第三話 修行
「師匠、 どうぞ宜しくお願い致します!! 」
こうして青年は、 鉄人形ことアダゴレ君の弟子となった。
自身には非など無いのに突然神に命を奪われ、 死と転生の狭間で突然現れたゴーレムに頭を下げ、 教えを乞う。
青年の未来に幸あれと、 常人であれば祈ってあげたくなる程に彼が不憫に思えた。
その点はロイに喚び出されて即、 師匠にさせられた鉄人形のゴーレムでさえも同様らしい。
否やもなく、 青年の師匠への就任を了承していた。
一方のロイと言えば、 アダゴレ君を喚び出した後は定位置と言わんばかりにビーチチェアの上へと戻っていた。
やる事はやったぞと、 休日のサラリーマンの如くビーチチェアに寝そべったまま、 視点を虚空へと定めている。
視線の先に半透明のウィンドウが見える事から、 彼は彼で何かする事があるのであろう。
ファンタジーの世界からの解離が甚だしいが。
かくして一人SFの世界を漂う日曜日のお父さんを丸っと無視したまま、 青年とゴーレムの特訓が始まった。
この白い空間では青年に仮初めの肉体が与えられ、 当然と言って良いかは疑問だが痛みも飢えや渇きでさえも感じるらしい。
ただ神界のお陰で、 デスペナ無しの死に戻りが可能であるようだ。
その事を利用して、 青年の魂に【スキル】とスキルの育て方や覚え方を刻み込み、 実際に転生した際、 と言うよりはその後の人生を豊かに過ごす為の特訓を行う、 との説明が師匠に就任したアダゴレ君より青年に伝えられた。
転生後の違和感を無くす為にも、 特訓の為にも擬似的な太陽が上り降りし、 昼夜が訪れる。
青年の感想としては、 神界とは何でもアリな場所の事らしいと言う何の捻りも無いものであったが。
まずは――
「人間がどれ程に死にやすい生物なのかを、 魂に刻み込みましょう 」
――と言った、 いきなり流暢に喋りだしたアダゴレ君の物騒極まりない発言により、 青年の試練は始まった。
そこからは描写を自粛したくなる程のスプラッターな光景が繰り広げられた。
刺殺に撲殺、 爆殺と言った肉体的な負荷試験に始まり、 飢えや渇き、 毒や拷問と言った精神的な刺激を与えられ、 最終的には二時間ドラマも真っ青な愛憎が入り乱れる合縁奇縁の物語を体験させられた。
青年は、 幾度となく師匠と仰いだゴーレムに翻弄され。
これまた突如現れた師匠の友人のゴーレム達に容赦なく蹂躙された。
日に三度の食事の時間以外は、 僅かばかりの睡眠時でさえ夜襲と暗殺に警戒しながらの生活が繰り返された。
「俺はあと何回死ねば良い? 」
誰かに答えを求めた訳でも無い、 ふとした時に零れた愚痴100%の青年の嘆きは、 ここぞとばかりにロハを満喫するロイ――スーツ姿に飽きたのか快適さを求めたのか、 ビーチサンダルにアロハシャツ姿――に拾われた。
「そりゃお前が五体満足を望んだからだろうに 」
言ってることは正しいが、 青年との対比が余りにも屈辱的――無論青年にとって――だったのであろう。
アダゴレ君が目を離した時には、 青年はビーチチェアで優雅に佇むロイに殴りかかっていた。
いつか見た光景の焼き直しであろうか、 青年は左拳を硬く握り締め、 ゆっくりと立ち上がるアロハ野郎 を目掛けて一直線に突っ込んだ――
「お前にだけは言われたくねぇぇぇ!! 」
――青年の想いをタップリと詰め込んだ左拳は、 ロイに迫る事には成功したものの彼には当たらず、 勢い虚しく空を切った。
拳を振り切った状態の青年へと襲い掛かるのは、 以前に彼自身を何度も吹き飛ばした、 ロイの手首の動きによって生じる不可視の圧力――
「何度も同じ手は食わん!! 」
――だが。
無防備な筈だった青年は、 いつの間にか顔の前に両腕を交差し、 ロイの攻撃を耐えていた。
憎きロイに一撃入れる事は叶わなかったが、 数メートル後退しただけで態勢を崩す事なく防いで見せた。
囚人服の両腕部分には、 爪の様に鋭利な物に引っ掛かれたような跡は残っているものの、 青年自体にはかすり傷程度しか無かった。
「ジャージの傷み具合と不可視性からして、 【風属性】か!? 」
青年は大分ストレスが溜まっていたのであろう、 密室のトリックを暴いた何処かの名探偵の如く、 声を荒げた。
普段であれば何も言わないままか、 遠回しな解答しか残さないロイも、 この時ばかりは青年に付き合う事にしたようだ。
「フッフッフ、 よくぞ見破ったな!! 」
アロハ野郎だった巫山戯た面影は既に無く、 以前のスーツ姿に黒いマント。
いつの間に着替えたのか、 更には明らかに何か仕込んでいそうな不自然に縦に長いシルクハットを被り、 左目に当てられたモノクルと相まって怪しさを全身から醸し出していた。
「見破るもなにも、 最初から主しか有り得ないでしょうに…… 」
突如始まった茶番に対し、 一人蚊帳の外に置かれたアダゴレ君は冷静に状況を告げた。
だがその声はクライマックスに入った名探偵と真犯人には届かない。
青年は、 右手の人差し指を怪しげなモノクル野郎に向かって突き付け――
「術の軌道が見えないならば! 見えるようにすれば良い!! 」
――左手でジャージのポケットから砂の入った瓶を取り出し、 中身をロイに向かって投げつけた。
お約束に乗っ取って、 ロイは飛び散った砂を目掛けて先程と同じ動作を繰り返し、 不可視――【風属性】――の刃を放った。
砂を削り取るように透明な刃が青年へとひた走る、 ご丁寧に刃の数まで単体に限定させて。
「はぁぁぁぁ!! 」
青年は両足に力を込め、 透明な刃を左前方に転がるようにして回避した。
その勢いでロイに殴りかかるかに見えた青年は、 二人――ロイとアダゴレ君――の意に反してこれまた体を急反転させ、 師匠であるゴーレムへと拳を高らかに突き上げ、 喜びの声をあげた。
「師匠! 避けてやりましたよ!! 」
突然声を掛けられたアダゴレ君は、 ゴーレムにしては不自然な程に動揺していたが――
「えぇ、 はい、 しかと見届けましたよ? 」
――人生の経験値が青年とは違うのか、 動揺をおくびにも出さず弟子に向かって答えて見せた。
だが、 青年の行動が気になったのか――
「しかし、 何故攻撃を中断したのですか? 」
――青年へと意図を尋ねたのであった。
「ええっと、 実は…… 」
青年は己の行動を思い返したのか、 少し恥ずかしさを見せながらも師匠の問いに答えた。
青年が言うには、 ロイに対して思う所はあれど何よりも先ずは自身の成長を確かめたかったそうだ。
であれば前提条件を整えるべく、 神界に来たばかりの時と同じ様な行動を取って、 自身の反応を比較してみたらしい。
『思ったよりも適応が早いと言うか、 強かと言うか…… 』
アダゴレ君はゴーレムらしくも無く、 腕を組み片手を顎に当てて考え込んでいた。
訓練の計画の見直しが必要なのかもしれないとの思いが彼の頭の中――彼は高性能な人工知能を持つので、 ある程度の思考力がある――をよぎる。
「え!? し、 師匠? 」
突如固まってしまったゴーレムを前に、 青年が慌てて声を掛けた。
本人は気付いていないようだが、 この師匠ゴーレムは人間らしい動きとそうで無い時のギャップが激しかったりするのだ。
何せ、 いきなり目の前で鉄人形を通り越して石像に成られるのだ、 正直に言って心臓に悪いと青年はその度に思っていたりする。
動かないゴーレムと、 動けない青年の間に生まれた硬直を溶いたのは、 この場に居る最後の一人であった。
「良いんじゃねぇの? 別に 」
声の主のロイは、 続けて二人に――正確にはアダゴレ君のみに――言葉を投げ掛け、 更に話を進めた。
「魔術の講義も始めてるみたいだし、 とっとと武器・防具の扱いに移っても良いだろ? 」
つい先程ノリノリで犯人役を演じていた姿はそこに無く、 スーツ姿で――怪盗セットはもう身に付けていない――ロイを目の当たりにした青年は、 思わず口を挟んだ。
「珍しいな、 アンタが口を出すなんて 」
青年の言葉の通り、 ロイが特訓の内容に直接意見するのは今回が初めての事であった。
無論、 打ち合わせや演出の如何には関わっていたであろうが。
「まぁお前が杓子定規なのは今更だけどな 」
ロイは青年の問いには答えず、 未だに固まったままのアダゴレ君に告げた。
アダゴレ君にとっては主の言葉がやはり重いのであろうか、 先程よりも更に動きが硬くなっていた。
青年にはその姿は、 もはや石像を越えて唯の鉄の塊にしか見えなかった。
「さて、 青年よ 」
話がアダゴレ君から自分に向けられた青年は、 体を完全にロイの方向へと向き直した。
今までの経験がそうさせるのか、 青年もまた表情がやや硬い。
「あれもこれも手取り足取り教えたんじゃ、 お前の未来の楽しみを奪いかねん。 と言うことで―― 」
不意にロイの左手が輝きだした。
青年に向かって伸ばされたその手からは、 怪しげな光を放つ魔法陣が浮かび上がっていた。
「――知識はくれてやる、 1本いっとけ 」
青年の頭の中には、 以前に“グランディニア”についての基礎的な知識が植え付けられた光景が甦った。
「うええ、、アレか…… 」
青年は、 肩を落として唸った。
逃げ場は無い訳では無い、 現に今もなおアダゴレ君はこの行為に納得した様子では無い。
だが青年には断る事は出来なかった。
どうせ大魔王からは逃げた所で追い付かれそうと言った思いも確かに存在していたが、 根本は青年の為を思っての行動であるからだ。
腹を括った青年の頭部へ、 ロイの輝く左手が触れた。
アレとはつまり、 知識を譲渡する魔術の事であった。
ザックリ言ってしまえば添付された情報を一瞬にして対象に転写する魔術であり、 その有効性は言うまでも無いのだが、 手法と言うか過程が青年にとっては問題が有った。
パソコンが重たいデータをインストールする時のように、 頭の中――ここでは魂――がガリガリと音を立てて知識を刻み込む。
その間は一切行動出来ない処か思考すら出来ず、 ただ耐える事のみを要求される。
まさに青年にとっては苦痛としか言い様の無い時間であった。
程無くして処置は終了した。
今回与えられた物は、 武器や防具の基礎的な知識、 更には戦闘系のスキルに分類される【スキル】の情報。
現代人であった青年には今までは必要の無い知識だったので、 与えてもらった事には感謝することが出来る、 その点については青年にも異存は無かった……痛みさえ無ければ。
一から順序だてて講義を受けるよりは、 遥かに習得に掛かる時間は短かったであろう。
逆に言えば、 その点ぐらいしか優れた所の無い魔術なのだが。
自分が知らず知らずの間に片膝をつき、 踞 っていた事に気付いた青年は、 立ち上がり何歩かよろめいた後、 ロイに尋ねた。
以前に提案するも却下されていた事を思い出したからだ。
「やっぱり【鑑定】系がチートな理由はこれか? 」
青年は、 ここへ来て直ぐに【鑑定】の様なスキルを希望し、 素気なくロイに却下されていた。
「ま、 解れば良いぜ 」
ロイは端的に告げただけだが、 青年には何となくだが理解が出来た。
青年がこの後に転生するグランディニアは、 ファンタジーな舞台だが紛れもなく現実の世界である、 当然ゲームの様なシステム的な補助等は無い。
鍛冶屋が武器の良し悪しを知る、 美術品に囲まれた貴族が審美眼を持つ。
これらはあくまでも彼等が蓄積された経験を生かし、 その分野に置いてのみ【鑑定】――言わば目利き――が可能となるだけの話だ。
自分が知らない物、 解らない事を【鑑定】スキルのみで解決するなど、 そもそも不可能な事であると言える。
理解出来ない事柄に対して“鑑定不能”と言う結果を出すスキル等、 【鑑定】スキル――万能的な意味での――では無い。
やはり、 たまにブラックになる猫耳優等生は、 世界の心理の一端に触れていたようだ。
「俺は、 出来ない事は出来る人に頼もう 」
ロイの知らぬまに、 青年の転生先でのライフスタイルの一環が形作られた瞬間となった。
細かい所を補則するのであれば、 神かそれに準じる存在が創った所謂“箱庭型”の世界であれば、 【鑑定】だろうが何であれ、 スキルを授ける事が可能だと考えられる。
その世界のルール自体を創造者自身が司っているからだ。
残念ながら青年が行く先は、 地球のようにビッグバンやら隕石の衝突やらで偶然出来た世界――言うなれば“惑星型”――だが。
青年は、 ファンタジーの世界の住人と差異の無い状態でのスタートを望み。
間もなくそれは叶えられようとしていた。
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