第十二話 侵入
ちょこちょこ修正が入っています。
グランディニア大陸歴 1075年 カレスト教国 デレーブ上空
「おい、 リュート……分かるか? 」
「何となくだけど……警戒、 薄いかも? 」
「まあ、 街道からも外れた町なんざ……所詮はこんなもんさ 」
さて、 日暮れから日没……更には、 人々が寝静まる時間まで廃村の寂れた家屋でどうにか過ごしたリュートとハチの二人。 いよいよ、 今回の目的地であるカレスト教国の田舎町・デレーヴの上空へとたどり着いていた。
この間に、 リュートの服装はグランディニアの一般的な旅装束から、 出発前に暴君より支給された黒を基調とした上下、 顔を隠す目的でフードの付いた黒い外套、 更には艶消しまで施された鈍色の革のブーツと言った、 何処から見ても怪しさで一杯な暗殺者スタイルになっている。
大鷲形態のハチが尾白鷲スタイル――首から上と尾が白――な為に、 一見すればやたらとゴツい鷲に見えなくもない。
行きしなでは軽く掠めただけで自重した為、 徐々に高度を下げつつ改めて見るデレーヴは……辛うじて門とおぼしき点と、 町の中心施設らしき建物に明かりが灯るのみであり。 その他の施設や家屋はほぼ、 暗闇に包まれていた。 リュートが警戒が薄いと判断したのも、 その辺りに理由がある。
これから二人が侵入を試みんとしている修道院とやらがあるのは、 町の中心部から離れた北側。 その付近では、 全くと言って良い程に人の営みが感じられないのだ。
「これ、 本当に<夜目>効いてる? 一応、 人質を監禁してる所だよね? 」
「……こんな田舎に置いておくんだ、 捕らえた事に意味はあっても、 人質自体に価値は無いんだろ 」
「…… 」
実行直前で気が付いてしまった新たな事実に、 リュートは思わず言葉を失う。 実際に、 指導者層にとって役に立つ巫女候補が移送される施設はこんな僻地では無く。 教国の首都、 それも厳重な警備が敷かれた教皇達のお膝元にある。
むしろ教国を統べる者達からすれば、 ここから人質を連れ出してくれた方が合法的に責を問う理由が生まれる為に……あくまでも建前でしか無い巫女候補達の警備等は、 この程度で十分だと考えられていた。
無論、 その事をハチは知った上でリュートをこのデレーヴへと連れて来ている。 だからこそリュートに対して問題提起こそすれ、 あの場でのやり取りでは解答までを求めなかったりもした。
しかし、 それでもやはり思う所があった為か――人情味溢れる彼にしては珍しく――やや突き放した口調となったのである。
「……だから、 演習って訳ね 」
「…… 」
再度、 リュートからの問い掛けがあるも……ハチは何も答えず。 ただ、 町の中心部を迂回する軌道で高度を下げ始めるのであった。
「何か……寂しいね 」
石積みで出来た構造物……それも、 現代で言う所の体育館程もある大きさのそれを間近で見たリュートの胸に先ず浮かんだのは、 そんな言葉であった。
当初の予定では、 三角の屋根に降り立ってから煙突、 ないしは泥棒の様に静かに窓を破って侵入するつもりだった二人だが……上空から近づくにつれて、 その必要すら無い事を理解した。
中世らしく、 コの字型――凹んだ部分が南向き――で奥行きの深い形状ではあるものの。 狭い間隔で並んだ窓に填まっているのはガラスでも木板でも無く、 鉄の格子。 至るところで外壁は剥がれ、 南に突き出た形の入口の扉は開いたまま。
デヴォリの家族が居ると予め聞いていなければ、 人が住んでいるとは思えない程にはひっそりと、 静まり返っていた。
リュートの持つ修道院のイメージは、 よく悪役令嬢が“ざまぁ”された後に送られる収監用の施設……でしか無かったが、 まさにそれそのものが建っていた。
“暮らしに明かりを、 温もりを”と言ったキャッチコピーがその昔あったが、 何もそれは精神的な要素だけでは無く。 明かりそのものが人に安らぎ、 安心感と言ったものを与えるのだと改めて気付かされるリュート。 グランディニアに転生して以降で、 初めての事である。
逆に言えば、 それだけ今までのリュートの生活は……人生は、 人に、 家族に、 温もりに包まれていたいたのだと知る。
「早く、 迎えに行ってあげなきゃね 」
「……そう、 だな 」
珍しく真面目な言葉を口にしたリュートと、 その背中を見守るハチ。 二人の目には、 決意の火が灯っていた。
人一人分サイズの入口をくぐった先。 二人の目にまず飛び込んできたのは木製のカウンターと、 その向こう側で右手に酒瓶を保持したまま、 机に突っ伏して眠る守衛らしき男の姿であった。 男の左手側には燭台が置かれているが……熱を感じない、蝋の溶ける匂いが全くしない事等から、 夜更け早々、 或いはそれよりも早い時間に酔い潰れたに違いない。
その右横には、 出入りの為であろう腰の高さ程のスイングドアが設けられており……恐らく、 カウンターで氏名や面会相手を記帳した後に、 ここを通って面会場所に向かうのであろう。
まるで危機感の無い守衛と、 申し訳程度の防犯設備すら無い事が逆に……この国の、 カレスト教国の指導者層――教皇や枢機卿――の支配力の強さを窺わせる。
「……まぁ、 良いか 」
何に対して自分が怒りを覚えているのか……はっきりとしまいままに、 腰部から短剣を抜き放つリュート。 構えもせずに、 男の項垂れた首もと目掛けて飛び掛かろうとした所で――
「待て待て待てっ!(殺意強すぎんだろバカっ!!) 」
「ぐえっ!? 」
――踏み切った右足が冷えた床から離れる直前、 ハチに外套のフードを強引に引き寄せられて、 喉元に食い込む革紐によって嘔吐くリュート。
「な、 なにすんだよ……ん? 」
締まった喉元を摩すりながら、 抗議の意を込めて恨みがましく振り返って見上げた先にあったのは……焦りの色を隠しきれていない、 これまた珍しいハチの取り繕った顔であった。
「なな、 なにすんだよはお前だよ、 リュート! こんな奴をわざわざ殺して、 相手に余計な情報与えんな!! 」
「……そう? 」
小声で怒鳴る事で、 何やら誤魔化されたような気がしないでもないリュートであったが……返事をする頃には何時ものハチに戻っていたので、 余計な追及も出来ない。
対するハチは、 リュートの悪・即・斬どころか邪魔すらしてない相手をも斬ろうとする、 予想以上の壊れっぷりに内心では驚きながらも、 ここぞとばかりにウエストポーチからハンカチと飴色の薬瓶を取り出す。
「はぁ、 こんな奴は朝まで眠らせときゃいいんだよ 」
そのままリュートを追い抜く様に前に出て、 名探偵シリーズの犯人の如く……流れるような手つきで薬瓶の中身をハンカチへと浸し、 未だに眠りこけたままの守衛の男の口元へと、 そっと差し込む。
「んぐぅ、 おごぉぉぉぉ…… 」
「…………っ!? 」
一瞬、 息を詰まらせた守衛の男の反応に驚き……再び短剣を構えたリュートであったが。 流石にこんな大事な場面でハチに手抜かりは無いようで、 男は先程以上に深い眠りへと誘われた。
「……おし、 とっとと盗るもん盗ってずらかるぞ! 」
「お、 おう……あれっ? 」
鮮やかな手つきで使用済みのハンカチを回収し、 ずんずんと奥へ進んで行くハチ。 その少しずつ遠ざかる背中を見つめながら、 リュートはつい先刻に抱いた筈の自分の怒りが、 いつの間にか収まっている事に気付く。
「一体、 何を使ったんだよ…… 」
ハチの用いた薬品の中身を必ず確認しようと心に決めつつも、 とりあえず今の所はやや小走りでその背中を追い掛けるリュートであった。
「おし、 ここだな 」
「うん、 間違い無いと思う 」
守衛室の奥に在った、 これまた鉄格子にぐるっと囲まれた面会ブースらしき空間をさくっと通り抜け。 その控室らしき小部屋にてこれまた簡単に、 この修道院の見取り図と収監部屋の鍵を手に入れたハチとリュートは……遂にと言うべきか、 あっさりと言うべきか。 二階層分にあたる石の段と、 所々で木板の腐った廊下をくぐり抜けて今回の目的地であった、 デヴォリの家族が居る部屋へとたどり着く。
その際、 鉄格子にも小部屋にさえも施錠がなされておらず……余りに舐めきった警備状況に、 リュートの収まった筈の怒りが再燃しかけると言った場面もあったが……寧ろ都合が良いとハチに宥められて、 今に至る。
特に、 見取り図に書かれていた氏名が人質本人のものでは無く……脅す相手だったのを目にした瞬間には、 身体中の血液が沸騰したかのような眩暈すら覚えたのだが……不思議とリュートがそれを自覚した時には既に、 その気持ちは自分では無い、 他の誰かのモノであった。
「……ところでさぁ、 ハっちゃん? 」
ここまで違和感があれば、 幾らハチに対して信頼があろうとも、 自分に何かしたに違いないと問い質すリュート。
しかし、 当のハチから返ってきた答えは、 全くの的が外れたものであった。
「リュート、 お前のその状況については正直に言って心当たりはある……でもな、 それについては帰った後で、 ウチの暴君に聞いてくれ 」
「はぁ!? どういう事だよ、 それ…… 」
思わず声を荒げ、 ハチに詰め寄らんとするリュートであったが――
「……誰? 誰か居るの? 」
――不意に扉の向こう、 室内から漏れ聞こえた今にも消え入りそうな声を耳にして、 押し黙る。
「おら、 今はそれどころじゃねぇだろ 」
「……あぁ 」
ハチの諭すような口上に対して、 ぶっきらぼうな物言いを返してから、 先程手に入れた鉄製の鍵を錠前へと差し込む。
蝶番が擦れる、 鈍い開閉音を伴って開いた扉のその先には――
「あなた達、 誰? 」
――十字に区切られた狭い窓から差し込む、 微かな月明かりに照らされた……一人の少女がいた。
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