息する“竜の巣”と恐れられてはいたものの。 麓の開拓村アドルードでも飛竜を見るのは年に一度あるかどうかの程度でしかなく。 (くだん)の地域から遠く離れた公都周辺での飛竜の襲来など、 まさに青天の霹靂(へきれき)であったと言えよう。


 実際、 辺境の寒村であったアドルードを始めとする公都までの道中にあった町村では主だった被害も確認されなかった事から――幾分かの不審な点は有れど――この一件は偶発的な出来事であったと考えられている。


 かの様な事態を受けて、 当時の公都行政府や有力者達は速やかにアルベスを次代として推薦。 突然家族を失ったアルベスが、 同じく悲しみに()れる母親の面倒を見ている内に……重責を逃れる余地は失われていた。


 これは後々になって判明する事だが……当時のアルバレアは、 これより二十年数年後に名付きの魔物(ネームドモンスター)と認定される黒地竜(グランドドラゴン)が突如として“竜の巣”に現れた事による、 一種の“玉突き事故”によって……公国内のあちこちで本来生息する筈の無い魔物達――いずれも強力な個体――が現れると言った、 大陸の歴史上でも類を見ない異常事態に(さいな)まれていたのである。


 こうして不本意ながらも公爵位を継承したアルベスは、 公都を皮切りとした周辺地域の防衛や復旧事業に奔走する事となり。 アルベスが一息ついて周囲を眺める余裕が出来た頃には既に、 父や兄を害した飛竜やその遠因となった黒地竜はラグナ達の手によって討伐されていた処か……公国の混乱時に生じた各地――主に王国の影響が強いアルバレア西部――の貴族達の非行によって、 冒険者との間に今なお残る深い溝を築いてしまっていた。





 これだけでも十分に()()()いないアルベスだが、 彼の悲運はここではまだ終わりを見ない。


 突発的な魔物被害によって傾いたアルバレアの経済を立て直す事を――半ば――強いられたアルベスに待っていたのは、 王国貴族からの輿(こし)入れであった。


 実情を知る者達からすれば、 自業自得の言葉で片付けられる問題でしか無いのだが……冒険者への強引な勧誘――家族や友人を人質にとった例もあった――で愛想を尽かされた公国西部の被害は、 アルバレアの他の地域と比べても甚大なものであり。 これを持ち直すには多大な人・物・金が不可欠であり……その点を王国側が支援する見返りとして求められたのが、 アルバレア公爵家――つまりアルベス――が王国貴族の娘を嫁として受け入れる事であったのだ。


 これは地政学上、 帝国と王国の大国に挟まれていたアルバレアには純軍事的観点からも人道の面から見ても拒否しがたい話であり。 公国民の命を人質に取られた形となったアルベスには、 受け入れる以外の選択肢が与えられなかった。


 厳密に言えば、 アルベスの公爵としての統帥権の及ぶ範囲は公都の周辺に限られていた為に……公国西部を見捨てる手が無かった訳では無い。 グランディニアの都市とは、 国家の枠組みに入っていながらも基本的には古代ギリシャの都市国家(ポリス)やローマ帝国時代の自由都市の様な自給自足・独立独歩が(むね)とされていたのである。


 これは、 馬や馬車に頼った移動速度の限界や情報伝達の手段が限られていた事を、 魔物に対する防衛力と照らし合わせてみるとある程度仕方が無いと言うか、 日本の戦国時代あたりに相当すると捉えてもらえれば理解が(はかど)るであろうか。





 こうして、 アルベスが周囲の説得もあり渋々ながらアルバレア公爵家に迎えたキクシュタル王国・伯爵家の娘フィオルーネは……典型的な王国貴族そのものであった。


 輿入れの際に王国より連れて来た侍女や側近を使い、 他言無用の筈の機密情報を入手。 そして自身と関係の深かった王国系の商会を用いて公都経済へ堂々と介入……季節が一巡するのを待たずして、 公都中の商人たちの敵愾心(ヘイト)(うずたか)いものとした。


 これに肝を冷やした有力者達は手のひらを即座に反転。 公都の長としての役割だけで過労死寸前であったアルベスだったが、 周囲の声に押されてフィオルーネを(いさ)めた頃には時すでに遅く……彼女は家中での勢力を確固たるものとしており、 その後生まれる嫡男(ちゃくなん)サルゲイロの教育にも携わる余地を得られなかった。


 このあたりが先の会議でも見受けられたアルバレア首脳部の言ってしまえば汚点であり、 負い目でもある。 彼らはこの時点で既にフィオルーネとサルゲイロ、 そしてその取り巻きが信用出来ないと早々に()()()を着けていた。 或いは、 初めからある程度計算していたのかもしれない。


 早急な復興の為に表面上――やはり諸手(もろて)を挙げてとはいかなかった――は歓迎の態度を示したにもかかわらず、 (はな)っから期待を見せなかったその態度は……言葉にせずともサルゲイロへと伝わり、 彼の心を(むしば)む一因となったのだ。





こう言った出来事(流れ)俯瞰(ふかん)して見てみれば、 火のない所に煙は立たないと言えば良いのか……学生時代の同窓が、 成人後に犯した犯罪を目の当たりにした同級生が言う――


『いつかアイツは何かするんじゃないかと…… 』


――程度に過ぎない精度ではあったが、 実際に今回のトゥールーズ襲撃は起きた……起きてしまったのだ。


だがしかし。 事態が起こってしまった以上は、 静観する事は許されない。


「……では、 改めて我が言葉でもってして公都(アルバレア)の意志を示そう―― 」


たとえそれが、 この先も続くアルベスの治世を揺るがす決断だったとしても。


「――我、 アルベス=フォン=アルバレアは只今を以てして、 嫡男サルゲイロを始めとする我が血縁者をすべて離縁とし……公爵家から除名する 」


自身に流れる血が“泥”であったと言う、 “恥”を世間に晒すものであったとしても。








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