第九話 吐露
お久しぶりです。 何やかんやあって、 ひっそり再開します。 以前ほどのペースは到底保てませんが……上がり次第投稿していきます。
結論から言えば、 銀河の暴君――他薦もあれどあくまでも自称――であるロイの提案は受け入れられた。
お互いによく知る間柄であり、 双方の抱える事情をよく知るラグナとアルバレア公爵・アルベスにとって今回の襲撃事件を言わば無かった事にすると言うロイの提案は、 非常に魅力的で逃れがたいものだったのである。
一番の被害者であるレイラは領主たるラグナに決断を委ね。 モルゲンやザグリーブの様な事情を知る大人達はその方が良いだろうと口を噤む事に理解を示した。
ラグナとって最も意外だったのは、 今回の事態を収めるにあたって一番の難所と思っていたリュートやアルがすんなりと話を受け入れた事であろうか。
最も、 リュートやアルにとってはレイラが無事ならそれ以外はどうでも良かったのだ。
一方的に敵意を向けられた形となったアルベスも、 実の息子に思う所でもあったのか。
配下の騎士たちに素早く撤収の指示を出すと、 調査の為に足早にアルバレアへとその足を向けた。
その騎士達の中に実の兄であるマガトが居た事を、 リュートが気づくことは終ぞ無かったのだが。
「……聞いていただきたい、 話があります 」
囚われの身となったデヴォリがそう切り出したのは、 トゥールーズの面々がアルバレア公爵であるアルベスとその一団を見送り、 焼け落ちた領主館を始めとする村の復興に向けて動き出さんとしたその時であった。
「ふむ……。 皆! 済まんがもう一度集まってくれ!! 」
やるべき事は山ほどあり、 しばらくの不眠不休を覚悟していた一同であったのだが……ラグナの号令により再び一か所に集められた。
「ちょっと何だよ、 親父? 役割分担はもう終わっただろ? 」
「いいから黙って座れ、 リュート。 真剣な者の話は、 いつであろうが聞かねばならん 」
建築用の木材の切り出しに向かうために一番遠い位置から呼び戻される形となったリュートの不満を一蹴したラグナは、 両腕をしっかりと組んで地面にどっかりと腰を下ろした。
ラグナの姿勢に釣られる様に他の面々が車座となったところでデヴォリが口を開き、 今回の襲撃のあらましを語り始めた。
「もうご存じの方もおられるかもしれませんが、 私の名はデヴォリ。 この大陸の西側にあるカレスト教国、 そこの法務執行隊に属していた人間です―― 」
そもそもカレスト教国とは、グランディニア連合王国から初期――と言っても連合成立後、 二百年は経っていたが――に分離・独立した大陸西部に広大な領土を持つ国家の事である。
教国と言う名前通りの宗教国家であり、 他国とは一線を画す統治形態を持っている。
他の国の国家元首が王や最高位の貴族であるのに対して、 カレストの国家元首は教皇。 その下に枢機卿、 大司教、 司教と続いている。
何より特徴的なのが、 国家の意思決定を“神託”なるものに一存し、 自分たちはその神の代行者であると言う立ち位置を取っている事にある。
法務執行隊と言うのはアルバレアで言う所の騎士団のようなものであり、 治安の維持や無法者の取り締まり等を主な任務としている。
騎士団との決定的な違いと言うと、 騎士達は力なき民を守るのに対して、 件の執行隊は唯々為政者のためだけに働くと言ったところか。
「—―今から数年前、 私の居た部隊に“巫女候補”を発見、 確保する任務が言い渡されました 」
“巫女”とは勿論、 神の言葉である神託を教皇以下カレストに住まう全ての人々へ届ける役割を担った存在の事である。
教国内でも教皇と並んで最重要人物となり、 カレスト国内でも限られた人物しか接触を許されていない。
では何故、 その巫女を在野から探し出す様な任務がデヴォリに対して言い渡されたのか。
「理由は唯一つ。 教国内の全ての巫女が、 神託を受けられなくなったからです 」
「そうか…… 」
「チッ!! 」
デヴォリの発言を聞いたほとんどの者が、 顔をしかめるなり舌打ちするなり……とにかく苦い顔をしてしまう。
もうこの時点で既に、 デヴォリがこんな辺鄙な村を襲撃した理由が分かってしまったからだ。
例外は、 神託が途絶えたと言う捉え方……否。 神託が途絶えた理由を知っている者だけであろうか。
「確かに、 神託が受けられないと言うのはカレストにとっては一大事だろうな 」
「あの国は、 それしか取り柄がありませんからね 」
自身の治める土地を襲撃された為に到底納得は出来ないが、 動機は理解したと言わんラグナの台詞にスウェントが言葉を重ねた。
カレストは一般的にはヒューマン種以外を人として認めない排他的な国として知られているが、 実は決して見落としてはならない特色を有していた。
それがスウェントの語る“取り柄”の部分であり、 カレストが建国以後、 今日までその系譜を築いてきた根幹を成している部分である。
カレストは……戦争で負けない、 負けた事が無い国家であるのだ。
ヒューマン種以外を人間とみなさないその性質上、 カレストと様々な種族や民族が暮らすオーランド帝国とは犬猿の仲と言うべきか幾度も矛を突き合わせていた。
その全ての戦いにおいて、 カレストは最低でも引き分け以上の戦績を誇っているのである。
その輝かしいとも言える戦歴の根幹にあるのが、 今回話題となっている“神託”だと言われている。
曰く、 帝国が如何なる奇襲を仕掛けようとも教国はその全てを見抜いていた。
曰く、 教国は帝国が最も弱い時を予め把握していた。
曰く、 教国は帝国の士官一人ひとりの詳細な情報を掴んでいた。
即ち、 教国には“神”がついている。
いつの時代から言われ出したのかは定かでは無いが、 カレストは国難の危機に会う度に“神託”をもってしてそれを乗り越えて来たのだと。
つまり、 教国にとってそれだけ神託とは重要なものであり。 逆に言えばそれを揺るがす事態がカレストに今なお、 降りかかっているのである。
そこから先は、リュートにとってもこの場の誰にとっても面白くない話であった。
神託を失った教国は、 神託を受けられる巫女を求めて国内外問わず<魔力>の高い人間、 それも上層部にとって何かと都合の良い少年少女を探し始める。
デヴォリがトゥールーズへと派遣されたのも、 “銀髪のエルフ”であるアルフレッドの情報を枢機卿の一人が何処からか入手してきた事に端を発する。
ちなみに、 法務執行隊と言うエリート部隊に居たはずのデヴォリに下手人の様な仕事が回された理由は。
手元で養っていた家族――襲撃犯のフォンタナと同じく孤児――の少女を“巫女候補”だと言われて強引に監禁されているからである。
教国内では神託を失って以降、 神の名のもとの平等が崩れつつあるのか……内部での権力闘争が激しくなっており。
使える手駒の確保の為ならば非人道的な手段が横行している、 とはデヴォリの弁である。
「……それで、 いつ行くの? 」
「「「はぁ!? 」」」
色々と過程を吹っ飛ばしたリュートの問いに、 方々から異論が噴出するも……リュートはその全てを無視して唯一人、 銀河の暴君を注視していた。
彼がデヴォリを――フォンタナもまとめて――引き受けると言った以上、 デヴォリの家族とやらの救出は確定事項である。 少なくともリュートにとっては。
恐らく――ほぼ間違いないと言っても良いが――神託が途絶えた本当の理由は、 神界での一件である。
リュートが神とやらに攫われ、 記憶どころか命さえ失った……全ての始まりとも思える出来事。
リュートには何ら、 それこそ埃の一かけらでさえ責任がないとは言え。
間接的であっても自身の転生の影響を受けてしまった人物が今ここに居る以上は、 リュートに知らん顔を通す事は出来なかった。
「いや、 まぁ……デヴォリにはアルを見逃してもらった件と、 俺の命を見逃してもらった借りもあるし 」
「あれは別に…… 」
言われたデヴォリでさえ戸惑うような理由での決意表明に、 唖然としてしまう一同。
リュートからすれば、 どうせ自分が行く事になるので大した違いは無かったのだが……聞かされた側からすると困惑、 しか抱かなかったようである。
しかし周囲の反応を他所に、 リュートは家族や仲間へと必要十分だと考えてもらう為の方便をつらつらと挙げていく。
「始まり方は最悪だったとは言え、 これから村の一員になるんだ。 その家族の家族が囚われてるってんなら、 放ってはおけんでしょうに 」
自分でも体が変な熱を出していると分かる程度には気恥ずかしい事を口にしている自覚が、 勿論リュートにもあった。 そのせいか語尾も大分怪しい。
だが、 同時に自分が恥ずかしい目にあうだけで、 皆への説明が済むと思えば我慢できるギリギリのラインだとも言えた。
何せ正直に全てを述べるならば、 まずはリュートが前世で神とやらに殺され。
更にその神とやらをロイが屠って……と、 一同には全く訳の分からないであろう説明をしなければならないのだ。
ただでさえ“転生”と言う不可解な事情を抱えるリュートを温かく迎えてくれた家族に対して、 これ以上の負担をかける事をこの時のリュートは望まなかった。
第一、 神すら見た事のない相手に『私の知人は神を屠りました。 そのせいで神託は途絶えました 』だなんて言えない。 言えるわけがなかった。
恐らく、 それは馬鹿正直と言うのであろう。
そもそも、 神託云々の主犯であるロイが何故かアルベスとの話し合い以降、 だんまりを決め込んでいた。
リュートからすればデヴォリの悔恨どうのこうのよりも、 そちらの方が余程気になっていたのだが――
「そうだな、 ウチの従業員になる以上は……従業員の福利厚生は上司であり、 社長である俺の案件でもある。 リュート、 足は出してやるからちょっくら行ってこい 」
「……あぁ、 うん、 助かるよ 」
――どうせリュートの望みがどうであれ、 この暴君と付き合うからには結局はこうなるのである。
自主的だろうが強制だろうが……リュートにとっては大した違いなど無かったのだ。
一旦、 復興作業の手を止めて車座となった一同が再び動き出す頃には周囲への説得だけでなく、 片手を失ったデヴォリの治療に“雷花”の面々へ補てんする武器や防具の発注。
更には再建する領主館の設計図や建設工程の指示に留まらず、 果てはトゥールーズ村の防衛網の見直しまでを一人と一体がさっさと済ませてしまっていた。
いつの間にか、 領主である自身の手をどんどんと離れていく案件に危機感を覚えたラグナが声をあげたが……時すでに遅く。
今回の侵入経路となった村の北側には、 空路以外は全てを排する魔術的な罠を内包した城壁が。
大火球を撃ち込まれた中心広場には、 村の全員が駆け込めるだけの空間と非常時の設備を地下に有する新たな精霊の祠――それを神殿とも呼ぶ――が作られる事に決まった。
特に、 家族の救出を願うデヴォリとフォンタナの首筋にいかにもな色の液体が詰まった注射器を打ち込んで……問答無用で失神させた――あくまでも治療行為の一環として――アダゴレ君の手際は素晴らしいものであったと一同は記憶している。
「いいじゃない、 ウチの村が素敵になるんなら。 大体、 あなたはいっつも周りを振り回すばかりなんだから。 偶には振り回される方の気持ちも分かると良いわよ 」
余りにも大がかりとなった復興計画に、 鼻根――目と目の間――を指で摘んだまま固まってしまったラグナ。
妻であるアリアからの援護も得られなかった彼に、 この場を覆すだけの力はもう残されてはいなかった。
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