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I wish I were ~土下座から始まる異世界冒険譚~  作者: PEE/ペー
第二章
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第十三話 脱出

大変遅くなりました。

 

「……あなた達は、 誰? 」


「…… 」


 眼前の少女が今回の救出対象、 ハンナ――デヴォリとフォンタナの家族――に違い無い。


 態々(わざわざ)空まで飛んでここまで侵入したのだから、 大した警備網が敷かれていなかった以上、 リュートが為すべき事はこのハンナという名の少女に事情を話し、 速やかにこの空間……いや、 この国から立ち去るのみである。


 たったそれだけの事……だった筈なのに、 リュートは言葉が出なかった。


 鉄の扉の向こう側に広がった世界は、 質素……と表現する他にないくらい、 何も無い部屋だった。


 埃とカビ臭さの混ざった様な匂いのする、 僅か二畳程の狭い空間。 硬い事しか伝わってこない、 木箱を並べた上に薄い板が置かれただけのベッドにはシーツすら敷かれておらず。 それ以外でリュートの視界に入るのは、 部屋の隅に設置された土塊(つちくれ)にしか見えない固形物しかない。


 一体、 彼女が何をしたのと言うのだろうか……。


「……ここは、 懲罰房ですから 」


 リュートの視線の先を追い掛けたハンナが、 か細い声を更に絞るようにして告げる。 その顔には、 彼女に僅かに残った羞恥(しゅうち)の心が浮かんでいたのだが……幸か不幸か、 リュートがそれに気付く事は無かった。


「……懲罰? 」


 ただでさえ穏やかならぬ状況で耳にした、 看過出来ない言葉に(ようや)くリュートの視点が定まり……再びハンナへと向かう。


 (ろく)な光源の無い室内で、 改めて<夜目(やめ)>を働かせて目にした彼女の姿は――


「おい、 リュート 」


 ――辛うじて、 先程の声と体のラインから、 女性と分かる程度にしか()()()()いてよく見えなかった。 ハチがリュートの頭を叩く事で、 リュートが発動しようとしていた魔術に干渉したのである。


「ちょっ、 ハっちゃん! 」


 明らかに()()と分かる行動に、 抗議をせんとばかりに睨み付けるリュートであったが――


「マジで急ぐぞ……ちょっと想定外()()()


 ――反論はおろか、 一切の猶予すら与えない正に猛禽類の凝視を返されてしまい、 事態を察する。


「……ハンナさん、 悪いけど俺達に着いてきてもらうから! 」


「えっ? あの……きゃっ!! 」


 意を決したリュートはハンナへと一方的な宣言を下し、 狭い室内では不必要な程に身体を加速させ、 ハンナに対して両足タックルの要領で足元へと滑り込み……誘拐犯や人拐(ひとさら)いを参考に、 膝裏を抱えて一気に肩へと担ぎ上げる。


「ちょっと、 あの! 」


 背中越しに聴こえるか細い声を伴った抵抗を、 両腕でしっかりと太ももの辺りを抑え込む事で封じたリュート。 手早く周囲を見回してから、 室内にはハンナの私物らしきが一切無い事を確認するや否や、 侵入した際とは二つの意味で百八十度の変化をつけて部屋を飛び出した。


 床板が(きし)む音、 盗んだままの鍵、 開けっぱなしの鉄の扉……その他の諸々を置き去りにしたまま廊下を駆け抜け、 階段を飛び降りる。


 風に(なび)こうと揺れる外套をハンナの両足でもって押さえつける事で、 自分の心の揺れをも何とか静める。


 ただし、 道中で何者かに遭遇した際は躊躇(ためら)わずに腰の短剣を叩き付けると心に決めて。





 幸いにして、 行きしなに立ち止まった鉄格子のある空間に来るまでは、 誰にも見つからずに辿り着く事が出来た。


「……ふぅ、 後はここだけか 」


 少女とは言え、 人一人を抱えた上での逃走劇はリュートの体力をかなり消耗させていた。 意識に反して跳ねる右肩に言い聞かせるように慎重に息を吸い込んでから……ゆっくりと吐き出した所で、 反対の肩に担いだ相手からお呼びが掛かった。


「あの、 あなたは、その……? 」

 

「……聡いな、君は 」


 リュートは反射的に、 自分でもよく分からない返事をしていた。


 きちんと確認した訳では無いが、 出立前に漏れ聞こえた話――フォンタナが“姉”と慕っていた――から見るに、 この少女は自分よりも恐らく年上。 ここが今、 ()()なのかを考えて殊更に声を落とそうと身動(みじろ)ぎ一つもしない様が、 背中越しでもしっかりと伝わって来ている点から(かんが)みても、 リュートの推測はそう外れていない筈である。 そんな相手に対して年下の自分が上からの物言い――聡いもくそも無いだろう――等と、 声に出してから気付いたのだが……それは後の祭り。


 初めて任された大きな仕事といきなりの展開に、 ハンナのみならず自分も緊張、 もしくは困惑していたのかと内心で自問自答するリュートであったが……突如として、 頭の中――或いは胸の内――にて氷塊がごっそりと溶け落ちるような……不思議としか表現しようがない感覚が訪れる。


「……あぁ、 そうか、 そう言う事か 」


 あの日の深夜……突然、 トゥールーズを襲った一連の戦闘の最中にて。 何故かデヴォリはアルフレッドを見逃し、 リュートに止めを刺さなかった。 あの時は、 あまりに戦闘そのものに夢中であった為に大して気にしていなかったが……デヴォリがリュートとアルに手心を掛けたのは、 自分の愛する家族(フォンタナ)と同じ年頃の少年に対して、 振るう刃を持ち得なかったのだろう。


 ここで重要な事は、 リュートがそれを()()()()()()デヴォリとの再戦時において、 フォンタナを過剰と言っても良い程にも狙ったと言う一点に尽きる。


 リュートにとってそれは、 ()()()()殺意を乗せた戦闘行為であったのだが……では、 自分にとって本当に初めてかと言われれば、 そんな事はある筈が無かった。


 彼は、 リュートに()()()()散々あの様な行為を経験していたのだ……かつて、 名もないどころか肉体すら持たない()()として。


「ああ、 そうだ……そりゃ怒りも湧くし、 キレもするわ 」


 ここへ来て湧いた、 非人道的な扱いを何とも思わないカレスト教国への怒り。 クロクスと言う名の、 身分を振りかざした上での暴言を暴言だとも認識していない騎士への嫌悪感。


 “人権”などと大層な物言いをするつもりも無かったが、 現代社会で生きた()()()自分であったならば……何も感じずにいられた筈が無かった。


「全部(リュート)であって、 リュート(自分)でも無いんだ……そりゃ情緒不安定にもなるわな 」


「……あのぉ? 」


 余りにもリュートの自問自答が長かったのか、 又は自分を背負った人間がブツブツ言い始めたのが恐ろしくなったのか。 どちらにせよ、 (こら)えきれないと言わんばかりのハンナの声に、 リュートの意識が現実へと引き戻される。


「あぁ、 ごめんごめん……何でも無いよ 」


 危うく、 突飛な内容を口走りそうになった口元を手で抑え……反対の手を振るう事でそれを打ち消す。


「……そう、 ですか 」


 ハンナの口調や先ほどとは異なる体の動きからは不安が(にじ)み出ていたが……まさか、 ファンタジー世界のグランディニア大陸の住人に対して、 “天啓”の降り方が仮想世界(ゲーム)と全然違いました、 何て言えるはずも無かった。


「それじゃあ、 行くよ? 」


「……はい 」


 もっとも、 当のハンナとしては何の説明も無いまま連れ出された以上、 虜囚(りょしゅう)の我が身を案じて大人しく運ばれる事しか出来なかったのだが。





 この修道院へと踏み込んだ時点で――感覚的にはそれ以前から――気付いていたリュートであったが。 前世を合わせても恐らく初めてであったであろう、 敵対勢力下にある施設への侵入かつ人質の救出と言うミッションは、 言葉にすれば実にあっさりと終わりを迎えた。


 酔っぱらって泥酔したままの守衛は(つい)ぞ目を覚ます事は無かった上に、 廊下をハンナを抱えて走り回った際にはそれなりの音も出ていた筈だが……追手の姿は未だに見当たらない。 それでもと一応に気を引き締めなおして慎重にドアを潜り……少し進んだ所で、 リュートの頭上から声が降ってきた。


「お、 来たか……ん? 何か(ツラ)変わったか? 」


「まぁね……よく見てんなぁ 」


「うっし、 ハンナちゃんをこっちに 」


「あぁ、 うん 」


 即座に自分の変化――恐らくは心境の類――に言及して見せた、 眼前へと降り立つ鷲人間(ハチ)に対して心の声が漏れてしまったが。 今は自分の事よりもハンナの事だと、 いつの間にか重さが気にならなくなっていた左肩から、 ゆっくりと彼女を地面へと降ろす。


「そう言えば…… 」


 懲罰房の中ではハチに妨害されたので、 誘拐などしておいてその相手の顔をちゃんと見てなかった事を思い出すリュート。 そこで、 改めて彼女と目を合わせようとしたのだが。


「あぁ、 うぅぅ…… 」


「……あれ? え、 何かヤバい事した、俺?? 」


 そこには、 今度は自分で自分の顔を(てのひら)で覆いながら、 (うずくま)るハンナの姿があった。


 一瞬、 そんなに恥ずかしかったのかと言った馬鹿な考えが浮かぶも、 彼女の両の掌が徐々に上へと移り、 まるで眼底全体を……目の働き自体を抑え込むかのようにして苦しむ様子を目にして、 その思いをすぐに捨て去る。


 誘拐自体を拒否される事はあるかもしれない。 事前の想定で頭の中にあったのは、 せいぜいがその辺りだったので流石に狼狽えるリュートだったが、 (ハチ)はこの想定外の事態に遭遇したからこそ、 懲罰房でリュートを急かし、 先に行かせたのであった。


「落ち着け、 リュート。 お前のマントを羽織らせてから、 しっかりフードを下すんだ 」


「お、 おう 」


 言われた通りに胸元できつく結ばれた革紐をほどけば、 外套はまだ十歳の未成熟なリュートの肩を流れるように、 構えた腕の中へと滑り込む。 後は、 今の手順を巻き戻すだけでハンナの両肩に漆黒の外套がふわりと乗せられて……フードをしっかりと被せてあげると、 彼女の両手どころか体全体に込められていた力が幾分か和らいだ様子が見て取れた。


()()()()()は、 これで我慢してくれ 」


「は、 はい。 ありがとうございます 」


 ハチの先を含んだ言葉の選択が良かったのか、 それともリュートの取った行動で痛みが和らいだからなのか。 恐る恐るではあるが、 ハンナの口から感謝を示す言葉が聞けたので、 同時に――揃えた訳ではなかったが――(うなず)くリュートとハチ。


 ハンナを勝手に連れ去った上に何も説明していないのだから、 理解してもらおう等と思う事が間違いなのだが……それでも、 だ。 二人は彼女を()()()来たのだ。 その気持ちが少しでも伝わっていたのだとしたら……嬉しくない筈がなかった。


「さて、 こんな所はさっさとおさらばだ。 リュート、 ハンナちゃんをしっかり支えとけよ? 」


「ああ、 分かってるよ 」


「よ、 よろしくお願いします 」


 お互いの距離が少しだけ、 ほんの少しかもしれないが近づいた所で。 いよいよトゥールーズへ飛び立とうと上手く(まと)まった所で……魔が差したと言えばいいのだろうか。 リュートの口から余計な言葉がポロっと飛び出した。


「それにしても、 外に出たのがまずかったのか…… 」


「ええと、 その…… 」


「……アホっ!! 」


「痛てっ!? 」


 リュートからすれば、 純粋にハンナの症状を心配して出たものだったのだが……彼女を外へと連れ出したのは紛れもなくリュートとハチなのだし、 そもそもその為に二人は遥々カレスト教国まで来たのだから、 いくら言っても(せん)無い事である。


 今更そんな事を言い出した所で、 ハンナが気まずい思いをするだけなのだから……失言の代償、 口に栓をする意味も含めた拳骨を受けたとしても、 それもまた。


「おら! まだ応急処置も終わってねぇんだ、 さっさと行くぞ!! 」


「あぁもう、 俺が悪かったって……んじゃハンナさん、 失礼して 」


「はい……きゃっ!? えっ、 ええっ!? 」


 自分の間の悪さを理解したリュートは痛む頭頂部を軽く(さす)った後、 未だに地面に膝をついたままだったハンナの両肩を支えるようにして立ち上がらせて……そのまま、 真っ正面から固く抱きしめた。


 自身の体に伝わる感触から、 何をされているかにすぐに思い至り、 反射的に声が出たハンナだったが……その時にはもう、 抱き合ったままの二人の体は、 宙に浮いていた。


「一旦、 あの村に降りるからな? 」


「了解っておい、 これ獲物の運び方じゃねぇかよ!? 」


 いつのまにか尾白鷲(おじろわし)スタイルに変化していたハチによる、 肩に爪を食い込ませた運搬方法が気に入らず、 抗議の声を荒げるリュートだったが……残念な事に、 彼は忘れてしまっていた。


 かの偉大な魔王軍の軍団長が長距離を移動する際には、 配下の魔鳥にこうやって運ばせていた事を。


「ったく、 これで見納めなんだ。 もう来ねぇからしっかり見とけよ? 」


「あぁ、 そうだな…… 」





 カレスト教国の田舎町・デレーヴ。


 グランディニア大陸の西の端――つまりは海――に近いとは言え、 海そのものとは徒歩はおろか、 馬でさえも結構な距離がある。 そのため、 古く(さかのぼ)れば港町とその先の消費地とを繋ぐ交易路として栄えた時期もあったのだが。


 馬車の性能や魚の加工法を含めた各種技術の向上により、 次第にその必要性が薄れてしまい……昨今では新たに敷かれた街道からも外れてしまった、 近隣住民以外からは名前すら浮かばない町である。


 ある意味では、 その辺鄙(へんぴ)さが教国指導層の目に留まり。 清貧を尊び、 今一度信仰を見直す――と言った建前で――(いしずえ)となるべく、 カレスト教の修道院が開かれた経緯があったのだが……その修道院自体が中央から忘れられつつあると言うのは、 もう皮肉でしかない。


 リュートがこのような、 歴史的な観点を備えていた訳では無いが……この修道院を悲しいと感じた点は、 まま妥当だと言える。


 この寂れた田舎町がこれより数日後、 ()()()()()、 教国の中央にて話題に上がる。


 それは勿論、 危険な存在へとつけていた首輪の、 リードの先が千切れていたと言った悪い評判であり。


 結局は、 その不都合な真実を嘘で覆い隠す為に緘口令(かんこうれい)が敷かれ、 すぐに人々の記憶から薄れていく事となった。


 ただ、 そんな悲しい町だったとしても。


 長年引っかかっていた、 喉の奥の小骨という訳ではないが。 自覚の有り無しはともかく、 異世界であるグランディニア大陸に生れ落ちて以来、 ずっと抱えていた“人格の乖離”と言える問題が解決したばかりのリュートにとっては()()()訪れた故郷以外の人里であり。 真っ暗な夜の海にぽつぽつと明かりが浮かぶその様は、 人の生きる証が感じられる気がして……自分でも不思議な程に、 綺麗に見えたのであった。








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